【敗残兵】の復活
1.???宙域-最深部
暗殺兵さんの前脚にギターの弦のようにレーザー光線が張っている。よく見れば黒いこんぺいとうみたいなのが機体の周囲をぐるぐると回っている。
俺は蛇マンをドンと突き飛ばしてダッと宙を蹴って駆け出した。俺の居場所はここじゃないと思った。俺には暗殺兵さんの動きが見えていた。あの暗殺兵は落ちて移動している。おそらく、あの黒いこんぺいとうみたいなのは重力を操る装置なのだろう。つまり暗殺兵は予備動作なしに動ける。
俺には見えていた。しかしゴミどもは何一つ反応できなかった。コイツらじゃ暗殺兵には勝てない。
俺は死にたくなかった。負けたくなかった。だからゴミどもを見捨てて逃げ出した。それはひどく当たり前のことで、妥当な判断だった。それなのにゴミどもは俺を追ってくる。俺はギョロギョロと目ん玉を動かして吠えた。
俺はクァトロを説得しに行く! 俺ならできる! 俺ぁここで死ぬ訳にゃ行かねえ! すまん、すまん……! 足止めを頼む!
だがゴミどもは俺の言うことをまったく信用してくれなかった。
【オメェに説得できるくらいなら苦労しねぇんだよ!】
【ちっとばかし口が回るからって自惚れてんじゃねぇーよ!】
【お前もここで死ぬんだよォー!】
ゴミどもォー!
俺はくるっと反転すると、触手の先端に銃口を生やしてレーザー光線を放った。図体ばかり育ったゴミどもがパッと散開して俺のレーザー光線を躱した。こういう時だけイヤに機敏じゃねーか……! ガンダムみたいにロールしながら武器を手にした近接職どもが残像の尾を引いて俺へと迫る。
くそったれァー! 俺はレーザー光線を連射してゴミどもを迎え撃つ。しかし当たらない。これだけ動けるのに、なんでボス戦じゃあっさりとくたばるんだよ……!
急降下してきた暗殺兵さんがゴミどもの首を刎ねていく。……本当に見えてねえのか?
俺は目がいい。もう長いことずっとそうだから、ゴミどもの感覚が理解できなかった。俺のレーザー光線と暗殺兵とで一体何が違うってんだ?
くそっ、くそっ。当たんねえ。
ギョッとしたゴミどもが急停止して俺を指差した。
【が、崖っぷち後ろ後ろー!】
へあ?
俺は真ん丸ボディをくりっと回そうとして後ろから伸びた手にガッと口の端を掴まれた。
視界の端で火の粉が舞っている。燃え上がった命の火がクソのような廃人の輪郭を描いていく。
脱落した装甲が皮一枚でぶら下がっていた。
腕と脚が一本ずつ千切れて途中からなくなっていた。
目も片方潰れていた。眼窩に剣が深々とブッ刺さっている。生きているのが不思議なくらいだった。
無事なほうの目をギョロリと動かした五面ボスみたいなのが、俺の真ん丸ボディに背後から絡み付いてイヤにドスの利いた低い声で呟いた。
【オメェ〜ら暇そうにしてんなァ〜】
ひぇっ。
俺は小さく悲鳴を上げた。
い、いつものサトゥ氏じゃない。余裕が吹っ飛んで本性が丸出しになってる……!
五面ボスさんが寒々しい呼気を吐いて俺の歯列を指でなぞってくる。
【こんだけ雁首揃えて何チンタラやってんだァ〜? オメェ〜らはホントにヘタクソだなァ〜】
五面ボスさんの背中にブッ刺さっているビンの中で、ブサイクな人形が短い腕を伸ばした。腕の先端が俺のほうを向いていた。五面ボスさんの頭と接続していたコード類がバラけて俺の真ん丸ボディに刺さってくる。
やっ、やー!
