すれ違い、でも
中国サーバーは修羅の国だ。
無理に馴染む必要はないという考え方もあった。
何なら別の国に行くという手もある。
だが、見つけた。
お犬様を襲撃し、ジョンと戦っていた黒髪の女。
おそらくは中国だと思っていた。
武器が矛だったから。
矛は、より集団戦に適した槍に取って代わられて廃れた武器種の一つだ。
それを使うということは特別な思い入れがある。
日本人が剣を好むように。
まず三国志だろう。そう思った。
1.海上都市ニャンダム
マジュンくんとの会食に用いられた場は、日本で言うティナン姫の武家屋敷だったようだ。
リンリー嬢はティナン姫の屋敷を活動拠点にしている。トッププレイヤーの守護者という話だったから、そのことと何か関係があるのだろう。赤カブトとはまったく異なる経緯を辿ったようだ。
ティナン姫の屋敷に住むことを許され、見方を変えればトッププレイヤーの庇護下にあるαテスター……。
このチャンスは逃せない。
ジュエルキュリのように運営側についたαテスターも居る。あるいはそれも選択肢の一つかもしれない。
しかしョ%レ氏はプレイヤーの強化を望んでいる。ヤツに赤カブトは渡せない。αテスターはガムジェムを持たない。エンドフレームの死はロストを意味する。あのタコ野郎がその気になればジュエルキュリはプレイヤーを強化するための生贄に捧げられる。いや、おそらくはそうなるのだ。
つまりプレイヤー側についたαテスターで、かつ一定の地位を得ていること。それが俺が赤カブトと一緒に転がり込む避難先に求める条件だ。
リンリー嬢はそれらの条件をほぼ完璧に満たしているように思える。ひょっとしたら、この上ないかもしれない。いや、そう考えるべきだ。αテスターに関しては偶発的な要素が多すぎる。
俺の目とニジゲンの耳をがあれば、偶然を装ってリンリー嬢に近付くのは簡単だった。
なに、ごく平凡なストーカー業務さ。
リンリー嬢のログイン時間とログアウト時間、日々の行動パターンを把握。何しろαテスターにはリアルがない。趣味嗜好まで調べ上げるのにそう時間は掛からなかった。
一番厄介なのはティナンの目を掻い潜ることだったが、こちらは口で丸め込んでやった。連中はとにかく悪意というものに鈍感だ。生き別れた姉妹の話をしてやれば、ころりと納得してくれた。くくくっ、チョロいぜ。
リンリー嬢にしてもマジュンくんを殺そうとしていた俺について思うところがあるようだ。ノコノコと食事の誘いに乗ってきた。カモがネギを背負って歩くとはこのことだぜ。俺は大人しく後ろに付いてくるリンリー嬢の浅はかさに、舌を突き出して笑った。
俺はゆるやかにロストしていってる真っ最中だ。少し気を緩めただけで命の火は垂れ流しになり、その代償として人間を超えた力を手にしている。頬の肉を裂いて生えた目ん玉がギョロギョロと動き、傷口を広げるようにズズッと俺の身体を伝って首から肩へ、腕から手のひらへと移動していく。
解放段階を上げた俺のゴミスキルが複雑な紋様を円環状に展開し、道行くゴミどもと呼応してバリバリと黒い稲妻を発した。
ギンギンに黒光りする俺の顔面をニジゲンがぴしゃぴしゃと叩く。
「ちょ、普通だから普通……。ジャムのためなんだろ? 何も悪いことしようとしてないから……」
1.海上都市ニャンダム-三精堂
俺が言葉巧みにリンリー嬢を連れ込んだのは三精堂というメシ屋だ。
