アンパンえもん。コタタマくんと良い子の約束
第一印象は、なんかぼんやりしたのが来たな、というものだった。
ネフィリアがアンパンを連れてきた時のことだ。
新規プレイヤーにモンスターをけしかけて魔法で一掃して恩を売るというのがネフィリアのいつもの手口だ。
それが、なかなかバカにできない。効果的なスカウト手法だ。のちになってネフィリアがMPKの常習犯であることを知ると「おや?」と思うものの……それは避けられない……劇的な演出で登場したβ組の美女に危ないところを助けて貰って「お前、初心者か?」だの「ちょうど人手が足りないと思っていた」だのとそれっぽいことを言われれば大抵の男は引っ掛かるだろう。
何を隠そう俺もそのクチだ。
なんやかんやで漕ぎ着けたオフ会でリアル美女と遭遇して「え!?ネフィリアさんリアル女だったんスか!?」みたいな小ネタを挟みつつ親密な間柄になってステキ!抱いて!ってなる展開を期待してしまうのはネトゲーマーの職業病のようなものだ。当時の俺はピュアだったので仕方ない。
だが消極的なネカマであるところのアンパンくんはキャラクターの脳みそが女体化しているらしく、ネフィリアに気に入られようという意識が希薄だった。つまり自キャラに搭載されているおっぱいを揉んでも特に興奮することはないという理屈らしい。
今になって思えば、両手に花という漫画みたいな展開だ。俺はもう少し喜ぶべきだったのかもしれない。
まぁ無理もないのかもな。
ネフィリアが連れてきたアンパンは、第一印象に違わずズッコケキャラだった。
ネフィリアの色香に釣られて骨ダンに放り込まれた俺が死に物狂いで帰還しても「旦那〜。新しい目薬できたよ〜」だのと呑気に臨床試験のモニター依頼してくる。殺意を通り越しておっぱい揉んでやろうかと思ったぜ。
だが、このアンパン。人間をブッ壊すことにかけては天才的なセンスを持っていた。
医者とはまた違う。おそらくは【戒律】に対する嗅覚が鋭いのだ。【戒律】は上位職特有のものと考えられていた頃から、なんとなくプレイヤーが怪しいルールに縛られており、その代償として色々なことができるのだと理解していたふしがある。
俺は攻略情報に全然興味がなかったので、また変なもの作ってんな〜程度の認識だったのだが。ネフィリアの計略により俺の人格が段々歪んでいったことも原因の一つだろう。許せんよなァー!
という訳で俺はアンパンのヤバさに気付くこともなく、親鳥が雛にせっせとエサを与えるように人体実験の片棒を担いでしまったのだ……。俺、可哀相。
そして今もまた純真無垢な俺はアンパンくんの許されざる凶行の片棒を担がされている。
俺、凄く可哀相。
1.山岳都市ニャンダム-アンパンの怪しい倉庫
人間の里が人外魔境と化した昨今、山岳都市に移住するプレイヤーが多くなった。
ただし山岳都市を治める合法ロリとの約束で、種族人間は山岳都市には住めないことになっている。
約束したのは先生だ。
理由は死出の門だろう。
あれは称号【勇者】の専用スキルだ。
検証チームがそう発表した。
検証チームの報告を疑うほど俺は暇じゃない。何かしら確信に足る情報を得たのだろう。思い付きで検証したとか言うと「試行回数は?」とか聞かれて「100回」と言うと鼻で笑われるのがネトゲーだからな。
検証チームは「もしかしたら」とか「可能性は高い」という段階の情報は出さない。そしてゴミどもに勿体ぶってんじゃねーよと叩かれる。そんな最悪な環境で地道なデータ収集を行うのだから、単純に検証作業が好きな連中の集まりなんだろう。
そして、おそらく先生は死出の門が何者かの固有スキルだと考えていたのではないか。
むしろそうでないなら何なのかという話だ。
しかしゲーマーからしてみると意外と気付かないものなのだ。移動ポータルはあって当然のものだからな。とはいえ、まぁクラフト技能やささやき魔法が運営の固有スキルという時点で気付くべきではあった。
先生にネトゲーマーの常識は通用しない。おかしいものはおかしいのだとお気付きになる。
だから先生はプレイヤーは山岳都市に住んではならないという方針を決めた。
もしも死出の門が未だ見ぬレイド級の固有スキルならば、そのスキルをプレイヤーが解放して手にする可能性がある。
人間の里が発展し、拠点として便利になれば、山岳都市に移動ポータルが設置されるという事態を避けられるかもしれないとお考えになられたのだろう。
