李信馬准の帰還
1.スピンドック平原-スピン牧場
マジュンくんの刑期いやさキルペナが明けた。
この日を待っていたとばかりに、どこからともなく集まったチャイニーズがマジュンくんの出迎えに馳せ参じた。
俺も混じっている。ツヅラにも声を掛けたが、いきなり会いに行くのは失礼だからダメだと言っていた。まぁこうなることが分かっていたのだろう。
左右に分かれて列を成したチャイニーズがマジュンくんの花道を作っている。ヤクザの出所かよ。さすがにこんな状況で呪骸っ子の話はできない。様子だけ見て帰るか。
マジュンくんはジョゼット爺さんに深々とお辞儀をしている。
二度、三度と頷いたジョゼット爺さんがマジュンくんに丸い石ころを手渡した。宝石には見えないが……。
「単なる石だ。私が角を落とした。暇な時にでも眺めてみるといい」
何だよ。本当に石ころなのかよ。
しかしマジュンくんは感激しているようだった。大切そうに両手で受け取ってじっと見つめる。
ジョゼット爺さんがマジュンくんの腰の後ろをぽんと軽く叩く。そこでようやくマジュンくんは石を見つめるのをやめて帰還するつもりになったようだ。もう一度ジョゼット爺さんに深くお辞儀をして、名残惜しそうにきびすを返す。
チャイニーズが一斉に頭を下げた。俺は下げない。俺は別にマジュンくんの部下じゃない。
側近らしきものがマジュンくんに駆け寄って上着を羽織らせた。袖を通したマジュンくんが歩きながら側近に尋ねる。
「状況は。メイヨウはどうしてる。リンリーは?」
マジュンくんはロリキャラのままだ。見た目幼女にかしずくチャイニーズを見ていると、痛快と言うか何と言うか、どうにも……笑えるな。くくくっ……。俺は含み笑いを漏らした。
ふはははははははははは!
おっと我慢できなかった。大声で笑う俺をチャイニーズが睨んでくる。おお、怖い怖い。そう凄むなよ。様子だけ見て帰ろうかと思っていたが、予定変更だ。俺は手頃な岩に腰掛けて足を組んだ。マジュンくんに向かって軽く手を上げる。
よう。復帰おめでとさん。
「チェンユウ。君にも迷惑を掛けたな」
そうだな。まぁ気にするな。俺が勝手にやったことだ。三ヶ月も前のことを蒸し返すつもりはねえ。面倒臭ぇしな。でもメイヨウとリンリーには謝っとけよ。それと……。いや、また会えるか?
「いつでも」
そうか。じゃあいいや。俺からはそれだけだ。またな。
「チェンユウ。私は君主だ。フレンド登録はできない。しかし君とは友人になったと考えてもいいかな?」
いいや、やめとこう。マジュンくんよ。俺は日本人で、お前さんは中国人だ。いずれ殺し合うこともあるだろう。友達と殺し合うってのは、どうにもよ……遣りづれぇ。お前さんだって、いよいよとなったら俺を切らにゃならんだろうしな。
マジュンくんは怪訝な顔をしている。まぁな。俺が言ってもあまり説得力がないか。仕方ない。本音を言おう。俺は続けた。
……悪いけどよ、正直な、俺ぁトッププレイヤーとはあんまり関わり合いになりたくねえんだ。またぞろ運営の手先だ何だと言われっしな。俺は慎ましく生きたいんだよ。
そういう訳だ。あばよ。
ひらひらと手を振って歩き去っていく俺に、マジュンくんが早足でズカズカと歩み寄ってくる。な、何だよ。
マジュンくんが俺の腕をガッと掴んで俺の身体を力尽くでぐるりと回した。レベル差がひどすぎて抵抗らしい抵抗もできなかった。
マジュンくんが強引に俺の手を掴んで握手してくる。は、離せ。
マジュンくんはにこっと笑った。
「これで友達だ」
それはどうかと思うが……。分かったよ。好きにしろ。俺はお前さんには勝てねえ。
降参した俺がマジュンくんの手を握り返していると、堂々と遅刻してきた女キャラが声を掛けてきた。
「李信。特別扱いは良くないですね」
見覚えがある。どこかで……。ああ、武家屋敷に乗り込んできた知らないβ組だ。
ひとまず煽っておくか。俺は知らないβ組を煽った。
特別扱い? 俺はあんたらの尻拭いをやってやったつもりなんだがね。三ヶ月前のことだ。β組が揃いも揃ってキルペナカンストしたくらいで諦めやがって。終わってみればジョゼット爺さんに頼れば問題ありませんでしたっつう間抜けな話だ。
