勘の良すぎるメルメルメ
もる語パーティーとは、高速周回を突き詰めた結果生まれたパーティー形態の一つだ。
わざわざブサイクにキャラメイクする意味がないから、ネトゲーの女キャラは美形揃いで。ましてVRともなれば、トップクラスのアイドルに匹敵するほどの美少女、美女軍団が周りにゴロゴロ居るような環境になる。女キャラが立って歩くのを見てるだけで楽しい気分になれるんだ。しかし、そうした安っぽい満足感に浸って貰っては困ると異議を申し立てた連中が居た。
廃人だ。
ゲームに人生を捧げた彼らにとって、このゲームの女キャラは攻略の遅延を招くお邪魔虫であり、たくましい男キャラを骨抜きにする目障りな存在だった。
男たちを見つめる廃人たちの目には強い信念が宿っていた。自分たちのほうがやれる。お前たちを本当の意味で満足させてやれるのは整形チケット一枚でどうにでもなる見た目の美しさなどではない……。磨き上げたテクニックとパワー! 俺を見ろ! しかし現実は……彼らが思うほど優しいものではなかった……。
超絶技巧を余すことなく見せつけた動画の再生数が、歌って踊るアイドル気取りの動画に大敗を喫した時、廃人たちの胸を過ったのは一体何であったか。
もる語パーティーとは、高速周回を突き詰めた結果生まれたパーティー形態の一つだ。
彼らはパーティーメンバーにお喋りを許さない。精悍な男たちも見目麗しい女たちも、ここでは純粋な戦力であるに過ぎず、貪欲なまでに経験値をむさぼる冷徹な戦闘マシーンなのだ。
1.ポポロンの森-深部
にわかに春めいてきたリアルとは違い、ゲーム内の暦上は晩冬。この辺りはあまり雪が降らないので、落葉樹を見掛けることはない。冬でもしっかりと枝を葉っぱが覆っている。
その葉っぱに身を潜めていたスライムが、ずるりと幹に這い出て不埒な侵入者たちに照準を合わせる。狙いはセブンだ。いいぞ。殺せ……。
さっさと帰りたい俺は見て見ぬフリをしたが、森で周囲への警戒を怠るほど廃人どもは間抜けではなかった。逸早くスラ公のバックアタックを察知したリチェットがセブンに警告を飛ばす。
「もるぁっ!」
もる語パーティーに必須とされる要素の一つが高い水準でのイメージ共有だ。リチェットの目線の高さや仕草からセブンは死角に潜む敵の大まかな位置や脅威度を瞬時に判定し、その場にバッとしゃがみ込むと同時に弓に矢をつがえる。地面を横滑りすると共に反転して矢を放った。【スライドリード(射撃)】は使わなかった。魔力を温存するためだろう。
セブンの素早い回避行動にスラ公は標的をサトゥ氏に変更した。スラ公は自分から見て近いほうを前衛、遠いほうを後衛と見なす単純なロジックを積んでいる。前衛が素早く移動している時は後衛を狙う。俺と手を繋いでいるサトゥ氏が、ひょいと首を傾げてスラ公の触手を躱した。あまり誉められた避け方じゃない。スライムは触手を空中で曲げることもできる。しかし、もちろんサトゥ氏は分かっていてそうしたのだ。スラ公を指差して攻撃を命じる。
「もるぅ!」
スライムほどではないが、俺たち種族人間とてお猿さんたちの血を引いている。森林戦は望むところだ。
初撃で仕損じたスラ公がサッと身体を引っ込めて葉っぱに隠れた。スライムは体幹の動きで触手のコントロールを行う。サトゥ氏の横を過ぎ去った触手が木の幹に巻き付いてぐるりと迂回。サトゥ氏を背後から狙う。
しかしスラ公の触手が目的を達成するよりも早く、木から木へと飛び移った廃人どもがスラ公に殺到した。触手を切り落とし、各々の武器をスラ公に突き刺していく。
全身を滅多刺しにされたスラ公だが、モンスターの耐久力は人間からしてみると規格外だ。どんなに上手くアタックが成功してもわずか数秒で決着が付くことはない。スラ公の反撃の気配を察知した廃人どもが打ち寄せる波のように後退し、新たに生えた触手による攻撃を危なげなく回避して再度の突進。それらを何度か繰り返す。深手を負ったスラ公がどんどん弱っていく。
メガロッパが叫ぶ。
「もるるっ!」
廃人どもが一斉に退いた。