種族人間は山岳都市に家を建てることができない。そういう取り決めだ。
しかし、もちろん抜け道はある。
それが事務所と倉庫だ。
家ではない。
倉庫でログアウトして、ログインすれば倉庫スタートになる。それだけのこと……。
アンパンもその一人だ。人間の里に住めなくなったので山岳都市の倉庫に引っ越した。
そして今、その倉庫でアンパンくんは呪骸っ子のツヅラを問診している。お医者さんごっこだ。
「ふむふむ。定期的に小さな女の子に舐めて貰えば暴走を未然に防げる、と」
「そういう体質だからな」
俺は横から口を挟んだ。
おい、アンパン。妙な真似はするなよ? お前はイマイチ信用が置けねえ。
ツヅラがジト目で俺を見る。
「そんなやつを私に紹介するな」
言ったろ。腕は確かだ。たらい回しなんて面倒臭えことやってられるかよ。アンパンの手に負えないなら他のやつらに診せても同じことだ。逆に他のやつらが何らかの解決法を見つけてもアンパンならもっといい遣り方を見つけるかもしれないだろ。最後は結局こうなるんだよ。
ツヅラ。お前の価値はお前自身が誰よりも知ってるよな? お前のことを知ってる人間は少ないほうがいい。アンパンはイマイチ信用できねえが、だからこうして俺が同伴してる。いちいち文句を言うな。
俺が現状を懇切丁寧に説明してやると、ツヅラは舌打ちして押し黙った。
で、アンパン。どうなんだよ?
ツヅラの前に座っているアンパンは問診票をじっと見つめる。困ったようにポニーテールを左右にひょこひょこと揺らし、
「うーん。まず、どうして嘘を吐くのか知りたい。暴走するってのは嘘だよね?」
ツヅラはふるふると頭を横に振った。
「嘘じゃない」
しかしアンパンには何らかの確信があるようだった。
「嘘だぁ。だって変でしょ。普通の人よりも大きな力を使えるのに、それが代償なの? お金を貰う代わりにもっとたくさんのお金を貰うようなものじゃん。それ変だよ。あり得ないでしょ」
聖騎士の強制執行みたいなもんじゃねえか?
「でもツヅラちゃんの場合はパワーアップするんでしょ? そのエネルギーはどこから来るのさ。小さな女の子にペロペロされることじゃないの? なのにペロペロされないと、ペロペロされないと補充できないパワーを使っちゃうの? それはおかしいよ。それとも、そのままだとロストしちゃうとか?」
ツヅラはコクリと頷いた。
「そうなる」
アンパンくんはにこっと笑った。
「やっぱり嘘だったね」
嘘だな。俺にも分かった。
あのな、ツヅラ。嘘ってのはキャラに合わないこと言っちゃダメだ。ロストするってのは弱みだろ。お前は自分の弱点を晒すことはしないよ。少なくとも俺やアンパンに対しては。お前はそういうキャラだ。
兄サンは暴走が怖くて試したことはないと言ってたな……。
つまり、この場合のお前はもっと大きな弱点を隠そうとしてるってことになる。
【巫蟲呪画】に適した呪骸……。そうか。幼女にペロペロされないとマジで生命維持に支障をきたすのか。例の症状が出るんだな?
しかしツヅラは頑固だった。
「そんなことない。お前らの言ってることは単なる推測だ。代償がどうとか知らん。事実、暴走するんだから仕方ないだろ。私に言われても困る」
どうしてそこまで……。
ああ、そうか。コロリンに気を遣ってるのか。あいつはお前を使う時にペロペロの供給を停止していたことになる。なるほど……。
俺は顔を上げてアンパンを見た。
アンパンよ。何を言っても無駄だ。コイツは絶対に認めねえ。
「そこはハッキリしておきたいんだけど……。まぁ旦那がそう言うならそうなのかも。弱ったなぁ」
そう言ってアンパンは腕組みなどして考え込む。しばしあってから、ひょいと問診票を差し出した。
「じゃあ、せめてこれだけ教えてよ。この小さな女の子って部分。これさ」
俺は隠し持った注射器をツヅラの首筋に刺した。ぐっと内容物を押し込む。反射的に腕を振り上げたツヅラがぱたりと倒れる。
俺とアンパンのいつもの手口だ。片方が注意を引きつけ、味方のふりをしたもう片方が不意打ちで眠らせる。
俺は所見を述べた。
呆気なかったな。
アンパンがコクリと頷く。
「やっぱり痛覚カットされてるから反応が鈍るんだろうね」
痛覚というのは生きるのに必要な機能なのだ。大怪我をしても気付かないとか、そういうアホな話ではない。そんなのは見れば分かる。本当に危険なのは反射行動が鈍ることだ。