中国サーバーでも店舗経営型のクランは一般に普及しているようで、クラン名を屋号に用いる。所属クランはプロフィールで開示できるので、広告代わりになるのだ。
クラン関連で日本と異なるのは、中国サーバーでは超大型クランが幅を利かせているらしいということだ。もはやクランと言うよりは企業に近い。プレイヤーの多くは三つの超大型クランのどれかに属しているのだとか。その内一つのクランマスターがマジュンくんという訳だ。元々は十人ほど居たサブマスターの一人だったが、当時のクランマスターが何かヘマをやらかしたのか失脚してマジュンくんがトップになったらしい。少し聞き込みをしてみたのだが具体的なことは分からなかった。まぁ情報統制だろうな。トップの交代劇が何も問題なく予定通りに進むことはまずない。多くの血が流れた筈だ。それは下手をすればリアルにまで波及したのかもしれない。トップクランのゴタゴタともなれば巨額の金が動く。日本じゃ良くも悪くもゲームは子供の遊びだからな。ソシャゲーの垢売りが少し怪しいかな程度だ。リセマラして出来のいいアカウントをネットで売る。元手がタダで済む商売ってのはヤバい。人間の時間を売る商売だからだ。
リンリー嬢はニジゲンにご執心だった。日本サーバーの情報をある程度は持っているのだろう。β組が誰かなんてのは真っ先に調べて当然のことだ。
テーブルの下でニジゲンと脚を絡めながらリンリー嬢が言う。
「私のことは特別にリンリンと呼びなさい」
「パンダみてーだな」
スカウトなんてニジゲンは慣れっこだ。
このゲームは生産職が前線で活躍できるデザインになってるから、高い戦闘適性を持つ鍛冶屋が持て囃される。それは、ここ中国サーバーですら貴重な人材であるらしかった。
薄暗い店内でリンリー嬢の口元がゆっくりと吊り上がる。
「パンダ。それは私と友達となりたいと解釈しても?」
「ぐいぐい来る……」
……ウチのAI娘は友達が多い。ネトゲーマーは使えるキャラが好きだから、αテスターを無視するという選択肢は本来ないのだ。
リンリー嬢は人格的な問題を抱えているということになる。
俺は探りを入れた。
「俺じゃダメなのかい?」
リンリー嬢が俺を見る。
「チェンユウ、だっけ? あなたのことは知ってる。けど、あなたはョ%レ氏のお気に入りだから。味方に引き入れるとどうなるのか分からない」
お気に入り? そいつは違うぜ。俺はレ氏に嫌われてる。
俺はペラペラと口を回した。
なあ、リンリン。アメリカに勝ちたくはないか? あんたらは間違いなく世界でトップになれる資質を秘めてる。国土が広い。人口が多い。それが全てだろ。アメリカも相当なもんだが、ユーラシア大陸ほどのポテンシャルはない。それが事実だろ。なのにあんたらをトップと認める国はない。地理条件が悪いんだ。アメリカは実質的に大きな島国だからな。ああ、どの口でと思うよな。分かるよ。太平洋に蓋してる俺ら日本が邪魔だ。敗戦国の癖して西側の一員みたいな顔してる日本が気に食わない。大いに分かる。でも、それは政治家の考え方だよな? 俺らはゲーマーだぜ? 言ってみれば社会不適合者の集団だ。嫌韓だの何だのと言ったところでチョンゲーに課金してる。要するに面白ければ何でもいいんだ。面白さには抗えねえ。そういう人種よ。付け入る隙はあるんじゃねえか? どう思う?
