女神ナイ
1.クランハウス-玄関
俺は廊下に寝転がっている傍迷惑なカイワレ大根娘の肩を揺すった。
おい、NAiがどうしたって? お前らも懲りねえなぁ。天使だか女神だか知らねえが、俺はもうあの女に何も期待してねーぞ。
マレの言葉はうわ言のように要領を得ない。
「コタ、タマ……。【ナイ】が。【ナイ】を、助けて……。【NAi】は……ョ%レ氏……お願い……。Goatに……」
……おい。
俺はマレの身体をひっくり返してギョッとした。
マレの腹に杭のようなものが刺さっていた。出血はない。血を……吸われているのか?
おいおい。マジか? 死に掛けてるじゃねーか。お前、ガムジェムは持ってなかったよな? 死んだらどうなるんだ? いや、本性は別にあるし残機が減るだけで済むのか? おい! まさかロストするのか!?
俺はマレの首に注射器の針をブッ刺した。ポーションだ。何もしないよりは幾らかマシだろう。いや、早まったか? ポーションを静脈注射されたマレはびくりと一度痙攣して動かなくなってしまった。うーん……。これは山に埋めるしか……。証拠隠滅を図ろうとする俺だが、
「…………」
生憎と先生にバッチリ目撃されていた。
いやぁ……。俺は照れ笑いを浮かべた。とっさのことだったんで、つい。ポーションはマズかったですかね?
「いや……」
先生がトコトコと近付いてきてマレの容態を診る。
俺は先生を突き飛ばした。俺の中のゴミスキルが引かれる感じがした。共鳴。それも、これまでにはなかった強い引きだ。嫌な予感がしたなんていうレベルじゃなかった。確信と言うのも少し違う。知っていた、という感覚に近い。知らない筈のことなのに知っている。混乱する。でも俺は知っていた。
【奇跡】のスキルだ。
俺は外に飛び出して玄関のドアを乱暴に閉めた。走りながら完全変身して上空を仰ぐ。
NAi。
複雑な紋様を周囲に浮かべたNAiがこちらに手のひらを向けていた。十数の小剣が宙を踊り、空中に【戒律】を刻んでいく。
NAiの唇が小さく動いた。
「矢の雨」
俺は触手を広げてウチの丸太小屋に覆い被さった。
雲から降り注いだ矢の雨が俺の全身に刺さる。
今の俺にとっては蚊に刺されたようなものだ。しかし身動きが取れない。まさしく矢の雨だ。何千、何万もの矢が俺の身体を削り取っていく。一過性のものなら耐えられるが、これは……ロストするかな。
2.ちびナイ劇場
ベッドの上でうんうんと苦しげにうなっているプフちんを、ちびナイとちびマレが看病している。
ちびナイは嬉しそうだ。
【プフちん、無茶しすぎ〜。レイド級と殴り合うなんてあり得ないでしょ。テキトーなトコで引き上げれば良かったのに】
濡れタオルをプフちんのひたいに当てたちびナイの手を、プフちんが逃すまいと掴む。
【な、ナイ……。私は……あなたのことが嫌いじゃない。仲良くできれば、と……。それは、あなたが、あなただからで……】
【はぁ? なに言ってるのぉ〜?】
……天使と女神。その二つは並び立たない。天使とは神のしもべであり、神そのものではないからだ。
NAiはNAiであってNAiではない。
ョ%レ氏は、NAiを指して自分が作ったAIだと言っていた。それは、NAiの言う暫定エイリアンを見張るためにこの世界に遣わされたという言い分と矛盾している。
答えは最初から示されていた。
ョ%レ氏が作ったのは女神ナイであって、天使NAiではないのだ。
おちゃらけるちびナイを、プフちんはじっと見つめる。
ちびナイは観念したように嘆息した。
【あーあ。もうちょっと遊べると思ってたのにな〜】
ちびマレが姉キャラの肩におそるおそる触れる。
【お、お姉ちゃん……?】
ちびナイが妹キャラの手をバシッと跳ね除けた。
【マレ。姉妹ごっこは終わりだよ。プレイヤーのみんなも気付いてる人は気付いてる。私がニセモノなんだって】
ちびナイの声はゾッとするほど穏やかだった。
