動き出す世界
1.ポポロンの森
パウンドガイズのプロマイド撮影を終えた帰りしな。トコトコと森の中を歩いていると、虫の標本よろしく木に磔にされているゴミを幾つか見掛ける。どれも息絶えているようで、ぴくりとも動かない。はてと首を傾げながら歩いていると、残像の尾を引いて木から木へと飛び移った人影が地面に足を揃えて着地して俺に駆け寄ってきた。
「崖っぷち〜」
すわ刺客かと一瞬身構えたものの、見慣れたピンク髪にホッと胸を撫で下ろす。
【戦車兵】ことクロアリを抱えたニジゲンであった。いつもは頭の横で括っている長い髪を、今日は珍しくおろしている。
ようJK〜。今日はツインテじゃないんだナ? 一瞬どこのアイドルかと思ったぜ。
気さくに声を掛ける俺の横に並んだニジゲンが、気恥ずかしそうに髪を整えながら言う。
「イメチェンだよ〜。ガキっぽいの、あんまり好きじゃないのかなって思ってさ。……似合うか?」
前も言ったが俺は別に好みの髪型とかないぞ。本人に似合ってるのが一番だ。お前のツインテは好きだぞ。とはいえギャップってモンがあるからな。たしかに今のお前は大人びて見える。
俺はぺらぺらと口を回しながら隣を歩くニジゲンのビジュアルを上から下までじっくり吟味した。
ツインテの主張が強かったせいかな。何か物足りない感じだ。髪飾りでも付けるといいかもな〜。バザーで何か買ってくか? 俺も付き合ってやるよ。お前に似合う髪飾りを選ぶとか超楽しそうじゃんね。
頬を赤らめたニジゲンが、はにかんでコクリと頷いた。
「じゃあ……うん。お、お前のセンスには大して期待してねーけど……」
俺はうまい具合にデートの約束を取り付けた。
ニジゲンはクロアリを撫でながらチラチラと俺を見てくる。
「ていうか、その服何だよ? 言っちゃ悪いがダサいぞ」
現在のニジゲンは生産職相互組合の代表として中国サーバーで活動しているため、日本の流行に疎い。俺は説明してやった。
何って戦闘服だよ。俺も最初はどうかと思ったが、慣れてくると案外悪くないぞ。無駄を削ぎ落とした機能美ってやつだな。女キャラには甚だ不評みたいだが、種族人間の最終装備がコレなんだと言われれば納得するしかあるまいよ。男キャラがキレーに着飾っても仕方ねーしな。そういうのはお前らに任せた。服屋だって男の服なんか作ってもつまんねーってやつが多いんだ。だから俺らは普段着は別としてここぞって場面はコレで行く。そう考えたらお侍の甲冑みたいでカッチョ良く見えてくるだろ?
「み、見えない……」
未来的なデザインなんだよ。
俺は戦闘服の良さを力説した。
まず、この頭に被ってるぬいぐるみだ。こいつは変身後の姿を表してる。エンフレに化けたら誰が誰だか分かんねーからな。俺のカービィスタイルはちったぁ知れたビジュアルだが、新規プレイヤーにとってはなんか丸くて可愛いのが居るなぁ程度の認識だろ。マスコットキャラクターかなぁ?程度の。そこで変に俺を庇われても困るんだよ。そういう、いわば事故を未然に防ぐ役割を持っている。
そして、この黒タイツだ。暑苦しく見えるかもしれんが、こいつは特別な素材を使っていて通気性がいい。山歩きに適してるし、下着という判定になるから特別な所有権が適用される。ルートの対象にならない上に、悟空の道着みたいにどんなに激しい攻撃を受けても破れない。
つまり最適解なんだよ。【敗残兵】考案ってのは気に入らねーが、イイものはイイと認めねーとな。
戦闘服の成り立ちを耳にしたニジゲンが嫌そうな顔をした。
「サトゥがぁ? だ、ダメだぞ。考え直せ。あいつはスポンサーの腕章とかいつも巻いてるような男だ……。な、崖っぷち。お前は俺のこと誉めてくれるけど、俺だってお前のカッコいいとこ見たいぞ。考え直せ……!」
ははははははは。
俺は笑った。
おお、クロアリや。よしよし。
クロアリがおぶおぶと脚を伸ばして俺に甘えようとしている。……ウッディ?
