夢見る若葉
スマイルくんの懐柔工作は順調だ。
知られざる第二のバンシーモード、ルリイエに化けた俺は偶然を装ってスマイルくんに接近し、弱った心を俺色に染めていく。
まぁ一筋縄とは行かない。スマイルくんはこのルリイエさんとの邂逅が「偶然」であることがよほど気になるらしい。さすがはβ組といったところか。ガードが固い。面と向かっては言ってこないが、会話の端々に新規プレイヤーでは知り得ないことを混ぜ込んでくる。たまに俺の知り合いの名前を出す辺り、すでにルリイエの正体が俺なのではないかと疑っているようだ。
しかしその程度のことは想定内。
俺はコタタマシリーズと整形チケット、キャラネ変更の名札を駆使して蘭姉ちゃんに正体がバレ掛けたコナンくんのようにスマイルくんの追求を躱していく。
確たる証拠を掴めず業を煮やしたスマイルくんは、とうとうルリイエさんとのフレンド登録に踏み切った。
でも少し遅かったな。スマイルの旦那ァ……。フレンド登録に踏み切るなら最初に会った時にやれば良かった。そうしなかった時点であんたの負けは決まってたのさ。俺に仕込みの期間を与えちゃダメだよぅ。
最大の難所と言えるフレンド登録を、俺は二枚目のフレンドリストを利用して乗り切った。
この二枚目のフレンドリストの正体が何なのかは分からない。しかし本人に無断で登録できる点や、登録すると一枚目のリストから削除されるという点は何かに利用できると思っていた。そして、この情報はサトゥ氏からは絶対に出ない。ヤツはそういう男だ。
また俺はスマイルくんの交友関係を完璧に把握していた。情報源は元側近のミドリだ。良かったな、旦那ァ。ミドリは俺とグルだ。旦那をハメる案があると話を持ち掛けたら楽しそうにぺらぺらと教えてくれたよ。どうやら元隊長を完全に見捨てた訳ではないらしい。スマイルくんの話をするのも嫌という感じじゃなかったからな。
ミドリは情報源としてだけではなく、スマイルくんの行動をコントロールするのにも役立った。
俺の可愛い査問会メンバーが扮するコタタマシリーズにも欠点はある。俺ほどお喋りが好きではないという点だ。もしもスマイルくんに問い詰められたなら正体が露見しただろう。しかしその傍らにミドリが居たなら、今のスマイルくんは追うことができない。優秀な部下だったミドリを、男が女を見る目で見てしまったからだ。プライドが高いスマイルくんは自分の経歴に傷が付いたことに耐えられない。少なくとも今すぐは無理だ。
かくしてまんまとスマイルくんとお友達になった俺は、もはや偶然を装って会う必要がなくなった。
くくくっ、旦那ァ。悪手だったナ……。以前のあんただったら、もう少しうまくやっただろう。エリートは一度崩れたら脆いとよく言われるが、こういうところなのかね。さっさと開き直れば良いものを、なまじ自信家だから賢いふりをする。
スマイルくんからしてみれば、自分からフレンド登録を持ち掛けておいてルリイエさんのささやきを無視するのはおかしな話になる訳だ。
そしてルリイエさんは無能を絵に描いたようなキャラなので、お友達が少ない。自然と困った時はスマイルくん頼みとなる。
さあ、今日はスマイルくんと一緒に狩りに出るとしよう。
お世話になりまァーす。あっはァーはっは!
