再会
1.ポポロンの森-上空
エンフレタクシーに乗って女神像を登録していく。
仙人のドコが変ってコイツらは定石通りには動かない。他国に来て真っ先にやるのは女神像の登録だ。どう考えたってそうなる。登録前に死んでしまったら全部無駄になるからだ。しかし仙人はそういうふうには考えない。コイツらにとって砂漠を乗り越えて俺から金を借りることやそれが徒労に終わることは一種の芸術なのだ。
とにかく女神像の登録をしろと言う俺に、ヂーインと名乗った仙人サマはこう反論した。
「しかし、こうして出会えたではないか。人は流れ、移ろう。女神像の登録が流れに沿ったものでないなら、それは今やるべきことではないのだ」
何を言っているのかまるで分からなかったので俺はエンフレタクシーを拾って金欠仙人二号を放り込んだ。俺も乗り込んで「近場の女神像からぐるっと」とエンフレ運ちゃんに告げる。ついでに俺も登録を済ませておこう。
なお、エンフレタクシーというのは俺が立ち上げたエンフレ航空会社の変形だ。変形というかアイディアをパクられた。俺が想定していたよりも種族人間のロスト問題は深刻かつ常態化しており、海外に行くのはちょっと……でもどうせエンフレに変身しちゃったし、ちょっくら小遣い稼ぎでもしようかなーという連中が居るらしい。
ウチの航空会社のほうがイイ稼ぎになるぜと誘いを掛ける俺に、エンフレ運ちゃんは楽しげに語った。
【外国にはあんまり興味なくてね。国内で細々とやってるのが性に合ってる】
同乗しているヂーインはウンウンと頷いて世捨て人みたいなことを言っていた。
「便利な世の中になったものだな」
そうね。
エンフレタクシーの登場により、女神像巡りは劇的な時間短縮を見込めるようになった。
……だが、何か間違った方向に進んでいるような気がするのは俺だけか?
エンフレ狩りのゴミどもを叩き潰して勝利の雄叫びを上げるエンフレ運ちゃんを見て、俺は言い知れない不安を感じていた……。
2.白の洞窟
女神像の登録を終えたら、次は仙人サマと一緒にダンジョンアタックだ。
スズキとイイコトしようとしてたのに邪魔されたのでイラついて怒鳴ったけど、俺は基本的に仙人が大好きだ。コイツらは使える。
やって来たのは白の洞窟。
高低差が大きなダンジョンで、シラタキのような滝が下に行くたびに合流して地底湖に流れ込む構造になっている。
む、ヂーインが何か言っている。あんだって?
滝の音で聞こえないとジェスチャーする俺に仙人サマは叫ぶのが嫌らしく身体を傾けて俺の耳元に口を寄せてくる。
「ここに何をしに来たんだ?」
俺も仙人サマに倣って耳元に口を寄せる。
金は貸す。ただ、俺はあんたのことをろくに知らない。知らないやつに金を貸すのも変な話だろう。だから一緒に遊ぼうってことよ。
俺の言い分にヂーインは納得したらしく、なるほどと頷いた。ひらりひらりと岩から岩へと飛び移っていく。その動きが自分の肉体を完全に制御下に置いているものだったから、おっかなびっくり下へと降りている俺はぐびりと喉を鳴らした。……イイねぇ。
ここ白の洞窟はサハギンの寝ぐらだ。
サハギン狩りはトップクラスの廃人ですらさじを投げた難関ミッションで、エンフレ大量投下しようにも狭すぎる。一機や二機じゃサハギンに狩られるしな。かなり無茶をすれば魔石の一つや二つは持ち帰れそうなものだが、まず市場に流れることはない。
