モルラーの旅路
1.山岳都市ニャンダム-某所
街角で怪しい取引が行われている。
フードを目深に被った人物が二人。体格から言って男だろう。白昼堂々に出歩くにはあまりにも怪しい風体であったが、このゲームのプレイヤーはスネに傷を持つ者が多く、顔を隠そうとするのは当然の嗜みだった。表通りを歩いていれば、さして意識せずとも不審者の一人や二人は視界に飛び込んでくる。木を隠すなら森の中とばかりに不審者たちは街角でコソコソと何かやっている。
その内の一つということになる。
客と思しき男はしきりに周囲を気にしている。売人らしき男が「おい」と声を掛ける。
「疑ってくださいと言わんばかりの行動はヤメロ。何度も言うが、どこも違法なんかじゃあないんだぞ。運営ディレクターのレ氏も暗に認めてる……。問題があるとすれば派手に金が動くってことだ。俺はもちろん……あんたにとっても……他のプレイヤーに嗅ぎ付けられるのは避けたい。そうだろう?」
売人の言葉に客の男はゴクリと生唾を飲み込み、それとなく売人の袖や腰の辺りをチラリと見た。売人の装備が気になるようだ。腰を屈めて顔を売人に寄せると……それも売人にとっては気に入らない動きだったが、細かく指摘するつもりはないようだった……客の男が声を潜めて今更のように尋ねる。
「……本当に信用できるのか?」
そう言ってから慌てて付け加える。
「いや、あんたがどうこうじゃない。ただ……このゲームは安易に力を求めると代償を支払うことになるケースが多いだろう……。何か副作用があるんじゃないか? 例えば、あんたが把握してないような個人差があったりは……」
「あるかもな」
売人はあっさりと認めた。
「誤解のないように言っておくが……。俺は別に運営の手先って訳じゃないんだ。このゲームの仕様を全て把握しておけってのは無茶だ。お前が言ってることはそういうことだぜ?」
そう言って売人はくくっと喉を鳴らして笑った。目深に被ったフードの奥で口元が皮肉げに歪む。
「まぁ確実に安全ってことはないさ。何事もそうだ。ただハッキリしてるのは、お前には力が必要ってことだ。詮索はしないがね。それは『失礼』だからな。金の遣り取りをする以上、俺たちには『信頼』や『敬意』が必要だとは思わないか? だから繰り返すようだが、お前が俺への『敬意』を忘れた時のための措置を取らせて貰う。それは、お前自身のためでもある。急に気が変わるってこともあるだろうからな。俺はお前の意思を尊重する。そういうことだ……」
客の男がもう一度周囲に目を走らせてから意を決したように頷く。
「あ、ああ。もちろん分かってる。やってくれ」
同意を得た売人の男が頷き返し、ゆっくりと腕を伸ばした。客の男のこめかみに指先で触れる。腕を伸ばした拍子に、袖口から手首に刻まれた鎖のような紋様が覗いた。
何らかの処置を施された客の男の眼球が細かくピクピクと動く。
さっと腕を引っ込めた売人に男が尋ねる。
「お、終わったのか? 思ったよりもあっさりしてるんだな……」
子供のような怯えぶりに売人の男が低く笑う。
「大したことじゃないからな。最初からお前が妙なことをしなければ何も問題はないんだ。そんなもんだろう。……それとも大掛かりなほうが良かったか? 俺としては構わないが。どうする? 俺に身を委ねてみるか?」
客の男がブンブンと首を横に振る。その仕草が面白かったらしく、売人が「くくくっ」と笑って続ける。
「冗談だよ。互いにフェアに行こう。そう、必要なのは『信頼』と『敬意』だ……。疑いがあってはならない。お前の『敬意』に俺は『敬意』で返す。手筈通りだ。全ては予定通りに行う……。説明通りに、何の問題もなく完了する。さ、これが約束のブツだ。受け取れ」
売人の男が片手を差し出す。
客の男が大仰に両手を差し出した。
売人の手から何かが渡される。
その何かを客の男は目を凝らしてじっと見る。興奮のあまり息が荒くなっていた。
「こ、これが……」
売人の男がニヤリと笑う。
「そうだ。それが『力』だ。お前は『力』そのものを手にしたんだ」
客の男の手のひらの上で、卵のようなものがどくんと小さく脈打った。
黒い胎動を繰り返し、少しずつ男の手のひらに馴染んでいく。
