光の使徒
ソシャゲーには人権キャラと呼ばれる超強力なユニットが居る。
数あるSSRの中でもズバ抜けて有能なスキルや優秀なステータスを持っているため、そのキャラを持っていないユーザーには人権がないとまで言われることもままある。
多くの場合、そうしたキャラは極めて強力なバフを持ち、パーティー全体を強化することができるユニットだ。
まぁドラクエで言うところのバイキルトだな。
1.ベムトロンの記憶
見てるだけで暇なので考えてみる。
どうやらウッディは俺に何らかのメッセージを送ろうとしているようだ。
この先にその答えがあるのだろう。
ベムトロンの旦那の過去の記憶。
宇宙空間を光線とスキルが飛び交い、至るところで【ギルド】とエンフレが交錯している。二ヶ月前の最終決戦と比べても遜色ない規模の会戦だ。ただし【ギルド】の兵科に関しては現代ほど細かく枝分かれしていないように見えた。
その中で異彩を放っていたのがエト様を道連れに自爆した副官とかいう【ギルド】だった。指揮官よりも優先して叩くよう言われるほどだ。極めて厄介な機能を持っていたのだろう。
そいつが戦線を離脱したことで【ギルド】の動きは目に見えて散漫なものとなり、プレイヤー側は一気に優勢になった。
生前のエト様はクァトロくんの相棒ポジであったらしい。漫画やアニメの主人公が肩に乗せてる小動物みたいなものだろう。
そのエト様の死に、クァトロくんは微妙な反応を示した。おそらく何度も似たような場面を目にしたのだろう。クァトロくんは俺たちゴミにも優しい素晴らしいショタだが、相棒に繰り返し何度もセブンみたいな退場をされたら段々慣れてくる。エト様が変身した瞬間に大技のチャージに入っても仕方のないことではあった。
引き絞るように構えた律理の羽が分解して巨大な槍の形態をとる。四方八方に激しく落雷が飛び散り、それらが滑走路のように雷の橋を宇宙に架けた。クァトロくんが腕の動きで巨槍を操り打ち出した。超高速で雷の橋を渡った巨槍が冗談みたいにジグザグに動いて幹部クラスと思しき【ギルド】を貫いていく。申し訳程度のエト様への義理を乗せて。
【……よくもエトを!】
厄介な【ギルド】を優先的に撃破したのだろう。ベムトロンさんは健在だった。
勝利というただ一点を目指す戦場だからこそ、残酷な方程式は雑魚キャラに優しい。叩くのは後回しでいいという現実を突きつけてくる。きっとそれこそがベムトロンさんを【ギルド】に走らせた根源的な理由だった。
【どいつもこいつも! 私を無視してっ!】
ベムトロンさんが苛立ちも露わにレーザーメスを振り回してペペロンの兄貴に突進した。
ペペロンの兄貴は特殊な兵装の【ギルド】を優先して叩いているようだった。突っ込んできたベムトロンさんに素早く反応したものの、すぐにつまらなそうに【あ〜?】と不満の声を漏らす。【ギルド】の相手をしながら、上下反転してレーザーメスを遣り過ごしてベムトロンさんに蹴りを叩き込んだ。
【またお前かよ、凝りねぇな〜。凝りねぇし学習もしねえ。何回か相手してやったろ。なんも改善されてねえじゃねえか。やる気ねえなら引っ込んでろよ】
歴然とした才能の差は、天才からしてみれば努力していないと見なされる。
吹っ飛ばされたベムトロンが反駁する。
【私のレベルはお前より高い!】
【だから何だよ】
ペペロンの兄貴はベムトロンの努力を否定した。当たり前のように言う。
【レベルがさっさと上がる内はいいけどよ〜。上がりにくくなったら別のことに時間使えよ。強さってのは相対的なモンだろ。レベル500にもなってよ〜、正面から力比べか? そんな場面はねえよ。役立つのは逃げ足くらいじゃねえか。周りは雑魚ばっかだろ。そいつらを狩れ。工夫しろ。お前に限った話じゃねえが、なんでそんな当たり前のことをいちいち解説しなきゃなんねんだ】
ベムトロンは怒りに打ち震えている。
【……当たり前のことではないからだ。お前は、いつもそうやってズルをして私の先を行く】
ペペロンの兄貴はこうしている時間も惜しいと感じているようで、次の標的を探している。さらにその次。さらに次へと目移りしていく。
【そんなのは分かってンよ。他のヤツに何度も言われた。どうも私は次にやるべきことってのがよく見えるタイプらしい。じゃあどうしろってんだよ? 私が強くなりたきゃこうしろって教えてもお前みたいなヤツは納得しねぇーし、イチから全部説明してやっても自分のほうが正しいとか言うじゃねえか。しまいには勝手にアレンジして別のことをやり始める。私の教え方が悪いって? 知らねえよ。だったら最初から自分で全部やれや】
心当たりがあったのだろう。ベムトロンの視界が左右に揺れる。何とかして反論しようとしている。だが、それすらも……第三者の視点だとよく分かる……ペペロンの兄貴の言う「無駄な努力」なのだ。この場でペペロンの兄貴を言い負かしたとしても何の意味もない。その場しのぎでしかないから、結局は言い訳になる。
【……違う。私は……お前とは違う。お前と同程度の戦闘記憶があれば私だって……!】
戦闘記憶?
