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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
486/983

闇と光

 おコアラ様はお犬様を心配していた。


「コタタマくん。ヤマダさんを頼む。あの人は何でもかんでも背追い込みすぎる。それゆえに貴重なサンプルでもある」


 サンプル……ですか。


「君は怒りと憎しみで特別な地位に就いたプレイヤーだ。ならば、その逆もあるのではないか。【戒律】の基本ルール、呪詛と祝福。コタタマくん。君が呪詛を利用すれば反動が生じる。そしてアビリティの相互作用……。心当たりがあるんじゃないか?」


 なかった。いや、単に忘れてるだけかもしれないが。


「アビリティの多くは他者に影響を及ぼす。それらが微々たるものでも寄り集まれば奇跡を為す。為しうるとすれば、条件は二つ。一つは名を馳せていること。もう一つは多くのプレイヤーに慕われている、もしくは憎まれていることだ」


 ……お犬様は当て嵌まりますね。


「ヤギさんのところのポチョさんもだ。彼女は銀騎士の討伐者だ。つまり米国版の鬼武者だな。自動反撃のアビリティはそこから来ている」


 ……ジョン辺りじゃないんですか?


「ジョン・スミスはアンドレ、カレンのクランと三つ巴だったからな。銀騎士を追っている暇はなかったのだろう。ポーションは……いや。私が口出しすることではないか。いずれにせよ、気に掛けておくといい」



 1.クランハウス-居間


 という訳でウチの丸太小屋の居間で待機している。

 ここでモグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎしてれば自然とウチの子たちを観察できるという寸法よ。

 さらにテーブルを挟んで向かい側のソファにはマグちゃんが寝転がってゴロゴロしているという鉄壁ぶり。ウチの丸太小屋に死角はない。

 元無口キャラのちんちくりん一号こと半端ロリのスズキがマグちゃんにおねだりしている。


「マグマグ。お願い。矢作って〜」


「んあ? 別にいいけど。新しいの作れるようになったからそっちにする?」


「どう違うの?」


「さあ? 新しいんだから強いんじゃない? 知らないけど」


 ……?

 え? ちょっと待って? マグちゃん転職したの?


「え? うん。近接職にこだわんなくてもいいかなって」


 ちょっ……ええ? し、集合! 家族会議しよう!

 俺は家族会議を発令した。

 例によって例のごとく先生とアットムくんは多忙につき不参加。

 トドマッがログインするのを待ってウチの子たちを居間に集める。トドマッつぁんはログイン時間が噛み合わないレアキャラなのだが、休日ならば都合がつく。

 元ヘソ出し女は少し見ない間にますます人間社会に毒されていた。身体中にアクセサリーをジャラジャラ付けているし渋谷のギャルみたいな格好をしている。色の主張が凄い。まぁ服装に関してはとやかく言うまい。俺だってその日の気分でチェーンをジャラジャラ巻いてグラサン引っ掛けてガムをクチャクチャ噛んでたりするからな。最初は威圧するのが目的だったのに威圧の必要がない場面が少なすぎて段々とローテーションに食い込んできてる。今となってはそう悪くないとすら思っている。人間のセンスとは悪化していくものなのだ。今は鋲付き革ジャンに興味があります……。

 世紀末のモヒカン化が着実に進行している俺はともかく、ログインして居間に降りてきたトドマッが俺たちを見て目を丸くした。


「おっ。どしたどしたー? なんかあった?」


 日本語がうまくなっていた。少し前までもるもる言ってたのに……。

 まぁいい。ドマッちゃん聞いてよー。ウチのマグちゃんが鍛冶屋になってるんだよ〜。


「ん、まぁひと通り試したほうがいいって言ったの私だしなー」


 やはりお前か。

 俺は犯人を見つけた。

 トドマッは初日組だ。地獄のチュートリアルを潜り抜けた実績を持ち、他のプレイヤーから一目置かれる存在である。【全身強打】と【心身燃焼】の開放を成し遂げた連中だと言えば分かりやすいだろう。

 トドマッはウチの丸太小屋にホームステイしているのであって正式なクランメンバーではない。とはいえ、初日組の発言には大きな影響力がある。

 まずはマグちゃんの考えを聞いてみよう。

 鍛冶師になってみてどう?


