パズルみたいに
1.山岳都市ニャンダム
山岳都市で饅頭屋と待ち合わせ。
会うのは構わんが、女の姿で来いとはこれいかに? とうとう誰でも良くなったか。
直結厨の雄、饅頭屋はモグラ帝国の上級国民ミュウモールを率いる男だ。リアル女との出会い目的という強烈なモチベーションの為せるワザか、攻略組の上位層に匹敵する腕前を持っている。攻略組には属していない。イベントにあまり興味がないようだ。どちらかと言えばレベル上げのほうが好きで、女キャラの危機に颯爽と駆け付けて(中略)「ステキ!抱いて!」ってなるのを妄想しながら狩りをするのが楽しいらしい。
救いようのない男ではあるが、ネトゲーマーは多かれ少なかれ直結厨の一面を持っている。俺とてあまり人のことは言えない。(前略)リアル美女と「ステキ!抱いて!」ってなったら抗える男など居ないだろう。既婚者やリアル彼女持ちですら疑わしい。種族人間の脳みそはいい加減な造りになっているため、ドット絵だろうと粗いポリゴンだろうと女キャラと二人で狩りなどやっていると脳内の恋愛を司るフォルダに収納される仕組みになっているのだ。狩りを重ねるごとにデート回数のカウンターが回り、モテる男はツラいぜモードに入ってしまう。気分はちょっとしたナイト様だ。必要もないのにフォローに回ったりな。
まぁそんな訳で直結厨に偉そうなことは言えない俺は饅頭屋がリアルで犯罪を起こさない限りは面倒を見てやるつもりだ。
指定の時刻ぴったりということもあり、饅頭屋はすでに待ち合わせ場所に居た。腰の剣を鞘ごと手で浮かし、いつでも抜き打ちできるよう備えている立ち姿は歴戦の戦士を思わせるものであったが、道行く女キャラを真剣に吟味している目は犯罪者予備軍のそれだ。その視線が女から女へと飛び移り、やがて待ち合わせ場所に向かって歩いている俺に飛び火してきた。
饅頭屋は俺の顔面偏差値を素早くチェックし、続いて引き寄せられるように露出した二の腕を、そして胸と腰回りを経由して顔面偏差値の追試を実施した。そこでようやく俺だと気付いたようで、俺のビジュアルに勝手に点数を弾き出したことをおくびにも出さずに爽やかに笑って手を振った。
「おお、殿下!」
よう。俺も軽く手を上げて応じる。好みのタイプを見つけたら告白されて付き合った時のシミュレーションを行うのは種族人間のオスに備わる習性だ。とやかくは言うまい。
饅頭屋が歩み寄ってくる。
悪いな。ちょっと遅れたか。
俺がそう言うと、饅頭屋はとんでもないと手を振った。
「お呼び立てして申し訳ない。こちらから出向くのが筋かとも思ったのですが、デート気分を味わいたく」
いいさ。俺とお前の仲だ。話は歩きながらでもできる。露店バザーに行くぞ。こんな話を知ってるか。ここ最近、女キャラにネコピックが人気らしいぞ。見に行こうぜ。
「あいや待たれい!」
案ずるな。ほれ、この通りネコピックは持参している。女キャラに混ざって可愛い〜!だのとハシャぐ準備は終えている。
「そうではござらん。じ、実は……」
残念だがお前と交際するつもりはないぞ。
「そのことでござるが」
そのことなのかよ。
饅頭屋がぐっと身を乗り出して俺の手を掴もうとしてくる。俺はひょいと躱して饅頭屋にデコピンに浴びせた。
「拙者と付き合って欲しいでござる!」
どこにだよ?
俺は鈍感系男子のように行き先を尋ねた。饅頭屋の言葉の選び方に、あわよくば俺と交際しようという意思を感じたからだ。つまり主目的は別にある。
果たして饅頭屋は言った。
「デートの予行演習にござるよ!」
……なに?
