その花の名は
1.曜日ダンジョン- B4F
ちょっと狭いな……。
完全変身を遂げた俺たちに、リチェット隊長がハウスを命じてくる。
「やめっ、それヤメロっていつもバカー!」
俺はキレた。
正常個体さんはいいですなァー! 敵いませんわァー! ハイハイ黙っててゴメンなさいね! ご覧の通りですわッ! ウッディ復活! ウッディ復活! 祭りじゃ祭りじゃ! もう全員死んだったらええんじゃ! まとめてくたばったったらええんじゃ〜!
「ダメーっ!」
ハッ。シルシルりん。ログインしたシルシルりんが騒ぎを聞きつけて駆け付けてくれた。醜悪な怪物と化した俺を見上げて、勇気を振り絞るように胸の前でぎゅっと手をグーにする。
「コタタマりん、死んじゃダメ! まだ、私……。私たちっ、何も……!」
俺は杭みたいな歯列を打ち鳴らして喜びの感情を表現した。
シルシルりん! この件が片付いたらデートの続きしようね!
「え!? あ、はい!」
よっしゃ。勇気百倍だぜ。
俺は触手を突き出して喉よ渇れろとばかりに叫んだ。
ウッッッディ〜〜〜ッ!
俺の愛らしいまん丸ボディの主導権を奪い取ったウッディが吠える。
【全力で行くッ!】
俺の触手の先端を突き破って生えた銃口が跳ね回っているプクリを追う。標的のプクリはプフさんと交戦中だ。動きが速すぎて照準が定まらない。ついでに粗大ゴミたちもどうしていいのか分からない様子だ。首を左右に振るマシーンと化している。
その点、俺はまだマシなほうだ。俺は目がいいんでね。
俺の目ん玉がギョロギョロと激しく動く。なお、たび重なるロストにより俺の身体は順調に乗っ取られているようで、ついにスナイパーモードを獲得した模様。まぁFPSでライフル狙撃する時みたいな感じだ。
照準がプクリを追って上下左右に散る。どれほど速く動こうとも、プクリはあの巨体だ。さすがにニャンダムほどのスピードはない。チャンスは絶対にやって来る。
まだだぞ、まだだぞ……まだ……今ッ!
フルバースト。
ウッディ渾身のレーザー砲を、プクリはバッと跳躍して空中で華麗に側転して回避した。ダメかッ。
ダメだった。
全ての力を使い果たしたウッディが深いまどろみに落ちていく。
(シンイチ……。無茶だけは、するな……。死ぬな、よ……)
ウッディ〜!
俺は頭を左右に振るマシーンの仲間入りした。
プフさんは苦戦している。
変身種族は、その強さゆえに本来の姿を長時間維持できない。
自滅。つまり餓死だ。莫大なカロリーを消費して戦う。命を削り、限界に迫る。それが変身できる種族の戦い方。
絶え間なく命の火を発散しているプフさんの機体が赤い輝きに蝕まれるように自壊していく。フレームが剥き出しになるたびにガムジェムの光が患部に吹き込まれて再生しているが、相当な無茶をしているのは明らかだった。
光と炎の共演は場違いなまでに美しく。
今や余命に等しい制限時間はどこまでも機械的に寸分の狂いもなく零れ落ちていく。
長い歳月を掛けて研磨された力と技。プフさんのそれは至高の域に達しているように思えた。オブジェクトと手足を結んだ強靭なワイヤーが慣性を無視した動きを強制する一方で、それらを御しきるプフさんの槍さばきは流麗ですらあった。速く、鋭く、強く、しなやかだ。およそ強さと呼ばれる要素の全てを持っているかのようだ。
しかし、それらをプクリは生まれ持った筋力と反応速度で上回る。
天井に張り付いた魔獣が声高らかに歌う。
La La La……
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【Bury-Creepは歓喜した】
【ようやくまともな玩具を見つけたと思った】
【しかし、その玩具はとても脆そうで、少し乱暴に扱っただけで壊れてしまいそうだった】
【慎重に遊んでやらねばならない……】
【すぐ壊れてしまわないように】
変化は唐突に訪れた。
プクリの巨体を紫色の霧が取り巻く。それらはたちまちプクリの頑健な表皮で結晶化してアメジストに似た鉱物を咲かせた。
レイド級が未知の現象を引き起こしたなら答えは一つしかない。
プクリが【巫蟲呪画】の段階を解放した。
Bury-Creep。プクリの暗示は忍び寄る埋葬。疫病の魔王……。
あの紫水晶に触れたら一発でお陀仏ってトコかな?
