乗り越えるべき壁
1.【黒星】クァレュュ
寄せては返し、寄せては返し、知らない星の人たちと手と手を重ねてぐるぐると回りながらラスボスの会話パートを見学している。
レイさんの告白に、若社長は笑った。
「はははははははははははははははははは」
レイさんは%の近接職ということになる。幹部クラスのギルドですら一蹴された。
ギルドの召喚が停止し、レイさんが空けた陣形の風穴を知らない星の人たちが抜けてきた。レイさんにはレイさんの事情があるように、彼らには彼らの事情がある。散っていった仲間の無念を晴らす、ログアウト時間が迫っている、戦う理由は人によって様々だ。
武器を引き抜いて一直線に若社長へと駆けるプレイヤーの前に、マジンガーの兄貴が立ちはだかる。
全宇宙規模のバトルフェーズを何度もやっていれば、終盤まで生き残るメンバーは毎回似たようなメンツになるのかもしれない。おそらく種族からして異なるプレイヤーたちが前衛と後衛を意識した陣形を組んでマジンガーの兄貴に攻撃を仕掛ける。
【フリオさんっ! どいてくれよ! 俺はあんたとは戦いたくない!】
宇宙空間に色とりどりの花が咲くかのようだった。
種族人間とは比較にならないほど強力な攻撃スキルがマジンガーの兄貴を打ち貫き焼く。
しかしマジンガーの兄貴はびくともしなかった。
光の使徒のヒーラーはタンクを兼ねると言うのか。レイド級並みの耐久力だ。
太い腕と太い脚。無骨を通り越してドラム缶を繋ぎ合わせたような機体は、平均的なエンドフレームよりも頭二つ分ほど大きく、全身にみなぎる生命力を持て余しているようですらあった。
【むっ? どこかで会ったか? 悪いな。忘れた。我々は召喚されるたびに記憶が刷新される。使徒となる前のことならば大抵は覚えているのだが……。まぁ戦っていれば思い出すかもしれん! 気にするな!】
【フリオさんっ!】
知らない星の人たちの悲痛な叫び声。
マジンガーの兄貴は笑い飛ばした。
【そうだ! お前たちも使徒になるといい! さすがに僚機の情報は取り零しが少ないからな!】
兄貴の肩に乗ってる毛むくじゃらさんが兄貴の頭をゴインと殴った。
【そんな簡単になれるもんか。フリオ。あんたとは違うんだよ。相変わらず無神経な男だねぇ】
光の使徒が召喚されるのは多くの場合、最高指揮官との戦いだ。
そして最高指揮官は、ほぼ例外なく突出した学習能力を持っている。
よって勇者と共に戦う最終パーティーのメンバー選出は自然と厳しいものとなる。
弱卒の兵を増やしたところで、そいつが持つスキルをコピーされてしまったら意味がない。
毛むくじゃらさんは偉そうに腕を組んで、得意げに現代のプレイヤーたちを見る。ふんすと鼻を鳴らし、
【まっ、この熱血バカでも使徒になれたんだ。あんたたちもがんばれば使徒になれるさ。この私みたいにね】
プレイヤーたちは動揺した。
【え。あの、あなたも光の使徒なんですか?】
【なっ……!】
絶句した毛むくじゃらさんに、マジンガーの兄貴がしみじみと言った。
【お前はいつも序盤に撃墜されるからなぁ。まるで幻の生き物のようだ】
己の知名度の低さを知って毛むくじゃらさんが魂の絶叫を上げた。
【説明書を読めよぉー!】
続いて切なげに前足を振って自己紹介する。
【私は! エト・メト・ララトだ!】
エトさんが説明書とやらの熟読を怠った現代っ子を順々に指差して吠える。
【お前たちは搾りカスだ! クァトロは七土種族を皮切りに有望そうな種族からスカウトして行ったからな! 残りカスめ! お前たちはこの熱血バカみたいにはなれないぞっ! 持って生まれたモノが違うからな! お前たちは私を手本にするべきなんだ! か弱く可憐でありながらも光の使徒に名を連ねた、このエト・メト・ララト様をな! それを知らないだと!? 超有名人と違うんかいッ! 七土種族はドコだっ! 今すぐ出て来いっ! 釈明しろっ! お前ら私のことを未来永劫語り継ぐとか言ってなかったか!? そりゃその場では雰囲気で遠慮したけどさ〜! エト様エト様って散々持ち上げといてこれかいッ!】
