細工師への道
理想のタイプとは何か。
理想のタイプとは色んなタイプの女をずらっと並べてその中から一人だけ持って帰っていいと言われてどの女を選ぶかだ。
吟味に吟味を重ねることになるだろう。きっと人生最大の難問になる。考える時間をくれるというなら最低でも三日は欲しい。ろくに勉強なんざしたことがないという人間でもその三日間は過去最高の集中力を発揮してありとあらゆるシチュエーションを想定する筈だ。
俺の場合、理想のタイプはネフィリアということになる。
ただしそれは悩みに悩んだ末の結論であることを強調したい。
この手の話を振ると真面目に考えたことはないと答えるやつが多くてつまらない。
例えば身長にあまり拘りはないと答える男の多いこと。
本当にそうか? 俺は問いたい。
身長は足の長さに密接に関わる要素だ。身長とバストサイズの関連性は立証されていないが、俺の長年の研究では決して無関係ではない。ただ食生活や生活習慣の影響が大きいため平均値に収斂していっているのではないかと推測している。
俺は理想のタイプに関してミリ単位に至るまで明確なビジョンを持っている。
それなのに理想からかけ離れたタイプの女性に惹かれてしまうなのは何故なのか。
例えばシルシルりんだ。彼女を初めて目にした時、俺はちんちくりんが毎日コツコツ飽きもせずによくやるなーと思っていた。
当時の俺は少しばかり荒んでいたので、自分とは縁遠い人間だと決め付けて遠巻きに眺めるだけだった。
初めて話した時はどうだったかな。きっかけというほどのことはなかったと思う。
1.クランハウス-居間
細工師と言えばシルシルりんである。
より正確に言えば俺のゴミ一覧表じみたフレンドリストからガラの悪い輩や細工師とは名ばかりのゴロツキをキレーに取り除き、クソの役にも立たない雑魚キャラを丁寧に除外して細工師でフィルターを掛けると、あら不思議、シルシルりんとシロ様クロ様だけが残る。見た目もスッキリするし、なんて美しいフレンドの輪なんだろう。今後は俺もそこに加わって四人で仲良く踊りたい。
本日はその記念すべき第一歩ということになるだろう。
俺が彫り師に転向する旨を告げると、シルシルりんは大変喜んでくれた。仕入れの時間になるなりウチの丸太小屋に飛び込んできて、俺に細工の手ほどきをしてくれることになった。嬉しくて堪らないといった様子で俺の隣に座ってニコニコしている。
「私ね、ずーっと前からコタタマりんは手先が器用だし細工師に向いてるなって思ってたんです!」
俺、手先器用なの?
自覚はなかったが、シルシルりんがそう言うならそうなのかもしれない。
シルシルりんはぽっと頬を赤らめた。
「器用って言うか……私、コタタマりんの指が好き……」
もう細工なんてどうでも良かった。シルシルりんは俺の女だ。さっそくイチャつこうとする俺の手をシルシルりんがぺんっと叩いた。
「ダーメ! 今日は細工のお勉強をします!」
むぅ、今日のシルシルりんは熱く燃えてるぜ。その熱意に俺も応えたい。よろしくお願いします!
「よろしい!」
シルシルりんは腕を組んで鷹揚に頷いた。
でもダーリン? 俺は鍛冶屋とはいえ、ずっとデサントでやって来たんだ。戒律武器だって何度も作ってきたし、基礎は出来てると思うんだよね。
シルシルりんはぶんぶんと首を横に振った。
「いーえ! そんなことはありません!」
シルシルりんの細工講座が始まった。
「いいですか、コタタマりん。細工師は武器を作れません。でも武器じゃないものなら作れます」
アクセサリーだね。
「正確には貴金属と宝石類です」
……金や銀、ルビーやサファイアといった希少な鉱物は、この世界では価値が低い。
脆いからだ。
ろくな武器にならないし、ゲームの中でどれだけ宝石を集めてもリアルの暮らしが豊かになる訳じゃない。つまり使い道が限られる。
俺とて彫り師が楽な商売だとは思っていない。とはいえ、やってみないことには何とも言えないというのが本音だ。どんなにWikiを熟読しても体験を伴わなければ専門用語のオンパレードで全然頭に入って来ないのと一緒だな。
シルシルりんがパンと手を打った。
「では、さっそくやってみましょう!」
お、いいね。
よーし、シルシルりんにいいトコ見せるぞ。俺は魔石を指で摘んで目の前に掲げた。俺のレベルはロストでリセットされたが、何千何万と藁人形を編んできた経験は無駄じゃない。ビー玉くらいの大きさの繭を作って指先でこねる。何を作ろうか。指輪……いやブレスレット辺りかな。
はい、ブレスレット〜。
俺はブレスレットをクラフトしてシルシルりんに手渡した。シルシルりんの判定や否に?