彼らが見守る中、剣をぶら下げたメガロッパがスラ公に歩み寄っていく。
敗北を覚悟したモンスターは一時的に行動ロジックを変更する。スライムの場合は決死の一撃を放ってくる。攻撃のタイミングを変えて、相打ちを狙ってくるのだ。
メガロッパのような高い技量を持つプレイヤーならば、相打ちを避けて確実に仕留め切ることができる。いや、おそらくこの場に居る廃人どもなら誰でも同じことができるのだろう。今回はメガロッパの番だったということだ。
最後の攻防。
攻撃の機会を窺うスラ公に、メガロッパがぴょんと飛び上がってスラ公の頭上を取る。十八番の空中殺法だ。メガロッパの剣とスラ公の触手が交錯した。触手に貫かれた残像が霧散する。メガロッパの身体が残像の尾を引いて横にスライドした。一度目の斬撃はスラ公の表皮を浅く裂き、触手を支える箇所に拳半分ほどの切れ込みを入れていた。触手の繊細なコントロールは失われている。攻防を制したメガロッパの渾身の一撃。返す刃でスラ公の核を切り裂いた。
ピギィ!と甲高い悲鳴を発したスラ公が魔石に還元されていく。ドロップした魔石を手に取ったメガロッパが剣を鞘に収めて勝ち鬨を上げた。
「もるるんっ!」
廃人どもがもるもると喝采を上げる。メガロッパの頭を撫で、次なる襲撃に備えて四方に散っていく。
完璧と評してもいい戦いぶりだった。サトゥ氏とリチェットを温存し、増援にも備えていた様子が見て取れる。俺の出番などあろう筈もない。元【敗残兵】にはお抱えの鍛冶屋が居るし、そいつらは前線でも戦える腕利きだ。だからといって武器を打つのが下手ということもない。さすがにニジゲンには及ばないだろうが。
……俺は何のためにここに連れて来られたんだ。
聞き出そうにもモルラーどもはもるもる鳴くばかりで何を言っているのか分からないし。いっそ皆殺しにしたいが、サトゥ氏の監視の目が厳しい。今も俺の肩に馴れ馴れしく腕を回して逃さないとばかりに強い力で抱き寄せてくる。顔こそ笑っているが、俺の横顔を見つめる瞳から細い稲妻のようなエフェクトが漏れ出ている。ゾーンに突入したキセキの世代かよっつー。
なお、ハチは不在だ。ウチの丸太小屋でウチの三人娘と殺すだの殺さないだのとお喋りしている。先日のイベントでプフさんのダンジョンで転がり込んでしばらく過ごしていたので、大事を取ってということかもしれない。単にサトゥ氏のエサ係をしていただけではあるまい。おそらくプフさんから何らかの教えを受けていたのではないか。
俺はクソのような廃人に手を引かれて森を深く潜っていく……。
おいおい。まさかこのまま最深部に向かおうってんじゃないだろうな?
2.ポポロンの森-最深部
そのまさかだった。
クソ廃人どもと一緒に茂みに身を潜めて、仲睦まじく身を寄せ合うポポロン親子を見つめている。
……自殺志願ツアーかな?
最深部にデンと居座るポポロンを倒すのは無理だ。理屈はよく分からないが、レイド級は眷属の位置を把握できる。つまり深部の眷属が何匹か倒され、それが人間の里の側から近い順に起こったことがバレている。不意打ちは無理ってことだ。
狙いは俺とポポロンの子、タマなのかと疑いもしたが……。やはり無理がある。俺が以前にタマを連れ出せたのはNAiの干渉によるものだろう。使徒は運営側の命令に逆らえない。誘拐を見過ごすよう命じるのは無理でも、少し遠ざける程度のことはできる筈だ。
つーか……。俺は横目でチラリと廃人どもを見る。コイツらの狙いがタマなら俺が邪魔するしな。
親権はポポロンに奪われてしまったが、タマは俺の子でもあるのだ。
ポポロンの触手にじゃれ付いているタマを見つめて俺は胸中で呟く。タマ……。お前は俺が守ってやる。このママがな。
俺は母性の高まりを感じた。そのためにはコイツらを……。俺は目にじりじりと力を込めてクソのような廃人どもを見る。ベロリと舌舐めずりして胸中でこう呟いた。
皆殺しだ。
そうと決まれば話は早い。
俺は茂みから這い出して、ポポロンの前に身を晒した。両腕を広げて歩み寄っていく。
よう。ポポロン。元気だったかよ?
