手と手を結んで
1.人間の里-マールマール葬式会場
喪服を着てマールマールさん葬式会場に参列している。
……なんでだよ。別に死んでねーだろ。
サトゥ氏も一緒だが、俺と微妙に距離感がある。俺と目を合わせようとしない。
つまり何だ。ちょっと喧嘩してる。
原因は中国亡命の件だ。
もちろん俺は否定したが、サトゥ氏は信じてくれなかった。まぁ嘘だからな。もしかしたら正直に言えば良かったのかもしれないが、赤カブトを部屋の外に配置して聞き耳を立てるよう指示を出してるんじゃないかという疑いを捨てることができなかった。アイツに腹芸はこなせない。嘘を吐くのも下手だ。そんなことはサトゥ氏なら分かり切ってることなのに。
何なんだよ。俺も段々イライラしてきた。俺なんざ別に居なくても変わんねーだろ。ちょっと目がいいからって散々俺を利用してきた癖に。
ポケットに両手を突っ込んだまま一言も交わさずに俺とサトゥ氏は受付のクズ女が差し出した用紙にサインしていく。つーかキャメルだ。神妙な面持ちでクズ女がぺこりと頭を下げる。
「この度は……」
ちっ。書籍化未遂作家に構う気にもなれねえ。未遂は未遂。単に金に目が眩んだワナビじゃねーか。
「……ああ」
小さく頷いたサトゥ氏がさらさらと用紙にサインした。
俺とサトゥ氏の剣呑な雰囲気を察知したクズ女が瞳を輝かせる。
「あれ? あれあれ? なんか口数少なくありません? もしかして喧嘩してます? 喧嘩中ナウ?」
うぜーな。ナウなんざ今時誰も言わねーぞ。感性が古いんだよ。だからお前はダメなんだ。
おい。キャミー。こりゃ何だ? マールマール葬式会場ってのは何の冗談だ? 吐け。
俺がキャメルに詰め寄っている間にサインを書き終えたサトゥ氏がさっさと先に行ってしまった。
何なんだよ。その態度は……!
クズ女が口元を押さえて笑いを堪えている。
「ま、マジ? マジなの? わっ、わっ。これ上手く行っちゃうかも?」
はぁ?
「うはっ。いいからいいから。一名様ご案内でーす!」
場違いに明るい声を上げたキャメルが俺の背中を押して会場に押し込む。お、おい。キャミー?
会場では生前(?)のマールマールの人柄を惜しんで駆け付けた参列客が思い思いに故人を悼んでいた。
……い、いや。おかしいぞ? キャメルと話して少し頭が冷えた。この不謹慎極まりない集まりは何だ? 一体コイツらは何が面白くてこんなことをやってるんだ? マールマールの葬式だと? そもそもヤツは生きてる。寝ぐらのマールマール鉱山でピンピンしている。ガムジェムを所持するレイド級は倒されても再POPするのだ。
も、喪主は。喪主は誰だ?
居た。うっ……! り、リチェットか。
ハンカチで目元を押さえているリチェットが参列客に対応している。
……ドッキリの類いかと思ったが、どうやら違う。ガチだ。今や懐かしのもぐらっ鼻など付けたリチェットが棺桶を寂しげに撫でる。ヤツは。リチェットは……モグラ共和国の女王なのだ。御神体のマールマールに強い思い入れがあり、そしてマールマールさんはョ%レ氏に挑まんとする俺たちにスキルを託した……ことになっている。
ま、マズいぞ。俺とサトゥ氏はマールマールの死の真相を知っている。ゴミどもは疑っているだろうが、確証と呼べるほどのものはない筈だ。証拠を残すようなヘマをサトゥ氏はしない。サトゥ氏のエンドフレーム【刺しビン】は手のひらから剣を生やせる。
パッと振り返った俺とサトゥ氏の目が合った。ドッと冷や汗が吹き出す。今の態度で互いにこの件には関わっていないことがハッキリと分かった。間違いない。リチェットの企画だ。ドッキリの線は完全に消えた。この手のタチの悪い冗談をリチェットはやらない。
俺はサトゥ氏をガン見しながら口をパクパクさせた。お、お前が悪いんだぞ。お、俺はお前にマールマールを看取れと言ったんだ。殺せなんて一言も言ってねえ。俺は悪くない……!
