闇と光と闇と闇と闇
1.パピコ砂漠
風が吹き、砂塵が舞い、人の歩みをあざ笑うように波状の砂紋が地表に刻まれていく。
まばらに影を落とす白い雲は地平線まで伸びており、まるで空と大地の狭間に立っているかのようだ。
NAiの敗因を挙げるとすれば、お犬様以外のプレイヤーを全滅させたことにある。
多勢に無勢であればNAiは金属片の乱れ打ちでゴミもろともお犬様を倒せただろう。
しかし一対一では自ずとお犬様の思考に意識が向いてしまう。
無論、それは結果論であるに過ぎない。
話を聞くに、NAiの目的はお犬様の殺害ではなく変節を促すことにあったようだ。であれば邪魔なゴミを先に始末するのは当たり前のことであり、そうすることでお犬様の反発心を買おうとしたのだろう。
お犬様はこんな俺にも優しくしてくれる素晴らしいお方だが、以前にメガロッパが言っていたように俺を庇うと一貫性が失われる。ハッキリ言って俺は人間のクズだからだ。その隙をNAiは突こうとしたに違いない。
しかしその結果、NAiはお犬様の中に眠る剣鬼を呼び覚ましてしまったのだ。
NAiが破れかぶれに放った金属片を、お犬様は最小限の動きで躱し、いなし、打ち落としていく。
お犬様の気迫がNAiの行動選択の余地を削っている。NAiがスキルを使おうとしないのは、お犬様の脳裏に明確な勝ち筋が描かれており、スキルの行使がその引き金になっているからだろう。
もちろん実情は異なる。ありとあらゆるステータスでプレイヤーを上回るNAiは引き撃ちに徹すれば確実にお犬様に勝てる。たとえ勝ちきれなくとも負けることはない。そうでなくとも金属片を一定間隔でバラ撒けば一発でお犬様を倒せる。
しかしお犬様の気迫がそれを許さない。
鍛え抜かれた心と身体。磨き抜かれた技量に、愚直なまでに人を信じ続けたマスクデータが加わった時……。
お犬様のアビリティが発動する。
【Desire(Ability!)】
その名は、希望。
俺たちの身体から舞い上がった命の火がお犬様へと降り注いでいく。握力を補っていた赤い輝きが全身へと波及していく。
祈りと願いは力になる。
相互協力型のアビリティだ。
おそらくはジョンと同質の……あいつは以前に命の火で刀を強化したことがある……種族人間に為しうる最高峰のアビリティだ。その性質ゆえに強制発動の対象外だったのだろう。
つまり簡単に言うと、お犬様は元気玉の要領で界王拳を発動した。
今や立場は逆転した。お犬様が人の闇に囚われた哀れな女に変節を促す。
「嬢ちゃん。もういいじゃろ。お前さんはティナンを大事にしとるじゃないか。それは、もしかしたら打算あってのことかもしれん。けど、本当にそうか? ちびナイ劇場の時、お前さんは生き生きしとるぞ……。ワシはお前さんとレ氏の間に何があったのか知らん。知らんが、ワシにはお前さんがティナンに救いを求めていたように見えるんじゃあ」
俺にはそう見えない。
こう言っては何だが、お犬様は人の可能性を信じるあまりゴミの再利用に熱心で、資源ゴミの見極めが甘いのだ。他ならぬ俺がそう言うのだから間違いない。
俺は胸中でささやいた。NAiさんよぉ。分かってるよな? お前が勝ちたいなら読心術を解除するしかないぜ? どんなに頭で理解できていても、ずっと他人の心が読めるなんてぬるま湯に浸かってたお前に読心術に反した行動を取るのは無理だ。解除しちまえよ。それは、例えばお犬様だけを対象に解除できたりするのかい? できねえんだろ? だからお前は躊躇っている。俺がお前の首を狙ってるからだ。いや、俺だけじゃねえな。お前は手札を晒しすぎた。ゴミどもは続々とこの場に集結しつつある。俺と同じことを考えているゴミはたくさん居る筈だ。おっと、そんなことは言われるまでもねえよな? 何しろお前にはゴミどもの心が読めるんだから。
NAi〜! 読心術を解け! 状況はこく一刻と悪くなる! ゴミの一人や二人くらい何とでもなるだろ〜。別に心が読めなくとも……レ氏とモモ氏はやってのけたぜ。それとも……天使ってのは暫定エイリアンよりも格下なのかい? どうなんだ? ん?