魅入られたように黒い卵を見つめる男を、売人がフードの奥からじっと観察する。その瞳が一瞬だけ赤く輝いたことに男は気付かなかった。
多くのティナンとプレイヤーが暮らす山岳都市ニャンダム。
平穏な日々の水面下で、人知れず……何かが……進行しつつあった……。
2.クランハウス-居間
厄介な公式イベントが終わると、このゲームには束の間の平和が訪れる。まぁ色々と火種は残るのだが、それはいつものことだ。火種なんてものは種族人間が全滅しない限り絶え間なくチラつくものだ。いちいち構ってられるかよ。
という訳で俺も他のゴミと同じく代わり映えしない日々を過ごしている。変わったことと言えば、割のいいバイトを見つけて財布が分厚くなったくらいだ。
それ以外に特筆すべき点は何もない。
経験値稼ぎの傍ら残虐ファイトに勤しむ日々である。
ごく平凡な男キャラの俺が挙げて行ったらキリがないくらいの性癖という牙を隠し持っているように、ウチの三人娘にも好みのシチュというのがあるようだ。
赤カブトはオーソドックスに部屋で二人きりになって俺を殺すことを好む。
ポチョとスズキはもう少し複雑だ。
ポチョは俺に甘えたがる一方で、正義の味方になって俺を成敗するというシチュが堪らないらしい。俺が人質を取ったり減らず口を叩いたりしていると凄く興奮して何度も殺される。
スズキは俺をダメな感じに甘やかすのがツボらしく、俺の勤労意欲を削ぎ落としに掛かってくる。あと、そうした素振りは見せまいとしているようだが、弓矢で俺を追い立てて狩るのが好きらしい。さり気なくそういうシチュに持って行けるよう誘導してくる。俺は気付いてないフリをしてやってるけどな。ウチの劣化ティナンには金髪と赤髪の面倒を押し付けている面があるので、たまには気晴らしも兼ねて付き合ってやらないとな。
そんなある日のことである。
ウチの丸太小屋に遊びに来たハチが、ウチの三人娘と何やら話し込んでいる。
「えー? でも、そんな。こ、殺すって。えー?」
ハチは恥ずかしそうに身をよじっている。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。俺はそう思わずには居られない。
少し離れたところでハチと内緒話をしている三人娘がチラチラとこちらを見てきて、俺と目が合うと「キャー!」と黄色い悲鳴を上げる。
「は、ハチ! 声大きいよ! 聞こえるから!」
赤カブトが珍しくタメ口だ。
ウチのAI娘にとってハチは後輩に当たるのだろう。
オンゲーの先輩後輩の関係は少し奇妙で、大きなイベントが区切りになる。期間もまったくの無関係という訳ではない。
ガチ勢で言うとメガロッパは赤カブトの同期ということになるらしい。
俺はモグラさんぬいぐるみを抱きかかえて黙々と経験値稼ぎに勤しむ。
「…………」
ハッ。先生。廊下からこそっと俺を見つめている先生の耳がぴこぴこと動いている。あれは俺と何かお喋りしたがっている時の仕草だ。遠慮をしている様子を見るに、ハチや三人娘に聞かれるとマズい内容なのかもしれない。
俺は頭のおかしい女どものお喋りを邪魔しないよう【スライドリード】を発動し無音で先生のほうに歩いて行く。低速維持したまま残像の尾を引いて移動する俺に、先生もまた【スライドリード】を発動。残像の尾を引いて大気を泳ぐように階段を登っていく。
先生はキャラクリの都合上あまり運動が得意ではないが、さすがに新規ユーザーよりも【スライドリード】の扱いが下手ということはない。階段を登り切ると、ゆっくりと壁を駆け上がって天井を経由してぐるぐると廊下をスローモーションで駆けていく。俺もスローであとを追う。
マトリックスごっこを終えて、先生の居室にお邪魔する。失礼しゃす。ぺこりと一礼して、先生が勧めてくれた座布団に正座した。
キャラクリの都合上正座できない先生は前足もとい手をバタバタさせて座布団に軟着陸して俺をじっとご覧になる。
そして開口一番、こう言った。
「コタタマ。ウッディは元気かな?」
……ええ。
「そうか。それは良かった」
ウッディが復活したことは先生にバレていたようだ……。
俺はアホだがアホではないので、この期に及んでジタバタするつもりはない。ここですっとぼけるのは先生を侮ることに他ならないからだ。
参考までにお聞きしたいのですが……。どうして分かったんですか?