でもそんなことはやってみなくちゃ分からんよな。
プクリは動きを止めている。チャンスだ。完全変身したはいいものの、頭を左右に振るマシーンと化していた俺たちにようやく活躍のチャンスが訪れた。このチャンスは逃せない。
【待っ……!】
プフさんの制止を聞かなかったことにして俺たちは跳んだ。
死ねよやぁーッ!
だが粗大ゴミが多すぎた。ジャンピング押しくらまんじゅうみたいになった。身動きが取れない。これまでか……。
死を覚悟した俺たちをプフさんがワイヤーを射出して引き戻してくれた。プフさんや、いつもすまないねぇ……。
バッチリ走馬灯など見たものだから体感的に一気に老け込んだ俺たちはプフさんにもるもると擦り寄った。
「あっ」
ん? シルシルりんの声に振り返って、俺はギョッとした。シルシルりんがタタタとこちらに駆け寄ってくる。嘘でしょ!? 俺は触手を伸ばした。シルシルりん、さっき俺に命を大事にとか言ってたよね!?
届けッ……! プクリの目がギョロリと動いてシルシルりんの姿を捉えた。テメェッ! 俺は目に力を込めた。プクリの巨体がフッと掻き消えた。擬態ッ。
リチェットがシルシルりんを追って駆け出した。残像が尾を引く。無詠唱の【スライドリード(速い)】。リチェットはイイ女だ。誰かを守るために強くなれる。
シルシルりんは迫る危機に気付いていない。危険に対する嗅覚が鈍い。それは、彼女が純生産職だから。争いを避けてきたから。
ョ%レ氏の言葉が俺の脳裏を過る。
(弱さは罪だ)
罪だと? シルシルりんは……。シルシルりんは、いつも俺みたいなゴミに笑いかけてくれるじゃねえかッ!
今もそうだ。誰も気にも留めなかった、ちっぽけな命をシルシルりんは見つけてやれる。地べたに咲いた小さな花の前にしゃがみ込んだシルシルりんがホッと安堵の吐息を漏らした。
曜日ダンジョンに咲いた小さな花。
シルシルりんへと伸ばした俺の触手が溶け落ちた。飽和した猛毒が析出して俺の触手に紫水晶を咲かせる。俺の触手を伝って這い上がってくる。凄まじい感染速度だ。
リチェットがシルシルりんに覆いかぶさった。
擬態を解いたプクリが、じっと二人を見下ろしている。振り上げた前足を、叩きつけた。
花びらが散った。
はらりと落ちた花びらが一枚、ひらりひらりと宙を舞う。
シルシルりんとリチェットを、割り込んだプフさんが庇った。
プクリの前足はプフさんの装甲を砕き、内部のフレームに達している。
エンドフレームすら一瞬で溶かしてしまう【巫蟲呪画】がプフさんの全身を蝕む。
生体パーツから流れ出した血液がフレームと装甲を伝ってボトボトと落ちる。
降りしきる血の雨の中、尻もちを付いたシルシルりんがプフさんを見上げる。
「プフ、さん」
プクリはとどめを刺そうとしない。少しやり過ぎただろうかと言うように慎重にプフさんの様子を伺っている。
……地の底から鳴り響くような低い唸り声が聞こえた。
プクリの一撃で大きな亀裂が走ったプフさんの装甲が脱落していく。
杭のような歯列が覗いて見えた。
ギョロリと動いた目ん玉が、殺風景なダンジョンで懸命に生きる小さな花を見つめる。
四つん這いになった手のひらから、ジジジと光の波紋が波立つ……。
何の前触れもなく炸裂音がした。鮮血が散る。プフさんの背中の装甲が弾け飛び、四本の突起状のパーツが生えた。肉を裂き、迫り上がると共に展開して光の粒子を放出する。
アナウンスが走る。
【限界突破……】
表示されたプフさんのレベルが上書きされていく。
【公主】
【儀仗兵】【プフ】【Level-2999】
レベルの変動が、大きな壁にブチ当たったようにガクンと急に勢いを失った。ぐ、ぐ、ぐ、と少しずつ数値が入れ替わっていく。
【2990】
【2900】
【2000】
【3000】
【限界突破!】
【公主】
【儀仗兵】【プフ】【Level-3000】
ぐぐッと顔を上げたプフさんの双眸が鈍く輝いた。全身を蝕む紫水晶が砕け散った。
鮮血に濡れたフレームをガタガタと揺らしながらプフさんがゆっくりと立ち上がる。両の足で大地を踏みしめ、咆哮を上げた。
2.決戦
復活したプフさんにプクリも俄然張り切って咆哮を上げた。
Faaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
フリーダムガンダムみたいになったプフさんがオシャレな雨ガッパみたいなパーツをバッと広げて光の粒子を放出した。
アナウンスが走る。
【Skill?Promotion!】
【囚われの姫君はもう居ない】
【JailとMaskの解放】
【制限時間:00.33.32…31…30…】
【条件を満たしました】
【バトルフェーズに移行します】
【戦列を組んでください!】
なに? 何を解放したって?