レーザー光線の掃射によるウッディのクールタイムが空けた。俺はどてっ腹に空いた風穴を塞いでいく。この程度の傷なら俺は【心身燃焼】を必要としない。いや、そもそも【心身燃焼】ってのは別に回復魔法じゃないのか……。残機の燃料化……つまり命の使い道を変えるスキルだ。だから無機物との融合なんてことが起きる。
俺たちは魔法の扱いがヘタクソだからろくに転用できなくて本来の用途に一番近い利用法になってるだけだ。元が残機なんだからそりゃあ回復魔法になるわな。
俺は斧を握る手にギリギリと力を込める。NAiが金属片を等間隔に飛ばしたら即座に突進してやる。俺がダメでも他のゴミが続く。
NAi。お前の負けだ。お犬様はお前のようなクズ女ですら見捨てない。この俺を見捨てなかったようにな。
NAiがフッと笑った。
ヤケクソになったか。全体チャットに切り替えて言う。
【もういい。お前らは全員死ね】
やはりヤケクソになっていた。
NAiの足元から放たれた赤い輝きが地表を伝う。
……暫定エイリアンの本性は巨大なタコだ。どうも異世界出身らしい。その異世界で怪獣タコと天使はライバル関係にあった。ならば天使も巨大化できるだろう。
NAiの全身から禍々しい光が立ち昇っていく。それらが渦を巻いて巨人の輪郭を描いていく。無防備な変身中を狙って俺は飛び出そうとしたが、大気が壁となって近付けない。チッ、エンフレと同じか……!
押しのけられた大気が砂を巻き上げる。砂嵐の中からNAiの声が響く。
【ョ%レ氏ふうに言うならば……私はプレイヤーの外にある存在だ。お前たちに可能性などというものはない】
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【警告】
【レイド級ボスモンスター出現】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:84.27…26…25…】
【目標……】
【天使】
【Deep-Law】【Teller-Knives】【Level-4210】
砂嵐を割って光の巨人が姿を現した。
手には大剣を持っている。
一歩、踏み込んだ足元から毒々しい紫色の水晶が咲く。
頭上に光芒が差し、輝線が冠を象る。
背から紅蓮の粒子が噴出し、大気に溶け込んでいく。しかし自浄作用を上回っているのか、エンフレが自壊した時のように滞留した赤い輝きが澱のように沈んでくる。
赤く染まった空の下、ぐぐッと上体を屈めた天使が鬱憤を晴らすように咆哮を上げた。
Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
俺たちの鼓膜が破れた。
2.決戦
鼓膜は破れたが、NAiさんの全体チャットはお構いなしに俺たちの脳髄を揺さぶってくる。
【誰が悪魔どもの格下だと? 見ろ。私は使徒の固有スキルを全て使える。出来損ないの生物兵器どもとはワケが違う。この私こそが奇跡の体現者なのだからな。過去、現在、未来におけるありとあらゆるスキルが奇跡の派生に過ぎない……】
NAiさんは自分の凄さを言葉にしてアピールした。
……使徒限定なんスね。
NAiさんは少し考えてから答えた。
【……上流階級の人間が安物のワインなど飲むか? 公爵、獣王、神獣のスキルなど興味はない】
……表示された制限時間は二時間強。中途半端な数字だ。おそらくは溜め込んだエネルギーを吐き出しており、限界稼働時間を示している。
正解かな?