過去の出来事だ。俺の疑問を置き去りにして話が進む。ペペロンの兄貴は槍を手元でくるりと回して、こう言った。
【じゃあやっぱりダメだな。私はもう戦闘記憶を持ってない】
ベムトロンは呆然とした。
【……何を言ってる?】
ペペロンの兄貴はあっけらかんとしている。
【寿命だよ。ちっとばかし変身しすぎた。あれは寿命を削るからな】
そんなことは認められなかった。ベムトロンの口から変な笑い声が漏れた。
【なんだ。そんなことか。簡単だ。ギルドになれ。特別に私から声を掛けてやる。お前が居なくなっては張り合いがないからな】
ペペロンの兄貴は素っ頓狂な声を上げた。
【はぁ? 敵の味方になって生きろって? それ何の意味があンだよ? お前らは……まぁ私もだが……そういう生き物じゃねーだろ。異常個体ってやつか。ったく、世も末だな〜】
それはペペロンの兄貴にとって、と言うより彼女たちの種族にとっては普遍的な考え方なのだろう。ベムトロンはかろうじてこう言った。
【お、お前の……戦闘記憶を受け継いだのは誰だ? 教えろ】
【ま、いずれ分かる】
場面が移る。
病室のような部屋で、ペペロンの兄貴がベッドに横たわり上体を起こしている。人間の女性の姿。コンフレームだ。もしくはリアル。
ベッドの傍らにクァトロくんが座っている。
ペペロンの兄貴はクァトロくんにホイと結晶のようなものを手渡した。
「私の戦闘記憶。やるよ」
クァトロくんがギョッとした。
ペペロンの兄貴が冗談めかして言う。
「エロいことに使うなよ?」
何か言いかけるクァトロくんを制して兄貴が続ける。
「私が天才なのはトーゼンとして、フリオは先天性なんちゃらってやつらしいじゃん。愛を知らない男?的な。あとは、今の世代だと断トツで姫さんな。あいつはスゲーわ。ただ、環境が違う。今後二度とアイツみたいなのは出て来ないだろ。お前があいつらの種族を丸ごと保護なんてするからだ」
クァトロくんは納得していないようだった。ペペロンの兄貴はニヤニヤと笑っている。
「お前も分かってるだろ。お前がこの時代に現れたのは何か意味がある。たぶん戦力だ。七土の戦力は今がピークなんだろ。今後はゆるやかに落ちていく。だから私の戦闘記憶を使え。今の遣り方じゃイョの負担がデカすぎる。うまく行けば現メンバーのエンフレにそいつらの戦闘記憶を積めるかもしんねー。フリオはともかく、エトは絶対に要る。あいつのスキルは替えが効かない」
戦闘記憶……。強制執行のオート戦闘みたいなものなのか?