タマには声を掛けなかった。俺はタマさえ幸せならそれでいい。ポポロンとの今の暮らしがタマの幸せなら俺は名乗り出ることはしない。
俺はポポロンを臨戦態勢に持っていくだけでいい。
ポポロンの外皮がボコボコと泡立ち、二本目となる触手を生やした。シャッと宙を滑るように走り、俺の上半身が消し飛んだ。俺は死んだ。
ふわっと幽体離脱した俺は、コクリと大きく頷いた。それでいい。備えろ。
来るぞッ……!
来なかった。廃人どもはもるもると鳴いて来た道を引き戻していく。元よりポポロンと事を構える予定はなかったようだ。……じゃあ何しに来たんだよ。
答えは出なかった。
ダッシュで死に戻りした俺は首をひねりながら帰途に着いた。
……マジで何だったんだ。
3.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス-レッスン場
リリララの魔法の練習に付き合っている。
「むむ〜っ」
杖の先端を俺に向けたリリララがうなり声を発して集中力を高めていく。
リリララは国内サーバー最高峰の魔法アタッカーだ。コイツくらいになると微妙に性能が異なる杖を何本も所持していて、用途に応じた一本を選んで持って行くことになる。今、俺の殺害に用いられようとしている凶器はニジゲン手製の杖で、リリララお気に入りの一本である。マールマールから産出された魔石をふんだんに使っており、前屈みに湾曲した指みたいな造りがオシャレだった。買い物袋を引っ掛けて運ぶのに便利そうでもある。
くるりと杖を回したリリララが、杖の先端に手を添えてマナを高めていく。頬は紅潮し、人形じみた白皙の美貌にふつふつと玉のような汗が浮かぶ。白い喉を伝った汗が豊かな乳房の膨らみに抗うことなく胸の谷間に滑り落ちていく。リリララが苦しげに身をよじり、鼻にかかった甘い声を上げる。
「んっ、うあっ……!」
おっ。俺はリリララのおっぱいが視野に入るギリギリの角度を維持しながら感嘆の声を上げた。俺の頭上の空間がぐわんと歪む。成功だ!
堰を切ったようにあふれ出した超重力が俺を押し潰してくる。俺は【スライドリード】を発動し、コンマ一秒でも長くリリララの痴態を目に焼き付けようともがく。部位別使用を応用し、ダメージを足に回す。俺の両足が膝からへし折れて豪快に開放骨折した大腿骨が皮膚を突き破った。なおも荷重はどんどん増していく。種族人間の魔法はレイド級のそれの劣化コピーだが、元が元だけに小細工で誤魔化すにも限度がある。破綻はすぐに訪れた。せめてもの抵抗にと突き上げた両腕がひしゃげ、突き抜けた衝撃がろっ骨を派手にブチ折る。堪らず血反吐を撒き散らした俺の頭がぐしゃりと潰れた。
ダッシュで死に戻りした俺は、リリララときゃっきゃと手を打ち合って喜ぶ。やったじゃねーか! リリララは嬉しそうに頷いた。
「うん! 【四ツ落下】うまくできた! 私、偉い? 誉めて」
偉い偉い。俺はリリララの頭をぐりぐりと撫でてやった。
【四ツ落下】の使用に際して種族人間のゴミのような空間認識能力が悪さをしているという仮説は正解だったようだ。
だからリリララは深い集中状態に入って空間認識能力を一瞬だけ閉ざした、らしい。 そんなことが人間に可能なのか。可能としても他のプレイヤーにも同じことができるのか。俺には何も分からない。まず感覚を閉ざすという感覚が分からない。何一つたりとて共感できない。化け物かよ。しかし喜んでいるところに水を差すような真似はすまい。俺はリリララを抱き上げてくるくると回った。
実験の推移を見守っていたモッニカ女史が口を挟んで来る。
「……あの。マスター? 【四ツ落下】の制御に成功したのは分かります。素晴らしいですわ。さすがはマスター。ですが、何もコタタマさんに頼る必要はなかったのでは?」
正論であった。
実験が始まる前からモッニカ女史は俺不要論を唱えていたし、実際に実験が終わって俺の出る幕はなかったと確信するに至ったのだろう。それに関しては俺も同じ気持ちだ。お友達のコタタマくんを実験台にする必要なくね? そこら辺を歩いてるゴミをとっ捕まえるなり、自分トコのクランメンバーから志願者を募るなりすれば済んだ話だ。
リリララは感覚で話すので、何を言っているのか分からないことがある。今回もそうだった。見た目にそぐわない幼い仕草でおっきなおっぱいの前できゅっと手をグーにして、
「実験だから。コタタマくんだから成功したんだよ? そんな気がするもん」
