契約履行
1.ポポロンの森-クランハウス前
【戒律】を刻み、局所的に法則を塗り替えて願いを実現する。
それが【奇跡】だと言うならば、何故この場で選択したのが矢の雨だったのか。
ずっとそれを考えている。
NAiの標的はマレだろう。
本当に何でもできるなら、俺ごとウチの丸太小屋を一発で消し飛ばせば良かったのに。
そうしなかったのは、【奇跡】が万能ではないからと考えるべきだった。
矢と雨。おそらくは既存の概念を利用したほうが負担が少ないか、もしくは早いのだ。
【奇跡】というスキル名称……。あらゆる魔法の雛形という点を考慮すれば、やれることに限界があると甘く見積もるのは得策ではない。ならば答えは後者か。
やれないのではなく、やらない。スピードを重視した結果が矢の雨なのか。
……距離だ。距離を置いたら何をされるか分からない。メルメルメの言うことは正しかった。NAiの手足となって動く【律理の羽】を何とかするしかない。
メルメルメは……ロストしたか。俺のフレンドリストから名前が消えている。NAiに消されたのかもしれない。
え? 何を言ってるのかって?
遺言だよ。
もしも勝機があるとすれば近接職だけだろう。【戒律】の刻印を阻害しつつNAiの手札を限定する。それしかない。サトゥ氏、お前がやるんだ。お前にしかできない……。
俺はささやきを終えた。
俺は全身ハリネズミだ。
触手で押さえた玄関のドアが内側からドンドンと叩かれている。ツヅラが窓を叩き割って外に出ようとしているが、それも許さなかった。悪いな。お前じゃ勝てないよ。
俺の身体が命を火を撒き散らして自壊していく。塵も積もれば何とやらだな。
頭上の雲が切れる。雨が晴れた。
無表情で俺を見つめていたNAiが金属片を操って階段を作った。焦るでもなく、ゆっくりと階段を降りていく。
残像の尾を引いて駆け付けたサトゥ氏が、自壊していく俺を見て口をきつく引き結んだ。嬌声を上げるや腰の剣を引き抜いて階段を駆け登る。
NAiとサトゥ氏の視線が交錯する。
サトゥ氏の頭の横に不細工な人形が浮かび上がった。ガクガクと震え、背中からペットボトルが生える。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【警告】
【強制執行】
【手招く災禍】
【決して終わることはない】
【安らぎがあなたを縛るだろう】
【天使】
【ディープロウ】【NAi】【Level-99】
NAiは律理の羽を使わなかった。無言で階段を降り、踊るようにくるりと回った。その身に纏う羽衣がオーロラのように残像の尾を引く。
サトゥ氏の突進。マレとの初めての戦いの時よりも数段速い。技の冴えもあの頃とは比較にならない。それはサトゥ氏が努力してきたから。最強になりたいという、大半のプレイヤーがゲームを始める前から諦めている夢を愚直に追い掛けてきたから。それは、まったく簡単なことではない。
お前もなれるさ、とサトゥ氏が言った気がした。
俺はフッと笑った。どうかな。俺は弱すぎる。最近はいつも土壇場になって同じことを思う。もっと真面目にレベル上げしてりゃ良かったな、とか。セクハラしてる場合じゃなかったな、とか。
でも俺はやっぱりアホだから。目先の楽しいことに飛び付くし、どんなに固く決意したつもりでも長続きしやしない。視力をいじった所為でレベルが上がらないだの何だのと自分に言い訳をして、つらいこと面倒臭いことは後回しだ。
もしも一度もロストしなければ、こんな俺でも今頃はレベル10……いやレベル15くらいにはなっていただろう。変な拘りを捨てて魔法使いになっていればレベル20を越えていたかもしれない。レベルが上がるたびに俺の目はどんどん強化されて……もしかしたらNAiを止めることだってできたかもしれない。サトゥ氏と肩を並べて一緒に戦えたかもしれない。
多分それがたった一つの正解だった。
……いや、俺は堪え性がないからな。結局は同じことか。
NAiとサトゥ氏の衝突。
激しい金属音が連続して鳴り響く。
サトゥ氏がNAiを飛び越え、その手に持つ剣が跳ね上がった。
NAiの首に浅い裂傷が走る。
首に手をやったNAiが、手のひらに付着した自分の血を見つめる。
追撃を仕掛けようとしたサトゥ氏が大きく飛び退き、直下から襲い掛かる小剣群を躱した。
攻撃を外したNAiの表情に悔しさはない。淡々と小剣群を引き戻して待機させる。小剣の向き、配置は玩具箱をひっくり返したみたいにバラバラで意図が読めない。
【律理の羽】。【ギルド】の身体を構成する金属片とそっくりなのは単なる偶然か? もしも偶然じゃないとすれば、それら二つには何らかの関連性もしくは共通点があるということになる。
サトゥ氏の挑発。
「どうした。少し大雑把じゃないか? それじゃ今の俺はやれない」
振り返ったNAiがサトゥ氏を見る。つ、と首から流れ、伝い落ちる血の色は赤。
サトゥ氏は言った。NAiのお株を奪うように。