「んー。楽でいいかも。私、レベルがリセットされちゃったからさー。またイチから前線でレベル上げってのもアホらしくって」


 うんうん。じゃあ後衛は? もう試してみた?


「ヒーラーはキツいからイヤ。ポチョとアットムくん居るし。メイジ系統はジャムと被るからな〜」


 赤カブトがマグちゃんに擦り寄る。


「被ってもいいじゃん。お揃いにしようよ。ね?」


 マグちゃんはくっ付いてくる赤カブトを押しのけた。


「くっ付くなよ〜。言っちゃ悪いけどあんたの顔は見飽きたの。新鮮さがない。好きとか嫌いとかの問題じゃなくてさー……。分かる?」


「分かんない。私のこと好きなの? ハッキリして」


 赤カブトが面倒臭い絡み方をしている。

 マグちゃんは真面目に答えるのも嫌らしく、顔をしかめて「ほい」と腕を差し出した。パッと嬉しそうな顔をした赤カブトがマグちゃんの腕にしがみ付く。

 マグちゃんは俺に視線を戻した。


「まぁこんな感じなんで〜。メイジ系統はしばらくナシかな。で、ガンナー系はスズキが居れば十分でしょ」


 ガンナーは味方との連携が大事だ。そして往々にして他人のことなど意識している場合ではなくなるので、かなり雑なものになる。具体的には無理やりこじ開けた射線にガンナーがねじ込むのだ。ウチのスズキはかなりデキるほうなので、自由に動かしたほうがいいというのはある。同職が増えてもガタつくだけだろう。

 マグちゃんの考察は正確だ。α時代の経験によるものだろう。その辺りがそんじょそこらのチワワとは違う。

 つまりは鍛冶屋のポジションがぽっかり空いていたと。そういう訳だ。

 ふむ……。してみると、アレだ。つまりは、なるほど、そうか……。

 俺は転職したほうがいいですかね? 細工師にでもなろっかな。

 スズキさんが俺を気遣ってくれた。


「鍛冶屋は二人居てもいいと思うよ? 細工師は凄く難しいって聞くし……。コタタマは気にしなくていいよ」


 ポチョさんも俺を気遣ってくれた。


「コタタマはそういう係じゃないから大丈夫。私たちが食べさせてあげるね」


 赤カブトさんは輝かしい未来を見つめていた。


「ペタさん細工師になるの? ゆ、指輪作ったり……とか?」


 トドマッさんは俺の決断を後押ししてくれた。


「そういえばココに専属の細工師は居なかったな。合う合わないはともかく、試しにやってみれば? 案外天職かも!」


 という訳で、マグちゃんにクランお付きの鍛冶屋の座を追われた俺は細工師の道を歩むことにした。まぁデサントになれば一緒なのだが。鍛治と細工の両方できるし。細工師には細工師ならではの楽しみ方もある。やっぱり何事もチャレンジしないとな。


 マグちゃんが総括した。


「ペタタマセンセーさぁ。その目、何とかなんないの? 後追いの私に仕事奪われるってヤバいよ? レベル上がんないのはマジでヤバい」


 ネフィリアめぇ……! 俺はひとしきり義憤を燃やしてから山岳都市にお出掛けすることにした。

 今日は武家屋敷で王族ティナンと会う約束になっているのだ。では。



 2.ティナン姫の屋敷


 飼育員さんことコニャックに脈拍数を測られながらジョゼット爺さんに定期報告している。


「記憶結晶か……。つまり月の雫がそうだと言うのだな?」


 ……そうなる。

 ティナンに伝わる三大秘宝の一つ、月の雫はティナンの願いを叶えるとされているが、実際には思いを伝える効果しか持たない。そしてティナンにとってはそれで十分だった。良い子のティナンが理を曲げてでも願うことなど高が知れている。