ジタバタと暴れる俺をあざ笑うようにサトゥ氏が俺の歯列の裏に指を這わせてくる。
【ユルユルのガバガバじゃねぇか。お前は何かってぇと洗脳されすぎなんだよォ〜】
サトゥ氏のコード類が俺の体内をゾゾゾと這い上がってくる。
お、お、お、おおお俺にナニする気だテメェー!?
サトゥ氏が俺の真ん丸ボディに頬を寄せて小さく囁いた。
【限界突破さ。コタタマ氏ィ。俺がお前の限界ってヤツをブチ抜いてやるよ】
アッー!
俺の目が俺の意思に反してギョロギョロと動く。
遊離した複雑な文字列が円環状に編まれ、何度も連続して放たれた。
黒い稲妻がバチバチと上がり、ゴミどもが悲鳴を上げてうずくまる。とっさに目を押さえた手からドス黒い血があふれ落ちた。
急なドライアイの症状に苦しみ出したゴミどもを、暗殺兵は待ってやる必要が一切ない。目に付いたゴミに音もなく接近し、振り上げた前脚で首を刈らんとする。
つい先ほどまで反応すらできなかった一撃を、ゴミがあっさりと受け止めた。振り返ることすらなかった。ただ、指の隙間から覗いた目がギョロリと動いて暗殺兵を見つめていた。
警戒した暗殺兵が大きく飛び退いて距離を取る。
顔を上げたゴミどもが目から滴り落ちる黒い血を拭いもせずに陶然として呟く。
【見える。俺にも見えるぞ】
【……俺もだ。敵の姿が見える】
【そうか。予備動作がねえのか。あの周囲を飛び回ってる小さいのがキモなんだな】
五面ボスさんの周囲にぽつぽつと命の火が灯る。それらが赤い軌跡を描いてクソのような廃人どもが姿を現した。珍しく生き残っていたミノムシ野郎が俺の真ん丸ボディに銃口をゴリゴリと押し付けてきた。俺の知らないところで何かがあったらしく、機体が大きく損傷している。
セブンだけじゃない。リチェットやメガロッパ、ハチも居る。
正常個体の多くは女キャラだ。女の服を剥ぐ剝がねーで揉めて怪音波を放ちながら罵り合う男どもを見てれば自然とそうなる。階段に腰掛けてダベるならまだしも、ゲームの中じゃ何やっても捕まらねーからと大胆にも往来に寝転がってパンチラ待機するような男も普通に居るのだ。まぁ反面教師というやつだな。
てっきりレイさんが連れてきたのは男キャラだけだと思っていたが……。いや、ョ%レ氏が何かしたのか。俺らっトコの運営ディレクターは何かと公平であることに拘るからな。女キャラをバトルフェーズに投入したか。それも今しがたという訳じゃなさそうだ。
五体満足の機体が一つもない。スマイルの旦那がよほど激しく抵抗したらしい。自前の兵隊だけじゃなくて冒険者ギルドまで動員したのかもしれない。
サトゥ氏がここに居るということは、そういうことなのだろう。
因縁の対決を制した五面ボスさんがぐぐッと顔を上げた。暗殺兵を見据える隻眼が一際強く輝き、赤い残光を引いた。噛み付くように吠える。
【敗残兵だクソ野郎ッッッ!】
2.決戦
地球産のゴミが反撃に転じた頃、ペペロンの兄貴は窮地に陥っていた。
以前に若社長が言っていた通り、本気を出したクァトロくんの強さは次元が違った。
律理の羽と電撃魔法を駆使して迫るクァトロくんに対して、ペペロンの兄貴はほとんど何もできなかった。
生命力が底を突いたらしく、ボロボロになった機体からは疎らに命の火がくすぶるばかりだ。へし折れた槍を放り捨てた兄貴が悪態を吐く。
【クソッタレ。私の負けだ。殺せよ】
クァトロくんは一切迷わなかった。分離巨大化した律理の羽でペペロンの兄貴の首を刎ね飛ばした。
兄貴は最後の賭けに出た。斬首された機体が両手を大きく広げ、浮かび上がった光の輪が激しく回転しながら自機もろともクァトロくんを押し潰さんと迫る。
