Reaper-Corpus
1.???砂漠-最深部
確かなことは何も言えない。
単純に考えれば非正規のルートで未開放のマップに出たということになるのだろう。
しかしこのゲームは未開放のエリアに進もうとすると急に方向音痴になって来た道を戻ってしまう仕様になっている。
おそらくョ%レ氏は新マップを小出しにすることでプレイヤーの動向をコントロールしている。仮に最初から全マップが開放されていたなら種族人間は先手必勝とばかりに他国に攻め込んでいただろう。
未開放のマップに侵入できた理由は分からない。プフさんは何か知っているだろうが、彼女もまたゲーマーだ。ネタバレを許容すまい。分からないことに拘っても仕方ない。
とにかく現状を整理しよう。
バトルフェーズに移行したことで、俺たちのロストはなくなった。バトルフェーズは【ギルド】との決戦を想定したモードだ。詳しい理屈は不明だがエンフレがブッ壊れても退場するだけで済む。
そして、バトルフェーズの大きな特徴として挙げられるのが正常個体の参戦だ。
正規兵の投入。王の特権とも言えるそれを発動したプフさんがプクリと正面から殴り合っている。固有スキルと思しき光の波紋を断続的に放射してプクリを翻弄している。凄まじい戦いぶりだ。プフさんの固有スキルはオブジェクトの増設ということになるのだろう。どうもそれだけじゃなさそうだが……。
打ち出された光の柱がプクリの全身に生えた紫水晶を砕いていく。プクリは楽しそうだ。空中でくるりと素早く身を翻すと、出現したオブジェクトを逆利用してプフさんの腕に尻尾を巻き付ける。一瞬で呪詛に侵された片腕をプフさんがパージした。
リチェットを始めとする正常個体の参戦。俺たちが掘った穴から飛び出してきて、迷うことなくプフさんの元に馳せ参じる。
プフさんがパーティー申請を投げた理由が分かった。彼女の固有スキルは範囲内のパーティーメンバーにも適用される。リチェットさんのメイスにブン殴られたプクリにオブジェクトによる追加攻撃が入った。
強靭なワイヤーを使って進撃の巨人の立体起動みたいなことができるプフさんはオブジェクトが多ければ多いほど有利に立ち回ることができる。しかし決め手に欠けるという印象だ。
プクリは硬すぎる。レベル4000オーバーという地力の高さに加え、その身に纏った強力な呪詛がプレイヤーの武器を阻み、瞬時に侵していく。汚染された武器は捨てるしかない。
プクリの目に映っているのはプフさんだけだ。地球産の正常個体さんたちを半ば無視している。もはや1000レベルちょっとの出る幕じゃない。ならばと大胆に割って入った粗大ゴミがプクリと接触して勝手に大破した。
地響きを立てて着地したプフさんとプクリが後退して距離を置いて対峙する。
正常個体さんたちは仕事を探してがんばっているようだが、俺たち異常個体は無害なエンドフレームに徹する。俺たちは悪いエンフレじゃないよっ。
だがサンドワームさんは見逃してくれなかった。
アナウンスが走る。
【冒険者たちが???砂漠を強襲しました!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.29.60…59…58…】
【目標……】
【公爵】【Reaper-Corpus】【Level-2413】
公爵か。レベルは2413……。
ここ最近のインフレぶりに右往左往している俺たちはイキッた。大したことないな。しょせんは公爵か。あんなのただのデカいミミズだぜ。
長大な身体をくねらせたミミズさんの周囲で何かがチカッと瞬いた。
俺の前に立っていた粗大ゴミどもの頭がポンと飛んだ。
なるほど。不可視の斬撃という訳か。射程は長く、エンフレを一撃とは恐れ入る。
俺たちは自壊していく粗大ゴミの身体でバリケードを作ると、えっほえっほと穴を掘ってそこに横たわった。ちょっとした海水浴気分だぜ。
ここ最近のインフレぶりに自分が強くなったと勘違いした粗大ゴミどもが無謀にもミミズさんに挑み、続々と首チョンパされていく。
むっ、サトゥ氏が居ない。野郎。ドコへ消えた?
あっ、居た。なんか正常個体さんたちの一員みたいな顔してプフさんの味方をふりをしている。
あいつ……。プフさんの固有スキルを目の当たりにして頭がおかしくなってる。
粗大ゴミに紛れて五面ボスみたいなのが残像の尾を引いて、ふわっふわっと下手くそなスキップを踏んでいる。挙動不審者の選手権があったなら優勝も狙えるだろう。ましてヤツにはマールマールさんを謀殺した前科がある。これはもう一発レッドカードだ。
俺は叫んだ。
そこのクソ廃人を近付けるな! 殺せッ!
即応したゴミどもがザンッザンッと砂を蹴立ててサトゥ氏にタックルを敢行した。
雲を掴むような手応えのなさにゴミどもがつんのめる。サトゥ氏の姿が煙のように大気に溶け込んで消えた。野郎ッ、一体どこまで……!
【スライドリード】には分身を作るスキルなのではないかという疑いがある。使用時に発生する残像エフェクトの正体は幽体離脱であるという説だ。
本体は砂の中に身を潜めているのか? サトゥ氏の分身が蜃気楼のように現れてはタックルされて消えていく。様子がおかしい。プフさんを襲うなら、もっと早い段階で仕掛けていた筈だ。そうじゃないってのか?