 例えば死にゆく父親が自分のことを本当はどう思っていたのか知りたい、とかだ。

 同席しているティナン姫のマーマレードが決まり悪そうに身体を揺すっている。それを見咎めたジョゼット爺さんが小言を口にした。


「マーマレード。姿勢を正せ。コタタマは冒険者の一人でありながら我々の側に立ってくれている。失礼があってはならん。そしてコニャック。お前はさっきから何をしている」


「お言葉ですが、陛下。彼ら人間にとって坂道を歩くのは重労働なのですよ。今にも死んでしまうんじゃないかと私は心配で心配で……」


「何を」


 言っているのか、と言い掛けたジョゼット爺さんが「まさか」という目で俺を見た。

 そのまさかだ。心臓がバクバク言ってる。

 俺は近況報告を続けた。

 NPCに関しては謎が多い。死んだらどうなるのか。ガムジェムを手にしてなおレイド級にならないのは何故なのか。魔石が露出しているのは何故なのか。

 俺は自分さえ良ければいいという人間だ。だから後味に良くないものを残すのは我慢ならない。だからティナンに情報を流して不測の事態を避ける。どんなに他人なんかどうでもいいと嘯いてもそれが俺の本心じゃないからだ。人は一人じゃ生きていけない。いや、生きていけたとしてもひどくつまらない人生になるだろう。俺は楽しく生きたいのだ。ただ生きてさえいれば他はどうでもいいと思えるほど謙虚にはなれない。

 つまるところ偽善ってヤツだ。では逆に聞きたいが、偽善以外に何かあるのか? 心の底から他人に尽くして、見返りを一切求めない無償の愛情などというものがこの世にあるのか? それこそ甘えだろう。そんなものを俺は信じられないね。利害関係を抜きにした信頼関係など気分次第でどうにでもなる。それが嫌だから偽善者だのと叫ぶんじゃないか。結局のところ騙されるのが嫌なら誰も信じずに勝手に死んでいけということだ。

 俺はそんなアホな生き方を肯定しない。だからティナンに情報をリークする。ゴミどもが勝手にゲロってる内容がほとんどだろうが、俺はゴミどものコミュニケーション能力を信用してない。

 一つも誤解があってはならない。この場に居るのはジョゼット爺さんとマーマレード、ハニーメープルとコニャックの四人だ。質疑応答を交えて情報共有の精度を高めていく。

 ジョゼット爺さんが不意に視線を逸らしたのはその時だ。


「……NAiが現界した。心当たりは?」


 ない。が……。

 全体チャットが走る。


【人間の本質は戦争にある。あなたたち自身がそう認めた。それすら手放して、あなたたちはこの先どこへ向かうというのですか】


 ガンッと頭の中に映像が割り込んできた。

 心当たりは今できた……。パピコ砂漠。お犬様が……危ない。

 俺の目と鼻からドロリと血が流れてタタッと畳に赤い染みを作る。とっさに手で抑えようとしたが間に合わなかった。

 悪ぃ……汚した。

 謝るついでにコニャックの胸に手を伸ばす。ティナンにしては大きく育ったおっぱいを服越しに触ろうとすると、警告なしにパンッと俺の頭が弾けた。ふわっと幽体離脱するなりキリッとしてこめかみを指でこする。行ってくらぁ。



 3.パピコ砂漠


 MMORPGはライトユーザーに合わせてどんどんヌルくなったという歴史を持つから、中にはメタルスライムみたいなのが定期的にフィールドに湧くタイプのゲームもあった。

 その場合、特定のプレイヤーが利益を独占する定点狩りを避けるため、定位置に湧くことはない。

 また一定時間でメタルスライムみたいなのは逃走するので、キッチリと経験値を刈り取るためにユーザーは位置情報を共有して頭数を揃えねばならない。

 そしてネトゲーマーは面倒臭いことを嫌う。画像に落としたフィールドマップをマス目で細かく割るなりしてポイントを指定できるようにするといったことをしない。単に該当箇所の地形的な特徴をエリアチャットで投げるなどして対応してきた。

 しかしこのゲームにはそもそも地図が用意されていない。航空写真をスクショで撮影してスマホに落としてる層は居るだろうが、種族人間のスペックで目的地に向かってまっすぐ走るのはまず無理だ。何か分かりやすい目印が要る。