しかし俺はどうしてもサハギンの魔石が欲しかった。和食には魚介類が欠かせないからだ。どうにかして手に入らないかと悩んでいたところに歩く戦略兵器の仙人サマがノコノコとやって来た。これは天啓だ。天が俺にサハギンを狩れと言っている。そして先生に魚料理を奉じるのだ。
俺は先を行くヂーインのなよっとした細い手足を見て舌舐めずりをした。スィシーと同じくキャラクリには大して興味がないらしく、少年のような姿をしている。ちょうど封神演義に出てくる仙人みたいな感じだ。落ち着いた所作と若々しい外見が釣り合っておらず、ちぐはぐな印象を受ける。筋骨たくましい男も頼り甲斐があってイイが、これはこれでなかなかどうして趣きがある。たゆまぬ修練に裏打ちされた己に対する絶対の自信が魅力的に映るのだろう。
最下部に降りた俺たちは不気味に静まり返った地底湖を前にして作戦会議をすることにした。ここまで来れば普通に話せる。合流した滝が瀑布となるような構造ではないのだ。むしろこのダンジョンは白く濁った水をろ過する一種のフィルターの役割を果たしているのではないかと目されている。
そう、この星の気温を一定に保つ巨大なエアコン装置の一環だ。
青の洞窟に点在する地底湖、緑の洞窟に生えているキノコ群もそうだ。きっと何らかの役割がある。ひょっとしたら地上の生存競争に敗れて常設ダンジョンに追いやられたモンスターたちも。生物の体内で行われる化学反応を利用しているのかもしれない。
……俺たちも他人事じゃないよな。プレイヤーがモンスターを狩ることで魔石がドロップする。魔石はクラフト技能の代償となる。クラフト技能はこのゲームの運営ディレクター、ョ%レ氏の固有スキルだ。MMORPGというゲーム形態。不必要なまでに強すぎるMOB。苦労してモンスターを倒しても魔石の回収を断念せざるを得ない場面もある。
だが、仮に俺たちが歯車の一つだったとしても、先に進むしかない。何故なら俺たちはゲーマーだからだ。たとえ悲劇が待ち受けていようともエンディングに向かって突き進んでいく。
よって今日はシーフードをゲットする。
へへっ、ヂーインの旦那。頼んまっせ。ほら、仙人サマの例のアレでね、エラ呼吸の連中に目にもの見せてやりやしょうぜ。
おっと仙人サマがストリップを始めたぞ。パンイチになると、服を脱いでキチンと畳んだ。いや、そうか。いくら仙人サマでも魔石を回収するためには地底湖に潜らなくちゃいけないのか。水を吸って濡れた服は重いし、手足に巻き付いてきて動きの邪魔になる。水泳選手ですら服を着たまま海に飛び込むことはない。
よし、旦那ぁ! あっしは旦那のお召し物を持ち逃げする輩が居ないか見張ってますぜ!
「何を言ってる? チェンユウ。お前も来るんだ」
へあ?
俺は素っ頓狂な声を上げて硬直した。
そ、空耳ですかね……。今、何か俺も一緒に来いと聞こえたような……。
仙人サマは何を当たり前のことをと言うように続ける。
「私のことを知りたいんだろう? 共に行かずにどうする」
そりゃそうだな。俺は納得した。俺自身が言ったことだった。一緒に遊んで相互理解を深めるのだと、ついさっきこの口で言った。
ぐ、具体的には? 具体的な案はあるのか? 赤い糸みたいなの出してたよな……。殺傷力はあるのか?
「半幻術は使わない。あれは時間の無駄を省くための術だ。この場で使うことに意味はない」
ほ、ほう。で、では?
「魚人は強い。私でも三つに一つといったところだろう。しかし一対一は望めない。チェンユウ。お前の協力が要る」
俺に死ねと?