理解が追いつかない。
プフさんの身に一体何が起きたんだ?
Promotion? 公主のスキルか?
そもそもプクリの呪詛を食らってどうして生きてる?
俺はヤバいぞ。空気を読んで騒がなかったが、ひっそりとロストしようとしている。
だ、段階解放した【巫蟲呪画】……。このスキルは……強すぎる。う、打つ手が……ない。
おっと無言申請が飛んできた。もう好きにしてくれ……。
俺はパーティー申請を受諾した。
次の瞬間、世界が一気に広がった。
視界が拡張した。広がったスペースにプフさんとゴミたちの顔写真とパラメーターが所狭しと並ぶ。まるでRPGの戦闘画面だ。これは……内部データか? 各種ステータスはこく一刻と変動している。具体的な表記や数値はなくバーグラフが左右に伸び縮みしている。少し意識を傾けると個別にパラメーターが拡大、縮小して見やすくなるようだ。人間の処理能力を越えたデータ量だった。しかし今の俺たちはエンドフレームだ。コンフレーム時と同じように身体を使う必要はない。
……あれ!? 俺、生きてる。
プフさんが何かしてくれたのか?
プフさんの足下から光の波紋が広がる。それ自体に殺傷力はないらしく、反射的に避けようとした俺らが間抜けな感じになった。しかしまったく無意味な演出ということはないだろう。何かあるとすればエッダの【八ツ墓】と似た系統のスキルなのか?
いや、そうじゃないらしい。光の波紋が過ぎ去った直後、地面から光の柱が何本も突出した。真下から腹を突かれたプクリがひっくり返る。プフさんの追撃。ダンと地面を強く踏むと、プクリとの直線上に光の柱が連続して突出した。上空に打ち上げられたプクリが無防備な腹を晒す。
よく分からんがチャンスだ! プクリのクソ強力な呪詛はプフさんが何とかしてくれる。多分、固有スキルだろう。
ここは狭い。狭いんだ。地上に出よう。俺は地面を触手でブッ叩いて飛び上がった。俺の愛らしいまん丸ボディによるカチ上げには定評がある。しかしジャンピング押しくらまんじゅう再び。ゴミどもォー! いちいち邪魔すんなやッ!
【邪魔してんのはオメェーだろッ! 引っ込んどれやレベル1の雑魚ナメクジ野郎!】
何をっ、この……!
取っ組み合いを始める俺らだが、一方その頃プフさんはプクリに更なる追撃を加えていた。曜日ダンジョンの天井をブチ破って、どんどんプクリを直上に押し込んでいく。
おっと、こうしちゃいられない。俺たちは慌ててプフさんのあとを追う。プフさんは凄くカッコいいし、とっても優しい。俺たちはもうプフさんナシでは生きていけない身体になっているのだ。プフさぁん。どこまでも着いて行くっス。
岩盤をブチ抜いて地上に出た。
見渡す限り一面の砂漠だ。
んー……。
いやドコここ!? 鳥取かな?
照りつける太陽がイヤに眩しいぜ……。
むっ、地鳴りか?
ゴゴゴと地面が揺れている。
大量の砂が上空に舞った。
なんだろう。
ぼんやりと見つめていると、地面を突き破って知らないレイド級が飛び出してきた。
サンドワームってやつだな。
一拍置いて俺たちは絶叫を上げた。
えー!?
これは、とあるVRMMOの物語。
知らないレイド級っ……推して参る!
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