このゲームの攻撃魔法は術者を中心に円状に放たれるという特徴を持つ。味方を素通りして敵にだけ当たる攻撃魔法は存在しない。
何故なら、味方に害を及ぼさないという特性は便利すぎて激しくリソースを食うからだ。仮にそのような特性を得たならば著しく威力が減衰して攻撃魔法の体裁を保てなくなる。
攻性スキルの本質は破壊にある。
対象範囲を狭めて威力を上げてもいい。
限られた命を削って、より広範囲に死をバラ撒いてもいい。
しかし誰かを救うためのものであってはならない。それは本質に反する。
血は血で贖うしかない。
命の対価は命でなくてはならない。
それが絶対のルール。
だから失われゆく仲間の命と引き換えにするなら自分の命を差し出すしかない。
頭部を失ったペペロンの機体が、油の切れた機械のようにギクシャクとした動きで両手を伸ばす。小さな勇者を、そっと抱きしめて胸に寄せた。
高速で自転する光の輪が繭のように二人を包み込んでいく。
クァトロが手に持つ律理の羽が分離し、ペペロンの両腕を肩から切り離した。今や光の障壁となって迫る繭の外壁に手のひらを向けて、酷薄な笑みを口元に浮かべた。
パリ、パリと微弱な電流がクァトロくんの小柄な身体を舐める。
何をしたのかは分からない。
クァトロくんは何事もなかったかのように、あっさりと光の繭をすり抜けた。
取り残されたペペロンの兄貴の機体が、光の繭に押し潰されていく。
俺たちは……。
この小さな勇者を誰も止めることはできないと思った。
以前に若社長の言っていたことがよく分かった。
(どう考えても僕らは巻き込まれたクチだよ)
その通りだ。
真の勇者は別に居るだって……?
そんなモン必要ないだろ。
クァトロくんよ。今のお前に最高指揮官が全力で抵抗したとして、一体何分くらい持つんだ……? さすがに秒殺はないと信じていいのか……?
【ギルド】は滅びない。無限に成長し続ける。
しかし具体的にどのような被害が出たという話は聞いたことがない。
レベル5000越えの最高指揮官ですら赤子扱いする勇者がこの宇宙に居るからだ。
金属片がクァトロくんを中心に周回し、鉛筆を削るように形を整えていく。やがてそれらは無数の小剣と化し、激しい稲妻を帯びて四方八方に飛び散った。
一本一本の小剣がバラバラに意思を持っているかのようだった。
縦横無尽に飛び回って知らない星の人たちを掃討していく。
しかし知らない星の人たちは一歩も退かない。機体に突き刺さった小剣を自らの手で深く押し込み、クァトロくんに突進していく。暴れる小剣を手離せば、次の瞬間には跳ね上がって首を刎ねてくるだろうと分かっていた。
そして、こうも思った。
この勇者を足止めすることはできない。
一瞬の遅滞すら望めない。
しかし遠回りさせることはできる。
自分たちがスクラップとなって行く手を遮れば。
知らない星の人たちが咆哮を上げて突進していく。
手近な【ギルド】を掴んで前へ。良いスクラップになりそうだった。
レイさんは……。
俺は、レイさんが飛び去った方角に霊体を向ける。
五面ボスに身体を酷使された俺はとうに死んでいた。
いや、俺の身体は生きているのだが、サトゥ氏を操るブサイクな人形に脳を乗っ取られた時点で「俺」という精神は幽体離脱の条件を満たしたらしい。フシギ。
透き通った霊体ですいすいと宇宙空間を泳いでいく。俺くらいになると霊体をほとんど思いのままに操れるのだ。イヤいっそ肉体の操縦のほうがヘタクソだな。
そして、さすがは先輩プレイヤーだな。知らない星の人たちの霊体が輪になって若社長とレイさんの遣り取りを見つめている。俺も先輩たちの輪に加わって一緒にぐるぐると回る。回っているのは、霊体は一ヶ所にとどまるのが難しいからだ。ちょっとしたテクニックが要る。が、負担になるだけなので、この場でやる意義は薄いだろう。