「むむっ。これは……思ったよりもちゃんと出来てますね。コタタマりん才能あるかも!」
やったー!
……シルシルりんは俺を誉めて伸ばそうとしている。俺は両腕を突き上げて喜んでいるふりをしながら素早く計算した。
ご褒美! ご褒美ください!
「ご、ご褒美?」
誉めて伸ばす方式には前言撤回できないという弱点がある。言質を取られるに等しい。
思ったよりもちゃんと出来た俺はご褒美を要求した。
ほっぺにチューしてください! 俺はそれが一番嬉しいので!
……本当はもっとスケベなことを要求したかったが、ほっぺにチューくらいなら通るだろうという読みがあった。
ゴミどもに揉まれて過ごしてきた俺の読みの深さはシルシルりんを上回っている。
「し、仕方ないですね〜。コタタマりんは、まったく、もう……」
シルシルりんは周りに誰も居ないことを確認してから俺のほっぺに唇をかすめた。真っ赤な顔をしてパッと俺から離れる。
「はい! ご褒美おしまい!」
……特別な所有権は作動しなかった。眠っている女にチューしようとしても弾かれるというのに。……羞恥心は決定的な要素ではない? 自発的な行動だからか? いや、ルールにブレがある。NAiの判定か。つまりヤツを封じないことには……。
俺は内心で歯噛みした。……俺たちはチャンスを逃し続けてきたのか。
そのようなことを考えていることをおくびにも出さず、俺はシルシルりんのほっぺチューに舞い上がった。でへへ……。相好を崩す俺にシルシルりんは照れ隠しに実務的な話に戻した。
「次ですっ。私がクラフトするので、それを加工してみてください!」
そう言ってシルシルりんはブレスレットをクラフトして俺に手渡した。
俺はシルシルブレスレットに【戒律】を刻もうとするが……。
ああ、なるほど。うまく行く気がまったくしない。諦めてシルシルブレスレットをコトリにテーブルに置いた俺にシルシルりんは我が意を得たりと頷いた。
「難しいでしょう? そうなんです。他の人が作ったものを加工するのは難しいんです。でも、細工師というのは、むしろそちらが本業なんですよ。店頭に並べてる商品はサンプルというか、看板に近いですね。私はこういうの作ってますよーっていう」
自分で作ったものならば、それがどんなモノなのか大体分かる。しかし加工は他人が作ったモノの情報が勝手に降りてくることはない。無理に【戒律】を刻めば壊れるだろう。
シルシルりんは続けた。
「たくさん練習すればできるようになりますけど、練習すればするほど赤字になりますから」
粗悪品でも売って資金にするしかない。そういうことか……。
総合すると、俺は武器の精錬を生業にするしかないようだ。客の武器をへし折っても金を稼げる体制を作り上げる。
俺はかつて精錬をあこぎな商売だとこき下ろしたが、実際にやる側からしてみると儲けを出す手法なのだと分かる。そういうことは多い。
ボロ儲けの予感に笑顔が止まらない。ニコニコしている俺に、シルシルりんは不吉な予感を得たのかもしれない。イヤそれは穿ち過ぎか? いずれにせよ俺の選択肢を増やそうとしてくる。
「鍛冶屋さんは個人で完結することが多いですからね。細工師はそうじゃないんです。例えば……コタタマりん。繭を張ってください」
俺は繭を張った。
シルシルりんがシルシルブレスレットを俺の繭を突っ込む。必然的に俺の繭にシルシルりんの手も入る。
……おお? 俺は感動した。シルシルブレスレットが壊れる感じが急に緩和した。二人で一緒に粘土をこねこねする。
これはクラフト技能の革命だ。しかしシルシルりんはあっさりとしたものだった。