 だからこうする。

 俺は砂を掻き分けて地上に出るなり叫んだ。


「太陽を背にして右手側の双子岩の脇を抜けて走れ! 近くまで行けば分かる!」


 俺は目がいい。送り付けられた映像に映り込んでいた岩を見れば大体どの辺りか見当がつく。

 俺やネフィリアのように五感を強化しているプレイヤーは少ない。攻略が進めば進むほど、やはりレベルは重要なものだと再認識されてきたからだ。せっかく女キャラとお近付きになれてもレベル差が開けば疎遠になっていくのがネトゲーの現実であり、五感のリミットを解除するにはトラウマ覚悟の苦行を積まねばならない。

 俺はネトゲーマーの偏差値を信用していないので、大雑把でも分かりやすいよう位置情報を伝えた。あとは放っておけば誰かが勝手に掲示板に書き込むなりするだろう。

 俺自身はほとんど正確な場所が分かってるので目印の双子岩を無視して直線で現場に急行する。

 お犬様……!


 位置情報を伝える必要はなかったかもしれない。

 地中から伸びた金属製の触手のようなものが、まるで見せしめのようにミミズさんを串刺しにして掲げていた。あれは……律理の羽、か? 多分そうだ。

 たまたま近くに居たのか何なのか、プレイヤーの死体がそこら辺にゴロゴロ転がっている。

 それらの中心で、お犬様とNAiが対峙していた。

 大きくくねった触手の先端がねじれて鋭い刃物と化し、お犬様の全身に突き付けられる。一歩でも進めば突き刺さってしまうだろう。

 NAi〜……!

 俺はザンザンと砂を蹴立てて鬼畜ナビゲーターに突進する。

 NAiは振り返りもせずに言った。


「ご覧なさい、ヤマダ。味方のようなふりをしてコタタマがやって来た。イヤに早い。私の視覚情報を抜いたようですね。素晴らしい。憎悪を糧に育ったアビリティだ。これもまた相互作用の一つの形態……」


 俺の全身からウッディが這い出る。


「今や【ギルド】と共生し、境目は徐々にあいまいになっている。かつてのベムトロンがそうであったように」


 地中から飛び出した触手の一本が俺の腹を貫いた。ぐはっ……! 俺はめげずにレーザー光線を放つが、身体ごと振り回されて一発も当たらなかった。く、くそったれぇ!

 テメェー! NAi! お犬様から離れろぉ!

 NAiは俺を一顧だにしない。優しげにすら思える声でお犬様をそそのかす。


「ヤマダ。あなた一人が奔走してどうなるというのです? あなたがそうやって何か解決した試しがあるのですか? 禍根を絶たねば何も変わりませんよ。身体は闘争を求める」


 NAiが手振りでココではないどこかの映像を送ってくる。

 神のごとき力だ。天使の固有スキル【奇跡】の本質は法則の改ざんよりもささやき魔法のほうなのかもしれない。それくらい厄介な力だった。

 ぐっ、うう……!

 脳が犯されるような感触に怖気が走り、身がよじれる。


 女神像の前で対峙するサトゥ氏とスマイルが見えた。

 出会ってはならない男二人がついに出会ってしまった。それは避けようのない出来事で、いつかは直面することになる問題だった。

 ゆっくりと剣を引き抜いた二人のβ組が、NAiの言葉を肯定するように戦意を解放していく。

 サトゥ氏は激しい怒りを剥き出しにしていき、


「……またあんたか。懲りないな。あんたじゃ俺には勝てない。何度も同じことを言わせんなよ」


 スマイルは堪らないとばかりに顔面に刻んだ笑みを深めていく。


「やり残した仕事を片付けに来たんだ。君主の【戒律】の例もあるからな。お前とこうやって遊んでやれなくなるかもしれない」


「俺に負けたからって被害者ヅラされても困るんだがな。ちゃんと負けた時の言い訳は用意してきたのか? なあ?」


 サトゥ氏の言葉には容赦がない。いや、容赦をするだけの余裕がない。あるいはスマイルという男を誰よりも高く評価しているのはサトゥ氏なのかもしれない。

 醜態を掘り返されたスマイルは揺るがない。一敗地にまみれて男の中で何かが変わったのか。それを知るのはスマイル本人だけだろう。いや、もう一人……。

 スマイルが言った。


「何度でも言う。サトゥ。私の下につけ。私が一番お前をうまく使ってやれる。プクリの討伐、砂漠の攻略……それらが遅々として進まないのはお前の足を引っ張るものたちが居るからだ。私ならば、それらの足手まといを排除してやれる。サトゥ。私と共に来い」