NAiさんは俺の憶測を鼻で笑った。俺を指差して言う。
【制限時間? そんなものはどうとでもなる。お前たち異常個体はシステムの庇護下にはないのだからな。当然、私はこういうこともできる……】
NAiさんの指先にジジジと黒い紋様が灯る。
文脈から察するに俺たちを強制変身しようとしたのだろう。
しかし安物のワイン扱いが良くなかったのか、NAiさんは輪切りにされてしまった。
言うまでもなく下手人は砂漠を根城にしているパピコさんだ。
しかしNAiは生きていた。一瞬で再生して最深部の方角を睨み付けて吠えた。
【パピコ! 誰を撃ってる! 私はお前たちを獣の檻に封じた悪魔とは違うのだと何故分からないッ!】
ひとまず怒鳴ってからNAiは芝居掛かった調子でくるりと回って、バッと荒ぶる鷹のように両腕を大きく広げて己を誇示した。
【ああ、転生者よ! 分かるとも! つらかったろう! 苦しかったろう! この私がお前たちをその苦しみから解放してやる! 私はお前たちを肯定する! お前たちに罪はない!】
でもダメだった。
チカッチカッと光がまたたく。
NAiは素早く横っ飛びして回避を試みた。しかし図体がデカすぎて避けきれなかった。即座に再生するが、残機がガンガン減っているのだろう。NAiは急に口調を改めて安物のワインも悪くないと認めた。
【さすがはレイド級といったところでしょうか……。よくぞここまで育ったものです。この場で殺してしまうのは惜しいですね】
……NAiさん?
……今回もダメなの?
NAiさんは地べたに寝そべってコテリと首を倒してお犬様を見た。
【冒険者ヤマダよ。あるいはあなたの言う通りなのかもしれません。きっと私は寂しかったのでしょう……。あなたたち人間の可能性を信じてみるのもいいかもしれませんね】
レベル4210なのにパピコに勝てないの?
【冒険者たちよ。レイド級を狩りなさい。それがあなたたちの使命なのですから。もっと強く、強くなって……いつかは私を……】
NAiの巨体が燐光を放って自壊していく。
まばゆい光が赤く染まった大気を正常化していく。
澄みきった青空の下、通常体に戻ったNAiがふわっと浮かび上がって俺たちにニコッと微笑む。
そして、そのままフェードアウトしていく。
置き土産に降り落ちた燐光が俺たちの鼓膜を癒した。手打ち代、か。いや……。
…………。
俺たちは服の砂ぼこりをパンパンと叩き落とした。
チラッとお犬様を見る。
俺たちの視線に気が付いたお犬様は、慌ててNAiをフォローした。
「あ、あのまま戦っていたら危うかったのぅ。命拾いしたわい! なぁコタタマくん! そうじゃろ!」
ですね!
俺は顔面の筋肉を総動員して破顔した。
NAiはかつてない強敵だった。しかし残機の補充が不完全だったため、今回はかろうじて撃退できた。
しかし、いつかヤツは再び俺たちの前に立ちふさがるだろう。その時こそ真の絶望が幕を開けるのだ。安寧の時は長くは続かないだろう。
俺たちは強くならねばならない。
決意を新たにした俺たちのキメ顔がカットインとなってキャンと甲高い音を立て視界の端から端へと駆け抜けていく。
それはNAiからのやれるものならばやってみろという意思表示だったのかもしれない。
お犬様が前足もとい片手を突き上げてぴょんと飛び跳ねた。
「若者たちよ! ゆくぞ〜!」
ダッと地を蹴って駆けていくお犬様に俺たちも歓声を上げてあとに続く。
俺たちはミミズさんに絡まれて犠牲者を出しながらも女神像を掘り返して流れるように解散した。
……くそっ、NAiめ。正直、今回はちょっと期待しちまったぜ。
3.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
さて、デサントになるか。
善は急げという言葉もある。
クランお付きの鍛冶屋の座をマグちゃんに譲った俺は、細工師の道を歩むことにした。
細工師にクラスチェンジするのは面倒臭いので二次職のデサントになろうと思う。デサントは鍛冶と細工の両方ができるので。【戒律】のデスペナ倍加とキルペナ倍加が非常にウザいが、闇の勢力と付き合いがある俺にとってはお手軽にクラスチェンジできる職業だ。
問題点があるとすれば、お師匠様のネフィリアたんが俺をデサントにしないよう手下どもに周知徹底していることくらいか。
よって小娘どもを説得することになる。
今回は誰にすっかな。もちろん説得しやすいヤツと説得しにくいヤツは居るのだが、俺はいついかなる時も新鮮さを求める男。説得しやすいヤツにマトをしぼるようなことはしない。
幸い、小娘どもは秘密基地の居間でくつろいでいた。コイツらは放課後の延長でログインするのでゲームで集まってお喋りしてログアウトする日も珍しくないのだ。
やっほー。コタタマくんだよ。元気?
