ヒューマン天国
1.ちびナイ劇場
デフォルメキャラと化したプフちんとタコさんウィンナーがテーブルを挟んで向かい合っている。
口火を切ったのはバイト代表のプフちんだ。
【曜日ダンジョンの従業員について提案があります。昇給制度を設けてはどうでしょう?】
タコさんウィンナーはタコ足をうにょると動かしてテーブルの上に置かれたホットコーヒーを一口。マグカップをテーブルに戻して、テーブルの木目をタコ足の先端でなぞる。たっぷりと間を置いてから、一言だけ返した。
【必要かね?】
プフちんは大きく頷いた。
【昇給制度は従業員のモチベーションを高めます。引いてはプレイヤー全体の戦力強化に繋がるかと。もちろんョ%レ氏の采配に誤りがあったとは言いません。以前とは状況が違う。変化には対応が必要です。私が陣頭指揮をとります。GWまでには改革を済ませたいのです。是非ともご一考を】
タコさんウィンナーはタコ足をうにょると動かして、テーブルの上に置かれたスティックシュガーを摘み上げた。しげしげと眺めてから、そっと元に戻す。
【生物とは、何故死ぬのか。分かるかね?】
唐突な問い掛けに、プフちんは嫌そうな顔をした。タコさんウィンナーはデフォルメされても依然凶悪な牙をさも愉快そうに上下し、
【釈迦に説法か。知っての通り、生物が死ぬということ……もっと言えば進化の過程で不死という特性を獲得し得なかった理由は三つある】
タコさんウィンナーは三本の足をうにょると掲げて順々に折り曲げていく。
【一つ目は単純に生命活動の破綻。リソースの不足により重要器官の損傷を補うことができない。二つ目は生命活動の維持が困難に陥ること。肉体的な損傷によるパフォーマンスの低下だ。健常な個体との競争に敗れ続ければエネルギーを補給できない。ならば、ある一定以上の損傷を補う機能は無駄であるという見方だな。そして最後の三つ目が……】
【ョ%レ氏。それは】
何か言い掛けるプフちんをタコさんウィンナーは無視して続けた。
【弱者は群れに全滅の危機を招く。弱った個体は排除したほうが群れ全体のためになる。つまり死とは種を生かすために獲得した機能であり、また必要とされず克服されなかった事象なのだ】
タコさんウィンナーの複雑な造りになっているまぶたがシャコッシャコッと上下左右に開閉した。精神的な安定を示す緑色の瞳がプフちんを見据える。
【曜日ダンジョンの従業員についても同じことが言えるな。不服ならば辞めれば良い。違うかね?】
家主のちびナイとちびマレは曜日ダンジョンにまったく興味がないようだ。プフちんとタコさんウィンナーを見るともなしに眺め、パリパリとポテチをかじっている。
プフちんは厳しい立場だ。だが、交渉というものは圧倒的に不利な立場から始まる場合もある。それでもなお挑むのは放置できる問題ではないという考えがあるからだ。
【人員の入れ替えは非効率です。事実、従業員の連携を密にすることで業務の効率化に成功しました。こちらがその集計です】
プフちんが差し出した書類をタコさんウインナーはタコ足で広げてザッと目を通した。おざなりのようだが、暫定エイリアンどものおつむの出来は種族人間とは違う。
一度目を通せば十分とでも言いたげにタコさんウィンナーは書類を折り畳んで食った。むしゃむしゃと咀嚼してゴクリと嚥下する。ナプキンで口元を軽くサッと拭いてからタコ足をうにょると掲げて言う。
【給与とは需要と供給のバランスだ。このョ%レ氏は曜日ダンジョンの従業員について多くを求めない。それすら満たせないものは解雇している。その際、自らの怠慢を悔やむか。それともようやく煩わしさから解放されたと捉えるか。二つに一つではないかね?】
プフちんがテーブルをバンと叩いた。
【賃金を上げればより質の高いオペレーションも可能になると申し上げているのです! あなたは一体何をケチっているのですか! プレイヤーの強化が必要だとお考えなのでしょう!?】
タコさんウィンナーが口元を歪めて笑った。
【腹の探り合いはもう終わりかね? よろしい。ならば言おう。プフ。君はヒューマンを買いかぶっている。種族全体の平均を見ているな。しかし私は違う。私は上と下を見ている。そして……これは言っておかねばなるまい。先程の話には続きがある。生物の死について。ある特定環境においては過去の説となる場合もあるのだ。生物の定義からして異なるからな】