ペペロンの兄貴は寿命が近いと言っていた。イョとやらが誰なのかは知らない。けど、もしも記憶を後世に持ち越せるなら……。
その可能性に思い至って、クァトロくんは乗り気になったようだ。兄貴から受け取った戦闘記憶をぎゅっと抱きしめる。
どういう視点の記憶なのか、クァトロくんの声が聞こえない。何事か問い掛けたクァトロくんに、ペペロンの兄貴はウンと頷いた。
「そうだなぁ……。光の使徒ってのはどうだ?」
首を傾げるクァトロくんにペペロンの兄貴は子供みたいに唇を尖らせた。
「あ? 文句あんのか? いいだろ、別に。私の手柄だぜ。まぁ使徒ってのはチョット気に入らねーが、そこ変にいじってもなー。軽くシメてやった星じゃ使徒使徒呼ばれてっし。私のほうが偉いってぇの」
……現代のプレイヤーは母体に【ギルド】のレプリカを持つ。しかしそれは若社長が台頭してからの話だろう。それ以前のプレイヤーは何か別の手段でエンドフレームを調達していたことになる。あり得るとすれば……クラフト技能だ。
兄貴の表情はころころと変わる。
子供みたいに拗ねたかと思えば、一転して真面目な顔になったりする。
「でもポポロンはやめとけ。ありゃ異常個体だ」
俺はドキッとした。今、ポポロンって言った? それは……俺らっトコのレイド級の名前だ。
ペペロンの兄貴は憮然として腕を組んだ。
「たまに居るんだよ。くたばっても未練ガン積みの奴。戦闘記憶だっつってんのに他人の身体を乗っ取ろうとしやがんだ。社会問題になってる。リアルであっちと戦争しばらくやってねーからなぁ。平和ボケってやつなのか」
ペペロンの兄貴は異星人だ。地球人とは価値観が異なる。それは戦闘記憶とやらを他者に継承できるという生態が影響している面もあるのだろう。
「でも別に悪いことじゃねえ。タコ助。お前のお陰だよ。あっちの連中とゲームでドンパチしてっからリアルで二回戦ってのもアホらしくなった。私らも丸くなったもんだ。まさか命を惜しむなんて概念が私らにあるなんてね」
そう言ってペペロンの兄貴はクァトロくんに笑いかけた。女性らしい優しい笑顔だった。
「トロ。お前は私らに生きることの楽しさを教えてくれた。ありがとう」
また場面が移る。
ざあざあと降りしきる雨の中、傘も差さずにベムトロンの旦那が佇んでいる。血が出るほどきつく握り締めた拳がわなわなと震えていた。
「私は死なんぞ……! 生きて、生きて、生きて……! いつかアイツをっ……!」
ウッディの声がベムトロンの頭の中に響く。
(しかし、どうする? ペペロンは、もう……)
しばしの沈黙が流れた。
やがてベムトロンがポツリと言う。
「……クァトロのガキと会う。クロとか呼ばれてたな……。あの女の記憶結晶はクァトロが持っている。クロの……あいつのスキルは……【ギルド】を使役するものなんじゃないか……?」
その声には怨念すら滲んでいた……。
2.クランハウス-居間
ウッディの回想が終わった。
熱烈なアナウンスが俺を出迎えてくれる。
【限界突破!】
【ペールロウ】【ジャムジェム】【Level-329】
【制限時間:11.10…9…8…】
俺のボディが血しぶきを上げてフェアリーモードに移行した。黒いこんぺい糖のようなものがぐるぐると手足に纏わりつく。バッと広げた血濡れの翼をブンと震わせてウッディが言う。
「ハイフレーム。久しぶりだ、この感覚は」
【限界突破!】
【デサント】【コタタマブルー】【Level-305】
【制限時間:11.10…9…7…】
この手の制限時間は何故かゾロ目であることが多い。ティナン時の1分は90秒だから地球時間で約1000秒……17分弱ということになるか。宇宙的にはキリのいい数字なのかもしれない。むしろ地球で用いられている単位が全宇宙で通用したら驚く。
副音声に成り下がった俺を置き去りにウッディと赤カブトさんが衝突した。
リチェットの始末に乗り出したウッディを赤カブトさんが割り込んで体当たりした。ウチの丸太小屋の壁を突き破って外にまろび出る。
赤カブトさんは赤い箱でウッディを捕らえようとしているようだ。虫かごサイズのそれを引き延ばして迫る。ウッディが六脚の足に生やしたレーザーメスを振り回して牽制した。赤カブトさんの手から火の剣のようなものが噴出する。火の剣とレーザーメスが噛み合って炎と光が激しくせめぎ合う。
互いにレベルは300オーバー。種族人間の限界を越えている。パワー、スピードの桁が違う。二人は衝突を繰り返しながら信じられないほどのスピードで森を縦断していく。
癇癪を起こして「う〜っ、う〜っ」と唸っている赤カブトにウッディが吠える。
「ジャムジェム! シンイチはな……! この男は、ゲームに対して本当に割り切った考えを持っているのだ!」
え? 俺?
