新たなる脅威
1.クランハウス-居間
うあ〜ん。スズキ〜。スマイルの旦那の俺を見る目が怖いんだよ〜。
びびるだけびびって終わるのも何なので、俺は恐怖体験を有効活用して半端ロリに慰めて貰うことにした。
居間のソファに体育座りしてメニューをいじっていた元無口キャラが「んー」と生返事をして脚を崩し、ぽんぽんと膝を叩く。ではお言葉に甘えて。俺はスズキの太ももに頭を乗っけた。スズキがメニューをいじりながら尋ねてくる。
「スマイルさんがどうしたの?」
俺は事情を話した。
スズキはウチのメンバーの中じゃ一番流行に聡い。ミーハー感度が高いと言うのか。最先端技術を取り入れるのが早く、今もスマホをいじる感覚で6sTVとWe.TVを横目に見ながら俺の話を聞いている。ともすればおざなりな態度に見えるかもしれないが、自分の趣味と人付き合いを並行する感覚はスマホ世代の現代っ子ならではだ。元より並行処理は種族人間のスペックを越えており、感情の出力が追い付かないので、気紛れな態度に周りは振り回されることになる。
素っ気ない様子だった半端ロリが急に俺を抱き寄せて身体を押し付けてくる。
「新しい女のことなんか私が忘れさせてあげる」
……いや、新しい女のことは別にいいんだ。なんか俺に引退しろとか言ってたけど、ガチ勢について色々と愚痴を言い合ってスッキリしたからフレンド登録したんだよ。
スズキは胸に搔き抱いた俺の頭を撫でている。
「そうやってすぐ誰とでも仲良くなるから、私が不安なの知ってるでしょ? 面倒臭い女だって思われるの嫌だから我慢してるけど、コタタマのこと縛り付けちゃえば関係ないんだよ?」
俺がこうやって甘えるのはお前だけだよ。
「嬉しい。もっと甘えて。もっと私に恥ずかしいところいっぱい見せて」
囁く声は耳朶を甘く震わせ、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。小ぶりなおっぱい越しに胸の鼓動が伝わってくる。体温が混ざり合って溶けていってしまいそう。まるでぬるま湯に浸かっているような心地良さ。しかし騙されてはならない。これは泥……。この女は蛇。男を堕落させる悪魔……!
「おっぱいがいいの?」
俺は巨乳派だ。人生を貫く筈の強く硬い主義主張が、今目の前にある貧乳の前では全ての意味を失っていくかのようだった。せめてこれだけはと守ってきた俺という存在の芯が実はシャーペンの芯だったと気付かされるような、魂を犯される恐怖があった。しかしその恐怖があまりにも甘美で、抗う意味すら見出せなくなっていく。
「太ももで挟んで欲しいの? こう?」
他人事のように、俺はスズキエンドを迎えるのだと思った。そこには喜びも悲しみもなく、ただ事実だけが残った。それはちっぽけな人間の力ではどうにもならないことで、ありのままに受け入れるしかなかった。
俺はコクリと頷いてまぶたを閉じた……。
2.愛の通勤電車
ガタン、ガタン、電車に揺られている。行き先は分からない。いつ乗ったかも。
……理屈ではなく、別れの時がやって来たのだと悟った。
男ならば誰しもが一度はここに訪れることになる。
それは多くの場合、ハーレムという夢が折れる時。諦めが頭を過った瞬間だ。
電車の座席に座ったセクハラ神様が、新聞紙を読むふりをして女性の品定めをしていた。
俺は尋ねずにはいられなかった。
神よ。何故ですか? どうせ叶わぬ夢ならば、最初から与えて欲しくなかった。俺の腕は、あなたとは違って二本しかない。抱き締めることができるのは一人だけだ。俺は……俺はね、やるだけやりましたよ。一人の女に束縛されないよう立ち回ったし、自分をハーレム願望のクソ野郎だと公言しておちゃらけもした。
俺はいつしか叫んでいた。
それでも愛しいモンは愛しいし、他の女が目に入らなくなることだってある! だから好意ッてのは厄介な感情だと言ッたんだ! それなのにアンタは俺に諦めるなと言う! こうして当てつけのように呼びつけてさぁ! 何だッてんです!? 苦しいよ! 気が狂いそうだ! アンタが俺に一体何をしてくれたッていうんだ!?
キキーッとブレーキ音を立てて電車が停車駅に停まった。学校が近くにあるのか、女子高生が途中下車していく。
セクハラ神がゆっくりと新聞紙を折り畳んで俺を見た。
その大きな目がギョロリと動いて、俺の背後へと向けられる。
乗車してきた一人の男が怪訝そうに眉をしかめる。
「……こんな怪物を腹に飼ってる人間が居るのか」
言下に赤い糸が走る。それらがセクハラ神を何重にも巻き付いてきつく戒めていく。
セクハラ神様……!
俺はつい先ほどまで口汚く罵っていたのを忘れてセクハラ神様に駆け寄った。
セクハラ神様の口が、ガパッと開いた。大きく笑って力尽くで赤い糸を引き千切っていく。
男が目に見えて動揺した。
「違う? コイツは……お前は一体……」
戒めを解いたセクハラ神様が歯列を上下して言った。
【文句はヤッてから言え!】
七色の声が虹を架ける。
俺は神の威光に撥ね飛ばされた。
3.クランハウス-居間
俺は弾かれたように上体を起こした。振り返って叫ぶ。
誰だ!?
一人の男が廊下に立っていた。
スズキが慌てて着衣の乱れを整えてメニューをいじるふりをする。しかし俺を意識していて顔は真っ赤だしチラチラとこちらを見てくるから演技の程は怪しいものだった。
男が廊下に立ったまま言う。
「神仙の類いか……。そうか。スィシーはお前の中に私と同じものを見たのだな」
スィシー? お前っ、仙人か……!
……ニジゲンから仙人会の連中が俺を追っているという話は聞いていた。そいつらはエンフレには変身できないので砂漠を越えてくるとも。
新手の仙人はニッと不敵に笑った。言う。
「チェンユウ。話は聞いている。当然……この私にも金を貸してくれるんだろうな?」
ッ……!
俺はギリッと歯噛みしてきつく拳を握った。わなわなと震える拳から血の雫が落ちる。
俺は……。
俺は全身で吠えた。
俺は! お前らの財布じゃねェー!
これは、とあるVRMMOの物語。
魔物を蹴散らし、砂漠を乗り越え、国境をまたいで仙人が金を借りに来る。
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