君を離さない
1.居酒屋【火の車】
今日はプッチョムッチョと飲み。
日々レベル上げに勤しんでいる俺にはこうしたご褒美が必要なのだ。
マスター。湯豆腐ってある?
「あるよ」
じゃあそれ。あとポン酒ね。熱燗もいいけど……今日は冷やで。
プッチョムッチョはビールとタコの唐揚げをチョイス。どう見ても共食いだが、本人たちが気にしないなら別に構わないだろう。タコからに麦は最強の組み合わせの一つだよな〜。
「ペタタマぁ。お前、ポン酒なんて飲んで大丈夫なのかよ〜?」
皆そう言う。何故か俺の酒量制限はゴミどもに把握されていて、飲みすぎるとポチョさんに連絡が行く手筈になっているのだ。
ったく、おちおち飲んでもいられねえぜ。
「崖っぷち〜。そりゃオメェーの酒癖が悪いからだよ〜」
黙れモブが。ってな訳で今日は秘密兵器を用意してきた。じゃん。ミニお猪口〜。てれれてっててー。
酒には飲み干す快感ってのがあるからな〜。こいつを使えば一口辺りの酒の量を減らせるっつー寸法よ。
「ほー。なかなか工夫したじゃねえか」
ピエッタが酒とお通しを持ってきてくれた。つーかお前よー。いつまでココで働いてんだよ? 元々は臨時って話じゃなかったか?
「るっせーな。私は色々とやってンだよ。本職だけじゃねーの。たまに狩りもやるし、暇潰しに武器を打ったりもする。バイトもそうだよ」
そりゃーいいことだな。お、今日のお通しはきんぴらごぼうか。いいね〜。このゴマの風味が何とも。くぅ〜。
いやぁしかしプッチョムッチョよ。タコからもいいがよ、ポン酒で一杯やってると魚が食いたくなるな。さんまの塩焼きとかな。何とかならねーの?
プッチョムッチョは駆け付けの一杯をグッと飲み干しておかわりを注文しながらこう言った。
「あ〜? いや、なるだろ。魔石ってのは基本万能だ。いや、でも実際に作れてねえのか。どうだったかな〜」
「俺らも魔石の仕様はよく分かってねえからな〜」
俺はきんぴらごぼうを肴にミニお猪口をグッと飲み干した。うめえっ。うひひ……。
んあ? 魔石ってのはオメェーらの兄貴が作ったもんだろ?
「違ぇーよ。兄貴のスキルを使うのに必要なモンなのに、なんで魔石が後に来るんだよ」
そりゃあ何かを代償にしたんだろ。俺だって自分の血から魔石を作ったりすンぜ?
「ああ、まぁお前らから見たらそうなるのか」
違うのかよ? じゃあ魔石ってのは何なんだ?
「ん〜。俺らはアカデミーの授業をサボってばっかいたからな〜」
「七土が作ったモンじゃなかったか? そういうのは多いぞ」
へ〜。まぁいいや、どうでも。いつかよ、俺ぁお前らにも魚を食わせてやりたいね。
「いや食ってるよ。リアルで」
「魚は小骨がメンド臭え」
そこはお前、先人の知恵ってモンがあるんだよ先人の知恵ってモンが〜。
この日、俺はべろべろに酔っ払ってウチの丸太小屋に帰宅した。帰ったぞオラー! 良い気分でどーんと居間のソファに寝転がる。美味いモン食って酒も入ってる。あとは女さえ揃えば俺は最強になれるという確信があった。特にエロい身体つきをした女なら攻守ともに隙のない万能型の俺になれるだろう。ポチョー! ポチョー! すやぁ……。
2.クランハウス-居間
翌朝。
血圧計を外さずにログインしっ放しで寝た俺は、ブーンのさえずりに目を覚ました。う、〜む。頭がしゃんとしねえ。二日酔いだな。
「じーっ」
ハッ。赤カブトさん。赤カブトさんがじっと俺を見つめている。こ、この目は飲んだくれのダメ亭主を見る目だぜ……。
俺は軽く手を上げてレベル上げの合間に一休みしていたという体裁を装った。
よぉ。ジャム。朝からソファを占領して悪かったな。今日は早くに目が覚めてな……。今、軽く休憩を入れてたトコだ。
「長い休憩ですね。昨日の夜からずっとそこに居たようですが」
もるぁっ。バレてる。ここはもう正直に言って謝っちゃおう。俺は素早く路線変更した。
ちぇっ、悪かったよ。お前らは俺が酒飲んで帰るとあんまりいい顔しないからよ〜。なんだよ。怒ってる? 仕方ねえな〜。こっち来いよ。ぎゅってしてやるから。
赤カブトはぷいとそっぽを向いた。
「やだっ。お酒臭いもん。……朝ごはん作るけど、食べれる?」