レイさんは伸ばしたタコ足で若社長と最高指揮官……サラだったか?を捕まえていた。
その気になれば二人を握り潰すのも簡単だろう。
しかし若社長の固有スキルはセブンのそれと似ている。トリガーは死……。迂闊に殺せばスキルが発動してしまう。【ギルド】を取り込み、支配するスキルだ。俺のように【ギルド】と共生関係を結んでいるプレイヤーは少なくない。ロスト対策になるからだ。
レイさんは立派な人格をしたタコさんウィンナーで、自分を慕って付いてきてくれたプレイヤーを犠牲にすることはできない。
そうと知る若社長の口ぶりには余裕がある。
「殺さないのか? そうだよな。殺せやしないさ。……レイ。どうしてプレイヤーを連れてきた? 君にとっちゃ足手まといだろ。誰も君には追いつけないし、お父さんの【揺りかご】にしたって本当はもっと早く抜けられたんじゃないか?」
しばしの沈黙が流れた。
若社長にしても気になることなのだろう。クァトロくんを急かすことはしなかった。【輜重兵】は健在で、逃げようと思えばいつでも逃げられるという考えもあったかもしれない。何より最高指揮官が傍らに居る。
【…………】
レイさんは答えず、しゅるしゅると縮んだ。予備を用意しておいたのか、カッターシャツに袖を通してスラックスのポケットに片手を突っ込んで宇宙空間に佇む。無重力空間を、袖を通しただけのカッターシャツの裾がふわふわとたゆたう。
レイさんは頭を下げた。
「すまなかった」
「は?」
若社長はぽかんとした。
頭を上げたレイさんが続ける。
「私たちが愚かだった。私たちはあまりに幼くて……お前の気持ちを考える余裕がなかった。クァトロさんが……父親が居るお前が妬ましいという気持ちも多分あった。口ではお前を守るためだと言っておきながら、きっとそれだけじゃなかった。私たちは一人ずつが少しだけズルをして……お前にひどいことをした。どうして、一緒に遊ぼうと。たったそれだけのことが言えなかったのだろうと、ずっと悔やんできた。どうして、手を引っ込めてしまったのだろうと」
それは。
多分、若社長がずっと掛けて欲しいと願っていた言葉だった。
……だが、あまりにも遅すぎた。
そして自身の手で引きずり出してこそ初めて意味を持つ言葉だった。
自分の価値を認めなかった連中にお前らは見る目がなかったと知らしめる。そうした負の情念こそがクァレュュという男をGGO社のトップに押し上げた原動力だった。
では、若社長の希望通りにレイさんの首根っこを押さえつけて悔恨にまみれた謝罪を引きずり出すことができれば気が済むのか、と言えば答えはノーであった。
そんなものなのだ。
俺には、いや俺たちにはよく分かった。
何故ならば、若社長は人間とよく似た考え方をするから。
ョ%レ氏やモョ%モ氏ほど賢くないから。
人間と同じようにミスをするからだ。
固有スキルを最高指揮官に通用するレベルまで強化するために、%特有の知性を【戒律】の代償に捧げたのだろう。
クァトロくんのように強靭な肉体を捨てることはできなかった。
故郷に残してきた母親に未練があるから。
%特有の知性を【限界突破】のエサにした若社長は、それゆえに人間のように気紛れで、人間のようにコンプレックスをコントロールすることができない。
つまるところ、説得して味方にできないタイプのユニットなのである。
若社長は、うふふと笑った。
これは、とあるVRMMOの物語。
アシュラ男爵と同じですね。
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