いぶかしむ俺に、饅頭屋はぶるぶると震える手を差し出してきた。
やや遅れて全てを理解した俺は、饅頭屋の手をガッと握った。
驚くべきことに、デートというのは、一人ではできないのだ。
饅頭屋は感極まったようにボロボロと涙を零した。
「殿下っ。拙者……拙者……! お、お付き合いしている、女性が居るでござる!」
饅頭屋ぁッ! 俺は饅頭屋の肩にガッと腕を回した。ちんちくりんモードの俺の背丈に合わせて腰を屈めた饅頭屋が嗚咽を漏らす。
俺は饅頭屋の腹をぼすぼすと軽く拳で叩いた。でかした! そうかっ。中国か?
うおーんと男泣きする饅頭屋が落ち着くのを待ってから俺は事情を聞いた。
まぁ大方の予想通りだった。
中国サーバーに渡った饅頭屋一行は、とある小組織と衝突した。中国サーバーのクランは企業に近い。三つの超巨大クランが幅を利かせており、その内の一つの支部らしい。
超巨大クランの欠点は末端まで目が行き届かないことだ。しかし他国の刺客に対しては数で押し潰すことができる。幸いにも饅頭屋一行はあちらさんの本隊が動き出す前に事を収めることができた。おそらくは饅頭屋一行の練度を目にして興味を持たれたのだろう。
とはいえ一度は殺し合った仲だ。火種はくすぶり、何かあるたびにいがみ合う日々が続いた。それが、ある日、好敵手と呼べるような仲に落ち着いた。転機となったのは領地戦の勃発だった。
饅頭屋はスマイルくんに近いタイプのプレイヤーだ。個人としての武力は言うに及ばず、集団戦の采配を取ることもできる。
海上都市に攻め込んできたクソ虫さんたちの迎撃に当たった饅頭屋一行の奮闘ぶりに、仲違いしていた小組織は評価を改めた。日本鬼子にしては骨のある連中じゃねえかとなった訳だ。
さて、その小組織にはファリンという女キャラが居た。元はと言えば饅頭屋一行と揉め事の発端となった女らしい。
……ん? 女キャラと揉めたのか? らしくねえな。俺が口を挟むと饅頭屋はとっさに誤魔化そうとした。
「それは、まぁいいではないですか。とにかくファリンと揉めたのが事の始まりでして……」
いや良くねえな。言え。察するに山岳都市を案内してやるだのと誘いを掛けたんだろ? お前は部下の前じゃデキる男だからな。いざ二人きりになったら緊張してポカをやらかすかもしれねえ。それで俺を頼った。そんなところだろ。だったらファリンさんとお前が揉めた原因を知っとかなきゃなんねえ。分かるか、この理屈。お前が女キャラと揉めるなんざ、よほどのことだろう。部下をバカにされたか? 俺は余計なことまでお前に仕込んじまったからな……。
「……殿下の件でござるよ」
そうでござったか。
そうでござる、と饅頭屋はコクリと頷いた。
まぁね。俺、あっちに軽く攻め込んだことあるからね。本当に軽くよ? 先っちょだけ。俺のことが気に入らねえってプレイヤーが居てもおかしくないかな。その辺は文化の違いと申しますかね。広い心で許してやってくれると嬉しい。というか許されたとばっかり思ってたよ。逆にね。逆に、えっ?それホントに俺?みたいな面はある。何しろロストしてっし。俺ではないよね。どちらかと言うと……? ウッディを経由しての……? あれ? それベムトロンの旦那じゃねえ!?みたいな。うん。
俺はこの場に居ないベムトロンの旦那の犯行を疑った。
とにかく、そういうことだ。
揉め事の発端となった両者ということもあり、饅頭屋とファリン嬢は互いに強く意識していた。チーム合同で狩りなどやっていれば負けじと張り合うこともあったらしい。いつしか互いに実力を認め合い……という馴れ初めのようだ。
ふむ。いいじゃないの。いい感じだよ。
やい、ゴザル。
「はっ……」
デートプランを立ててやるのはいい。俺は露店バザーのトラブルバスターズだからな。どこに何の店があるのか大体把握してる。俺に相談したのは悪くない判断だ。誉めてやろう。
「ありがたき幸せ」
うむ。けどな、今俺と一緒に居ることに関しては何らかの手を打っておけよ。こういうところから火が付くんだ。ラブコメで良くあるだろ。彼氏が知らない女と一緒に歩いてるの見て、ひと通りすれ違ったあとに実は妹でしたっていうパターン。俺はお前の妹じゃねーからな。女友達なんて言い分は通じねーぞ。
すると饅頭屋は恭しくこうべを垂れた。
「抜かりなく……。すでに根回しは終えております。恐れながら殿下は拙者の妹ということになっておりますゆえ」
おりますゆえじゃないよ。無断でお前の家系図に俺を載せるな。……まぁ今更か。それについては後日適当に散らそう。そうと決まれば善は急げだ。このオトモアイルー様がお前を人生の墓場まで案内してやるよ。
俺はネコピックを引き抜いてぴょんと飛び跳ねた。
兄者にぴったりの墓穴を用意してやるニャ!