「? 挑発か? 私に喧嘩を売って何になる? そっちがそのつもりなら買うけど。構えなさい」
……難癖を付けたら決闘をやる羽目になった。
まぁね。難癖だよ。爺さんがマジュンくんの面倒を引き受けたのはマジュンくんが力を示してのことだからな。最初からキルペナがヤバいので引き取ってくださいとお願いされて首を縦に振る訳がない。
俺はダッと地を蹴って逃げ出すも速攻で捕まって引き戻された。
知らないβ組が繰り返し言う。
「構えなさい」
俺は項垂れて深々と溜息を吐いた。
……あんたもか。
「ん?」
いやね、どいつもこいつも俺を見くびってくれるなと思ってね。もちろん俺にとっては好都合なんだが、いい加減にチョロくて飽きてきた。これはゲームだからな。苦戦の一つや二つは経験しておいたほうがいいのかなと考えることもある。だが、まぁ……言ったところで無駄なようだな。あんたは俺を見くびっているし、自分の勝利を疑ってない。それは経験則によるものなのか、正しい判断なんだろう。俺が相手じゃなければ、な。
俺はカマした。
ハッタリだった。
無論、勝ち目などない。勝ち目がないからこそ口を回すのだ。俺のスタイルは一貫している。
知らないβ組を指差し、上から目線でボロクソに言ってやる。
この場に居る全員が証人だ。精々足掻いてくれよ? あとになって実は本気を出してなかったとか言われても俺は知らんぞ。再戦を受け付けるつもりもない。もっともそいつは俺にも同じことが言えるが……。
俺は荒ぶる鷹のように両腕を広げて言った。
「ディメンションアタック……」
さあ、本邦初となる未来人の登場だ。畳んでやりな。ただし遣り過ぎるなよ?
とはいえ、未来人にも未来人の都合があるだろう。命拾いしたな。
俺は知らないβ組にボコボコにされてパタリと倒れた。
1.クランハウス-居間
まったくひどい目に遭ったぜ。
ダッシュで死に戻りした俺はウチの丸太小屋に帰還した。
煽るだけ煽っといて何だが、俺の言うことを真に受けて全力で殺しに掛かるようじゃダメだ。あれが俺を知る日本産ゴミならもっと上手く立ち回っただろう。もしかしたらエンフレ戦に突入して二人揃ってロストしたかもしれない。俺は知らないゴミとの戦いで完全燃焼できる男。さしずめ、よく燃えるゴミってトコかな。
ただいま〜。
ガチャッと玄関のドアを開けて居間に入ると、四つん這いになった先生にツヅラが乗っていた。お馬さんごっこだと……。
俺はわなわなと震える指を呪骸っ子に向けた。
お、お前な……今すぐに先生から離れろ! ことによっては宗教戦争だぞッ……!
ツヅラはきょとんとしている。
「イヤだ。Goatは乗り心地がいい。マジュン様へのいい手土産になる。な、Goat。気に入ったぞ。私と一緒に来い」
先生! こんなクソガキの言うことは無視してください! 見た目ほどガキじゃないって分かってるんでしょう? 何だってそんな……!
先生はツヅラを背中に乗っけて居間をぐるぐると回る。
「コタタマ。このゲームのプレイヤーがアバターの性別を変え、小さな子供の姿を選ぶのは何故だと思う?」
そりゃあ……性癖の表れでしょう。
「いや、それは正確ではない。性欲の対象を自分に向ける人間は決して多くはない筈だ」
いや、でも……。
もごもごと口ごもる俺に先生が続ける。
「原因はトラウマにある。トラウマと言うのは少し大袈裟かもしれないが……。幼少期に戻りたい、性別を変えたいという思いは精神的な外傷から来るものだ。全てがそうではないだろうけどね。大なり小なり人間は心に傷を負いながら生きる。その多くは周囲の人間との摩擦によるものだ。いや、摩擦と言うほどのことではないかもしれない。生きていれば思い通りにならないことなど山ほどあるだろう。ワガママが通れば良いというものでもない。けどね、それはやはり心の傷なんだよ。小さな傷だから本人ですら自覚していないだけでね」
……ネカマやらロリキャラはその表れだって言うんですか?