食べる食べる。俺はコクコクと頷いて、床に放り投げたままにしてある斧を「ん」と赤カブトに手渡した。首を落としやすいようテーブルに両手を突いて頭を前に出す。
斧を受け取った赤カブトはもじもじと身をくねらせて、
「も〜。朝からそんな……。一回だけだよ?」
俺は恥ずかしがる赤カブトさんに素っ首を叩き落とされた。あらゆる状態異常も死を前にしては虚しい。二日酔いをリセットしてリフレッシュした肉体でウチの丸太小屋に舞い戻った俺は、リチェットの横に座って朝メシができるのを待つ。というかリチェットお前はココで何してる。
「【目抜き梟】で過ごした日々は楽しかった」
それは何よりだ。で、ココで何してる。
「コタタマ。私はイッちゃんたちを親だと思ってる。クランというのは家族のようなものだ。だから【目抜き梟】のメンバーである内は動かなかった。でも私は【敗残兵】に戻ったから、これからは【敗残兵】の私に戻る」
まぁいいんじゃねえか、それで。
エプロンを身につけた赤カブトが居間に入ってきた。当然のような顔をして居座るリチェットを目にして硬直する。
「リチェット、さん……」
何だ。どうした。
リチェットがテーブルにバンと手のひらを叩きつけて立ち上がった。
「Teachと名付けた。それが私のアビリティ。効果は、スキル発動の条件緩和」
突然どうした。術式を開示することで呪力が底上げでもされるのか。呪術廻戦ね。
リチェットは無視して続けた。
「アビリティの発動条件は三つ。自動発動、条件発動、任意発動だ。セブンは例外。スキルはもっと厳しい。職種、戒律、知識、感覚……。私の言っている意味が分かるか?」
……【スライドリード】に二段階目があると判明した時……何故かサトゥ氏の手ほどきを受けたヤツらだけが覚醒できた。鍵になったのは、お前だったのか……。
「その時はまだ自覚はなかったけどな」
俺は後ずさりした。スキル発動の条件緩和……。強制発動よりもタチが悪い。この女は、プレイヤーに芽生えたアビリティを自覚させることができる。それがどんな意味を持つか。
国内サーバー最強のアビリティを持っているのはサトゥ氏やセブンじゃない。この女だ。
リチェットの修道服が黒く染まり、波に攫われるように換装した。
「私のアビリティは条件発動だ。強い感情の発露が引き金になる。コタタマ、オマエと同じだな。だから話した」
……理由に、なっていないように思うが……。
リチェットの長い睫毛が震えた。目尻からあふれた涙が、つ、と頬を伝う。何故、泣く。
リチェットは言った。涙に濡れた声で。
「……ジャム。コタタマを奪われてしまうぞ」
まるで訳が分からなかった。俺を置き去りにして話が進んでいる。
しかし不思議なことではなかった。俺は全知全能の神じゃない。先生のようにはなれない。
リチェットの言葉に目を見開いた赤カブトが、ふらふらと俺に近付いてくる。
俺の口がパクパクと勝手に動いた。
「近寄るな」
ウッディ……。
俺の身体の主導権を奪ったウッディが、びくりと動きを止めた赤カブトに謝罪した。
「……悪かった。今のは私だ。シンイチじゃない。シンイチはお前にそんなことは言わない」
赤カブトがカッとなって言う。
「シンイチじゃない。ペタさんはペタさんだよ。私の……」
「同じことではないか」
そう言ってウッディはぴんと背筋を伸ばした。俺よりも姿勢がいい。
「リチェットに何を吹き込まれたか知らんが……。いや、それは嘘だな。おおよその見当は付いている。だから……ジャムジェム。今のお前には無理だ。だから私がやる。私に任せておけ。それが一番確実だ」
何の話だろう。
分かっていないのは俺だけのようだ。
赤カブトのピンク色の瞳が不安げに揺れてリチェットを見る。
リチェットは目から零れる涙をごしごしと拭っている。
「……その後は? その後はどうなるんだ? ウッディ。わ、私は、別にオマエのことは嫌いじゃないんだ……! なのに、どっちか一人を選ばなきゃいけない。コタタマは、いつも、平気でロストする……。ウッディが憑く前からそうだった。か、考え方が。考え方が、おかしい。このままじゃ、オマエは……ウッディ。オマエは、コタタマを【ギルド】にするつもりなんだろ……? 狙撃兵、ベムトロンを、そうしたように」