エト様は荒ぶる鷹のようにバッと前足を広げて、マジンガーの兄貴の頭をバンバンと叩いて八つ当たりした。
マジンガーの兄貴がガシーンと腕を組んで雄々しく吠えた。
【聞こう!】
エト様がハッとする。
【あっ、七土種族がココに居た! でもコイツら脳筋だしな……。どうせ私のことなんてコロッと忘れてたに決まってる……】
【否定はせん!】
マジンガーの兄貴はどこまでも男らしく潔かった……。
2.【白夜】クァトロ
MMORPGの特徴は言うまでもなくパーティーメンバーに中の人が居ることだ。
しかし、それは長所でもあり短所でもある。
オフゲーならプレイヤーは伝説の勇者やら神話の英雄だのといったキャラクターを操ることになる。
だがオンゲーではそうは行かない。運営が用意したメインストーリーなんかではNPCが接待してくれるが、いざレベル上げに出向けば一日中ゲームやってるような社会不適合者がボスキャラを一撃で粉砕して喝采を浴びたりしている。
つまりNPCのポジにすっぽりと自分が収まるのだ。
NPCと違うのは、面倒臭いことに中の人が居てモブに徹することができないということだろう。
たった一人の勇者サマに布陣をズタズタに切り裂かれて大混乱に陥っているプレイヤーが、さっさと死ねばいいものを面倒臭い小芝居を始めた。
【逃げろッ! お前だけでも……!】
【そんな! お前も!】
【俺は……。俺は……クァトロくんを! あいつを見捨てることはできねえ!】
咆哮を上げて果敢に突進した知らない星の人が、たちまち全身を小剣群で串刺しにされて撃墜された。
跳ね上がった小剣群が別の機体の装甲を切り裂いて剥き出しになった生体パーツを抉り切り刻んでいく。
逃げ出そうとした機体の首をクァトロくんが通り過ぎざまに手に持つ大剣で刎ね飛ばす。
標的を撃墜した小剣群がクァトロくんの元に結集してプレイヤーの攻撃を弾いた。再び散開してプレイヤーの命を刈り取っていく。その間もクァトロくんは機体の残骸から残骸へと飛び移り、更に加速して息子の元へと先を急ぐ。
絶望的な戦力差に、知らない星の人たちの戦い方は段々と雑なものになっていく。死なば諸共と言わんばかりに突進して自爆戦法を取る。プレイヤーを爆弾と見なして投げつけるものも居る。
だが頼みの綱のスキルすらクァトロくんはプレイヤーの遥か上を行く。
連続して降り注いだ落雷が四方八方に飛び散ってプレイヤーのスキルを食い破っていく。魔法の規模が違いすぎる。種族人間など一発で消し飛びそうな知らない星の人たちの魔法が、クァトロくんの前ではまるで水鉄砲のようだ。
目に見えて数を減らしていく味方に、恐慌状態に陥ったプレイヤーたちがドンドン地球人みたいになっていく。諦めて宴会を始めるものまで現れる始末だ。
激しく放電したクァトロくんが最終防衛ラインを突破して、レイさんに襲い掛かる。
プレイヤーの死は無意味だった。犬死にと言う他ない。それほどまでにクァトロくんは強すぎた。
誰も止められなかった小さな勇者を止めたのは、若社長だった。手のひらを向けると、それだけでクァトロくんはビタッと宙に張り付いたように動きを止めた。
ぴたりと笑うのをやめた若社長が言う。
「お父さん。レイと話があるんだ。ちょっとプレイヤーたちと遊んでてくれる?」
レイさんの言葉は若社長のプライドを著しく傷付けたのだろう。言われっ放しでは済まさないというちっぽけなプライドが、クァトロくんとレイさんの対決を先延ばしにした。
遊んでてと言われたクァトロくんが剣を納めてくるりと反転した。
両腕を上げて、もみじみたいな小さな手のひらをプレイヤーたちへと向ける。
知らない星の人たちの頭を両脇に挟んでヘッドロックしているマジンガーの兄貴が微かに目を見張って叫んだ。
【タコタコイカイカだ!】
エト様が見るに耐えないと顔面を前足で覆った。
【忙しい大人の都合ゲームじゃん。遊びと言えばそれなんだね……。クロくんとよくやってたもんね……】
タコタコイカイカとは?