朗らかに話し掛けた俺に小娘どもはぴんと来たらしい。
「あっ、デサント行脚だ。タマっちがデサント行脚に来た」
「……またロストしたの?」
「何度目だよ!」
「もう騙されないかんね!」
ふんふんふ〜ん。
俺は鼻歌を口ずさんで流した。可愛い妹弟子どもを順々に指差していく。
だ・れ・に・し・よ・う・か・な〜。
俺のデサント行脚は、可愛い妹弟子どもにとってボーナスチャンスでもある。
過去に最難関と目されるノミ女ことフリエアを撃墜したことがあり、それ以来、口では敵わないと認めたコイツらは方向転換して俺に何らかの交換条件を提示してくるようになったのだ。
よしっ、君に決めた!
俺はテキトーに指が止まった小娘を手招きした。
キャラネはレディ。小娘どもの中じゃマトモそうな名前をしているが、由来はてんとう虫だ。小娘どもは例外なく虫けらのキャラネをしている。名付け親はネフィリアだ。あの女は自分の手下に虫けらの名前を付ける。頭がおかしいとしか思えない。まぁギルド使いだから、というのもあるだろうが。
テントウムシ女は「え〜? 私ぃ〜?」と不満を口にしながら渋々と俺に近寄ってくる。
俺はひと足先に廊下に出て、ゴンさんよろしく「This Way」と呟いた。
漫画ネタに弱いフリエアが顔を背けて「フッ……!」と軽く吹き出した。
選考漏れしたマゴットが「変なコトしちゃダメだかんね!」と変な釘を刺してくる。しねーよ。
俺はテントウムシ女を廊下に連れ出した。
レディはどういうガキンチョかと言うと、まぁキョロ充というやつだ。背は低い。こうして改めて見るとマゴットと同じくらいか。よし、コイツに映えあるちんちくりん四号の称号を与えよう。
ちんちくりん一号はスズキ。ちんちくりんだ。
ちんちくりん二号はマゴット。ちんちくりんだ。
ちんちくりん三号はツヅラ。ちんちくりんだ。
俺の中でティナンはちんちくりんに該当しない。お行儀が良すぎるし揃いも揃ってちんちくりんなので面白みがないのだ。チビをチビと言って一体何が面白いと言うのか。しかも単なる事実なのに悪口っぽく聞こえるから始末に悪い。それでは俺の評判が下がるだけではないか。
話を戻そう。ちんちくりん四号のレディはキョロ充である。キョロ充とは一言で言うと虎の威を借る狐であり、つまりは取り巻きだ。フリエアやマゴットといったクラスの中心的な人物のお友達であり、あいつらの味方をすることで自分の安全圏を確保している。良い傾向じゃないかもしれんが、俺は気にしないぜ。アンパンの野郎がそんな感じだしな。あいつは見てて面白いやつだ。要するに俺は面白ければ何でもいい。
そんなことを考えながらじーっとテントウムシ女の顔面を見つめる俺に、レディは弱音を吐いた。
「なんか言えよ〜」
俺はにっこりと笑った。
よし、決めたぜ。今回はお前をお姫様にしてやる。
「な、何する気だ……」
レディよ。お前は口じゃ俺には敵わない。お前自身もそう考えてるだろう。だから先に報酬をくれてやると、そう言ってるのさ。
お前、プロマネージャーって知ってるか?
「……マネージャーのプロ?」
まんまじゃねーか。
まぁ、そうだな……。冒険者ギルドっつー組織のだな、俺が鍛えてやった連中だよ。分かりやすく言うと一流のホストってことになるか。
そいつらに俺から声を掛けて、最高の冒険をプレゼントしてやろうじゃねーの。どうよ。ちょっと面白そうだろ?
「……まぁちょっとだけね。でも、うーん……」
なんだ。何が不満だ。本来、冒険者ギルドじゃ接待役の指名はできないんだぞ。
「それなら、タマっちも付いてきてよ。知らない人と遊んでも仕方ないじゃん」
この俺にお前の接待をしろってのか。
「あ、それいい! そうしよ! ね! そしたらパーティー組んであげる!」
そういうことになった。
これは、とあるVRMMOの物語。
ヤマダの言う、人の可能性とやらを見せて貰うとしましょう。
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