オリジン
1.ポポロンの森-クランハウス前
公開処刑はサトゥ氏の持ちネタだ。
ダッシュで死に戻りしたサトゥ氏にゴミどもが迫る。わらわらと手を伸ばすゴミが口々に言う。
「サトゥ〜。オメェも懲りねえな。そんなに処刑されたいんか? ん?」
「オメェーが心配なんだよぉ〜。オメェーは俺らの頭だろうがよ〜」
「俺は知ってンだ。処刑されてる時のお前は輝いてるぜ……」
サトゥ氏が剣を抜いてゴミどもをもるもると威嚇する。
「ええいっ、寄るな!」
有名になるということは有象無象のゴミどもに絡まれるということだ。
一口にゴミと言っても動機は様々で、モブキャラだからと言って植物のような人生を送っているとは限らない。いや、そんなやつは滅多に居ないだろう。人生は苦痛の連続であるというのが大勢の意見だ。だからネトゲーマーは浅く広い人との繋がりを求めてオンゲーをやる。それは居心地がいいから。誰かがミスをしても他人事で済ませることができる距離を保てるからだ。
しかし集団戦の頭を張るトッププレイヤーの決断は重要で、他人事で済ませるのは難しい。だからゴミどもはサトゥ氏に執着する。ラノベの主人公みたいに面白おかしい日々を過ごすには有名人にお近付きになるのが一番手っ取り早いというのもあるだろう。血反吐を吐くほどの修練を積んで強くなれば自然と注目を浴びるのは分かっていても、そんな面倒臭いことはやりたくないのだ。それこそ俺のように美女に強要されるくらいのイベントがないと本気にはなれない。
カメラを回しているネカマ六人衆にゴミどもがうぇーいと付き纏っている。ホモなのかな? そいつらを撃ち殺したセブンが戦線に復帰した。樹上から飛び降りて着地するなり吠える。
「ハチ! 男を手当たり次第殺せッ! そいつらは邪魔だッ!」
英断であった。
徒党を組んだ男は途端にアホになる。女キャラなら全員賢いという訳ではないが、このゲームの場合は明らかに偏差値が高い。野郎のパンツを覗いても仕方ないからだろう。
弓兵部隊を率いたハチが男キャラを手当たり次第に撃ち殺していく。真面目に戦ってる女キャラの周辺に居る男キャラから迅速に始末していく有能さよ。
俺は赤カブトの手を引いてポポロンの森を走る。赤カブトの戸惑う声。
「え、えっ。ペタさん、どこ行くの? 方向が……」
何とかしてウチの丸太小屋に戻らなくちゃならない。事は緊急を要する。つまり出し惜しみをしてる場合じゃないってことだ。
俺は赤カブトを連れて秘密の地下通路に潜った。とあるブツを密売することで莫大な臨時収入を得た俺は、ひそかにティナン業者を雇ってウチの丸太小屋の地下にこっそりと癒しの空間を作っていたのだ。
そう、先生を祀る地下神殿である。
壁にずらっと並ぶ先生の偶像に赤カブトがギョッとした。
「こ、これは……。もしかして先生に内緒で怪しい宗教を……」
それは違うぞ、ジャム。俺はぴしゃりと言った。
俺は先生を祀る神殿を建てただけ。宗教は興してない。布教しなければ宗教じゃあないんだ。
そう言って俺は、ひときわ大きな先生像を回り込んで先を急ぐ。
上から吊り下がってるハシゴをぐいぐいと引っ張って劣化してないのを確認してから赤カブトに先に行くよう促す。
ここを登れば工房に出る。足を踏み外したら危ないからお前が先に行け。もしもの時は俺が受け止める。急げ。
赤カブトはコクコクと頷いた。
「うん、分かった。あ、でも……。スカートの中、見えちゃわない?」
見えちゃうとも。俺は認めた。その上で言う。
隊列は崩せない。お前が先、俺が後だ。俺は慣れてるからいい。だが、お前が足を踏み外したらタイムロスになる。その時は俺が受け止める。よってハシゴを登りながら上を見るななんていうアホな提案は受け入れられない。気になるならパンチラしないように登れ。俺から言えるのはそれだけだ。ことは一刻を争う。俺に下心がないとは言わない。しかし事実だ。
俺は理詰めで赤カブトにセクハラ宣言した。
言い返すことができなかった赤カブトは「うーうー」とうなりながら意を決してハシゴを登っていく。
絶景かな。