【……あなた方が不死の生物だとでも?】
タコさんウィンナーは軽やかに笑った。
【君たちはとうに知っているだろう。我々が不死から最も遠く懸け離れた存在であることを】
【それは……】
プフちんは言葉を選んでいるようだった。おそらくネタバレに該当するからだろう。
変身できる種族のプフちんが俺たちゴミよりも攻略が進んでいないということはまずあり得ない。ネタバレに抵触しない範囲で何らかのメッセージを俺たちに伝えようとしているのかもしれない。
しかし当のタコさんウインナーがネタバレに無頓着だった。
【我々は生物兵器だ。ハイエンドフレームだと? 単なる言葉遊びだ。純粋培養の生物兵器を祖に持つこの私に、天然モノがどこまで迫れるか……。一つ試してみよう。しょせん……弱者は何も為すことができないのだからな。何故ならば……生物は死ぬ。それが定めなのだ。例外もあるがね】
例外。【ギルド】のことだろう。
プフちんが長い溜息を吐いた。
【……結局はこうなるのですか。あなた方のその傲慢さが敵を作ると気付いていながら、どうして改めようとしないのですか?】
するとョ%レ氏はキッパリと言った。
【一度は終わったと思われたゲームが終わってなどいなかったからだ。ならば遣り方を変えるしかあるまい】
プフちんとョ%レ氏が同時に席を立つ。
プフちんが手で合図するなり、舞台袖からゴブリンたちが出てきた。ョ%レ氏を包囲して長槍を突き付ける。
プフちんの足下から光の波紋が伝った。【全身強打】? いや違う。殺傷力はないようだ。
プフちんが全身で反駁するように叫ぶ。
【あなたの遣り方は間違っている。私はヒューマンの可能性を信じます!】
ョ%レ氏があざ笑った。チラリと観客席に目を向けて、
【大きく出たな。しかし……諸君ら自身に彼女のたった半分でも確信があるかね?】
一際大きなポテチを釣ったちびナイが「お」と小さく声を上げた。幸せそうにポテチにかじりつき、パリ、と噛み割る。
シャッと幕が閉まった。
2.曜日ダンジョン-B3F
鉄格子を挟んでゴミ代表のサトゥ氏と交渉している。
「曜日ダンジョンを解放しろ! スマホいじりながらゲームやって金貰って何が不満なのか理解しかねる! 何なら稼ぎの半分くらいプレイヤーの共有財産にしてもいいくらいだぞ!」
寝言は寝て言えや! ゴブリンさんはちゃんと相手見て難易度調整してるんだぞ! それが分かっていながら初心者を装うクズ! 初心者パーティーに潜入してPKに走るカス! ダンジョンの正常化に日々努めるゴブリンさんたちの気苦労は想像できないッ!
……なんで俺がゴブリン代表みたいな感じになってるんだよ? まぁゴブリンは喋れないからなんだが。それと……。
俺とサトゥ氏の激しい舌戦をリチェット隊長が横からジーッとカメラを回して撮影している。
出来レースみたいなものだ。
俺とサトゥ氏が両陣営の不満をぶつけ合うことでゴミどもの言いたいことを全部言って時間の無駄を省こうというのが今回の企画。
なお俺と一緒に捕まったシルシルりんはゴブリンたちの武器に【戒律】を刻むお仕事をしている。
シルシルりん手製の戒律武器をプフさんがしげしげと眺めて、その仕事ぶりを称賛した。
「丁寧な仕事ですね。派手さはありませんが堅実で早い。これは思わぬ拾い物をしたかも」
シルシルりんが俺の有用性をアピールする。
「あ、プフさん。コタタマりんも生産職ですよー。デサントですから私のお手伝いをしてくれると助かるんですけどぉ……」
しかしプフさんは首を横に振るばかりであった。
「彼はレベルが低すぎます。それに、代償を支払って強い命令文を打つタイプのクラフト技能……。今のところ彼に仕事を任せるつもりはありません」
構わない。俺はシルシルりんを牢屋の外に出して貰っただけで満足だ。
撮影を終えたサトゥ氏がプフさんのほうを向く。
「で、AD。勝算はあるんだろうな?」
プフさんがサトゥ氏を見る。
「プクリを討ちます。ョ%レ氏は力を示せと言いましたから。ョ%レ氏本人は動かないでしょう。トレーニングモードで既にプレイヤーのエンフレ戦を試している……。ログを拝見しましたが、さすがに今すぐ再戦しても結果は変わらないでしょう。使徒を動かす筈。なら相手はプクリです。あなたたちはプクリのスキルを解放していませんから」
プフさんよ。お前さんは俺たちの味方ってコトでいいのかい?
