ゴブリンたちの戦い
1.クランハウス-居間
シルシルりんはどうしても俺と一緒に狩りに行きたいらしい。
無論、言いくるめるのは簡単だ。シルシルりんがチョロいという訳ではなく、彼女は別に強くなって誰かに復讐したいとか自分を極限状態に追い込んで空っぽになってみたいとか、そういった能動的な動機がない。翻意を促すことは難しくないだろう。例えば、今の俺はウッディを封印されていて戦えない身体になっていると言うとかな。
しかし、戦いから遠ざけることがシルシルりんの為になるのかと言えば……ハッキリ言って為にはならない。いざという時に備えて護身術くらいは学んでおいたほうがいい。護身術というのは、少なくともこのゲームにおいては殺人術と同義だ。クソ強力な回復魔法があるからな。聖騎士は殺さなければ止まらないし、三次職のクルセイダーとヴァルキリーに至っては殺して埋めるしかない。
シルシルりんが自衛手段を得るというのは、とても魅力的な案だ。
だが……。いや、ここに至っては認めるしかないだろう。俺は、シルシルりんが俺以外の男キャラを殺すのが嫌なのだ。頭のおかしい女どもの影響で、いつしか俺は深刻な精神汚染を受けていたようだ。しかも以前にそれっぽいことを言ったらウチの子たちは訳が分からないという顔をしていた……。
多分俺たちはどこかで決定的に道を間違えたんだろう。そして、そのまま進んで変な十字路を分岐した。
まぁそれはいい。俺はもう手遅れだ。嫌だと感じるものは仕方ない。ということで妥協案を取ることになる。
シルシルりんは俺以外の男を殺すのはNG。痛めつけるだけにして、とどめは俺が刺す。女キャラは殺してもいい。それで手を打とう。ね、シルシルりん?
「……え? ご、ゴメンなさい。コタタマりんが何を言ってるのかよく……」
だよね。分かるよ。その気持ちはすっごくよく分かる。でも嫌なものは嫌なんだ。俺自身、この感情をどう整理すればいいのか分からない……。もるぁっ。
すっかり汚れちまった自分が悲しくてもるもると鳴く俺に、シルシルりんは困惑しつつも慰めの言葉を掛けてくれた。
「き、気にしなくていいですよ! 男の人って、なんか、そういう、チョットあんまり人には言えない特殊な趣味を持ってるって聞いたことあります! それが普通のことなんですよね?」
……そうかな。そうかもしれない。案外普通のことだったりするのかな。いや、きっとそうだ。
じゃ、そういうことで。
そういうことになった。
2.曜日ダンジョン-1F
シルシルりんと手を繋いで一緒に曜日ダンジョンの1Fを歩いている。
なお、シルシルりんの装備は全面的に見直した。例の重武装はシルシルりんの恋を応援する生産職有志が張り切って作ったものらしく、応援に熱が入りすぎたのが明らかだったため倉庫に放り込んできた。そういった背景があるならシルシルりんは渋るかと思ったが、意外にも素直に俺の言うことを聞いてくれた。なんでも男は歪んだ欲望を女にぶつけるものだと入れ知恵した輩が居るらしい。つまり俺はシルシルりんにコスプレを強要したという構図になる。……どこのどいつだ。俺の可愛いシルシルりんに余計なことを吹き込んだのは。的外れもいいところだぜ。俺は独占欲が強いんだ。俺の趣味全開の服をシルシルりんに着せるなら二人きりの時だけに決まってるだろーが。何が悲しくて他の男どもにシルシルりんの艶姿を見せてやらにゃならんのだ。夜のお散歩プレイじゃあるまいし。
という訳で、シルシルりんには軽装戦士の出で立ちをして貰っている。部分鎧ってやつだな。動きの邪魔にならない程度のおっぱいガードとひざ小僧カバーは、他のダンジョンならともかく曜日ダンジョンに出没するアルバイトのゴブリンたちに対しては有効だ。ひざ小僧カバーは武器にもなる。シルシルりんのひざ蹴りを凶器と化してくれるだろう。
武器に関しては間違いがあってはいけないので、金属バットをチョイス。そりゃ全力で頭をブン殴れば死ぬだろうが、シルシルりんの性格上それはないだろう。とどめは俺が刺すという約束も後押ししてくれる筈だ。
そしてこれは言うまでもないことだが、知り合いのゴブリンたちには既に話を通してある。知らぬはシルシルりんのみ……つまりは八百長だ。勝敗は戦う前に決していると言うからな。俺の曜日ダンジョン攻略はゴブリンたちに金を握らせることから始まる。俺が思うに、真の冒険ってのは出来レースであるべきなんだ。要は冒険者ギルドと同じさ。美味いメシ屋もテレビも風呂もねえ洞窟をえっちらおっちらとほっつき歩いてよ、ドラマチックな展開なんざ期待するほうが間違ってるぜ。だから俺がドラマを用意した。
絶体絶命の危機に陥ったシルシルりんを颯爽と現れた俺が間一髪で救出するってのが理想だが、まぁそりゃ無理筋だ。エキストラが多すぎる。どうしたって情報漏洩は避けられないだろう。程々にチャンバラして、そろそろ引き返そうかってトコでちょっとした記念品が見つかるという筋書きだ。その記念品は実は俺がポケットマネーで買ったプレゼントってオチだな。八百長がバレてもシルシルりんは私財を投じた俺を許してくれて、家に帰ったあと机に頬杖を突きながらプレゼントのラピュタ兵ネックレスを指で突付いて苦笑するっつー寸法よぉ……! 俺の八百長デートプランに死角はねぇッ。
しかしながら、おっと? 早くもトラブルのようだ。
おお、なんてことでしょう。俺の知り合いゴブリンが今まさに槍で串刺しにされて死んでしまったじゃありませんか。
ザッザッと規律の取れた足音を立ててゴブリンの群れがこちらに歩いてくる。一糸乱れぬ陣形。揃いも揃って長槍など持っており、後方には弓を手にしたゴブリンアーチャーどもが続く。ゴロゴロと人力車を引っ張るゴブリンの姿も見えた。
そして人力車の車上、女王のごとくゴブリンたちの指揮をとるメガネ美女の慎ましい胸元で、ラピュタ兵ネックレスがキラリと光った。
バッと俺たちを指差したプフさんがゴブリンたちに命じる。
「槍、構え!」
ザッと一斉に長槍を突き出したゴブリンさんたちに、俺は素早く命乞いした。斧を地べたに放り投げて両手を上げ、
「まぁ待て。話せば分かる」
プフさんは分かってくれた。
「捕虜とする! 捕らえよ!」
陣形を保ったままザッザッと近寄ってくるゴブリンさんたちに、シルシルりんが小さく悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。
「こ、これが一番簡単なダンジョンなんですか……?」
いや……。俺は喉元に長槍の穂先を突き付けられながら、かろうじて言った。
……どうやら難易度に少し修正が入ったらしいね。
俺とシルシルりんは地下牢にブチ込まれた。
2.曜日ダンジョン-B3F
プフさんや。お前さんは一体何をやっとるんだね?