俺は見えそうで見えない、見えなさそうでチラッと見える絶好の距離をキープ。レベル差も何のその、赤カブトさんのパンチラを拝みながら軽快にハシゴを登っていく。
赤カブトさんはコツを掴んだらしく、加速して一気に俺を引き離そうとする。しかし甘い。よくあるパターンだ。こういう不慣れな作業は緊張を解いた時が一番危ないんだ。そら来た。ずるっと足を滑らせた赤カブトを、俺はガシッと掴んだ。踏み外したのは片足だけだから落ちるとまでは行かなかったろうが、念のためだ。
「あ、ありがとう」
いいってことよ。いきなり全部上手くやれなんて無茶なことは言わねえさ。俺の反応もなかなかのもんだろ? そろそろ危ないと思ってた。慣れてくると頭の中と身体のほうで動きがズレるんだ。脳と筋肉の学習速度は別物だからな。そういうのを一発でアジャストできるのが、いわゆる運動神経がイイやつってことになる。お前もそのクチだが、状況が状況だ。焦ればミスが出る。さ、続きだ。
コクリと頷いた赤カブトがハシゴ登りを再開した。俺もパンチラ鑑賞を再開する。
隠し扉を開いて工房に出る。
俺は、逸る赤カブトを制して工房のドアに身を寄せる。
ウチの丸太小屋にゴミが侵入している可能性が高い。工房に俺たち以外誰も居なかったことから、ゴミどもの注意を引き付ける何かがあったと見るべきだろう。おそらくは二択。冷蔵庫泥棒かマレの生存だ。
冷蔵庫泥棒は侮れない。重量物を抱えて逃げ切る体力もそうだが、この状況で冷蔵庫泥棒に走る精神力が怖い。そんなやつが居るとは先生ですら予想していないだろう。先生は俺なんかよりもずっと賢い神だが、神っ神っ神ィ! どんなことにも向き不向きというものはある。信念やプライドといった大層なものを持たないクソのような犯罪者の心理については俺のほうが詳しい。冷蔵庫泥棒は俺が始末する。放っておいたら先生の計画に支障をきたしかねない。思い過ごしならそれに越したことないが……。
赤カブトの手を引いてそっと工房を出た俺は、壁に沿ってゆっくりと台所へと向かう。
……くそがっ、居やがる。
ウチの冷蔵庫がガタガタと動いていた。
マジで冷蔵庫を盗み出そうってのか。俺は戦慄した。なんて精神力だ……。
ウチの丸太小屋を出て、それからどうするつもりなんだ? 俺の理解を越えている。やはり生かしておくことはできない。
俺は斧を腰だめに構えて、コソコソとテーブルを回り込む。敵が冷蔵庫を抱えて無防備になった瞬間を狙う。俺の見ている前で、ぐッと冷蔵庫が床を離れ……。今だ!
バッと飛び出した俺に冷蔵庫泥棒がギョッとして目を丸くした。
「コタタマ!?」
ツヅラだと!?
俺は【スライドリード】を発動して急制止を掛けるが、冷蔵庫を抱えたツヅラという目の前の事実にどう対処すればいいのかと反応が遅れた。止まっ……イヤこのままっ! 死ねぇーい!
冷蔵庫泥棒に人権はないのだ。
生産職の間でひそかに囁かれている重要案件の一つに、課金アイテムのセキュリティが恐ろしく甘いという項目がある。特に家電製品だ。
クランハウスに設置されている家電製品に所有権は適用されず、盗もうと思えば誰でも盗める。クランメンバーの不在時を狙われたら対処できない。よって生産職の相互組合は市場に家電製品が流れた時点で容赦なく犯人を追求する体制を整えている。盗みを働くのはまず近接職と断定していい。正面から戦っても勝ち目は薄いが、ヤサを特定できれば殺すのは難しくない。
冷蔵庫泥棒は殺す! 人権がないやつには何をしても許されるんでな。いい稼ぎになる。
俺の渾身の斬撃を、ツヅラはひょいと躱した。冷蔵庫を床に下ろしてぴょんと俺に飛び付いてきた。
「コタタマ! 私だ。ツヅラだ。覚えてないのか……? そうだよな。お前はロストしたんだ……」
……? ああ、そうか。コイツ、ウッディについて詳しくないのか。俺がロストして記憶を失ってると思ってる。
丁度いい。ここは知らないふりをしておこう。俺は記憶喪失を装ってツヅラを問い質す。
ここで何をしてた? さっきそこでジャムジェムさんと会ってな。大まかなことは聞いてる。お前は、ツヅラか。なんで冷蔵庫を……いや。俺はどうしたらいい? 手伝えることはあるか?