天才サマの感覚を盾にされては俺とモッニカ女史は何も言えない。はぁ、そんなもんですか……と、あいまいながら頷くことになる。
リリララに甘いモッニカ女史は、標的を俺へと変えた。キッと柳眉を逆立てて俺を睨みつけてくる。あんだよ。俺の不平不満を無視して人差し指を立てて言い聞かせるように念を押してくる。
「いいですか。コタタマさん。リリララ本人もこう言っています。何度も言うようですが、くれぐれも勘違いはなされないように!」
勘違いって何だよ。
「へ、変な意味に取られては困りますわ! こ、こ、殺したからって。実験なのですから!」
……お前まで意味の分からないことを言い出すのか。
この際だ。ハッキリ言っておく。モッニカよ。俺に殺されて喜ぶ趣味はねえ。
「そんなことは分かってます! 相変わらず噛み合わない男ですわね……!」
ぷんすかと怒るモッニカ女史が、きょとんとしているリリララの手をむんずと掴んだ。これ以上は構ってられないとばかりにリリララを連れてレッスン場を出て行く。
レッスン場を出る前にパッと振り返ったリリララがひらひらと俺に手を振り、ニコッと微笑んだ。俺も手を振り返してやった。
さて、小腹が空いたな。冷蔵庫でも漁って何か適当に作って食うか。ついでにメルメルメの様子でも見に行くとしよう。
リリララ率いる【目抜き梟】は潤沢な資金源を持つトップクランだ。冷蔵庫の中には高級食材が入っている。俺は得体の知れないハムをやや厚めに切って皿に乗せ、かじり付きながらメルメルメの作業場に向かう。
よっすー。差し入れだぞー。
メルメルメは俺を歓迎してくれた。ネカマ落ちした挙句にドルオタに目覚めた検証チームの元リーダーだ。
「崖っぷち。丁度いいところに来たな。次回の公演に向けて新曲の振り付けを相談してたところだ。お前も加われ。元プロデューサーだろ」
ん? お前、広報部隊じゃなかったか? いつの間にダンサー部隊になったんだ?
「何を言ってる? 俺は依然、広報部隊のままだよ。新曲と言えば感謝の振り付け精彩予測は当然の嗜みだろ」
やめろやめろ。俺をディープな世界に誘うんじゃない。しかも恐ろしく不毛な作業だ。
「不毛でもやるんだ。お前は目がいいからな。俺の動きをトレースしてくれ。俺がチェックを入れるから。さあ、早く」
くそっ、コイツを心配した俺がバカだった。
そうボヤいた俺にメルメルメが首を傾げる。
「心配?……ああ、エンフレの独立操作のことか。それなら、お前が心配してるのは俺じゃないだろう。何を見た?」
……ポチョがそれらしきワザを以前に使ってるのを見た。
「ポチョ? ポーチョ……。ポシェ……。いや、金髪の……。ポーションか?」
ポチョの過去とかはいい。言うな。お前の口から聞きたくない。要点だけ教えてくれ。放っておいても大丈夫かどうかだ。ほら、ハムやるから。あーん。
「ぱくっ。うまっ。いや、これウチのハムだろ!」
正当な報酬さ。で?
「……アビリティはオートカウンターか?」
そうだ。
「危険な兆候だな……。崖っぷち。そのポチョさんは月の雫を持っている筈だ。どうにかして取り上げろ」
どういう、ことだ?
「どこかで以前の知り合いと会ったんだろう。キャラデリすれば所持品はロストする。貴重品は前もって誰かに預けておくのが定石……。月の雫は……あれはNAiが生み出したものだ。Teller-Knives。NAiの暗示をそう言うらしい」
わ、分かった。なんだかよく分からんが分かった。とにかく月の雫を取り上げればいいんだな? ありがとよ。振り付け精彩予測とやらはまた今度な。
いそいそと帰り支度を始める俺に、メルメルメが最後に言ってくる。
「崖っぷち。NAiとは戦うな。勝てないぞ。どうしても戦いを避けられないなら【律理の羽】をどうにかしろ。あれは天使のスキルを補助する道具だ」
そういうのはサトゥ氏辺りに言ってくれ。俺には関係ない。
俺はそれだけ言って簡易ギロチンセットで俺の首を落とした。
ポチョ……! 今行くぞ!
だが、ポチョは月の雫を持っていなかった。
大司教様に預けた月の雫の偽物と本物をすり替えたのはポチョの仕業だったのだ。
良かった良かった。これにて一件落着!
俺は甘えてくるポチョを抱き上げてくるくると回った。
これは、とあるVRMMOの物語。
メルメルメ、少し口がゆるくなりましたね。以前のあなたはもう少し危機感があったのに。残念です。
GunS Guilds Online




