第八章。天使の子守唄、完結
1.【指揮官】サラ
レイさんは強かった。
単純な膂力ではクァトロくんを上回っているかもしれない。
%の血族に対して有利な属性を持つ天使の剣ですら、レイさんの肉を断ち切ることはできなかった。
それなのに、交錯するたびに一方的にダメージを負っている。
若社長は狂喜した。言い寄ってくる幼馴染みがボロボロになっていくのを目にして、手を打ち鳴らしてバカにするように煽る。
「勝てないよぅ、レイ! いくら君でも僕のお父さんには勝てない! 僕のお父さんは無敵の勇者なんだ!」
頬に走った裂傷を指でなぞったレイさんが、色濃い疲労を押し隠して呟く。
「今は……そうでもないかもな?」
無重力空間を行き来するレイさんとクァトロくんの攻防はどんどん加速していく。レイさんを追尾する金属片は、二人のスピードにまったく追いついていなかった。
レイさんの手がゆったりとした動きで美麗な残像の尾を引く。稲妻すら置き去りにして走るクァトロくんの大剣が、レイさんの手に吸い付くようにぴたりと止まった。
アブソリュート・ゼロ。その完成版だ。
至近に揺れるクァトロくんの瞳をレイさんが覗き込んで告げる。
「クァトロさん……。私は、あなたのことが好きだった。狂おしいまでに欲していた。しかし、それも過去の話だ。私は……新しい恋に生きよう。さようなら」
レイさんの目からひと雫の涙が零れ落ち、パッと宇宙空間に散った。
全身から発散する光がとめどもなく輝きを増していく。全宇宙を照らし、包み込むような強い光だった。禍々しさに静謐さや美しさが取って代わり、レイさんとクァトロくんを呑み込んでいく。
雄叫びを上げたレイさんが、大きく踏み込んで拳を真っ直ぐ突き入れた。
「最後に、愛は勝つ!」
強すぎる光に灼かれた目を若社長が苦しげに手で押さえる。
「目が……目が……! なんだよ、これは! %細胞は天使の力じゃないのかよ!? こんなっ、こんな綺麗でっ、美しいものが……!?」
人類とは比較にならないほどのオーバーテクノロジーを持つ彼らですら、自分たちをこの世界に召喚したものの正体を掴めていない。
敵対する神の仕業と決めつけることは簡単だった。
遊び相手を欲したギルドに招かれたのだという考え方もある。
しかしどれもが決め手に欠け、どれもが否定するに足る不確定要素を孕んでいた。
その一つが、ガムジェムや%細胞が時折り見せる慈悲にも似た一面だった。
若社長にしなだれ掛かる最高指揮官が、幼い子供を守るように若社長を抱きしめた。黒く長い髪と装いが、光を寄せ付けないように、くっきりと黒く浮かんで見えた。
小さな子供であるかのように扱われて、若社長が激昂した。突き飛ばそうとした手が直前で勢いを失い、胸中で渦を巻いた感情が散々に千切れて口を衝いて出る。
「母親を気取るな! お前は僕のお母さんじゃない!」
しかしサラと名付けられた最高指揮官は若社長を手放さなかった。
彼が心から欲しているものが、二度と会えないかもしれない、母親だったから。
どんなに言葉で強く否定されても、高度な学習能力を持つ最高指揮官は、迷子になった心の脆い部分を的確に突く。この上ないと思えるほど有利な形態を保ち続けるだろう。
幼子を胸に抱き、紅を塗ったように赤い唇が微かに開く。
天使のように透き通った歌声が響く……。
2.GGO-ョレ支社-月面基地
りーん、りーん……
鈴を奏でるような音が耳の奥で響いている。
それは、最高指揮官が俺たちに見せた夢だったのか。それとも……。
一面ガラス張りの窓の手前にョ%レ氏が立っている。
「……来たか」
小さく呟き、振り返ったョ%レ氏の目に映ったのは、黒いドレスを身に纏ったモョ%モ氏だった。星くずを織り込んだかのようにドレスの布地が光沢を帯びている。