話してる途中で俺はツヅラにやましいことがないと分かった。冷蔵庫をどうするつもりかは知らんが、おそらくは先生の指示だ。
ツヅラが俺の身体からぴょんと飛び降りて冷蔵庫を指差す。
「GMマレの容態が悪い。Goatとヒーラーが診てるけど、特にアットムは回復魔法を連発してる。あのままじゃ倒れる。何か食べさせないと。冷蔵庫を丸ごと運び込んだほうが早い」
そういうことか。分かった。
俺は赤カブトに声を掛けて、ツヅラと一緒に冷蔵庫を客間に運び込む。途中、ウチの丸太小屋が大きく揺れた。ツヅラが舌打ちして言う。
「NAiだ。低コストで外に居るプレイヤーごとGMを殺せないか色々と試している。先ほどは毒を撒き、その後に大気を加熱した。どちらも不完全だった。多分あいつはまだ完全じゃない」
客間はヒーラーでごった返していた。アットムも一緒だ。
先生が陣頭指揮を執り、マレの治療に当たっている。
先生っ……!
先生はキロリとつぶらな瞳を俺に向けて、すぐに視線をマレに戻した。
「……マレは重体だ。生命力が枯渇し掛けている。【心身燃焼】で補給を試みているが、定着しない」
マレは布団の上に寝そべっている。眠っているようにしか見えないが、床に広がる髪の先端が脱色している。切れ掛けのランプが明滅を繰り返すように、通常形態と変身形態を行き来しているように見えた。苦しげに眉根を寄せると、身体から蔓のようなものが生えて壁に突き刺さった。運悪く巻き込まれたヒーラーが何人か死んだ。
俺は手のひらからウッディを生やした。
ウッディ。お前ならマレを助けられるか?
俺の口が勝手にパクパクと動く。
「無理だ。意識を失っている。本人の同意がなくては私は寄生できない。しかし……」
しかし?
「マレは儀仗兵だ。君主ならば助けることができる。かつて私はプレイヤーが君主にクラスチェンジした瞬間を見たことがある。王位の簒奪によるものではない。プレイヤーのありとあらゆる職業にはオリジンとでも言うべき原点がある。新たに誕生した君主は、別の君主に仕える儀仗兵をロストから救っていた。君主となるには今のお前たちではレベルが足りないが……」
先生が頷いた。
「私は君主だ。どうしたらいい?」
ヒーラーたちがギョッとした。
俺はギリッと歯を噛み締める。先生が君主であることを知られたくなかった。
ウッディが続ける。
「危険だぞ。幾つかのリスクが生じる。説明している猶予はない。それでもやるんだな?」
先生がマレの枕元にひざまずく。
「方法を教えてくれ」
ウッディが俺の口を通して先生に指示を出す。
先生がマレの手を取る。
ウッディの言う、新たな君主が誕生した瞬間の再現だ。
……先生は不完全な君主だ。強制クラスチェンジに抗った結果、強制行動の【戒律】が機能しない代わりに職性能はウィザードと変わりないものになっている。
だが、敵対勢力とはフレンド登録できないという副作用は残った。
それは……。
……俺は、ずっとそうなんじゃないかと思っていた。
それは、不完全な君主と言うよりは、もはや新しい職業なんじゃないかと。
なんで、と思う気持ちを止められない。……なんでマレのために先生がそこまでやらねばならないのかと。いや、分かってる。先生はそういう人だ。
先生はマレの手を両のひづめで包み、一心に念じている。ウィザードに回復魔法は使えない。しかし君主ならば使える。
先生のもこもこの毛皮に、じわりと黒い紋様が浮かび上がった。
蠢く紋様が遊離して先生の周囲をぐるぐると回る。
紋様が解けて、別の紋様と繋がり、まったく新しい【戒律】になっていく。
先生のひづめから命の火が舞い上がった時、アナウンスが走った。
【GunS Guilds Online】
【条件を満たしました】
【イベント?】
命の火が先生のひづめからマレの全身に伝っていく。
先生がマレに呼び掛ける。
「マレ。生きなさい」
【イベント】【生きとし生けるものよ】【Clear!】
【Class Change!】
【Goat さんがブライトにクラスチェンジしました!】
俺は我慢できずに叫んだ。
「アットム! この場に居る全員を殺せッ!」
最悪だ。これまでにないクラスチェンジのアナウンス表示。
先生は新しい職業を作った。
最低でも攻撃魔法と回復魔法の両方を使える新職業だ。
目撃者を消したところでどうなるものでもないかもしれない。しかしほんの僅かでも先生の身に降りかかる災いを断ち切っておきたかった。
アットムは動けなかった。ちっ、マナの枯渇か。なら俺がやるしかない。ブンと振り上げた斧を、マレの手から伸びた根っこが絡め取る。テメェッ、マレっ……!
ふらふらと上体を起こしたマレが、ひたいに手を当ててうめいた。
「……目を覚まして最初に聞いた言葉が、全員殺せとか……。最悪の気分です」
お前が悪いんだぞっ!
先生が総括した。
「人間、元気が一番」
これは、とあるVRMMOの物語。
固有ジョブだよ! やったね!
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