過去の男たち
1.クランハウス-居間
「ママ、ママ〜」
おお、よしよし。
居間でポチョ子を甘やかしている。
しばらく留守にしちまったからな。
ポチョはウチのサブマスターなので、面倒臭いことは何もしなくてもいい。それは権力の完璧な使い方だろう。
ポチョのオートカウンターは安寧を約束するアビリティだ。守備に専念することを前提としており、自分から攻めたり誰かを守るためのものではない。反撃は無意識に行われるという特性……。ポチョ自身は攻撃の流れの中にオートカウンターを組み込む練習をしているようだが、もしかしたらそれは余計なことなのかもしれない。
まるで外敵を阻むイバラの揺りかごのようなアビリティだ。
「崖っ」
家に居ようがお構いなしに襲い掛かってきた刺客を腕のひと振りで八つ裂きにしたポチョを見ているとそう思う。
無意識の内に母体の力を引きずり出したらしく、一瞬だけ大きな赤い爪のようなものが見えた。
「ぷち……」
ゴミの肉片がバラバラと床に落ちる。
……ウチの金髪が何かヤバい方向に進化しているようだが、より便利な女になったと俺は褒めてやりたい。
これでいいのだ。
難点を挙げるとすれば、俺に頭をぐりぐりと押し付けてくるポチョ子が今自然な流れでの俺の手首をゴキリと外したことだろうか。さらに密着してきた元騎士キャラが俺の肘を掴む。白くたおやかな指先が俺の肘関節を探るように動き、ゴリッと嫌な感触がした。
分解される。
だが俺の身体が丹念に壊されるよりも早く、先生が外出から戻ってきた。クァトロくんも一緒だ。
気配を察知して素早く俺から離れたポチョがキリッとして二人を出迎える。
「先生。クァトロも一緒か。無事だったんだな。良かった。その、ご子息が迎えにきたと……」
先生はチラッと俺のぶらーんってなってる腕を見た。こほんと咳払いしてクァトロくんに着席を勧める。
俺は無事なほうの手を軽く上げた。
よう。クァトロくん。サトゥ氏から聞いたよ。一時帰国するんだって? 寂しくなるぜ。お前自身が決めたことをとやかく言うつもりはねえが、一応言っとく。行くな。ずっとここに居ろよ。百年や二百年くらいお前にとっちゃ大した年月じゃねーんだろ? 光陰矢の如しってな。お前の人生を少しばかり俺にくれ。
試しに口説いてみるが、クァトロくんは寂しそうに微笑むばかりだった。
「僕は半分隠居の身ですから。そうしたいのは山々なんですけど、これ以上息子に甘えるのも悪いかなって」
クロ、だったか? 息子さんの名前。ヤツが最強の%ってことになるのか?
「そう、ですね。全盛期の……と言うのもおかしいですけど。その頃の僕に一番近いです。僕は最高指揮官に勝つために自分を改造しましたから。段階的に力を解放していけば彼らのスキル模倣を実質的に無効化できる」
そうなんだよなぁ。
俺は嘆息してソファの背もたれに頭を預けて天井を仰いだ。
……クァトロくんは最高指揮官の天敵みたいなものだ。%側の切り札のようなモンなのだろう。その一方で平常時は力の大半を失っていて、突発的な事態に脆いという弱点を持つ。そして俺たち種族人間にクァトロくんの弱点をカバーする力はない。悔しいが腹黒社長の言う通りだ。
でも、俺はまだクァトロくんと遊び足りない。もっと一緒に色んなことをやりたかったし、一緒に色んなところに行ってみたかった。
少し卑怯かもしれないが、こういうのはどうだ?
ラム子はどうすんだよ〜。モモ氏は? 可愛い孫娘なんだろ〜?
クァトロくんはぺこりと頭を下げた。
「ゴメン。モモも一緒に連れてくことになる。僕の所為だ。無理をさせた。治療が要る。正直、僕の血を引いてなかったら一発アウトだった……。ゾッとしたよ。しばらく缶詰かな。あの、馬鹿」
お、おお。そりゃ仕方ねえな。
「本当にゴメン。ラムダについては……。レ氏はラムダをほとんど単独で撃退した。ちょっと凄いよ。アカデミーを出てすぐに最高指揮官とっていうのは……僕の記憶にもない。モモなら同じことができるかもって思うけど多分贔屓目が混ざってる。一人でやれるかっていうと怪しい」
んん? %ってのは最高指揮官と互角に戦えるのが条件じゃなかったか?
「うん。数値上は。最高指揮官のレベルは計測できない。6000は行ってないだろうっていう見立てなんだけど……。お恥ずかしながら、僕の最終レベルが6000前後だったからなんだ。エラーレベルが5000以上なのは、当時の僕を基準にしてる。レベル差が1000を切ると全力を出してるかどうかの判断が一気に難しくなる。ドコで何してたかのか分からないんだよね……」
最高指揮官と互角以上に渡り合えるレ氏が運営ディレクターなのはむしろ恵まれてるほうってことか……。
「コタタマさんは頭いいですよね……。それ絶対に損してますよ。……僕はね、本当はもっと素直に楽しんで欲しい。あの、これ言っちゃマズいんですけど、【ギルド】ってそんなに悪者って感じしませんよね? 純粋なんですよ」
それはさ、俺が【ギルド】寄りだからって部分あるよ。クァトロくん。インターネット支配されたら人類は終わるよ。攻撃力と防御力が釣り合ってない。最近の話だと北朝鮮が暴走したら地球終わるんじゃねーかって本気で思うもん。でもそれは振り返ってみれば冷戦時代からずっとなんだよな。核捨てろって言ってるアメリカが核持ってるのはおかしいでしょ。もうね、どうにもならねーわ。第三次世界大戦待ったなしよ。単純に善意に期待するしかないっていう状況なのね。行かないでくれよ〜。いざって時に何とかしてくれよ〜!
