宿命の対決
1.クランハウス-居間
月の雫のすり替えについてポチョはこう述懐した。
「だって、アットムばっかりズルいもん」
むーっと膨れた頬を突付いてやると、俺の可愛いポチョ子はもじもじして早口で供述を続けた。
「でも私サブマスターだから。月の雫は一回使ったら溶けてなくなっちゃうから。アットムも一応クランメンバーだし。私、サブマスターだから。ポプラに言って、それで」
俺は感動した。つまりこうだ。
サトゥ氏は上手くやり過ぎた。お抱えの鍛冶屋に命じて作らせたパチモンをアットムに掴ませる……。ヤツの策略にまんまと騙されたポチョは、俺とアットムの友情の証とも言える月の雫を守ろうとしてくれた。そして、そのことを誰にも言わなかった。そのほうが確実だからだ。誉められることすら期待していない。なんと健気な。偉すぎる。
俺はポチョ子をぎゅーっと強く抱きしめて、身体を撫で回してやった。
良ぉーしよしよしよし! 角砂糖を二つだ! 二つやるぞ!
ポチョがぶんぶんと頭を横に振る。
「んーっんーっ!」
なにっ、三つか? 三つ欲しいのか! このいやしんぼめ! 分かった三つだ! 角砂糖を三つやる! 零すなよ〜。それっ!
俺は指の間に挟んだ角砂糖三つをひょいと投げた。
「ぱくっ。ぱくっ。ぱくっ」
ポチョは見事に三つとも口でキャッチした。素晴らしい反射神経と敏捷性だ。
良ぉーしよしよしよし!
角砂糖を口の中でころころと転がしているポチョを抱き上げて撫で回してやっていると、勝手にウチの丸太小屋に上がり込んでソファに座った知らないホシピーがぼそっと呟いた。
「アビリティは無意識の才能だ……」
どいつもこいつも勝手にウチの敷居をまたぎやがって……。何しに来た。帰れ。
帰宅を促す俺の言葉をホシピーは無視した。
「どんな悪党にも譲れない一線ってのはある。仲間を見捨てない、裏切りは許さない……。だが、お前のアビリティにはそれがない。R型の悪性共感……。どこまでもやるッ。断崖絶壁に向けてアクセルをベタ踏みするような能力……。崖っぷち。それがお前だ。怪物め」
誰がチョコラータだ。
……ポチョ。手出しするな。どうもコイツは……俺がカタに嵌めなきゃならんらしい。どこまでも追ってきやがる。どんなゴミも結局は自分が楽しけりゃいいんだ。どんだけ綺麗事を口をしたってよォ〜。……こうまで諦めの悪いヤツが居るのか。こんなヤツが居るのか。復讐に全てを捧げるようなヤツが。
ホシピーが不意に顔を上げた。
「復讐?……ああ、そういえばそうだったな。もうそんなことは忘れてたよ。お前を叩く。一心にそれだけを想っていた。だが、崖っぷち……。お前は今【工兵】を封じられた副作用でマトモに動けないんだろ? 今のお前を倒しても俺の心が晴れることはねえ。だから俺は来た。今、お前は弱ってる。かつてのお前じゃねえ……。今のお前なら俺の言ってる意味が分かる筈だ。だから……説得をしに来た」
説得だ? フフフ……! 俺は含み笑いを漏らしてホシピーの対面の席にドカッと腰掛けた。
説得ね。なるほど。そう来たか。だが、ホシピーよ。安心しな。
俺は片手を突き出し、手のひらをホシピーに向けて言った。
「ウッディ。来い」
にょきっとウッディが俺の腕に生える。
眉をしかめるホシピーに、俺はニヤリと笑った。言う。
「封印は解けてる。少し前にな。見ての通り今の俺は万全さ」
「何故……それをわざわざ俺に言った……?」
何故? フフフ……! そりゃあな、ホシピー。オメェが眠たいこと言ってるからだよ。俺たちにあるのは「今」だろ。「今」「この瞬間」だ。
俺はウッディの頭をよしよしと指で撫でてやりながら続ける。
実際、オメェーは大したもんだよ。そんじょそこらの雑魚とは訳が違う。強くなったな。くくくっ。俺もネフィリアのことは言えねえな。なんのことはねえ。散々っぱら偉そうなこと言っといてよ、俺に人を見る目はなかったってことだ。お前に才能なんてもんはねえと決め付けた。俺と同じだと……。悪かったな。ありゃあ訂正するよ。本当に……お前は強くなった。
その時、不意に……ホシピーの目尻からポロリと一筋の涙が零れた。ホシピー本人が自分の感情に戸惑っているようだった。いや、戸惑ってるというのは違うな。ホシピーの心は据わってる。ただ人間の感情ってのは俺たちが思うよりも複雑で、分かった気になってああだこうだと言っても結局は言葉遊びでしかないってことだ。
これ以上の問答は不要だろう。