「クラフト技能は一人よりも二人です。仲が悪かったら無理ですけど……」
シルシルりんはニコッと笑った。
「コタタマりんは私のことを信頼してくれてるみたいですね」
可愛すぎる。俺はシルシルりんをメチャクチにしたいという衝動に駆られたがグッと堪えた。急いては事を仕損じる。物事には順序というものがある。俺はハーレム願望のクソ野郎なので、キープしている女たちのバランスを意識せねばならなかった。我ながら最低の思考だが事実だ。ゲームで純愛などというものを貫く理由が分からない。俺は女キャラときゃっきゃするために大して興味もないラスボス戦に身を投じてきたのだ。ラスボス戦と見るや急に大人しくなるゴミどもと同程度の報酬では納得できない。俺の浮気癖は正当な報酬なのだ。
俺とシルシルりんの手が繭の中で溶け合うようだ。俺はシルシルりんに引っ張られるように嬌声を上げた。アッー!
シルシルりんははじめての共同作業に顔を真っ赤にしている。泡が弾けるように消え入るような声で言った。
「……私のパンツがあれば上手くできるんですか? コタタマりんの……エッチ」
俺はギュンッと黒魔石を組んだ。少しでも意識を散らさなくては自分の理性を信じることができなかった。セクハラ神様の気配を感じた。一人の女に満足しそうになった時、セクハラ神様は本当にそれでいいのかと問い掛けてくる。良い訳がない。生物学上、種族人間の男は浮気を前提とした肉体構造になっている。純愛などというものは社会的通念に植え付けられた錯覚に過ぎないのだ。
俺は全身を蝕む黒い紋様を解き放った。ゴミどもよ、俺に力を……!
黒い波がウチの丸太小屋の壁を貫通してゴミどものゴミのようなアビリティと干渉する。俺が幸せになるのが気に入らないゴミどもは、もっともらしい理屈で俺の昂りを鎮めてくる。ガンッガンッとサービスショットを送ってくるクソ野郎も居た。うぐっ……! ささやき魔法の映像送信は負荷が大きい。俺はビシャッとドス黒い血を吐いた。口からボトボトと血を垂らす俺にシルシルりんが悲鳴を上げてしがみ付いてくる。
「こ、コタタマりん! どうしたの? 大丈夫?」
服越しに小ぶりなおっぱいが腕に触れて、俺の理性は崩壊寸前だ。ぴんと大気が張り詰める感じがした。なんだ?と思う暇もなく、俺の身体から滲み出た赤い輝きが大気を蝕んでいく。見覚えのある輪郭に俺は驚愕した。
っ、セクハラ神様……!?
硬直しているシルシルりんにセクハラ神様の触手がゆっくりと迫っていく。処理速度が追いついていないようで、ジジジと不快な音を立てて室内の光景が脱落していく。ラグ落ちする……? いや、そんなことはどうでもいい。
神などというものは実在しない。
しかし宗教というものは強大な力を持っている。
種族人間に規範を示し、一方で戦争に駆り立てるのが宗教だ。
その中核を成している「神」は純粋な力そのものと解釈することもできる。
そしてVRMMOとはプレイヤーの心をスキャンすることでしか成り立たない。
ハード本体がヘッドセットや大型の筐体ではなく血圧計なのは、わざわざ脳みその近くにスキャナーを置く必要がないからだ。人間の五体は血管や神経で繋がっている。つまるところ種族人間の肉体は言うほど複雑な造りにはなっていないのだ。
身体の末端から心を読み取る機器。その機器は種族人間の心に棲む神をどう解釈するのか……。
いずれにせよ、ウチの丸太小屋にセクハラ神様が降臨しようとしていた。
敬虔な信徒たる俺を誘惑したことでシルシルりんは神の怒りを買ってしまったのか?