饅頭屋もぴょんと飛び跳ねた。
「エアコン完備でお願い致しまする、妹者!」
この日、俺は饅頭屋と綿密に打ち合わせをした。
ファリン嬢の人となり、普段の狩りの様子から最適と思われるデートプランを練り上げていく。
打ち合わせは深夜にまで及んだ。
饅頭屋はデキる男だ。吸収も早い。くれぐれも強引にオフ会に誘ったりしないよう言い含めておく。まぁファリン嬢は中国人だから急にそこまで話が飛ぶことはないだろう。そう考えたらお似合いのカップルかもしれない。幸せにな。
2.クランハウス-居間
後日の出来事である。
『ぷれはぶ。おーみ……』
誰だ。俺の脳内に直接語り掛けてくるのは。
ウチの丸太小屋で1/1スケール藁人形の製作をしていた俺にささやき着信のお知らせ。
今の軽くトランス入ったような声。思考の暗号化か。たぬきだな。
俺は素早くメニューのフレンドリストを開いた。ゴミどものプロフィールをザッと閲覧していく。
……居た。コイツだ。
ささやきの仕様がクソであるため、このゲームのプレイヤーはプロフィールに暗号文を仕込むことがままある。
具体的にどうやるのかと言うと、翻訳機能を意図的にバグらせるのだ。
それが思考の暗号化。
つまり、軽くトランス状態に入って暗号を解読するソフトを頭から引っこ抜いて翻訳に乗せる。細かい理屈は分からないが、そうすると出力される言語がバグる。
そして、これは文字にも適用される。一瞬記憶が飛んで気付けば「ぷれはぶ。おーみ」と書いてる感じだ。
解凍する時は逆に暗号の解法を脳みそに落とし込んで軽くトランス状態に入ればいい。よく使われるのが「たぬき」という訳だ。暗号は複雑にしても意味がないからな。
出力される言葉が何故ぷれはぶおーみなのかは分からない。相性がいいからだとされている。何とどんな相性がいいのかは分からないが、暗号文を入力しているとたまに深く入ってしまうヤツが居るらしく、そいつの暗号文を解凍すると相性がいいというニュアンスがなんとなく伝わってくるのだ。頭おかしなるで、ほんま。
少し、イヤかなり怖いのだが、いかんせん便利だ。この暗号文は同じ言葉にしか見えないため法則性もクソもなく、地球上の概念では絶対に解けない。慣れてくると「ぷれはぶ」と「おーみ」の七字をバラけて入れることもできるようになるぞ。
だからプロフィールをザッと見て、特徴的な「ぷ」と「ぶ」と「おー」が仕込んであるのは暗号文と見ていい。
俺は、舐めぷは嫌いだのと書かれているゴミのプロフィールを半目で見つめてコナンくんが次回予告でヒントに「たぬき」と言っている場面を思い浮かべながら意識を彼岸へと追いやっていく。
「ぷれはぶ。おーみぃ」
わななく喉から己の声とは思えぬナニかが漏れ出し、その声にハッと我に返る。
ヲヤマ フラレタ?
……ヲヤマってのは饅頭屋のキャラネだ。
俺はガタッと席を蹴って立ち上がった。
饅頭屋がフラれた、だと……?
ウチの丸太小屋の外を、ざあざあと雨が降っていた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ぷれはぶ。おーみ。うーん……やっぱり接触の問題ですかね。
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