(うむ……。シンイチよ、クロアリの反抗期は終わったようだ)
そうかそうか。クロアリや。ママだぞ〜。
ニジゲンから我が子を受け取ってぎゅっと抱きしめる。クロアリはよほど俺に会いたかったらしく、脚をギチギチと鳴らしてしがみ付いてきた。このパワー……! たちまち俺の全身の骨が砕け、内臓は破裂し、穴という穴から血が噴出する。
「あ、こら!」
ニジゲンがクロアリを俺から引き剥がすも、すでに致命傷を負った俺はガクリと両膝を屈してどうと地べたに倒れ伏した。
決着……!
まぁ子供のやることだ。ダッシュで死に戻りした俺は、やんちゃなクロアリの黒光りする外骨格を撫でてやった。元気に育っているようでコタタママは嬉しい。
ニジゲンがクロアリを見つめる眼差しは優しい。
「人懐こい子なんだけど、力の加減が難しいみたいでな。一瞬でミンチにしちまうんだよ」
クロアリは俺好みのパワーファイターだ。俊敏性と射撃能力を犠牲に高い耐久力とデバフを積んでいる。レベルは高い。理由はよく分からないが、合体時には2001レベルという幹部クラスに匹敵する数値を叩き出していた。上位個体という表記もあった。生まれながらの幹部候補生ということになる。ラム子がステータスボーナスを多めに振ってくれた、とか? 分からない。俺には何も分からない。しかしクロアリは俺とニジゲンの子だ。それは何があろうと変わらない。
俺は、クロアリを抱きかかえているニジゲンをウチに来るよう誘い、ピンク髪の華奢な肩に腕を回してイチャイチャしながらウチの丸太小屋に戻った。
居間でソファに座ってニジゲンの子育て話を聞く。
中国サーバーでニジゲンに絡んできたゴミをクロアリがひき肉にしたり、遠距離攻撃を持たないクロアリを卑劣にも射撃してきたゴミをニジゲンが始末したりだ。クロアリが持つデバフはウェポンブレイク。黒いこんぺい糖みたいなのを射出して金属類を腐食させることができる。何しろ種族人間は武器がなくてはろくに戦えないので、嫌がらせとしてこの上ない。残機が一つ減るよりも武器を壊されるほうが痛手なのだ。
厄介なのは中国人プレイヤー特有の《気》を使った攻撃と人間爆弾だった。《気》を打ち込まれると【ギルド】はダメになる。内部の生体パーツが損傷して活動不能に陥ってしまう。
しかしそこは賢いニジゲンのことである。以前から付き合いのある兄サンの組織に恩を売り、うまい具合に立ち回っているようだった。
「てかスィシーがさ。仙人の。俺のことお前の娘だと思ってるんだよ」
ああ、うん。まぁ実際娘だし……。
「娘じゃねーだろ。いや、まぁお前が俺のママってのは……そんなに悪い気しないケド。と、とにかくだな。スィシーが俺に金をせびってくるんだよ。お前の肉親ならOKとかいう謎の理屈で」
でもあの人メチャ強だからね。金に見合う価値があるんだよ。ていうかお買い得ですらある。
「そうなんだよな。たまにふらっとやって来てはゴロツキを一掃してくれるから助かっちゃいるんだが……」
……何か問題でもあったのか?
俺がそう尋ねると、ニジゲンはウンと可愛らしく頷いた。
「で、本題だ。一向に山に戻って来ないスィシーを追って仙人会の刺客が街に来た。スィシーと何か遣り取りをしたらしい。崖っぷち。お前を探してる」
なるほど。仙人サマを堕落させたのが俺だとかいう与太話を真に受けちまったのか。これだから俗世を知らねえ超人どもは始末に困るぜ。
まぁ確かにあのアル中仙人サマに酒の良さを教えたのは俺かもしれねえよ。でもな、ガキンチョじゃあるまいし、そんなのは自己責任だろ。俺は悪くない。お門違いもいいトコだぜ。だろ? JKよ。
「そりゃそうだ。てな訳で、忠告だ。お前がやってるエンフレ航空会社な。仙人が潜り込まないよう注意しろ。あいつら仙人はエンフレに変身できない。こっちに来るとしたら空路を行くか、砂漠を越えるかの二択だ」
仙人がエンフレに化けれないというのは初耳だが……お前を信じよう。空路はともかく、砂漠か。あっちじゃ新マップの攻略はどうなってんだ?