俺とアンパンは、ぐったりしたツヅラの手足をよっこらせと持ってベッドに寝かせた。
眠りこけるロリキャラをじっくりと眺める。
さて、と……。
ゆっくりとツヅラへと手を伸ばすと、ガインと弾かれる。
ちっ、やはり特別な所有権か。
NAiの仕業だろう。あの女はプレイヤーを見張っている。
ヤバすぎるのであまり話題になることはないが、眠らせた女キャラに触ったりパンツを覗いたりすることはできない。それが可能ならとうにやっている。いや俺ではなく他の誰かが。俺はそんなことしない。紳士なのでね。
アンパンはけらけらと笑った。
「下心があるからダメなんだよ」
下心なんてねえよ。このケースは何をどうがんばってもダメなんだ。俺は別にツヅラと親しいって訳でもねえしな。
だが眠らせたぞ。あとは、アンパン。テメェの仕事だ。
手筈通りだ。アンパンとは前もって打ち合わせしてある。
アンパンはしゃがみ込んで眠りこけるツヅラを見つめている。
「でも珍しいね。旦那が人助けなんて」
ツヅラは俺の妹に似てるんだ。
「いやいやいや……。ウッディ?」
おお、ウッディかよ。びっくりしたぜ。急に俺が何を言い出すのかと思った。
俺はリアル情報を一切出さない。そんなことはアンパンだって百も承知だ。だから、すぐにウッディが俺の口を動かしたと悟ったのだろう。
ウッディが俺の口をパクパクと動かす。
「いいや、事実だ。お前たちの身体は同一個体から生まれたのだからな。遺伝子は違うだろうが、それは大きな問題ではない。少なくとも私たちにとってはそうだ」
……最高指揮官か。クロホシ社長が捕まえたとかいう。
「捕まえた? ふふ。そういうことにしておこう。そして、シンイチ。またロストしたな。ロストするなと言ったのに。私は、また一つ私を取り戻してしまった。いつまでお前に味方ができるか分からない。いや、すでに怪しい」
ウッディ。俺はお前を信じるぜ。
「私はな、シンイチ。自分の本当の名前が何だったか思い出せない。どうしても思い出せない。今ここに居る私は、ほんの一部に過ぎないということだろう」
俺たちの絆を信じるんだ。漫画とかでもよくある展開だぜ。
「アツイな。だが、シンイチ。私の場合は該当しない。お前たち人間にしても特定の個人に100%混じり気なしの感情を抱くことはないだろう。どれほど強く憎もうと、保身や恐怖といった感情は混ざる。私がそれだ。私の本当の感情は多くは眠っている。比率で言えば99%近いだろう。今ここに居る私が何を考えようと、どうにもならない」
最悪の出会いから始まる恋だってあるんだぜ。
「ええいっ、少し黙っていろ。私はアンパンに用があるのだ。お前とはいつでも話せる。我慢しろ」
あ、はい。俺は我慢した。
俺の身体を操るウッディがアンパンに向き直る。
「待たせたな」
しかしアンパンは待っていなかった。手のひらからボコボコと泡のようなものが出てくる。目には見えないほど小さな繭を、しゃぼん玉のように混ぜて大きくしているらしい。レベル20になるとそんなこともできるようになるのか。
繭を大きくする作業をしているアンパンが顔だけこちらに向けてくる。
「あ、ごめん。なに? 先にこっちを済ませてからでもいい? ツヅラちゃんを眠らせたクスリね、即効性はあるけど持続性は微妙なんだ」
「ダメだ。聞け」
「ちょっ……。いや、気が散るからあとにして。せっかくここまで……」
パチンパチンと繭が弾けていく。
「あっ、あーっ。あ〜!」
ウッディは口を閉ざした。アンパンにコクリと頷く。早くやれということらしい。
アンパンは信じられないといった面持ちだ。
「そんな、今更……。え? どうしても必要なことだから先に話したいとかじゃないの? 嘘でしょ?」
嘘じゃなかった。
ウッディは虚空を見上げている。
「雰囲気? 雰囲気なの? こ、この【ギルド】の人……適当すぎる。だ、旦那に。旦那に似てきたんだ……」
誰が適当に生きてるって?
俺はウッディの身体を乗っ取った。いや、俺の身体を?取り戻した? いや、別にどっちでもいいや。俺の身体は俺たち二人の愛の結晶なんだ。イヤそれはそれでどうよ?
まぁいいや。
やい、アンパン。ぼさっとしてんじゃねえ。さっさとやること済ませちまえよ。
アンパンはムッとした。
「邪魔! 旦那は邪魔! 出てって。俺の家から出てって! いいって言うまで帰って来ちゃダメだからね!」
ここは俺の家だぞ!