「知っているか! 最近ではもうポチョとスズキにならお前を任せられると安心気分になっている! いつ自分が引退しても大丈夫だと……! 私はな、それが堪らなく嫌なのだ!」
ええ? いや、だって俺、別に無敵超人じゃねーからなぁ。不慮の事故に巻き込まれたり急な病に倒れることもあらぁな。いざって時のために備えておくのは当然だろ……。
「ああ、そうとも! 私はシンイチを【ギルド】にするつもりだ! それは、ジャムジェム! 天使の尖兵よ! お前のためでもある! 日常というものはあっさりと崩れる……! 私は何か間違ったことをしているか!? 答えてみろ! お前自身の言葉でだ!」
赤カブトは答えられなかった。
残念ながら原因は俺だったようだ。俺、常日頃から不老不死にしてくれとか言ってるからな。
まぁウッディの早ければ早いほどいいという理屈も分からないでもないのだが、俺はまったく別のことが気になっていた。
赤カブトさんのけしからん格好である。
俺は独占欲が強いので、ポポロンの森でこんなド派手にドンパチやってたらゴミどもに目撃されてしまう。それが嫌だ。どっちが神龍でどっちがポルンガなんて議論はいつでもできる。大切なのは今だ。ハイフレームの乱用は健康に良くないみたいなことをペペロンの兄貴も言ってたしよぉ。
俺はタイミングを見計らって身体の主導権を奪い返した。
ちょっとウッディ、代わって?
「なにっ? ちょっと待て……!」
抵抗らしきものを感じたが、試しにジョナサンばりの怒りをぶつけてみるとあっさりと交代できた。
選手交たーい!
(ば、バカな……)
ウッディは大層驚いているようだが、俺のイメージ的には俺とウッディは同じマンションに住んでいるお隣さん同士だ。主導権の奪い合いは作りすぎた晩メシをお裾分けするのと似ている。
おっと? スキルコピーした筈のハイフレームが解けた。どうやら俺には扱えないらしい。
イキナリ雑魚キャラに戻った俺に、火の剣を振り上げて突進してきた赤カブトが急停止した。
「……ペタさん?」
おぅよ。俺は軽く手を上げて、ゲストルームで俺と赤カブトを隔離した。二人きりになるや、素早く赤カブトに接近して身体に生えている赤い結晶をコリコリといじる。
おい、これ取れよ。制限時間が尽きたらお前どうなるんだ? エンフレじゃないからロストまでは行かないだろうが……残機はゴリゴリ削れるんじゃねーの? そんなの俺は許さねーぞ。変身を解け。
「私っ……!」
妙に色っぽい声を上げて身をよじる赤カブトが感極まったように俺に抱きついてくる。
ひょう! 俺は胸中で喝采を上げた。これほとんど裸じゃねーか! 赤カブトの体温と柔らかい肌の感触が伝わってくる。だが、それらをじっくりと堪能する暇はなかった。レベル300オーバーのパワーは凄まじかった。俺の全身の骨がバキバキと嫌な音を立てる。あまつさえ赤カブトは俺の首筋に噛み付いてきた。レベル5のもろ肌が食い破られて大量の血が噴出する。物凄いスピードで死が迫ってくる。
しかし赤カブトの生おっぱいの感触は俺に鮮烈なインスピレーションを与えた。
自分の今の格好を自覚してか、赤カブトがパッと俺から離れる。慌てて胸と股間に手をやってもじもじする。そうでなくともAI娘の肢体を取り巻く命の火が俺の視線を遮る。
だから、簡単に言うと、俺は人類の明日のために命を懸けようと思ったのだ。
支えを失ってガクリと片膝を屈した俺は、【スライドリード】を発動して生存可能な時間を引き延ばしに掛かる。
俺の脳裏を饅頭屋の言葉が過る。
(あなたに、この力は使いこなせない。あまりにも相性が悪すぎる……)
饅頭屋……。お前はいつも俺に気付きを与えてくれる。
戦って勝とうなどというのは自惚れだ。
俺はそうじゃない。俺のゲストルームはそうじゃない。俺は根本的に間違っていた。