 この二人のこじれにこじれた関係は、かつてスマイルの引退を賭けた決闘で、守る必要のない口約束をスマイルが守ったという点からも窺い知れる。

 サトゥ氏が仕掛けた。スマイルが応じる。

 この二人が【敗残兵】十八番の空中殺法の創始者だ。正しくは捻流と言い、ゲームならではの動きを追求したものだった。

 片や捻流を最もよく知る男、片や捻流を最もよく扱える男の衝突だ。自然と手の内が読めるから二人の動きは常軌を逸していき、道なき道を行くように前人未到の領域に足を踏み入れていく。

 サトゥ氏の渾身の一撃をスマイルが片手に持つ剣で受けた。しかし片腕で押さえ込めるほどサトゥ氏の斬撃は軽くない。スマイルの腕がへし折れた。だが二刀流のメリットを無理やりにでも活かすなら片腕を犠牲するしかなかった。スマイルの二の剣がサトゥ氏の胸を貫く。血反吐を吐いたサトゥ氏がスマイルのへし折れた腕をねじり上げてスマイルの喉を掻っ切る。

 実力伯仲の二人が死傷を織り込んで踏み込めば相討ちになるのは必然だった。

 場所は女神像の手前だ。

 命の火が男たちの肉体を再構築する。そのスピードすら常人のそれではなかった。

 死に戻りした二人が夥しい稲妻を引き連れてアビリティを発動した。

 競うようにアナウンスが走る。


【Skill-Chain(Ability!)】

【RLyeh(Ability!)】


 スマイルが両腕を広げて笑った。


「ははは! どうだ、サトゥ! お前が欲しくて堪らないものを私は手に入れたぞ! 私の下に付けば彼女をお前の好きにしていい!」


 紫電の糸を引くサトゥ氏の目がギョロリと動いてスマイルの傍らを見る。激情に駆られて地を蹴りながら吠えた。


「コタタマ氏は! テメェーのモンじゃねえんだよッ!」


 スマイルが嵐のように激しく回転してサトゥ氏の剣を巻き上げた。サトゥ氏は止まらない。スマイルの腹に膝蹴りを叩き込んで頭を掴んで岩壁に叩き付ける。サトゥ氏の喉をスマイルの剣が横から串刺しにした。

 再度の死に戻り。肉体の再構成すら待たずに駆け出した二人の男が刃を噛み合わせる。

 二人を中心に戦線が拡大していく。助太刀に入った【敗残兵】のメンバーをスマイル麾下のRMT業者や冒険者ギルドの面々が抑える。無関係なプレイヤーが巻き添えになって悲鳴を上げて散っていく。

 様々な思惑が複雑に絡み合い、奇跡的にサトゥ氏とスマイルの一騎討ちが実現していた。メガロッパとハチが声を揃えて叫んだ。


「サトゥさん! 勝って!」


 自分の足で地下祭壇に降りてきたセブンに、アオが斧の先端を突き付けて叫んだ。


「隊長! もう負けんなよ!」


 リチェットの足止めをしているミドリが楽しそうに笑った。


「ガチ勢はやっぱりこうでなくちゃね!」



 4.お犬様の戦い


 地面に叩き付けられた衝撃で揺さぶられた視点が焦点を結んだ。

 砂の上じゃなかったら死んでたな……。

 NAiがお犬様に親しげに声を掛ける。


「よく分かったでしょう? ヤマダ。あなたのしたことは無駄だった。悲劇は何度でも繰り返される。悪意は束ねられ、現実に反映する。あなたは随分とコタタマに甘いようですが……」


 ずっと黙ってNAiの話を聞いていたお犬様が、背中に担いでいる日本刀を鞘からすらりと抜いた。危なっかしい手つきで刀の柄を両手で握り、中段に構える。

 お犬様は出し抜けに言った。


「コタタマくんは可愛らしいものが好きなんじゃ。ぬいぐるみとかな。ふわふわしたものをそばに置きたがる。口も態度も悪いが、世間が見放したあぶれモンと同じ目線に立ってやれる子じゃ……」