「そのことと、あなたと仲良くすることは関係ない。サトゥやリチェットなら違うけど、あなたの言うことに素直に従うプレイヤーは少ない」
ジャムジェムの避難先を探してる。
俺は正直に打ち明けた。
リンリー。あんたらがどの程度までウチの事情を把握してるのかは分からないが、レ氏とドンパチやり合ってな……。ジャムジェムがレイド級に匹敵する固有スキルを持ってるのがバレた。俺は以前にキャラクターデータがブッ壊れて、ゲームを再開してる。ジャムジェムとはそれ以来の付き合いだ。俺はアイツのためなら何でもやる。αテスターとプレイヤーじゃ命の重みが違う。リンリー。あんたが望むなら俺は中国サーバーの手先になってもいい。ジャムジェムを助けたい。
「……チェンユウ。αテスターにも色々なタイプが居る。私はキュリのフォロー役だった。あいつは強いけど考えなしで……色々と苦労した。貧乏くじを引くのはいつも私だった。なのに妹たちに慕われていて……私は自分が損をしてると思った。ずっとそう思っていた」
…………。
「でも。妹たちに罪はない。私はあの子たちのお姉ちゃんだから。ジャムが困ってるなら、言え。対価は求めない」
そう言ってリンリーは席を立った。苦笑らしきものを滲ませて、
「チェンユウ。お前はずるい男だ。友達にはなれそうもない。残念だ」
そうかい? 俺はそうは思わないがね。お前と話して、俺はお前らαテスターのことが好きになった。
リンリーは答えなかった。忠告らしきものを残して去っていく。
「あなたたちはマジュンには勝てないよ。ジョン・スミスでさえ……。マジュンは全てを持ってる。今は無職だけど」
あ、やっぱり殺っちゃったんスね。
かくして俺は赤カブトの避難先を確保した。
1.日本-クランハウス-居間
うあ〜ん! スズキ〜! チャイナが修羅の国なんだよ〜!
目的を果たした俺はさくっと帰国して劣化ティナンさんに泣きついた。
ウチの子たちとはささやきで連絡を取り合っていたものの、やっぱり国際結婚はハードルが高い。中国女はヤバいくらいキレーなチャンネーが多いが、微妙にキツそうというか戦闘力を探ろうとしてきて怖いのだ。マジュンくんの友達ってことで一点突破を図ろうとしたらハーレム体質の主人公の親友みたいな扱いをされた。マジュンくんと会わせての一点張りだ。ひどすぎる。どうして俺で妥協してくれないんだ。恋愛関係とは妥協で成り立つものだと信じていたのに。俺の繊細なハートは傷付いたぞ。どうしてくれる。スズキに責任を取って貰うしかない。
昼メシを作っていたスズキは身をよじって俺を叱ってくる。
「こ、こらっ。包丁使ってる時にくっ付いちゃダメっ」
おいおい、今更なに言ってるんだよ? もっと物騒なモンで俺のこと刺し殺したことある癖に。
すると半端ロリはカーッと真っ赤になってぷいとそっぽを向いた。
「し、知らないっ」
……恥ずかしがる要素なんてあったか?
何なんだ。マジで。マジュンくんもリンリンに殺されてたし、国際的に蔓延しているらしいこの病気を解明しないと俺はいつか本気でウチの子たちにロスト攻撃を食らいかねない。
俺は探りを入れた。
スズキよ。お前はチームポチョの一員だ。当然、俺以外の男を殺すことだってあるだろ。俺はひそかに嫉妬してるんだぜ?
もちろん嘘だ。ドンドン殺せばいいと思っている。だがウチの子たちにとって殺しが特別な意味を持つというなら、何かしらの反応を引き出せる筈だった。
しかしスズキさんはキョトンとするばかりだ。
「……? なんで? PKなんて誰でもやってるけど」
……?
急に話が噛み合わなくなったぞ……。
スズキがハッとした。
「あっ。ご、ゴメンなさい。そういうこと? わ、私、鈍かったね。でも、まだお昼だし……。我慢できない、よね?」
我慢できます。
俺はキッパリと言った。
だが元無口キャラは聞いちゃいなかった。
「ポチョとジャムには内緒ね……?」
いえ。その必要は。料理中に邪魔して申し訳ありませんでした。お鍋が吹き零れそうですし、どうぞ続けてください。
「あとちょっとしたらポチョがログインしてくるから、あんまり時間ないんだ……。私の部屋、行く?」
行きません。
「えっ。こ、ここでするの? コタタマってそういうの好きだよね……。もうっ、私だって恥ずかしいんだからねっ」
包丁をぎゅっと握りしめたスズキが俺に擦り寄ってきた。
アッー!
この日のちんちくりんは激しかった。
時間がないからと言い訳じみたことを口にして、いつになく強引に俺を責め立てる。
俺は奥までガンガン突かれて果てた。
これは、とあるVRMMOの物語。
人間ってこういうのが普通なんですか? リアル、怖い。
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