「女神像は見つかった。やっぱり地下だ。流砂に埋もれて捨てられたゴミみたいに動いてる」
それは、つまり……。
「そうだな。今のところ法則性は解明されていないが、たぶん曜日ダンジョン絡みだ。もしも国境を挟んで女神像と女神像が最接近したタイミングを割り出せたなら……」
国家間GvGの幕開けという訳だ。
ふっ、本当に……色々と仕込んでくれるよ。このゲームのクソ運営は。
まぁ俺には関係ない。頭が誰に取って代わろうが、俺はコツコツとレベル上げをしてキレーなチャンネーと面白おかしく日々を過ごす。その方針に変わりはない。たとえ街中を知らない暫定エイリアンどもがうろつき回っていようとも、だ……!
俺はニジゲンと一緒に山岳都市の露店バザーにお出掛けすることにした。このピンク髪に似合う髪飾りを二人できゃっきゃしながら選ぶのだ。仙人会だの知らない%だのは放っておけばいい。俺の知ったことかよォー!
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
だが露店バザーに足を踏み入れるなり知らないタコさんウィンナーに絡まれた。
「この男に心当たりは?」
一応、正体を隠そうという気はあるのかないのか、頭からすっぽり布きれを被ったタコさんがうにょるとタコ足を掲げて俺に画像データを見せてくる。
……レ氏っスね。なんか眼帯付けてっけど。居場所は知らないっスよ。
最終決戦をやらかしてからこっち、街中で怪しい暫定エイリアンを見掛けるようになった。どうやら俺らっトコの運営ディレクターを探しているらしい。
タコさんは悩ましげにタコ足をうにょると巻いて、じっと俺の目を見つめてくる。
「……捜査協力に感謝する」
そう言って画像データを散らしたタコさんに俺はホッとした。しかしニジゲンは暫定エイリアンどもの内輪揉めに興味があるらしい。
「その人が何かしたんですか?」
怪しいタコさんは二人組だ。「行くぞ」と急かすタコさんに、俺たちに声を掛けてきたほうのタコさんが頷き、この場を立ち去る前にボソッとこれだけ言った。
「誘拐だ。何か分かったら知らせてくれ。方法は何でもいい。では……」
……画像データのョ%レ氏は、大きな卵を抱えていた。おそらく、あの中には……。
バトルフェーズの最終局面。俺たちは、気付けば通常フィールドに戻されていた。
光に呑まれたクァトロくんやレイさんがどうなったのかは分からない。
モョ%モ氏とョ%レ氏の対決が、どのような結末を迎えたのかも。
しかし、おそらくョ%レ氏は勝利を収めたのだろう。そして、最強の勇者の血を引くモョ%モ氏をクラフト技能で封印し、手中に収めた。
この世界のどこかに身を潜めたョ%レ氏は、卵が孵る瞬間を今か今かと待ちわびている。そんな気がした。
世界を大きく揺るがす何かが起きようとしている。そんな予感があった。
だが、そんなことは俺にとってどうでもいいことだった……。
「これチョット派手じゃねえ?」
髪飾りを試着してみたニジゲンが長い髪を揺らして振り返る。
自分の女を着飾るのは楽しい。何なら着飾る本人よりも俺は乗り気だ。
ソシャゲーでは同キャラの衣装違いバージョンも珍しくない昨今。
お気に入りのキャラが水着になったら嬉しいだろう。サンタコスしたら嬉しいだろう。
俺は今、俺だけのSSRを作り上げているのだ。
俺の凝視に、ニジゲンは照れ臭そうにクロアリをぎゅっと抱きしめて縮こまる。
「み、見すぎだろ。ホモじゃねえって言ってんのに……」
姿をくらました運営ディレクターの行方なんてどうでも良かった。リアルの性別なんてどうでも良かった。今ここにある全てだけが真実だった。絵師が男だから何だと言うのだ? 俺はホモではない。しかしそれゆえにリアルが男でも構わないのだという新たな境地に達していた。見た目さえ女なら。俺は言う。
「服も選ぼう」
髪飾りだけでも、服だけでもダメなのだ。
大切なのはトータルコーディネート。
まったく……。VRMMOってやつは最高だぜ!
これは、とあるVRMMOの物語。
世界で一つだけのSSRを求めて……!
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