サトゥ氏も口をパクパクさせた。ヤツはこう言っている。あの場面で看取れと言われて本当に看取るバカは居ない。このメタタマさんは暗にマールマールの暗殺を命じたのだと。
くそっ、否定はできる……! 否定はできるが、確かにあの状況だ。誰も俺の言いぶんに耳を貸さないだろう。
俺はいい。このまま嘘を通すくらいのことはやれる。だがサトゥ氏は無理だ。いつも身近に居るリチェットを騙し続けるなんてのは単なる苦行でしかない。たとえこの場を切り抜けてもヤツは必ずゲロる。その場に俺が居るとは限らないってのがヤバい……!
この場でケリを付けるしかねえってことだ!
俺とサトゥ氏は同時に動き出した。リチェットに歩み寄って声を掛ける。
リチェット……。
リチェットさんが涙に腫れた赤い目で俺たちを振り返る。
「さ、サトゥ。コタタマ。ま、マールマールが死んでしまった……。私たちの、ために」
い、いや。リチェット? 少し落ち着こう? 死んだって。ふ、普通に生きてるし……。
サトゥ氏がうんうんと頷く。
だがリチェットには通用しなかった。
「お、オマエたちはマールマールの最期を見て何も感じなかったのか!? あんな、あんな……! わ、私は悲しくて悲しくて……!」
俺は胸中でサトゥ氏を罵った。
こ、このクソ廃人……! どんだけ上手く殺りやがったんだよ……!
理屈ではなかった。リチェットは以前にサトゥ氏のロストを目の当たりにしているのだ。目の前で散っていくマールマールを見て、その時のことを思い出したのかもしれない。
思えば、ョ%レ氏との決戦にリチェットの姿はなかった。マールマールの死を嘆きその場に留まっていたのか。
「リチェットさん……!」
うっ……! ウチの子たちだ。会場に飛び込んできたウチの三人娘がリチェットに駆け寄って口々に慰めの言葉を掛ける。すすり泣きを漏らして少しでも悲しみを和らげるために身体を寄せ合う。
俺は追い詰められていく。
今、どんどん言うに言えなくなっている……!
ハッ。ゴミども。ゴミどもはやはり俺とサトゥ氏を疑っている。妙に白けた様子で俺たちをじっと見つめている。もしかしたらリチェットにも事前に直談判したのかもしれない。俺とサトゥ氏が怪しいと。だがリチェットはゴミどもの言葉を信じなかった……。
くそっ、くそっ……! こじれにこじれやがったな……!
ど、どうする? どうしたらいい? 何も思い付かない。ひとまず俺はどうしようもなくなって棺桶を覗き込んだ。よもやマールマール本人ということはあるまい。サイズも小さいし。じゃあ誰が……。
って俺のモグラさんぬいぐるみじゃねーか! 誰だ無断で持ち出しやがったのはァ!
「故マールマール氏は勇敢に戦った。さ、別れの言葉を。もるるっ……」
トドマッ。オメェーか! 俺のモグラさんぬいぐるみに何やらせてんだ!
ヤバいぞっ。ヤバいっ。何がヤバいって、ちょっと面白くなってきた。綺麗なお花に囲まれて棺桶に納まってるモグラさんぬいぐるみに別れの言葉を掛けるゴミどもが軽くマジなトーンだ。
「マールマール……。お前は強かったよ。もう一度、いっぺんでいいからさ、本気で戦ってみたかったぜ。達者でな」
マジなやつだ!