「この人なに言ってんの!? 俺の家でしょ!」
お前のものは俺のものなんだよ!
「ジャイアン!?」
そしてお前はのび太さんとは違う。困った時に助けてくれるドラえもんは居ない……。俺の言っている意味は分かるな?
「え? 何それ怖い。俺をどうするつもりなの?」
おっと小さなレディがお目覚めのようだ。
パチッと目を覚ましたツヅラさんがギロリと俺とアンパンくんを睨みつける。
俺はダッと地を蹴って駆け出した。アンパンくんに言われた通り出て行くとしよう。
しかし無数の赤い針のようなものが俺の影に突き刺さって俺は動けなくなる。影縫いだと? 忍者なのかな?
……ツヅラさんの周囲に歯車のようなものが浮かんでいる。仙人サマのそれよりも小さいが複数だ。歯が噛み合っている。
仙人や呪骸の力は、おそらく完全に予備動作をなくすことができないのだろう。それでは有利すぎるという判定なのかもしれない。だから予備動作をあえて見せることで自在に操れるよう調整している。そんなところか。
メイヨウの言葉を思い出す。
……母体同士の攻防、か。
口は動く。俺は言葉少なにアンパンへと尋ねる。
「エンフレは?」
アンパンはぶんぶんと激しく首を横に振った。
……正常個体だってのか。アンパンこの野郎。この俺を差し置いて。いや、ブラフかもしれない。ロストするのが嫌なのだろう。そう考えれば辻褄が合う。とんでもねえ野郎だ。まぁロストされても困る。
ハッとしたアンパンが叫ぶ。
「変身するつもり!? なんで!?」
こんなガキンチョに負けてられっかよ。
「いや変身した時点で負けでしょ! 残機めっちゃ減るし!」
俺は戦うのが好きなんじゃねえ。勝つのが好きなんだよォォォ!
だがツヅラさんは俺の変身を待ってくれなかった。飛び上がるなり俺の顔面をブン殴ってくる。このクソガキがぁっ! 影縫いは解けていた。なんだかよく分からんがチャンスだ。果敢に挑む俺をメスガキがあっさりといなす。俺はたちまちベッドに押さえ付けられた。ツヅラさんにマウントを取られてボコボコにされる。幼女つよい。
ま、待て。話せば分かる。暴力は良くない。
俺は暴力に訴えるのは良くないことだと主張した。仙人や呪骸の力は誰かを傷付けるためのものではない。戦う力を持たない人々を守るための力なのだ。そして俺は守るべき対象の筆頭と言える。何しろレベル1だ。降りしきる雨の中、ダンボール箱の中で震える小さな子猫。それが俺だ。
そんな俺をやれるか? やれるか!? ツヅラぁー!
やれるらしかった。
俺はツヅラさん立ち会いの元、アンパンくんの手で人体実験されることになった。変なお薬を注射されて身体がびくびくと痙攣する。
アンパンこの野郎。俺を裏切りやがったな。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃんかよ〜。一応説得してみるけど……。あ、あのね。ツヅラちゃん。旦那はツヅラちゃんを心配してるんだよ」
そうだぞ。確かに遣り方は間違えたかもしれない。でも俺はお前を救おうとしたんだ。そこは汲み取ってくれ。第一、復讐なんて虚しいだけだぜ。やられたからってやり返して、そんなことをいつまで続けるつもりだ? 断ち切るんだよ、負の連鎖を。俺たちの手でな。
ツヅラさんはにこりともしない。アンパンへと無慈悲に告げた。
「やれ」
アンパンくん。俺は純真無垢な眼差しをアンパンくんに向けた。
アンパンくんが観念したように注射器を手に取る。待ちなさいアンパンくん。お薬を間違っていないかい。とても重要なことだよ。何より人体実験なんて許されることじゃない。アンパンくんはみんなに愛される薬屋さんを目指してるんだったね。俺は応援してるよ。アンパンくんならやれるさ。そうだろ?
俺はぺらぺらと口を回しながら、ぱちっぱちっとウィンクした。
なんか無害なお薬を注射してくれたら苦しむふりするよアピールだ。
アンパンくんもぱちっとウィンク。OKサインだ。さすがアンパンくん。俺はアンパンくんを信じていたよ。
だがアンパンの家に無害なお薬などというものは置いていなかったらしく、俺は身体が大変なことになって死んだ。
ようやく苦しみから解放された俺の死に顔は寝顔のように安らかであったと言う……。
これは、とあるVRMMOの物語。
お薬を飲む時はお医者さんの言うことをちゃんと守るんだゾ!
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