赤カブトの上気した白い肌と潤んだ瞳。差し迫った破滅の瞬間が俺の頭の中で衝突して変な脳汁がドパドパ出た。
「やってやるよ」
俺はへらっと笑ってそう独りごちた。
俺はまだ何も成し遂げちゃいない。
命を賭けるのはこれからだ。
呪術廻戦よろしく印を組む。ガクガクと震える右手の親指と人差し指で輪っかを作り、そこに左手の人差し指を通した。
「領域展開」
回避不能のセクハラ。それこそが俺の真骨頂であり、俺というキャラに刻まれた術式だ。
黒い金属片で構成された隔離空間の全面に無数の目ん玉が生えてギョロギョロと動く。目ん玉の下には杭のような歯列が具わり、ギギギと歯列をこじ開けた舌がビャッと伸びる。
無論、言うまでもなく標的は赤カブトだ。
俺は壁の目を介してあらゆる角度からAI娘の肢体を鑑賞する。だが、どういう理屈になっているのか、火の羽衣に遮られて肝心なところが見えない。凄まじい情報量に俺の脳が悲鳴を上げる。両目から血を垂らしながら俺は舌を突き出して、壁の舌に一斉攻撃を命じた。しかし届かない。ガンと障壁に阻まれて先に進めない。特別な所有権だ。
俺は諦めなかった。何一つとして諦めなかった。諦める理由を見出せなかった。無数の舌に命じて赤カブトに猛攻を仕掛ける。そしてそれら全てが阻まれる。
「なにっ? なにこれ!?」
赤カブトは混乱している。
俺は印を維持したまま考える。全生命力をブン回して、失われつつある新鮮な血液を頭に送り込む。
特別な所有権は女キャラが意識を失っていても作動する。つまりトリガーになっているのは男キャラの下心だ。NAiはプレイヤーの心を読める。だが絶対無敵のガードなんてものはない。何かある筈だ。何か……!
発想を変えろ。もっと自由に! もっと前へ! 俺は走馬灯の中からヒントを探した。そして辿り着いた。たった一つの真理に。
ウチの子たちが俺を殺す時、俺は特別な所有権に保護されたことがない。
エロという概念を捻じ曲げれば俺はそこに辿り着ける。
ゲストルームは【ギルド】版のプライベートルームだ。この世界の支配者は俺だ。ジャムジェムは異物に他ならない。概念の一つや二つ曲げられないでぇッ!
俺は雄叫びを上げた。
脳が焼け付くように熱い。俺の鼻からどろりとした血が流れる。
(禰豆子……)
……それは、ある意味において当然の帰結ではあった。
禰豆子のお母さんが俺の頬にそっと手を添えてくる。
(禰豆子。起きて)
俺は禰豆子ではない。禰豆子ではないが、鬼滅の刃の19話はあまりにも神回すぎた。劇場版と言っても通用するようなクォリティだったから、炭治郎ファミリーですらない俺の今際のきわにダイレクトに再生されることもある。
俺は漫画が好きだ。アニメが好きだ。俺の人生にメインヒロインなどという存在は用意されていないから、漫画やアニメの主人公に憧れる。正義は勝つのだと言い切りたくて、けれど現実はそんなに甘くない。だから甘えるように事あるごとにリアルはクソだリアルはクソだと悪し様に罵ってきた。それは違えようもなく現実逃避なのだろう。けど世の中には勝ち組というやつが居て、どうやったら俺もそこに仲間入りできるのか分からなかった。
そのくせ面倒臭いことは嫌いだ。本気になれば楽をして暮らせそうな気はするが、今の暮らしを捨てる気にはなれない。成功者を妬む一方で、彼らと同じように一歩を踏み出す勇気が持てない。だからダメなんだと自覚はしていても、惰性で日々を送ってしまう。
動こうとしない俺に禰豆子のお母さんが様々な感情が入り乱れた涙を零す。
(禰豆子……。お兄ちゃんまで死んでしまうわよ……)
目前まで迫った死に……。
俺はカッと目を見開いた。
分かっている。俺は最後の一線を踏み越えようとしている。攻撃なら特別な所有権が作動しない。ウチの子たちと同じ領域に足を踏み入れようとしている。ここから先に進めば、ヘタをすれば二度と戻れない。
分かってるんだ、そんなことは……!