お、俺の感受性がおかしいのか? 時々こういうことがある。以前から薄々は勘付いていたが、俺の感情はリアルの俺とは乖離しつつある。嬉し涙を流す人間を見て、さっぱり共感できなかったりだ。ネフィリアめぇ……!
ど、どうしよう? どうしたらいい? 俺はおろおろした。コントとしか思えない光景に感情が不安定になっている。ちょっとしたきっかけで笑い出しかねない。
サトゥ氏もおろおろしていた。ああ、やっぱりお前は俺と同じなんだな。人間らしい感情なんてとうに擦り切れてる。魔族め。俺とサトゥ氏はきゅっと手を握った。
おっとセミ野郎。セミ野郎のセブンがトコトコと棺桶に歩み寄っていく。喪服なんて着て何してる。お前は着られる側だろ……! くそっ、ダメだ。見るな。認めたくはないが、セブンはちょっと面白いやつだ。でも気になる。俺はちらっとセブンを見た。
セブンは棺桶の中で眠るモグラさんぬいぐるみをじっと見てから、一輪の花をふぁさっと捧げた。言葉はなかった。ポケットに手を突っ込むや、くるりときびすを返して、立ち去っていく……。
ぶふぉあ!
俺は吹いた。サトゥ氏も吹いた。もうダメだった。
くそっ、分かってたのに……! セブンはそういうことするやつだって分かってたのに……!
「ペタさん……?」
ハッ。い、いや。待て。違うんだよ。そうじゃねえんだ。
ゆらりと迫ってくる赤カブトさんに俺は命乞いをした。
サトゥ氏もリチェットに命乞いをしている。
命乞いの二重奏だ。
わ、わわわ悪かった。不謹慎だった。ちょっと、その、ナーバスに。そう、ナーバスになってたんだよ。俺も俺なりに落ち込んでて、それで上手く感情をコントロールできなかった。
「ま、マールマールは熱いヤツだった! だからっ。えっとぉ、悲しみを笑い飛ばすっつーか! 俺はね? どっかでお前らを盛り上げてやらなくちゃって。い、いや。待て。悲しんでたのはホントなんだよ。でも俺はその後のことも考えなくちゃいけない訳でっ……!」
今しかない。
俺はサトゥ氏を切り捨てることに決めた。切り離し式ロケットのようにサトゥ氏を踏み台にして俺は生きる……!
あ、あのな。ジャム。ちょっと耳貸せ。……ここだけの話な? 俺はちょっとサトゥ氏を疑ってるんだよ。サトゥ氏がマールマールを殺ったんじゃないかっていう噂がある。そしてサトゥ氏にマールマールを看取るように言って二人きりにしたのは俺だ……。責任を、感じている……!
俺は握り拳をわなわなと震わせて、自分自身の軽率な行いが許せそうにないことを強烈に主張した。
一方、サトゥ氏は別の切り口からリチェットさんの同情を引こうとしていた。
「マールマールを殺ったのは俺だ……! ああするしかなかった……! レ氏を許せなかった! 俺、俺……! つらくてさ……! 何度言おうとしたか! でも言えなかった……! お前らに失望されたくなかった、から……!」
床に突っ伏したサトゥ氏がボロボロと大粒の涙を零している。ありもしない悔恨の念を拳に込めてダンと強く床に叩き付ける。
「でもっ。本当にそれでいいのかって、俺……!」
いいぞ、サトゥ氏……。俺は胸中でほくそ笑んだ。お前はやはり頭が回る。演技力もある。悪くない筋書きだ。
俺はふらりと立ち上がってサトゥ氏にふらふらと歩み寄っていく。
さ、サトゥ氏。お前、そんなことを考えてたのか……。お、俺が悪いのか? 俺が……お前にマールマールを看取れなんて言ったから……。
サトゥ氏がきつく瞳を閉ざして叫ぶ。
「違う! そうじゃないんだ、コタタマ氏……。俺が。俺が悪いんだよ……! ……! 全部、俺が……! 俺はマールマールのスキルが欲しかった……! だから……!」
俺もだ! サトゥ氏……! 俺も……! ……! 心のどっかで計算してた……! 俺の中の冷静な部分が言うんだ……! レ氏は強ぇ……! マールマールは助からねぇってよ……! だったら! だったら……少しでも有利に戦うためにはどうしたらいい?ってよ……。だから俺は……!