ョ%レ氏は尊大な態度を崩さずに、モョ%モ氏の容姿を褒め称えた。
「よく似合っているよ。目を引く仕立ての良さだが下品さはなく、主張しすぎるということもない。その肩にとまっているモノを取り除けば、もっと素晴らしくなる」
モョ%モ氏の露出した肩に、スズムシと似たギルドが取り付いていた。
一転して眼差しを鋭くしたョ%レ氏が吐き捨てるように言った。
「最高指揮官に魅入られたか。%の名折れめ」
モョ%モ氏がドレスのスカートを摘んで、見せつけるようにくるりと回った。スカートの裾がふわりとなびき、鮮やかに元に戻る。
ョ%レ氏の反応に満足したようにモョ%モ氏が口元を吊り上げて笑った。
「取り込んだのさ。認めねばなるまい。私には、やはりあの男の血が流れている」
ギルドを従える力……。
モョ%モ氏は祖父のクァトロくんと同じ固有スキルを持つが、スキルは同じでも得意分野は違ったのかもしれない。
この世界に召喚された%の血は世代を追うごとに薄れていく。彼らの正体は人工的に造り出された生物兵器の末裔であり、こちらの世界には彼らの血統を等しく保つ設備がないからだ。
勇者の血を引く女性が言う。
「ョレ。ヒューマンから手を引きなさい。彼らでは君の期待に応えることはできない」
彼女の忠告を、俺たちの運営ディレクターは一笑に付した。
「最初から期待などしていない。……モョモ。用件はそれだけかね? このョ%レ氏は忙しいのだよ。下らない話をしに来た君と違ってね。悪いが……」
さっさと帰ろうとするョ%レ氏に、ギルドに憑かれた女が声を掛ける。
「存外に優しいじゃないか。もう先が見えているだろうに。義理堅いことだ。ならば君に代わって私が手を下してあげても良い。……ああ、ョレ。時に、櫻井くんは元気かね?」
ぴたりと足を止めたョ%レ氏が、サッと振り返ってモョ%モ氏を見る。その瞳の色がじわじわと赤く染まっていく。
「ヒューマンは私のオモチャだ。それを横から取り上げるのは感心しないな」
「ふふ……」
妖艶に微笑んだモョ%モ氏が、踊りに誘うようにたおやかな手を差し出す。たちまち出現した黒い金属片が結集し、律理の羽とよく似た大剣を構築した。
ョ%レ氏が魔石を繭へと変換し、それらの幾ばくかより無数のサイコロが羽化した。ョ%レ氏の身体を取り巻いたサイコロがジャラジャラと癖になるような音を立てて回転する。
二人の%が、以前とは異なる立場で二度目となる対決の時を迎えた。
モョ%モ氏が上品に口元を隠してくすくすと笑う。
「怒ったのか? やはり君は甘いな。公平という言葉で誤魔化しているに過ぎない」
ガラリと声質を変えて、見下すように告げた。
「ヒューマンに、情を移したか。愚か者め。%の名折れは君のほうだ」
ョ%レ氏は大仰に肩を竦めた。
「避けては通れんか。いいとも。その安い挑発に乗ってあげるとしよう」
軽く手招きして告げる。
「来い、モョモ。望み通り決着を付けてやる」
モョ%モ氏は壮絶な微笑を浮かべた。厳格な審判者の仮面の陰に女の顔がチラつく。
「やっとその気になってくれたの? ョレ」
一面ガラス張りになっている窓の向こうをUFOが飛び去っていくのが見えた。
巨大な円盤が、対峙するモョ%モ氏とョ%レ氏を覗き見るようにゆっくりとガラス窓の向こうを横切っていく。
室内であるにも拘らず、二人の%の髪と装いが強風に煽られたかのようにバタバタとなびき、巨大な円盤が発した光が二人を強く照らした……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ギルドの侵攻に、抗う%たち。ョ%レ氏の反撃が始まる……!
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