でも、おっかさん!
ウチの子たちが俺を殺す時にエロい顔をしていて、俺もそうなら、もうそういうことなんでしょうッ……!?
俺は片腕を突き出して、グッと手を握り込んだ。
勃起術ッッッ……
禁断のワザに身を委ねようとした時、ブツンと何かが千切れるような音がした。
3.愛の川
気付けば俺は見知らぬ河原に佇んでいた。
春の陽気の中、川のせせらぎに意識を引かれてそちらを見る。
川の向こう岸に変なモルボルみたいなのが居る。いや、変なモルボルではない。あれは……いや、あの方は……!
セクハラ神様!
川向こうでエロ本を探していたセクハラ神様がこちらを振り返る。
俺の目からドッと涙があふれた。ほんの少しでも近付きたくて、川に足を踏み入れて叫ぶ。
セクハラ神様! 俺っ! 俺っ……! ウチの子たちを理解しようとして……! 歩み寄ろうとしたんですっ! でも、やっぱり分かんなくて……! 分かった気になっても、結局それはウチの子たちがエロい顔するから……! 俺は結局それがイイってだけで本質的なことは何も分かっちゃいない! 俺は! セクハラ神様! 俺は一体どうしたら……!
天文学や生物学が発達するにつれて人は信仰を失っていく。自然学は怪異を闇に押しやり、神の声は遠のいていく。
それでも最後まで滅びない神が居るとすれば、それはきっとラッキースケベを司る神だ。
俺は叫んだ。
「神よ! 愛とは一体何なのですか!?」
セクハラ神様は大きな一つ目を湾曲させてにっこりと微笑んだ。
【なんじ、弱き人の子らよ】
それはとても不思議な声だった。
声変わりも済ませていない男子小学生や、働き盛りの三十代男性、老境に差し掛かったしわがれた声に至るまで……年代別の男性が一斉に喋ったような虹色の声だった。また声そのものが光に変換されるようにパッと輝いて大気に溶け込んでいく。
一心に答えを待つ俺に、セクハラ神様は絶妙な間を置いてから、一転して表情をスッと消した。びきびきと血管の筋を走らせて全身で吠える。
【そんなことはヤッてみなければ分からん!】
俺は神の威光に打たれて現実に跳ね戻された。
4.ゲストルーム
「……ペタさん?」
突然、動きを止めた俺を赤カブトが不思議そうに見つめて、おそるおそる声を掛けてくる。
俺は、ただ一心に視線を正面に向けている。半開きになった口の端から、つ、と血があふれた。
壁の目がゆっくりとまぶたを閉ざし、壁の舌にびきりと亀裂が走る。
俺のゲストルームが崩壊していく……。まるで砂上の楼閣の末路のようだった。
赤カブトがハイフレームを解除した。いつものミニスカローブ姿に戻って、返事をしない俺に歩み寄ってくる。しゃがみ込んで俺の顔を覗き込んだものの、すぐに「わっ」と反射的に飛び退いた。
俺の身体がぐらりと前のめりに傾き、自分の血溜まりにバシャリと沈んだ。
脳を酷使した影響なのか、俺の髪は真っ白になっていた。
俺は知恵熱で死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
また一人、特別な所有権に挑んだ男が散ったようですね。
GunS Guilds Online