「言うな! それ以上は言わなくていい。コタタマ氏……。お前も……苦しんでたんだな。俺は、それだけで十分だ」
サトゥ氏……。
俺とサトゥ氏はガッと抱き合った。
リチェットがぐすっと洟をすする。
「そ、そうか。オマエらもつらかったんだな……。そうだよな。レ氏に勝つために仕方なく……」
「嘘はいけませんよ〜」
おっとキャメルさん。クズ女のキャメルさんじゃないですか。嘘とは一体何のことでしょうか? 心当たりがないのですが……。
俺はふらふらとクズ女に歩み寄っていく。
……殺すしかない。今の口ぶり。この女は何か決定的な証拠を握っている。いや、どう転ぼうと始末する予定だった。受付で何か知っているようなことを言ってたからな。このクズ女は俺の醜聞を面白おかしく書き連ねて金稼ぎしようとしたゴミのような経歴を持つ。
キャメルよ。俺は胸中でクズ女に語り掛けた。お前は知らないだろう……。今の俺は、ちょいとばかり強いぜ? めりめりと裂けた俺の手のひらから触手の先端が這い出る。事故に見せ掛けて殺すなんて簡単なのさァ……。
だが奥の手を持っているのは俺だけではなかった。
クズ女が虚空をなぞるように指を動かしている。おっぱいを揉むような手の動き。メニューを操作している……?
ちっ……! コイツ、まさか……! 俺はダッと地を蹴って片手を突き出した。手のひらから伸びた触手がムチのようにしなってキャメルに襲い掛かる。「ひゃっ」と悲鳴を上げたキャメルがすっ転んだ。俺の触手は空振りに終わった。ちっ、悪運の強い女め。だが……! 尻もちをついたクズ女がパンチラした。
俺とサトゥ氏のカットインが入った。何を言ってるのか分からねーと思うが、入ったものは仕方ない。スパロボ大戦かよっつー。サトゥ氏が吠える。すでに駆け出している。母体の力を引きずり出して機械化した脚でダンッと踏み切って俺を抱えて跳ぶ。俺も吠える。両手に生やした触手をブン回して葬式会場の壁を切り裂いた。出っ張りに触手を巻き付けて、ぐんと俺ごとサトゥ氏を壁に引き寄せる。壁の穴からするりと会場を抜け出したサトゥ氏が外壁を蹴って再度の跳躍。屋根へ。三度目の跳躍で高々と舞い、眼下に葬式会場を収める。太陽を背に、俺はバッと翼を広げた。サトゥ氏の手を掴むと、ブンと羽を鳴らして飛び立つ。最後に一度だけ葬式会場を振り返り、未練を断ち切るように一気に加速する。
つまり俺とサトゥ氏は逃げた。
……キャメルのスマホは状態3になっていた。
葬式会場では、サトゥ氏の駆る【刺しビン】が手のひらから生やした剣をマールマールに押し込んでいく決定的な瞬間を収めた動画の上映会が開催されている。ただの動画じゃない。立体映像による完全版だ。
【死ぬなっ、マールマール……! 生きてっ、また俺たちと……!】
マールマールの身を案じながら目撃者が居ないかギョロギョロと目玉を動かしながら剣を押し込んでいくサトゥ氏の前では、ありとあらゆる言葉が虚しい。
全てを知ったリチェットの怒号が響く。
「サトゥとコタタマはどこだッ! 追え〜!」
俺とサトゥ氏は顔を見合わせて苦笑すると、肩を竦めた。
ま、逃げられるところまで逃げてみますかね。
「どこへ?」
無論、死ぬまで。
これは、とあるVRMMOの物語。
短い旅路になりそうですね。
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