 お犬様の身体に異変が起きようとしていた。どこからともなく舞い上がった赤い輝きが丸っこい両手に吹き込まれ、赤い鉤爪が構成されていく。

 俺はおコアラ様の言葉を思い出していた。


(アビリティの多くは他者に影響を及ぼす。それらが微々たるものでも寄り集まれば奇跡を為す)


 それは、正常個体の極致。

 俺とは真逆の発想だった。

 刀の柄をしっかりと握ったお犬様が続ける。


「どんな人間にも二面性はある。お前は悪い面しか見ようとせん。それはな……寂しい物の見方じゃ」


 NAiの美貌が憎々しげに歪んだ。


「やはり、お前だ。私は見誤っていた。私の邪魔をしていたのはお前だ。コタタマではない。Goatではない。お前さえ居なければ……!」


 遅れて到着したゴミどもが悲鳴を上げる。


「お犬様っ……!」


 どてっ腹に風穴を開けられた俺はぐったりしながらゴミどもが余計な手出しをしないよう制した。

 いいから黙って見とけ……。


「見捨てろってのか!?」


 違う。

 ……お犬様は強いんだよ。

 スポチャンルールとはいえ、世界最強の男に勝ってるんだからな。


「えっ」


 グルルル……

 お犬様が獰猛な唸り声を発して刀を肩に担ぐようにして切っ先を突き出して構える。

 触手形態の律理の羽が左右に分かれていく。まるでお犬様に自らの意思で道を譲るように。

 NAiは戸惑っている。律理の羽の動作不良じゃない。お犬様の心を読んでNAi本人がそうしている。

 つまりお犬様は分身して左右から挟み込んで叩くつもりでいる。物理的に不可能なことを本気で考えている。それは……。

 お犬様が言った。


「分かるか。見えるか。読めるか。これが殺気じゃ。ワシの一族は先祖代々、心を読める人間を相手にどうやって勝つか本気で考えとった。いや、ワシの一族に限った話じゃないな……。剣術家はみんな似たようなこと考えとった」


 NAiが律理の羽をマニュアル操作に切り替えた。ねじれた切っ先がお犬様に殺到する。

 それらをお犬様は刀一本で制した。体捌きや足運びの妙によるものだった。

 お犬様が続ける。


「こんな下らないモンはワシの代で終わらす。時代錯誤も甚だしいよってな……。剣なんぞ持ち出しても何も解決せんよ。なぁ、嬢ちゃん。そうじゃろ」


 NAiは後ずさりした。プレイヤーの心を読めるという絶対的なアドバンテージがむしろ足枷になっていた。


「……ヤマダ。あなたは素晴らしい使い手です。達人と呼ばれる人間がこれほどとは……。その技術を絶やすのは惜しいと考えるのは私だけではない筈だ」


「何から何まで否定はせんよ。でもな、他にもっとやれることはあるじゃろ。スポーツはいいぞ……」


 NAiが金属片を無秩序にバラ撒く。

 しかしそれすらお犬様の気迫に引きずられて大きな偏りがあった。

 意識してどうにかなるものではなかった。

 ずっと安全圏に居たのに、急に真剣勝負の場に引きずり出されて対応できるほど人間の身体は便利には出来ていない。

 要するにNAiはお犬様の心を読むことをやめることができなかった。

 すり足で迫るお犬様に、NAiが同じだけの距離を引き下がっていく。

 理屈で言えば勝ち筋はいくらでもある。

 しかしその理屈に縋れるかどうかは別問題だった。

 そしてお犬様もまた非情に徹することができないお方だ。NAiの中に光を見出して説得しようとしている。

 俺が殺るしかあるまい。

 俺は斧の刃をベロリと舐め上げた。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 私の、中の……光……。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
お犬様の伏線回収が熱すぎる
[一言] 悪い子じゃないんです! ちょっと思考と言動と行動が魔族なだけで…種族以外魔族やな?
[一言] 悪い子じゃないんです! ちょっと言動が魔族なだけなんです!
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