……いや、そうか。あいつ。
サトゥ氏もまた戦っているのだ。邪魔な正常個体さんたちをプフさんから引き離そうとしている。何もしないという勇気から更に一歩踏み込み、何もさせないというパーティープレイに徹している。
俺は感動した。へっ、サトゥ氏。お前ってやつは……本当にスゲーやつだぜ。道理でセブンの姿も見えないと思ったぜ。とうにサトゥ氏の手で処理されたのだろう。勝利のためとあらば自分の手を汚すことも躊躇わない。それがサトゥ氏。俺たちのてっぺんに立つ男だ。
突っ掛かってくる雑魚どもを始末し終えたミミズさんが標的をプクリへと絞って動き出す。その気持ちはよく分かる。レイド級の脅威たり得るのは同じレイド級のみなのだ。
地中に潜行したミミズさんが地上に飛び出すなりプクリの全身に巻き付いて締め上げる。ぽっかりと空いた口の中にびっしりと生えた牙を上下して咆哮を上げた。
Vooooooooooooooooooooo
プクリも負けじと吠える。
Faaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
怪獣大決戦が始まった。
ミミズさんが不可視の刃を連射し、プクリの頑健な表皮を引き裂いていく。
膂力ではレベルで勝るプクリのほうが上だ。力尽くで締め付けから脱し、ミミズさんの胴を鷲掴みにして地面に叩き付けた。
のたうち回るミミズさんを逃すまいと前脚で押さえ付けたプクリの傷付いた身体からボロボロと魔石が零れ落ち、孵化していく。生まれながらにして呪詛に蝕まれている。全身にこびり付いた紫水晶に耐え切れずにバタバタと倒れていく。かろうじて生き残った個体はミミズさんに取り付いていく。
……呪詛の媒介だ。
ミミズさんが咆哮を上げた。地中から這い出したミミズの眷属がプクリの眷属に巻き付いて引き剥がし、呪詛を引き受けてバタバタと死んでいく。
それが正しい王の在り方なのだと言わんばかりにレイド級は眷属を使い捨ての道具にする。
無限に魔石を生み出せるレイド級が居る限り、眷属が滅ぶことはないからだ。
プクリとの戦闘で大きく機体を損傷したプフさんがガクリと片膝を付く。
制限時間にはまだ余裕があるものの、無理な限界突破が祟ったのかもしれない。
この時を待っていたとばかりにサトゥ氏が地中から這い出した。深く傷付いたプフさんをじっと見つめる。
不穏な間があった。
サトゥ氏とプフさんのカットインが交錯する。
まさか。おい。
そのまさか……ではなかった。
サトゥ氏がプフさんに肩を貸して後退してくる。
【撤退だ! 撤退するぞ!】
いい人ぶった五面ボスが今日は輝いて見えるぜ。
俺たちは二人と合流して疑惑の砂漠マップを撤退した。
プクリとミミズさんの咆哮はいつまでも鳴り止むことはなく、曜日ダンジョンに帰還してもまるで生きた心地がしなかった。この天井を抜けた先にあの怪物たちが居る。
……プフさんですら敵わないのか。運営補佐に選ばれるほどの、おそらくは育成を終えた段階にあるプレイヤーでさえ。
今回のイベントで俺たちはレイド級の強さをまざまざと見せつけられた。
そう、以前にリリララが言っていた通りだ。
俺たちはプクリには勝てない。
乱打戦を挑めば付き合ってくれるだろう。
この戦いで見せた素早い動きは、相手がプフさんだったからだ。のろまな俺たち相手にわざわざ駆け回る必要はない。
だが、【巫蟲呪画】の段階解放……。あれはどうにもならない。エンフレ大量投下が通用しない。活路があるとすればゾンビアタックしかないだろう。しかしプクリの耐久力はマールマール以上だ。
そういうことなのか。
プクリには他のレイド級をぶつけるしかない。それ以外に勝つ手立てはないのだ。
2.後日談
ョ%レ氏の真意は分からない。
しかしゴブリンたちの時給は830円になった。
俺の知り合いゴブリンの中の人は「計算しにくくなった」と苦笑した。
「10時間働いて8300円か〜」
いいじゃんよ。5時間で4150円だぞ。キリがいいっちゃいい。
「50円玉って使いにくくない?」
それは、まぁ。俺は渋々と認めた。100円玉と同じ色だし、意識して使わないとドンドン貯まっていくよな。
ゴブさんは「じゃ、今日もバイトだから」と言って去っていく。パッと振り返ると、耳に掛かった長い髪を指先で払ってニカッと笑った。
「コタタマ! 今日のキミはちょっとカッコ良かったよ!」
それだけ言って逃げるように駆け去っていく。
俺は呆気に取られてから、フッと苦笑した。なんだ、あいつ。変なやつだな。
ゴブさんとは長い付き合いだ。最初に曜日ダンジョンで知り合って、それからちょくちょく会っている。
時給830円か……。
そろそろ俺も本腰を入れるとするか。
アイツらゴブリンは課金戦士だ。
ゲームで稼いだ金はゲームで使っても惜しくないという心理が働く。
そして降って湧いたような昇給。
一人では大した額ではないが、それが百人ともなれば一時間で83000円の稼ぎということになる。
機は熟した。
俺はポケットに両手を突っ込んで歩き出した。
自然と唇がめくり上がり、さんさんと降り注ぐ日の光に歯列が洗われるかのようだった。ギラリと鮮烈に輝いた白い歯をガタガタと揺らして俺は哄笑を上げた。
「くくくっ……ふはははははははははは!」
さあ、ゲームを始めよう。
これは、とあるVRMMOの物語。
前哨戦は終わりを告げた。魔族が動く……。
GunS Guilds Online