クァトロくんは両手を広げて笑った。
「コタタマさん。あなたたちは自分たちのことを過小評価するけど、僕はあなたたちのことが好きだよ。いっぱい戦争したけど、同じくらい楽しいこと作ったじゃないか。コタタマさんは漫画が好きだよね? じゃあ来週はどうなるんだろうって。未来を作るってそういうことだよ。あなたたちは、ゴミなんかじゃない」
2.スピンドック平原
「人間? ゴミだな」
だが俺のお師匠様はこう言っている。
そして否定できない現実がそこにはあった。
俺が留守にしている間に小娘どもにコナを掛けようとした直結厨のゴミどもがウサギさんに貪り食われている。どうにかしてリアルJCとお近付きになりたかったらしい。しかもヤツらの頭を張っている男は俺のフレンドなのだから本当に救えない。
直結厨の雄、饅頭屋である。
おや、非業の死を遂げた饅頭屋が何か言いたそうにしている。ふわっと幽体離脱した饅頭屋の霊体が俺に向かって口をパクパクさせている。
あー分かった分かった。言い訳があるなら聞いてやるよ。いいからさっさと死に戻りしてこい。唇を読むのは面倒臭ぇんだよ。どうして俺がお前の手間を省いてやらにゃならんのだ。俺はここでネフィリアとイチャついてっから。
「い、イチャつくとは何だ。一度殺してやったからといって調子に乗るなっ」
居なくなって初めて分かる俺のありがたみよ。ネフィリア。よく分かったろ。お前は女キャラだから舐められてるんだよ。お前に踏まれたいっていう男はそれなりの数居るんだぜ? 法に触れるレベルで出会いを求める直結厨のリスク管理は侮れない。それなのに、わざわざ悪名高い魔女のクランメンバーに目を付けたのは、ヤツらの本命がネフィリアだからだろう。
だが、俺の予想は外れていたらしい。
ダッシュで死に戻りしてきた饅頭屋が地べたに寝転がってばんばんと地面を叩く。
「誤解である!」
何なんだよ。俺はコンビニでたむろするチンピラのようにしゃがみ込んで饅頭屋を見下ろす。やい、ゴザル。誤解ってのは何がだよ? 言ってみな。
「バンシー殿下……! 誤解でござる! 拙者は貴公が島流しに遭ったと聞き馳せ参じたのでござる……!」
あん? そりゃー小娘どもを守ろうとしたってことか?
「左様。無論、下心はあり申した。が、それはそれ……! 殿下の留守を預かる身として苦労を分かち合い、やがてはリアルJCと仲良くなり自然と恋仲になったならそれは仕方のなきことゆえ……!」
完全にそっちがメインになってるじゃねーか。ったく。使える変態ほど始末に困るモンはねえぜ。
だが……。自然とフッと笑みが零れた。
本当によく見えてる。
饅頭屋。お前、俺と一緒に中国に来いよ。今な、向こうで拠点を作ってる。遣り方は任せる。自力で追い付いて来い。
直結厨には直結厨の言いぶんがある。コイツらにとっちゃバカ正直にゲームをやってる俺らがアホなんだろう。そんなコイツらの気質は多分こっちよりあっちに向いてる。俺らは軽薄なナンパ野郎をハッキリと見下してるが、例えば留学してきた外国人がお嫁さんを探しに来ました〜だのと言えば軽蔑よりも畏敬の念が先に立つ。やってることは同じなのにな。そういうもんだ。
饅頭屋は空を見ていた。ボソリと言う。
「モテますか?」
モテるさ。きっとな。
むくりと身を起こした饅頭屋が跪く。鞘ごと剣を引き抜いて俺に捧げた。それは騎士の誓いと似て……。
「この身命を賭して」
Dモールの残党もこうべを垂れて饅頭屋に続く。
どこからともなく差し込んだ青い光が直結厨の集団を照らした。
アナウンスが走る。
【条件を満たしました】
【イベント】【一死もて大義に生く】【Clear!】
【Class Change!】
青い光が蛍火のように舞い踊り直結厨どもを淡く照らしている。
饅頭屋たちは浪士にクラスチェンジした。
ネフィリアと小娘どもはドン引きしていた。
「……ええ?」
「ね、ネフィリアさん。変態集団ですよ……。変態集団がよく分からない進化を」
「日本の恥っス……」
「またタマっちが変なことしてる……」
るっせーな! 茶々入れんな! 今、男が男の生き様に殉じようとしてンだ! 感動的な場面じゃろがい!
ペスを連れたマゴットがきゃんきゃんと吠える。
「全然違ぇーし! 中国って何だよー! あんた外国でナニやってんの!」
知らねーよ! 適当に泳いでたら辿り着いちゃったんだから仕方ねーだろ!
俺は嘘を吐いた。中国亡命は俺の切り札だ。今のところは誰にも話すつもりはない。
3.クランハウス-居間
だがサトゥ氏には筒抜けだった。
「中国はどうだった?」
ウチの丸太小屋で待ち受けていたクソのような廃人は、そう言ってニコッと笑った。
「お帰り。コタタマ氏。急に居なくなるからびっくりした。寂しかったよ。また会えて嬉しい」
よいしょとソファを降りて立ち上がったサトゥ氏が、ニコニコとしながら俺の肩にガッと腕を回してくる。俺の耳元に唇を寄せてボソリと囁いた。
「まさか俺たちを捨てようなんて考えてないよな……?」
これは、とあるVRMMOの物語。
過去の男の影は振り切れない。何をしようとも。どこへ行こうとも。
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