マジンガーの兄貴によれば、実戦形式の押し相撲のようなものらしい。
宇宙を自由に飛び回り、互いに正面を取り合う。接近したら手のひらを合わせて押し合う。勝敗のジャッジはひどくあいまいで、大きく吹っ飛ばされたら負け。
……クァトロくんが最も忙しかったのは八人の子供たちの面倒を見ていた頃だったのだろう。ギルドの相手をして、仲間を増やして、会社を回して……。
幼い息子と遊ぶ時間を無理にでもねじ込むなら、いつでも切り上げることのできる遊びにするしかない。負けたふりをして大きく吹っ飛ばされ、そのまま戦場に直行するという荒業だ。
クァトロくんに目を向けられた知らない星の人がびくっとした。クァトロくんは小さい。エンフレの巨体と比べるとその小ささが際立つ。しかし力比べなら勝てると自惚れてはならないと、戦場を漂う僚機の残骸が訴え掛けてくる。今なら手のひらに触れただけで死ぬと言われても信じるだろう。
反転してダッと宙を蹴って駆け出した知らない星の人が、一瞬でクァトロくんに追い抜かれて回り込まれた。手のひらを向けてくるクァトロくんに、イヤイヤをするようにかぶりを振って後ずさっていく。
クァトロくんはニコッと笑った。
3.【無尽】レイ
クァトロくんがプレイヤーで遊んでいる一方その頃、ついにラスボスの会話パートが幕を開けようとしていた。
若社長が幼馴染みに掛ける言葉は意外と思えるほど優しい響きを含んでいる。
「ひどいことを僕にしたって? そうじゃないだろ、レイ。君たちはそれが必要なことだと分かってたんだ。実際……ご覧よ。今や僕は最高指揮官を従えるまでになった。君たちに置いて行かれまいと必死になってスキルを鍛えた結果だ。ねえ、レイ。自覚あるんだろ? 僕らはそういう生き物なんだよ。無意識の内に正解を選び取ることができる。僕らは理外の理を手にした生物兵器なんだよ。だから神の怒りを買ったんじゃないかな。だから律理の羽なんてモノが現れたんじゃないかな。僕はそう思うけどね」
レイさんはそれは違うと首を横に振った。
「天使が神と呼ぶものの正体は自然現象の歪みだ。我々の解釈が形を結んだに過ぎない。理外の理などというものは実在しない。神は狂った宇宙の産物だ」
「お父さんから聞いたの? そういう説もあったらしいね。でも本当のところは分からない。こっちには専門的な設備もないしねぇ。まぁ神の正体なんてどうでもいいんだよ。僕が言いたいのは、レイ。君たちが正しい選択をしたってこと。謝られてもなぁ、というのが正直なところかな」
若社長は何でもないことのように言い、男にしては細い首を手でさすった。
レイさんはゴクリと生唾を飲んで、性的に成熟した幼馴染みを注視している。
「クロ。お前も妻子ある身だ。しかしモョモも大きくなった。もう子供ではない。お前は親としての責務を立派に果たした。ならば、もっと自由に生きていいのではないか? 宇宙は広い。旅に出るのもいい。私も付き合おう」
レイさんは若社長に不倫を推奨した。
若社長が呆れたように言う。
「あのさぁ。君がどう生きようと自由だけど、僕はこう見えても妻を愛してるんだよ。僕なりにね」
レイさんが吠えた。
「女には分からんことだ!」
若社長も吠えた。
「僕はノーマルなんだよ!」
レイさんは落ち着き払って言った。
「最初は皆そう言う」