1.スピンドック平原
しかしスマイルくんは意外と面倒見が良かった。
片手に斧をぶら下げて佇む俺に、地面を棒でガリガリと削って戦い方を図解してくる。
「ルリイエ。斧使いの最大の攻撃は何か分かるか?」
俺はルリイエ音声で分からないと言った。
「そうか。ならば教える。聞け。ふらふらするな。斧使いの、と言うより……人間が為し得る最大の攻撃は、走って斬ることと跳んで斬ることだ。これはいかなる達人であろうと変わらない」
それはそうだろうな。俺はルリイエ音声でそう言った。実際は「なるほど〜」とか言っている。
スマイルくんは続けた。
「しかし例えば、そこに木があるとする。全力疾走して本気で斧を叩き付けたならどうなる? 何となく想像が付くだろう。指と腕が折れるんだ。従って……」
スマイルくんは図解した。意外と可愛らしい絵を描く。
「運動力は質量と速度の乗算で求められる。脚力は腕力を補うものであり、攻撃力を増すものではない。まずはその意識を持つこと。つまり人間の握力や骨と筋肉で抑えが利く限界の一撃。それが人間の全力攻撃ということになる」
そんな理屈はいいからさっさと俺のレベルを上げて欲しかった。遠回しにそう伝えるも、スマイルくんは取り合ってくれない。
「パワーレベリングは君の為にならない。ああ、パワーレベリングというのは……」
スマイルくんはパワーレベリングについて説明した。
説明が終わった。
「逆に言えば、初心者の内にしっかりと基礎を積めば君はちょっとした戦士になれる。【スライドリード】についてはどこまで知ってる?」
スマイルくんは【スライドリード】について説明しながら、テキパキと丸太を立てて地面に固定した。
「これより手本を見せる。最初はうまく行かないだろうが、何事も経験だ」
そう言ってスマイルくんはすらりと剣を抜いた。ダッと地を蹴る。丸太に肉薄するや【スライドリード】を発動。低速時に剣を横に振り、即座に解除。保存した慣性を揺り戻し、横に吹っ飛ぶような気持ち悪い動きで丸太の上半分を刎ね飛ばした。
くるりと振り返ったスマイルくんが納刀しながら言う。
「今のが走り横ねじり斬りだ。……ダサいとか言うな。漫画じゃないんだ。必殺技なんてものはない。捻流の基礎的な技の一つだ。世間では空中殺法だの呼ばれているが、正しくはそう言う。早速やってみよう」
俺はやってみた。普通にできなかった。
スマイルくんは然もあらんと頷いた。
「まぁ初心者だからな。トッププレイヤーも最初はできなかった。気にしなくていい」
俺は初心者ではないのだが、初心者だから仕方ないと慰められた。
気落ちする俺にスマイルくんは苦笑し、
「理屈から教えるか……。どうも君は、身体よりも頭から入ったほうが良さそうだ」
そう言って再び図解へ。
「先ほど言った通り【スライドリード】は低速移動を保証するスキルだ。低速時の慣性は保存される……。すなわちジャンプした時に発動すると、ゆっくりと上昇していく。重力を無視した動きになる。これが慣性の保存と呼ばれる現象だ。その際、上へ向かう力はごく僅かなものになる。そこで別のベクトルに力を加えると、解除した直後に矢印の方向をそちらへ向けることができる。慣性をねじる、と呼ばれる技術だ」
知ってる。俺は二段ジャンプも横に吹っ飛ぶ動きもできるんだ。でも、その動きを攻撃に適用しようとすると途端にうまく行かなくなる。原因は分かっている。MPKばっかりやってたからだ。
俺は、スマイルくんの指導の下、日が暮れるまで丸太に挑み続けた。
なまじ慣性制御ができるぶん難しかった。
何しろ慣性制御というのは、初心者ならばできなくて当たり前のワザなのだ。
結局できなかった俺にスマイルくんは優しかった。
「そう気落ちするな。言ったろう。できなくて当然だ。要は慣れさ。……そうだ。こんな話を知ってるか? 最初の三人と言ってな……」
一番星がまたたく夕空の下、俺とスマイルくんは山岳都市に向かって、てくてくと歩いて行くのであった……。
2.マールマール鉱山-怪しい農園
そんな経緯もあり、すっかり気落ちした俺は溜息を吐きながら土いじりをしている。
俺ってマジで初心者と変わらないんだなぁ……。
ネフィリア、アンパンと一緒に農作業をしている。
ザクザクとクワで土を耕しているネフィリアがタオルで汗を拭いながら文句を言ってくる。
「コタタマ。手が止まってるぞ。何なんだ、さっきから」
いや、ネフィリアさぁ。お前さぁ、【敗残兵】の空中殺法ってできる?
「できない。私は魔法職だ。あんなのは練習するだけ時間の無駄だ」
あ、そう。やっぱ師匠が良くなかったのかな……。はぁ……。
「何なんだ!」
いきり立つネフィリアに、苗植えをしているアンパンがボヤく。
「ちょっと二人とも。真面目にやってよ〜。そうやってすーぐに喧嘩するんだから……」
へいへい。
俺は不承ぶしょう頷いて作業に戻った。
旧ネフィリアチームの俺ら三人で何をやっているのかと言えば、まぁ家庭菜園だ。
ところはマールマール鉱山の山中。
この辺りは土壌が栄養満点なので一部の農作物と相性がいいのだ。
俺やアンパンはともかく、汗水垂らして働くネフィリアという貴重な画を見ることができるぞ。もっとも整形チケットで変装しているが。
諸事情により他人に任せることはできない。俺たち三人だけの秘密の趣味だ。
世間では悪者扱いの俺らだが、こんな俺たちにも植物を愛でる慎ましい一面があるのだよ。
俺はしゃがみ込んで、青々と生い茂るアンパン印の瑞々しい生命たちを愛おしげに撫でて言った。
「これはとても美しい葉っぱだ」
これは、とあるVRMMOの物語。
まぁティナンには害がないので好きにすればいいと思います。
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