側近と思しきゴブリンナイトを連れたプフさんが哀れな捕虜を見学に来たので尋ねてみた。
プフさんは地下牢に転がされている俺を見下ろし、くいっと眼鏡を指で押し上げた。スーツで身を包んだその姿は、いかにもデキるOLといった風情だ。編み上げた黒髪から覗く白いうなじが色っぽい。薄く紅を引いた唇がかすかに綻んだ。
「賃上げ要求です」
それは、つまり……。
「私は一人のダンジョンマスターとして、彼らの待遇を改善するよう訴えねばなりません」
な、なるほど。俺は納得した。納得せざるを得なかった。曜日ダンジョンで働くゴブリンのアルバイトは時給820円だ。安いとは言わない。遊びながら稼げるのだから悪い稼ぎではないだろう。だが。だが……。
もう少し何とかならないのか、という思いはある。
このゲームは現代に存在していて大丈夫なのかと心配になる程度にはオーバーテクノロジーの結晶であり、運営ディレクターが地球外知的生命体という卑劣極まりない特徴を持つ。あまつさえ専用ハードとソフトが別売りという暴挙に加え、追加ディスクで新職解放という鬼畜な所業を平然とやってのけるのだ。映画でしか見たことないようなブラックメンが政府の密命を帯びてゲームをしていても何らおかしくないし、何なら秘密裏に建造された研究所で地下深くハードの解析が行われていても俺は驚かない。そして、その解析はまったくと言っていいほど進んでいないだろうことは想像に難くない。
運営ディレクターのョ%レ氏の言葉を借りるなら、猿はバナナを綺麗に剥くという諦めにも似た単なる感想を言われるくらいには技術に差がある。豚に真珠どころの騒ぎじゃねーぞってことだ。
それなのに、アルバイトの時給は820円。
五時間で4100円。
五時間単位で10の位が繰り上がるから、キリ良くもう一時間がんばってみようかなと俺の知り合いゴブリンは言っていた。言って、いたんだ……。
そいつを殺したのは許せない。許せないが……。
……そうか。賃上げ要求か。それなら、まぁ仕方ない。俺の知り合いゴブリンも救われる……。
でも、プフさんよ。分かってるだろ。レ氏は……あのタコ野郎は……ケチだぜ。金儲けには興味なさそうだが、俺らの財布を軽くするのが楽しいんだろう。あんたの要求を呑むとは思えねえ……。
力なく項垂れた俺を、プフさんはじっと見つめている。
長い睫毛を儚く揺らし、きつくまぶたを閉ざした。
彼女は。プフさんは変身できる種族で……。
多分、俺たちなんかよりもずっと多くの時間、性格が悪い暫定エイリアンどもと接してきた。中にはョ%レ氏ですら生ぬるいと言えるほどのクソ運営も居たのではないか……。
様々な思いがプフさんの胸を去来したのだろう。
ゆっくりとまぶたを開いたプフさんが、髪を解いて眼鏡を外した。頬に掛かった髪を、軽く頭を振って背に流す。言った。
「分かっています。だから、戦うのです」
薄給にあえぐゴブリンたちのために立ち上がったバイトリーダーが、不意に真紅の瞳を背後へと向ける。
「プクリの眷属ですね」
俺はギリッと歯を鳴らした。レ氏の遣いか……。
プクリと、その眷属の擬態は俺の目を以ってしても見破れない。
しかし彼女には見えているようだ。
プフさんの髪がざわざわと別の生き物のように波打つ。手に持った眼鏡を胸ポケットに挿して続ける。
「ならば、プクリ。ョ%レ氏に伝えなさい。このゲームのプレイヤーは三つの形態を持つ。ですが、多くの種族は私たちの最上位形態をこう呼ぶのです」
そう言って彼女は自嘲するように笑った。
「ハイエンドフレームと」
……変身できる種族の、最終形態。
「その意味が、あなたには分かりますね?」
血のように赤い瞳に射抜かれ、プクリの眷属が擬態を解いた。じりじりと後ずさり、一定の距離を置いたのちにくるりと反転して逃げ去っていく。
眼鏡を掛け直したプフさんが、ふっと薄い吐息を漏らした。誰にともなく小さく呟く。
「宣戦布告です」
これは、とあるVRMMOの物語。
時給820円……。
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