ヂーインはニコリともせずに、じっと俺を見つめた。ゲームのキャラクターならではの日焼けしてもリセットされる白い肌がまぶしかった。
「そのための女神像だろう。チェンユウ。これが流れだ。運命とも言う」
何を言っても無駄だと悟った俺は強気に出た。バッと服を脱ぎ散らかして言う。
分かった。俺も同行しよう。あの魚野郎には俺も何度か煮え湯を飲まされてる。あんたと一緒にひと泡吹かせるのも悪くない。だが本当に勝てるのか? 俺もゲーマーなんでね。ダメでしたけど一生懸命がんばったので満足ですなんて言えるほど能天気じゃねえ。成果が欲しいね。
「言ったろう。三つに一つだ。それも一対一ならばな。お前次第だ」
上等。俺はニッと笑った。お手並み拝見と行かせて貰うとしよう。
パンイチになった俺とヂーインは頷き合って、そろそろと地底湖に身を沈めていく。景気良く飛び込みたいところだったが、水中戦で大きな音を立てるのは厳禁だ。たちまちサハギンの群れに囲まれる。ヤツらは憎きタコさんを想定敵と定めており、種族人間を急に出現した気持ち悪い雑魚とは見なしてくれない。
そしてタコさんの襲撃を警戒しているがゆえに基本的に単独行動はしない。
岩を削って作った不恰好なモリを手にしたお魚さんが二体、猛スピードでこちらへ泳いでくる。
サハギンと言えば大抵のRPGでは序盤に出てくる雑魚MOBなのだが、こちらの世界では何を間違ったのか通常の30倍ほど強い。まず筋力からしてケタが違う。腕のひと掻きで数メートルは進んでくる。モリもゴツい。殴られただけで人間は死ぬ。
ヂーインが接敵した。引き結んだ口元から泡を漏らし、サハギンの突きをいなす。サハギンの動きは力強い。それゆえに大量の水を掻き分けて進むことになる。そうして巻き起こった水流をヂーインは利用している。理屈としてはそういうことなのだろう。それがどれだけ難しいことなのかすら俺には分からない。ただ、ハッキリと言えるのは俺にヂーインの真似はできないということだ。
俺はもう一体のお魚さんに無双三段みたいなのを食らってる最中だ。初撃の突きで死んだので、ふわっと幽体離脱して圧巻の死体蹴りを眺める余裕さえあった。
ロマサガの無双三段は槍でブッ叩いてから突きを入れるが、それはビジュアルの都合だろう。絶対タコ殺すマンのお魚さんは突きから入る。続く第二撃で俺の身体をモリでブン投げ、渦巻きで拘束したのちに高速で接近。モリをドゥルルッと旋回して俺のボディを水上へと打ち上げる。湖面を割って打ち上げられた俺のボディをお魚さんが目で追う。タコさんはこの程度では死なない。水中で油断なくモリを構えて再戦に備える。残心。生存競争に敗れ、こく一刻と迫る滅びの時を研鑽に当てたお魚さんに死角はない。モリをぶんと振って構えを解き、湖面を見つめるお魚さんの胸に去来するものとは、過去の栄光か、それとも……。
さて、俺が最短でくたばったのでヂーインもやられた。水流を利用して戦う都合上、どうしても時間が掛かるし敵が増えるとどうにもならないようだ。これは種族人間の肉体構造上の限界と言っていい。つまりお魚さんが巻き起こす水流に逆らって動くのは無理なのである。
サハギン強ぇなぁー。
ダッシュで死に戻りして第二戦。試しに目を使ってみることにした。お魚さんの艶のある鱗を舐めるように見つめてタゲを取る。せめてもの抵抗に平泳ぎですいすいと逃げてみるが、速攻で追いつかれてドゥルルッてされて退場。ヂーインの水流戦法は不発。お魚さんが向かって来ないことにはどうにもならなかった。
三戦目。エントリーポイントをズラしてみる。少しでも距離を稼いで俺を殺し終えたお魚さんが加勢するまでの時間を引き延ばすのが狙いだ。大した時間稼ぎにはならず、二人揃ってドゥルルッてされて終了。
四戦目。二人では無理という結論に至る。使い物にならない俺に代わって期待の新戦力、知らないゴミがパーティーに加入。軽く面接を実施した結果、やる前から俺と大して変わらない雑魚であることが判明。というか水中戦をこなせるプレイヤーなど仙人くらいではないのか。ここで人海戦術に移行。いっぺんサハギンとヤッてみるかと軽い気持ちで死にに来たゴミどもを徴兵し、一斉に地底湖に叩き込む。これは上手く行くかと思われたが……。
しかしそこはサハギン。水棲生物である。水音か何かで俺らの人海戦術を看破し、大量動員してきた。なるほど。地底湖は種族人間の血で赤く染まった。
そして運命の第五戦。
たかが魚と見下していたことを詫びよう。
俺は好敵手に敬意を払った。
こうまでどうにもならないモンスターというのも珍しい。今までで最強の敵かもしれん。無論レイド級ほどではないが、この難攻不落ぶりは攻城戦に通じるものがある。
犠牲なくして先には進めない。
ならば払おう。対価を。
俺はバッと片腕を突き出して人間爆弾の投下を命じた。
チワワが俺にしがみ付いてきて人間爆弾たちの助命を懇願する。
「こんなっ、こんなのは間違ってますよ! こうまでする価値があるんですか!? 魚が無理なら肉でいいじゃないですか! 司令!」
土に根をおろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。……ラピュタのシータの言葉だ。
人は土を離れては生きていけない。同様に……海に潜り魚を捕ることが人間の在るべき姿なのだよ。避けては通れん。
俺はくわっと目を見開いて再び命じた。
投下せよ!