イヤに実感のこもった発言に、若社長はクァトロくんとよく似た儚げな容貌を歪めた。
「……昔は普通だったのになぁ。一体どこで道を間違えたんだ、君は」
「当然の帰結だと思うが? 私はクァトロさんを尊敬している。私は仲間たちの中で一番成長が早かった。身体もスキルもな。それで功を焦り、多くのミスをした。恥ずかしながらクァトロさんを下に見た時期もあった。あとはもう……分かるだろう?」
分かりたくなかった。
若社長も俺と同意見のようだ。
「実の息子の前でなんて話をしてるんだ……。ええと、つまり、もう口にするのも嫌なんだけど。レイにとって僕はお父さんの代用品ってことだろ?」
「それは違う」
それは違うらしい。
レイさんは本腰を入れて若社長を口説き始めた。
「正直に言うと、私はお前が嫌いだった。お前のスキルが強大になるにつれ、その思いは増していった。それはそうだろう。結果から言えば、お前のスキルはギルドに対抗しうる唯一無二のものだった。私たちが召喚されたのはお前を守るためだった。私はそう考えている。しかし認めたくなかった。やはり心のどこかでお前を見下していたのだろう」
まぁそうなるか。
レイさんからしてみれば身体を張ってるのは自分たちだという意識もあったのだろう。
レイさんは、はだけた胸の前で拳をぐっと握った。過去を悔いるようにきつくまぶたを閉ざして本音を吐露していく。
「……私はお前のことが嫌いだった。仲間たちの制止役に回っていたのはクァトロさんの手前ということが大きかった。しかし」
そこでレイさんは言葉を切り、熱い眼差しを若社長に向けた。
「ある日、自覚した。私はお前のことで頭が一杯だった。認めたくなかった。認められなかった。ずっと……。そんな時だ。お前が妻を娶ったと聞いて、私は……自分が失恋したのだと悟った」
レイさんのラブロマンスは失恋から始まったのだ。
レイさんが若社長へと手を差し伸べて、キッパリと言った。
「クロ。初めて会った時からお前のことを想っていた」
「ごめんなさい」
若社長は間髪入れずお断りした。
レイさんは、フッと笑い……。くるりときびすを返した。
「私は諦めない」
若社長は悲鳴を上げた。
「お父さん! 助けて!」
息子の助けを求める声に反転したクァトロくんが、律理の羽を広げて急迫する。
レイさんが折り目正しく頭を下げた。
「お義父さん。息子さんを私にください」
ぴくっと反応したクァトロくんの拳がレイさんを殴り飛ばした。
息子は男にやれないと言わんばかりに。
吹き飛んだレイさんがペッと血を吐き捨てて感慨深げに呟く。
「駆け落ち、か……」
愛する男との許されぬ恋がレイさんを熱く燃え上がらせる。
カッターシャツをバッと脱ぎ捨てたレイさんが吠える。
「Nagyyyy! Doooooooooooooom!」
かつてないほど力強くアナウンスが走る。
【限界突破!】
無数の分身体がレイさんの男らしい肉付きの肢体に吹き込まれ一体となっていく。
スパークするほど激しく上がった禍々しい光を従えたレイさんがクァトロくんと対峙する。タコ足の輪郭を描いた光が怪しく蠢いた。
頂上決戦の幕開けをアナウンスが告げる。
【Gun's Guilds Online】
宇宙で最強の間男と舅の戦いが始まる……。
これは、とあるVRMMOの物語。
恋愛は自由ですよね。
GunS Guilds Online