俺の頬が吊り上がる。ウッディが笑った。
「なるほど。やはり……レ氏の言った通りか」
その言葉に、赤カブトが意を決した。
両手を広げて赤い箱のようなものを作った。命の火を材料にしたプライベートルームの生成だ。リチェットのアビリティがそれを可能にした。
赤カブトは言った。
「ペタさんは渡さない」
アナウンスが走る……。
【テキスト】
【第二章】
【使徒の誕生】
【新人類の登場により彼らは老いや病を克服した】
【しかしそれを快く思わないものたちも居た】
【のちに旧人類と呼ばれることになる彼ら】
【彼らの多くは善良な信徒だった】
【彼らにとって新人類の不老処置や身体機能の向上は神の冒涜に他ならなかった】
【しかしその考えを他者に押し付けるつもりはなかった】
【穏やかな日々】
【全ての始まりは一人の天才児だった】
【彼は美しかった】
【彼は賢く、素晴らしい人格者だった】
【新人類ですら彼には及ばない】
【信徒たちは大いに喜び、彼の将来に大きな期待を寄せた】
【最高の教育と祝福】
【彼は若くして教祖となり、火のように揺らめく羽衣と宝玉を受け継いだ】
【それらはしるしと呼ばれるものだった】
【誰もが羨む美貌】
【新人類をも上回る知性】
【しかし】
【今となっては永遠に分からない】
【彼は、本当に人だったのだろうか……?】
赤カブトさんが変身した。
いつもの赤武者かと思えば、いつだったか目にしたエンドフレームの小さいバージョンだった。赤い甲冑がほどけて命の火が舞う。それらが身体に巻き付いてエロい羽衣みたいになった。白い肌に赤い結晶が咲く。
こらこら。なんて破廉恥な格好だ。けしからん。コタタママは許しませんよ。
でもウッディの許しは出た。
「それだ。ようやく本性を出したな」
黒い金属片が赤カブトを覆う。
【Skill-Copy】
3.ベムトロンの記憶
え? ここドコ?
いきなり宇宙に放り出された。
展開が急すぎて着いていけない。
何なの? 俺が悪いの? 俺、何かした?
おっとクァトロくんが【ギルド】と戦っている。
【指揮官は後回しでいい! 副官を!】
お? お? これベムトロンの記憶か? にゅっと伸びた銃口がクァトロくんを照準に収めた。砲撃。クァトロくんはあっさりと躱した。連射する。当たらない。全然当たらない。
ベムトロンの旦那がボヤいた。
「くそっ、何なんだよ……! こっちを見もしないでっ!」
狙撃兵と言うだけあってベムトロンは目がいいようだ。視界の端っこに入ってきたペペロンの兄貴に素早く反応した。エリアチャットをONにして吠える。
【ペペロン〜!】
ペペロンの兄貴は無視した。こちらに一瞥もくれずに激戦区へと突っ込んでいく。
ベムトロンが兄貴を追う。狙撃兵の持ち味は長距離射撃なのだが、無視されたのがよほど気に入らないらしい。
しかしベムトロンさんをちゃんと見てくれる人も居るようだ。ペペロンの兄貴の肩の上に乗っかっているお姫様みたいなのが吠えた。
【きさまっ、ベムトロン……! ギルドに身を堕としたか!】
ちゃんと見てくれている人が居て、ベムトロンさんは元気になった。
【ふっ、エト・メト・ララトか。勇者のペット風情がよく言う!】
【何を〜!? ペットじゃないやい! 私はクァトロの相棒だ! とうっ!】
エト様がペペロンの兄貴の肩を蹴って跳躍した。華麗に変身して、夜空に輝く星座のようにふわっと宙に浮く。
【エト!? やめっ……!】
クァトロくんの悲鳴。
クァトロくんが最優先で撃破するよう命じていた副官とやらが変形した。エト様のエンフレと似ている。黒い毛むくじゃらだ。後ろ足に付いているバーニアを吹かして急加速。AGI全振りといった有様でエンフレとエンフレの隙間を縫って流星のようにエト様に体当たりをした。
【ゲェー!?】
脇腹にモロにタックルされて吹っ飛ぶエト様。
彼女に一体何の恨みがあるのかは分からないが、副官とやらはガッチリとエト様をホールドして自爆した。
エト様は散った。
これは、とあるVRMMOの物語。
定石……後手一手損エト換わり……!
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