横から口を挟んだ俺をプフさんがじっと見る。トコトコと牢屋の近くに寄ってきて、ちょいちょいと手招きした。俺は鉄格子に張り付いた。プフさんが俺の頭をよしよしと撫でてくる。
「獲物を譲るつもりはありません。賃上げ要求とはまた別に調べたいことがあります」
……レ氏の祖先が生物兵器ってのは……。
「それは私の口から語るべきことではありませんね。まぁョ%レ氏は最初から隠すつもりはなかったようですが。天使……NAiをチュートリアルナビゲーターに据えたというのは、そういうこと……。ですが……いえ。お気になさらず」
プフさんは俺の頬をガッと掴んだ。俺の目をじっと覗き込んでくる。つーか近い。近いよ近い。何よ。何なん? 何なんよ?
プフさんの唇が綻ぶ。
「可愛い」
えっ。
シルシルりんが急に大声を上げた。
「あ、あー! つ、疲れちゃったなー!」
それはいけない。プフさん?
「そうですね。休憩にしましょう」
リチェットがじっと俺を見つめて不可解そうにコテリと首を倒した。何だよ。
「鈍感系の主人公みたいになってる。コタタマ、オマエ大丈夫か?」
あ〜。なるほど。シルシルりん嫉妬してくれたのか。どうもマズいね。マジで鈍くなってきた。
しかしサトゥ氏の症状は俺よりも深刻だった。
「ん? 何の話だ? まぁいいや。AD、少しいいか?」
「どうぞ」
「プクリと戦うのは分かった。具体的にはどうする? 曜日ダンジョンを拠点化しているようだが、ここは狭すぎる。プクリは入ってこれないぞ。あんたはダンジョンマスターだ。何か考えがあるんだろ?」
プフさんはコクリと頷いた。
「これを使います」
そう言って取り出したのは変な形をしたバームクーヘンだった。……ガムジェムか?
「ええ。メビウスのバームクーヘンです」
サトゥ氏が瞬転して腰の剣を抜き打ちした。プフさんを殺してガムジェムを奪うつもりだ。しかしそれよりも早くプフさんが人差し指をサトゥ氏の額にぴたりと押し当てた。
サトゥ氏はニコリと笑った。
「なるほど。準備は万全という訳だ。面白くなってきたぜ」
俺はプフさんに提案した。プフさん、もうそいつはダメだよ。殺しておこうよ。近くに置いておくと何をしでかすか分かったもんじゃない。ね? 殺そ? 可愛い俺からのお願い。ブサイクは殺そう。
プフさんはサトゥ氏をじっと見つめたまま眼鏡をくいっと指先で押し上げた。
「サトゥも可愛いですよ。と言うより、ヒューマンは可愛い。あなたたちの感覚に即せば……犬や猫が立って歩き出したような感動があります」
……おい、チラリと見せてきやがったな。やたらとマトモな運営だと思ったらコレだ。
プフさんはヒューマンフェチだった。
手に持つバームクーヘンが仄かに輝き、かすかに俯いたプフさんの眼鏡のレンズをまばゆく照らした。薄く紅を引いた唇がニヤッと吊り上がる。ペロリと舌舐めずりを一つ。
「素晴らしいダンジョンになりそうです。ええ、とても……ね」
これは、とあるVRMMOの物語。
マトモな超級プレイヤーなど居ない。何故なら彼女らはこのゲームの攻略組なのだから。
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