「コタタマ。君は自己責任だと考えているようだね。それも正しいよ。甘やかすことが本人の為になるとは限らない。しかし私は異なるアプローチを試みている。自在にアバターの姿を変えることができるこのゲームならば、幼少期のトラウマを克服できるかもしれない。人間の脳は錯誤するように出来ているからね。つまり体験のすり替えだ。どれほど有効なのかは未だに手探りの段階ではあるが……」
い、いや、でも。モモ氏はゲーム内の体験をリアルに引きずることはないと……。
「完全に影響をなくすことはできないとも言っていたね。モモ氏の発言から、むしろ私は逆の印象を受けたよ。どうあっても引きずるものは引きずる。無理やりにでもゲーム内の出来事に収めようとしているという印象だ。彼女の言ったことは事実ではあるのだろうが……。おそらく全てではない。彼女たちが本当に恐れているのはリアルの干渉だ。プレイヤースキルと言うのか。ユーザーの知識や経験を可能な限り排除しようとしている。それは何故? コタタマ。君はどう思う? 真に優秀な兵士を欲しているならば、このゲームはプレイヤースキルを積極的に取り込むべきだ」
それは……そう言われれば確かにそうなんですが。俺は……単にゲームだからと。スタートラインが一緒っていうのはネトゲーの大前提で、それを崩すのは……。
先生はお馬さんごっこをしながらコクリと頷いた。
「それだよ。君たちは分かっていないようで実は分かっている。そのバランス感覚には時折驚かされる。当たり前のように正解を知っていて、体現していく。凄いことだよ」
よく分からないが誉められたぞ。やったぁ。
先生は言った。
「プレイヤースキルは代償にはできないんだ。【戒律】で縛ることができない。……コタタマ。賢者の称号などというものはね、道化もいいところだよ。私は、君たちが当然のように知っていることを延々と遠回りしている。真の賢者とは君のようなものを指すのだ」
そんなことはありませんよ。俺は先生が【賢者】で良かったと思います。そりゃあ称号絡みで色々とありましたが……。
「うん。ある意味、私はちょうどいい捨て駒なんだろうね。だからね、コタタマ。私のことを気にする必要はない。存分にやりなさい。あまりにもひどいようなら私が止めよう。私は【ふれあい牧場】のクランマスターなのだから」
……!
先生は、俺が戦争を引き起こそうとしているのをご存知なんだ。でも、それを止めることはしないと仰っている。
それは多分、俺とメイヨウが正しいからだ。他にどうしようもないからだ。
俺たちは、ゲームをしていただけなのに。
ただ楽しく遊べれば満足だったのに。
スキルなんてものがある所為で、ようやく見つけた居場所が足元から崩れそうになっている。
……スキルは【戒律】と表裏一体だ。
もしもこの世から【戒律】をなくすことができたなら、俺たちはずっと幸せなままで居られたのか……?
自分自身の思い付きにゾッとした。
ョ%レ氏の「目的」の一端に触れたのではないかという嫌な感触があった。
以前にサトゥ氏が疑問視していたことだ。
スキルが【戒律】の代償として得られる力だというなら、暫定エイリアンどもは一体何を代償としているのか。
玄関のほうで大きな物音がした。
ちっ、刺客か?
俺は頭を切り替えた。幸い帰宅したばかりなので斧は手元にある。
どこのどいつだ。俺は斧の刃をベロリと舐め上げて廊下に出る。
……廊下にカイワレ大根娘のマレが倒れていた。
ついにこの時が来たか、という諦めにも似た思いがあった。
未来のパーティーメンバーがここに居る。
それはすなわち、きたるべき時が来たということだ。
マレは全身ボロボロだ。
かろうじて顔を上げ、懇願するように眉根を寄せて苦しげに呟く。
「ご、Goatは……? ナイが、ナイが……」
これは、とあるVRMMOの物語。
ついに来た。私の時代が。
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