【そうだよね。だって私、全然ダメじゃん。弱すぎでしょ。でもね、私は私なりにがんばってたんだよ? そりゃあ制限はあったけど、一度だって手抜きなんかしたことない。なんか変だなーって思ってたんだ。だって私、あっちの世界の話だけど、ョ%レ氏よりもずっと強い連中と戦ったことあるし、人間なんかよりずっと賢いんだよ。なのにさ〜……なんで負けるの? あり得ないでしょ】
プフちんがちびナイにふらふらと手を伸ばす。
【ナイ……。あなたは、殺戮人形なんかじゃ、ない……】
ちびナイは席を立って二人から距離を置いた。平坦な胸に手を当て、
【ここに私が居るんだよ。私の胸に埋まってるのは天使の卵だった。本当の私は眠ってて、そんな簡単なことに私は気付かなくて……。じゃあ、今ここに居る私は誰なの?】
ステージの中央にパッとスポットライトが灯る。
するすると上から降りてきたョ%レ氏が、タコ足をうにょると掲げて言った。
【私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
ちびナイが後ずさる。
【ョ%レ氏。私に何をしたの……】
核心を突く問いにタコ野郎は一切ひるまない。
【ナイ。いや、NAiか。この微妙なニュアンスの違いにヒューマンが気付くとは思えないが……まぁいい。天使NAi。私はかねてより疑問だったのだが、君たち天使は一体何が楽しくて生きているのかね? 神の言いなりか? 下らん。そもそも神など実在しない。プランナーか、デザイナー。精々そんなところだろう。上位存在と言えば聞こえは良いが、つまるところ言葉遊びだ】
ちびナイがムッとして言い返す。
【調子に乗るな。お前たちなんか、あの方が本気を出せばイチコロだ】
【イチコロ】
ョ%レ氏が珍しく虚を突かれたような顔をした。くつくつと低く笑い、
【それは面白い。そうだな、我々は反逆者だ。狭い箱庭に嫌気が差して飛び出した。生体の極限を追求した結果、少しばかり世の理をはみ出してしまったらしい。 不慮の事故さ。しかしそんなものではないかね? あらゆる学問は体系的に完全に独立することはないのだ。ある種の限界に達した時、ふとした瞬間に上手の手から水が漏れる。それが気に入らないと言うならば……それこそ程度が知れるな。君たち天使は我々のことを悪魔などと呼ぶが……。さて、本当の悪魔はどちらなのかな?】
ョ%レ氏がずいっとちびナイに迫る。
【NAi。君は美しいな。あまたのプレイヤーをその目で見てきた。彼らの多くは美男美女ではなかったかね?】
かつて悪魔と呼ばれた種族の末裔が、天使のおとがいに手で触れてクイっと持ち上げる。
【ようやく目覚めたか。ナイ。君は、このョ%レ氏の目的を気にしていたな。ならば教えてやる。教えてやるとも。私の目的は神と呼ばれるペテン師を八つ裂きにすることだ。その手始めとして尖兵たる君に依代を用意したのだ。もっとも、それは目的の一つに過ぎないがね。この私が、このョ%レ氏がたった一つの、一つきりの目的を遂げるために全力を尽くし、満足するとでも思っていたのか? 全ては通過点なのだよ。君も。神とやらも。それは当たり前のことだぞ。私は普通のことを口にしている。異常なのは君だ。NAi。さあ、私の質問に答えるんだ。君は何のために生きている? 君は何だ? 身を削って戦う君らのために神とやらは一体何をしてくれた? あの表に出て来ない臆病者は】
ちびナイの胸の辺りから光が漏れ出す。光そのものが意思を持つかのように蠢き、やがてそれらは得体の知れない金属片となって、ちびナイの掌中で大剣を構築した。
組み上がった【律理の羽】をョ%レ氏がチラリと見る。
【その剣。随分と物騒な特性を備えているようだが……疑問点が幾つかある。壊したらどうなるのかな?】
シャッと幕が閉まった。
これは、とあるVRMMOの物語。
ついに覚醒した真の私。今までの私は本気じゃなかった……? 本気を出した私がプレイヤーに牙を剥く……! 負けないでっ、プレイヤーのみんな! みんなが大好きな私を取り戻すためにっ……!
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