ホシピーは俺を説得して真人間になって欲しかったらしい。それも悪くはねぇが、俺はゴミどもの吠え面を眺めるのが大好きなんだ。完全ロストして記憶をリセットすれば真人間に戻るのは簡単だが、俺はウッディと共に行く。俺たちの道はとうに分かたれていたんだ。
俺は決別の言葉をホシピーに投げ掛ける。
「人の執念……。見せて貰った」
意思とは無関係に俺のアビリティが活性化する。ゆるすぎる発動条件。俺のアビリティに人の意思をねじ曲げるほどの効果はなく、それゆえにちょっとしたきっかけを与えるだけで表に出てくる。
円環状に遊離した黒い紋様がザァッと広がる。
黒い意思に呑まれまいとホシピーのアビリティが活性化した。俺とは異なるパターンの紋様が宙に浮かび上がって俺のアビリティと接触、拮抗してバリバリと黒い稲妻を発した。
ホシピーが言う。
「今、この場でお前を叩く」
ホシピーに向けて広げていた手のひらを、俺は横にズラした。反射的に臨戦体勢を取ったポチョを手で制する。手出しするな。これは俺とホシピーの問題だ。俺たち二人だけの特権なんだ。いくら身内でも立ち入ることは許さない。
俺の武器は倉庫の中に放り込んである。俺はこんなこともあろうかと常備してあるポチョのパンツを魔石に変換した。ポチョが見ている前でポチョのパンツを使うことに絶対的な価値がある。それが俺のクラフト技能。
繭を突き破って飛び出した柄を握って、俺は斧を引きずり出した。飛び散った黒い稲妻のエフェクトが斧に絡み付く。
ホシピーは俺のクラフトが完了するのを待ってから腰の剣を引き抜いた。そういうところが甘っちょろいと言うんだが……まぁホシピーは強い。強いヤツは何をしてもいい。
俺とホシピーは、示し合わせたようにゆっくりと立ち上がった。構えらしい構えは取らなかった。武器を手にぶら下げて、無造作に前に出て、ひたいをぶつけ合う。アビリティの衝突が激しさを増し、今や黒い稲妻が居間を埋め尽くさんばかりだった。
勝負は一瞬。
一瞬で決した。
静止状態からトップギアへ。
俺の斧が。ホシピーの剣が同時に跳ね上がる。
かっ……!
俺の片腕を落としたホシピーの剣が俺の脇腹に食い込む。一刀両断するには近すぎたらしい。とはいえ戦闘能力を奪うには十分な一撃だった。だが俺とて伊達に何度も死んじゃいない。俺は俺というキャラクターがどこをどうすれば死ぬことを誰よりも深く理解している。WRYYッ! 【スライドリード】の部位別使用を応用してダメージを誘導する。俺の上半身が分断され、ボテっと地べたに落ちる。俺とホシピーの利き腕は同じ右。正面から向かい合って切り付けたならどうあっても利き腕を落とすのは無理だ。俺の読み勝ちってことだ。
モオオオオオオルゥゥRRRR!
人語を忘れることで至れる領域もある。俺はホシピーの片足を刎ね飛ばした。
「ぐっ、うぅ……!」
体勢を崩したホシピーがソファに倒れ込んだ。俺の繭が時間差で孵化した。繭から飛び出した二本の槍がホシピーの腹と胴を深々と貫く。致命傷だ。しかし即死するほどではあるまい。とどめだ。上半身だけの俺が床を這って斧を振り上げる。
パチッと目を覚ましたホシピーがジロリと俺を見下す。
「そう来ると思ったぜ」
なにッ。ハッ!? こ、これは簡易ギロチンセット……! 俺を誘い込んだのか!
「さっきの部位別使用……。成長してるのはお前だけじゃない……ってコトだな」
死に損ないがッ! モルるるRRRRゥア!
俺は斧を振り下ろした。だが、それよりも早く簡易ギロチンセットの刃が俺の首に迫る。俺はまんまと断頭台に首を突っ込んでしまった形になる。
迫る刃を目で追いながら俺は遅れて悟った。
俺はあえて上半身を分断することでホシピーの油断を誘ったつもりだった。勝ちを確信させて隙を突くつもりだった。実際にそれは上手く行ったように見えた。
しかしホシピーは油断などカケラもしていなかった。俺が斧で片足を刎ね飛ばした時に罠を……。
簡易ギロチンセット戦だったのか。
俺の首がころりと居間に転がる。
ソファの背もたれに頭を預けたホシピーが天井を仰ぎ、勝利の余韻に浸る余裕もなく荒い息を吐く。
「危なかった……。この槍は……戒律武器か……。紙一重の、差だった……」
これは、とあるVRMMOの物語。
簡易ギロチンセット戦とは?
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