俺はボトボトと血を吐きながら焦って言った。
ま、待ってくれ。シルシルりんは、違うんだ。俺が……俺が悪いんだ。全部俺が……!
日本人の宗教観における神とは、気まぐれで無慈悲なものだ。
セクハラ神は俺の言うことなど気にも留めない。しかし顕現は明らかに不完全なものだ。俺はシルシルりんへと迫る触手を凝視して片手を突き出した。血反吐を撒き散らしながら吠える。コンテナぁ!
黒い金属片の遠隔操作。ロストを繰り返すうちに気付けばできるようになっていたワザだ。
箱状に結集した金属片がセクハラ神の触手を千切り取ってゴトンと床に転がる。
俺の片目が潰れ、俺の胸と腹を裂いて黒い金属片が突出した。あ……? 俺はドテッと床に倒れた。何を、された……?
ウッディが慌てて言ってくる。
(む、無理だ、シンイチ。そいつには逆らうな……! 次元が違う……!)
そういう訳にはいかねえだろう……。
シルシルりんが俺を抱き起こしてくれた。
「と、とにかく逃げましょう!」
だ、ダメだ。シルシルりんは逃げて……。アイツは俺の中から出てきた……。俺がケリをつけにゃあ……。
シルシルりんが俺を引きずってウチの丸太小屋から出る。セクハラ神は顕現に手こずっている。触手がわらわらと俺たちを追ってくるが、ラグの嵐に見舞われて思うように進まないようだ。だがそれも時間の問題だろう。逃げきれるとはとても思えない。
「え……?」
シルシルりんがギョッとして動きを止めた。なんだ……? 俺は顔を上げた。
人間の里の方角に巨人が浮かんでいた。いつもの粗大ゴミじゃない。シルシルりんの小さな唇がわななく。
「プフさん……?」
違う。似ているが、細部のフォルムが異なる。ペペロンの兄貴でもない。どちらかと言えばベムトロンと似ている。
新手の宇宙人だ……。
新手の宇宙人が腕組みなどして言う。
【ここがヒューマンの巣か。まずは挨拶代わりだ】
光の輪が浮かび上がり、そこから四方八方にレーザー光線が放たれた。レーザー光線とは言うが見た目だけで、光速で突き進むようなものではない。R-TYPEの反射レーザーに近く、実際にそんな感じだった。
降り注いだレーザー光線が地面や木に当たって乱反射した。【全身強打】の変形だ。非生物で反射。反射角度は一定じゃない。入射角度か。
俺はシルシルりんを庇おうとするが、どうすれば正解なのか分からず迷う。俺はよく見える目を持っているが、別に計算を早くできる訳ではないのだ。血が足りない。頭が回らない。いや、そうか。表面積を減らすことだ。立ったままよりは座ったほうが被弾率は下がる。そう思いついて実行に移すよりも早く、俺はシルシルりんに突き飛ばされて尻もちをついた。
「あ……」
シルシルりんのお腹をレーザーが貫通した。し、シルシルりん……。
こぷっと血を吐いたシルシルりんが俺にニコッと微笑む。
「ごめんね。コタタマりん、大丈夫だった?」
前のめりに倒れ込んだシルシルりんを俺は抱きとめた。シルシルりんの身体が自壊していく。
俺の足元に死出の門が咲く。
吹き上がった命の火に煽られて、俺の皮膚がボロボロとめくれ上がっていく。
ウッディの声が俺の背を押す。
(シルシルはイイ女だ)
ああ。俺なんかには勿体ないくらいさ。もっとも誰にも渡す気はないがね。
俺は完全変身した。シルシルりんを殺したクソ宇宙人を見据えて、全身から黒い紋様を放つ。言った。
【殺す】
クソ宇宙人が身体の向きを変えてこちらを見る。
【チッ、聞いた話と違うじゃねーか……】
俺は咆哮を上げて突進した。
エンドフレームに換装すると脳みそのデキも良くなる。並列思考を進める傍ら、頭の片隅に今更ながら疑問が浮かぶ。
……ええ? 神って実在するの?
これは、とあるVRMMOの物語。
アビリティの相互作用、的な……?
GunS Guilds Online