先生はコクリと一つ頷いた。
「うん。そのことなんだけどね。コタタマ。君はホワイトデーイベントで獲得した魔石をいつもとは別のルートで加工したね? 君は薬剤師の手が必要な時はアンパンさんに頼る。先日のイベントではそうではなかったようだ。どうしてかな?」
アンパンの野郎は口が軽いので。……なるほど。俺もまだまだ甘いですね。普段からアンパン以外のツテを開拓しておくべきだったのか……。
「そうとも限らないけどね。君とアンパンさんの繋がりは特別なものだ。私がコタタマの立場だったなら、魔石の加工にもう少し期間を置いただろう。私が言いたいことはそれだけだ。以前から口にしている通り、私は君のプレイスタイルに口出しするつもりはない」
ご迷惑を掛けてしまうかもしれません。
「いいんだよ。コタタマ。君は、君自身はどう考えているのか分からないが、確実に弱くなっている。こう言うと少し厭らしいのだが、私は今となっては君のMPKを完全に封じることができるだろう……」
そうですね。俺は認めた。
俺は、先生を殺せない。先生がその場に居るだけで俺はMPKという手段を取れなくなる。いや、先生だけじゃない。着ぐるみ部隊の方々やシルシルりん、それにウチの子たちに対しても同じことが言えるだろう。ヴォルフさんと暗たまでギリギリだ。その日の気分によってはダメになるかもしれない。
俺は弱くなった。
しかしそれは裏を返せばネフィリアの呪縛を乗り越えつつあるということでもある。
俺は弱くなった。本当に? そうじゃないんじゃないか? 守るべきものがある時、人間は真の強さを手に入れるのだと漫画の主人公は言う。それはストーリーの都合だけではあるまい。人と人の繋がりこそが正義の力なのだ。要するに元気玉だな。
俺は自分でも気付かない内に改心していたのか。そんなことがあるのか。俺の成長には驚かされるぜ。
俺の内心を知ってか知らずか、先生が身体を揺すってひづめを振る。
「しかし、まだまだ……。君は更生の一歩を踏み出したに過ぎない。長く遠い道のりの一歩目だ」
けれど俺にとっては偉大な一歩目だ。そうですね?
「その通り。さあ、そうと決まれば精神の修養だ。何事も基礎が大事だからね。アットムは勇者候補ということになるらしい。ならばコタタマ、君は」
俺は光の使徒になります。
俺の宣言に先生は満足げに頷いた。
「それでいい。焦る必要はない。少しずつでいいんだよ。君は誰かのために戦えるようになった。戦う理由を見出せる人を見つけたんだね。それは素晴らしいことだ。未完成であるということ。未熟であるということは、なんて素晴らしいんだろう……。その喜びを共に噛み締めよう。さあ修養だ」
先生が趺坐スタイルに移行して、俺へと両手を差し伸べてくる。
「さ、手を」
俺は先生のひづめをそっと握った。
「目を閉じて。心を無に。木をイメージして。人の感情とは大木の枝だ。幹に近いほど幼く、太い作りになっている。そう簡単には変えられない。けど、やり直すことはできる。もっと自由に。枝が太く硬いなら、ほんの少し若返ってしまえばいい。新しい枝を生やしてもいい。試しに綺麗な花を咲かせてみよう。親しい人たちの笑顔を思い浮かべて……」
先生! 俺の肩になんかズシッと。ガッて鳴りました! 邪悪な気配を感じます!
「それは邪念だ。コタタマ。集中するんだ!」
邪念っていうか物理的です! ひどく物理的でっ……俺を先生から引き離そうとする意思を感じる! 嫌だッ! 離れたくない! 先生! 先生ー!
「コタタマー!」
俺はパッと目を開いた。
俺をお姫様抱っこしたサトゥ氏の歯列がギラリと強い輝きを発した……。
3.ポポロンの森
クソのような廃人に攫われた俺は、ポポロンの森に連れ出されてもるもる鳴くクソのような廃人どもに囲まれた。
何よ? 何なん?
リチェットが意気揚々と鳴く。
「もるるっ。もるあっ!」
日本語で頼む。
メガロッパが仕方なさそうに鳴く。
「もるっ。もるる〜」
日本語は?
セブンがつまらなそうに鳴く。
「もるっ……。もるぁ」
日本語が。日本語が通じない。
だ、ダメだ。コイツら完全に仕上がってやがる。
もる語パーティーであった。
俺はもるもる鳴く廃人どもに手を引かれて訳の分からぬまま森の奥へと誘われて行く……。
これは、とあるVRMMOの物語。
もるぅ……。もるあっ!
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