「GumS Gems Onlineへようこそ」
艶やかに笑ったNAiがサトゥ氏を指差す。
背後に控える小剣群が一斉に射出された。複雑な軌道を描いてサトゥ氏に殺到する。避けられる性質の攻撃じゃない。時間、弾道。人間の身体が通れる隙間がない。
しかし厄介な「盾」を引き剥がすことは成功した。
被害を最小限に抑えるべく動いたサトゥ氏が呟く。
「セブン」
射出された矢群がNAiの全身に刺さり肉を削ぎ落としていく。たちまち傷を修復したNAiだが、命のストックには限りがある筈だ。
地上に立ち、NAiを見据えているセブンがチラリと俺を見る。すぐに視線をNAiに戻して言う。
「サトゥ。下がれ」
サトゥ氏の手足と腹を小剣が貫いていた。退く気はなさそうだ。
アビリティの相互作用。ストックしたアビリティを惜しげもなく放出している。
身体に刺さった小剣を引き抜いたサトゥ氏が手足をだらりと垂らして言う。
「俺がコイツには敵わないかもしれないと思ったプレイヤーが一人だけ居る。それがセブン、お前だ」
突然の告白にセブンは事もなげに答える。
「俺はそういう目でお前を見たことはない。お前が戦うなら俺も戦う。それだけだ」
サトゥ氏とセブンは一度ロストしている。単純な戦力ではメガロッパやハチのほうが上かもしれない。
しかしこの二人が組んだ時の打撃力は……。
そして何より二人ではない。元【敗残兵】の最高幹部は三人居る。
階段に足を掛けたリチェットの装いが黒く染まり、黒い波にさらわれるように換装していく。
「コタタマ……。先生を守ったんだな……。よくやったぞ」
ロストする時のこの感覚は嫌いじゃない。
死したものが地に還り次代の糧となるように、これまで俺が培ってきたものが命の灯火となって飛散していく。
意識の輪郭があいまいになって世界と混ざり合っていく。
騒ぎを聞いて駆け付けたゴミどもが地べたに座って観戦モードに入る。星の数ほどゴミが居て、立場も色々だ。
世界は広い。未だ見ぬ強ゴミも数多く潜んでいることだろう。
中にはNAiを応援するゴミも居る。
「NAi、粘れよ。そいつらの手の内を晒してみせろ」
「ツイてる。三人揃ってるじゃねえか」
「お前らもよく見とけ。あれが元【敗残兵】の三人だ」
俺やネフィリアが崖っぷちだの魔女だのと呼ばれるのは悪目立ちしたからであり、また半端な知名度によるものだ。
しかし廃人三人衆は違う。「あの三人」と言えば大抵のプレイヤーには通じる。だから二つ名なんてものは必要なかった。
NAiは降って湧いたイベントボスだ。普段は絡むことがない。それが分かっているゴミどもはNAiよりも廃人三人衆の動きを注視する。
俺は最後の最後まで触手の自壊を許さなかった。エンドフレームはコンフレームとは違う。人間と同じように死ぬ必要性は感じない。この世界はデータの羅列だから、身体の末端にHPを残せば動ける。まだ動ける。
俺はメニューを開きっぱなしにして、その時を待つ。そろそろの筈だ。俺はウチの子たちのログイン傾向を完全に把握している。
アットムのログインマーカーが灯った。
予想よりも少し早かった。
アットム……。あとは……任せた……。
俺は最後の力を振り絞って自壊寸前の触手に銃身を生やした。レーザー砲をNAiに浴びせる。半身を消し飛ばされたNAiが再生しながら振り返って、一本の小剣を放った。俺の触手に突き刺さって地に縫い付けにする。独りでに浮き上がった小剣が跳ね上がり、フレームが剥き出しになった俺の全身を切り裂く。脱落した装甲が地べたに転がり、急速に自壊していく。
窓を叩き割って飛び出してきたツヅラが、崩壊していく俺のフレームにしがみ付いた。
「変身を解け! バカかお前は! 何のためのコンフレだよ!?」
バカなんだよ。知らなかったのか?
……悪いな。こんなことなら、もっと……色々と……お前に……。
NAiが廃人三人衆を半ば無視して呼び戻した金属片で大剣を構築した。
しがみ付いてきたリチェットごと腕を大きく振る。
そこで、俺の意識はぷつりと途絶えた。
2.チュートリアル空間
ダッシュでキャラクリを終えた俺は、チュートリアル空間に舞い降りるなりギョッとして後ずさった。
なんで……お前がここに居る?
呆然として呟く。
「……NAi……」
NAiはにっこりと笑った。
「バックアップデータ。コタタマ、あなたと同じですよ」
NAiの肩の上に、ひょっこりとウッディが顔を出した。
なにっ?
う、ウッディ。どういうことだ? お前、俺の記憶を……?
俺の頭の上にひょっこりとウッディが這い上がる。
俺の口が勝手にパクパクと動く。
「いつかこうなることは分かっていたからな。覚醒した天使にプレイヤーの所有権を持たせるのは危険すぎる。そして天使と女神が分離した今なら、ヤツの裏を掻くことができる」
これは、とあるVRMMOの物語。
本当に良い友人を持ちましたね、コタタマ。
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