悲壮な決意を固めた人間爆弾たちが湖へと沈んでいく。一人、また一人……。ややあってから、湖面がパッと光る。パッ、パッ、と断続的な光が湖面を照らしていく。それは命の輝き。散って行った数々の命の最後の瞬き……。
【重撃連打】による重爆撃。
半魚人どもはエッダの眷属をよく知り、よく警戒するがゆえに侵入者に対して迂遠な迎撃手段を持たない。相当な大打撃を与えた筈だ。俺は散って行った命を思う。お前らの死は無駄にはせんぞ……!
そして近接職を率いて地底湖に飛び込まんとした、まさにその時である!
湖面を割って巨大なお魚さんが飛び出した! 地響きを立てて陸地に降り立ったお魚さんが両の足で大地を踏みしめる。
俺は驚愕した。
じ、上位個体だと!?
アナウンスが走る。
【上位個体と遭遇しました】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:上位個体の討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ウオロク】【Level-812】
3.決戦
常設ダンジョンに出没するモンスターにレイド級は居ない。
レイド級の正体は過去に実在した異常個体のクローンであり、これは確定情報ではないが……レイド級に埋め込まれたガムジェムは戦闘記憶の一種。ョ%レ氏のクラフト技能ならやれる。代償さえクリアできれば戦闘記憶を量産できる。それは驚くべきことではない。律理の羽だけはどうしても量産できないということは、他はやれるということなのだ。多くの人間が尊び、この世にたった一つしかないと歌われる命や記憶ですら、クラフト技能は作ることができる。できないほうがおかしいのだ。同じものを作ったら同じように動くだろう。魂や霊魂などというものは実在しない。そんなことは現代を生きる人間なら誰だって知っている。ただ認めたくないだけだ。自分の代わりになれる存在は居ないと思わなくてはやって行けない。人生は空虚だ、死後の世界などないと強がったところで、何も解決はしないからだ。人は死ぬ。死ぬのは嫌だ。ならば歯を食いしばって精いっぱい生きていく以外にないではないか。
しかし俺は動けなかった。
う、ウオロク……。お前なのか?
ズンと踏み込んだウオロクがブンとモリを振るう。デカい。速い。説明不要!
俺の上半身が消し飛んだ。俺だけじゃない。たった一撃で地底湖に集まったプレイヤーの半数近くが死んだ。俺の近くに立っていた仙人サマも死んだ。人間が反応できるレベルの攻撃ではなかった。
プレイヤーはどんどん強くなる。しかしモンスターもまたプレイヤーを上回るスピードで強くなっていく。進化していく。
ウオロクが咆哮を上げた。
レイド級と上位個体が持つ下知の力だ。
地底湖からサハギンの群れが陸地に這い上がってくる。
今や立場は逆転した。
狩る側は狩られる側へ。
追撃戦に移行したサハギンの群れが逃げ惑う種族人間をモリで突き殺していく。
プレイヤーの亡骸に埋もれて、尻もちを付いているチワワが呆然として言った。
「ネームド……? 誰が……」
魚人の王が巨大なモリを振りかぶる。
その巨躯はレイド級とまでは行かないが、通常個体の三倍近い。
立派になったな……。
ふわっと幽体離脱した俺はフッと微笑した。
これは、とあるVRMMOの物語。
隠し子、発覚。
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