ロスト症候群
地獄のチュートリアルは何度でも蘇る。
1.クランハウス-居間
クソ運営め。
やたらとひっ付いてくるスズキがリアルでスマホを操作して公式サイトの画像を投影している。
「コラボだって。楽しみだね、コタタマ」
スズキのスマホは状態2だ。自己責任でリアルのデータを持ち込むことができる。
俺は慎重に受け答えした。
……スズキさん。何度も言うけど、俺は記憶を失ってる。言ってみれば以前の俺とはほとんど別人だ。そんなふうにくっ付かれると、どうしていいのか……困る。スズキさんもそうだろ? 今は新しい思い出を少しずつ作っていく段階なんじゃないかな?
俺は記憶喪失を装った。
一度目のロストの経験は俺の中で生きている。
あの時は本当に記憶が飛んでいたから、色々と参考になる体験ができた。
まずコタタマくんと完全に別人と言い張るのは無理がある。俺は別にウチの子たちと疎遠になりたい訳ではないのだ。
元コタタマくんであることは否定しない。よってセクハラもする。だが記憶は失っているので過去の罪は問われない。これがベスト……!
元無口キャラは引き結んだ唇をもにょもにょと動かしてから躊躇いがちにこう言った。
「……でも、私たち、イケナイこといっぱいしちゃったから。急に初めての頃みたいにって……無理くない?」
嫌がる俺に無理やりイケナイことをしたのはお前のほうだろうが……。俺はそう思ったが口には出さなかった。
黙って見つめていると半端ロリはパッと俯いて俺の肩を小突いてきた。
「ば、ばかっ。何言わせるの」
俺はどう反応していいのか分からなかった。それは記憶のあるなしに左右されるものではなかった。イケナイことと言えば……。
俺は小せえのに尋ねた。
……あの、さ。ジャムジェムさんが凄く怖いこと言ってたんだけど。なんか俺をロストさせるとか……。あれって……?
スズキは慌ててぱたぱたと両手を振った。
「ち、違うの! ジャムはね、えっと、ちょっと子供っぽいところあるから。そんなことしちゃダメだよって教えたんだけどっ。だ、だから……コタタマがどうしても我慢できなくなったら私に言ってね? わ、私はそういうの覚悟できてるからっ」
……?
ダメだ。何言ってるのか分からん。覚悟って……覚悟が要るのは俺だろう。……ロストの話だよな? 自信なくなってきた。翻訳機能ちゃんと動いてるよな?
このゲームのプレイヤーは厳密には日本語じゃなくてティナン語を喋っているらしい。らしいというのは動画を撮って外部サイトに流しても普通に日本語を喋っているのでイマイチ半信半疑なのだ。口の動きを追っても何の違和感もない。ただ……プレイヤーが撮影した動画はFPS視点であり、当然ながらマイキャラが脳内で処理した情報ということになる。つまり頭ン中をいじられていたなら分からない。
そして少なくとも頭ン中をいじられてることは確定している。何故なら米国サーバーのプレイヤーが撮影した動画では俺たちイエローモンキーは流暢に英語を喋っているからだ。確実に何かされている。
そうした理屈をトコトンまで突き詰めた結果、浮上してきたのがティナン語だ。
その存在を実証できたのは割と最近の話で、結託した海外製のゴミと和製のゴミが喋っているティナンの口に指を突っ込んでやるとフゴフゴするタイミングが微妙に日本語とも英語とも違うことが判明した。口に異物を突っ込まれても発音できる単語とそうでない単語がある。そして海外製のゴミと和製のゴミの頭は仲良く一緒に破裂した。キャラクターの頭には爆弾が仕込んであって、ティナンに不埒な真似を働こうとすると作動する仕組みになっている。
おそらくティナン語というのは宇宙共通言語のようなものなのだろう。
別にティナンの口に指を突っ込まんでも手紙を書かせればナメック語みたいなの書くことは分かってたしな。卑猥な日本語を書かせようとして頭が破裂したという例もある。
種族人間は悲しいまでに純粋なゴミで……。痴的好奇心を満たさずには居られない。言葉とは人と人を繋げるものだ。
「こ、コタタマも。やっぱり私たちでロストしたいんだ……?」
それなのに、こんなにも分かり合えない。
俯いて湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしているスズキがちらちらと俺を見てくるが、俺はキャラクターロストにそこまで特別な思い入れなどないのだ。必要だと思ったからしただけで。言ってみれば義務感だろうか。
俺たちは、きっとどこかで間違ったのだ。すれ違った言葉たちが過去の残照を帯びて俺の心にほのかな熱を伝えるばかりだ。心に浮かぶ言葉はどれも不確かで……。
(シンイチ……)
いや、割とハッキリしてる。シンイチではないが。俺の心に直接語り掛けてくるお前は誰だ。
え? ミギー? ミギーなの?
(お前が、そう言うなら、そうなのだろう)
いやマジで誰なの? あっ、お前ウジ虫さんか? ベムトロンでなく?
(ウジ虫……。ああ、そうだ。ベムトロンから……言伝を、預かっている。聞くか?)
おう。言ってくれ。
(死ね! 以上だ……。では)
うむ。全裸にした件かな? いや、あん時は俺もテンション上がってたからさぁ。悪いことをした。俺は心の中で全裸のチャンネーに詫びた。メンゴ。
ウジ虫さんは俺の中で再び眠りに就いたようだ。
つまりこういうことらしい。
ベムトロンは【ギルド】に寄生された元プレイヤーだ。その寄生した【ギルド】はベムトロンとはまた別に意思を持っている。主人格はむしろウジ虫さんのほうなのかもしれない。
ミギーと言いたいところだが、別に俺の右腕に寄生してる訳じゃないし。
そうだな……。ウッディと名付けよう。俺はウジ虫さんを勝手に名付けた。
俺がウッディと心で通じ合っている間に、スズキはキッチンから包丁を持ってきた。何やら恥ずかしそうに包丁の先端を指で摘んで言う。
「わ、私、本気だから」
本気って……。
俺は絶句した。
……俺は自分が上出来な部類のゴミだと思っていた。だから驚いた。この俺をこうまで圧倒できるやつが居るのか、と。
だが、思えばいつもそうだった。馴染み深い感触がやって来る。
打ちのめされた後には凶暴なプライドが追ってくる。
めらめらと闘争心が湧いてくるのを感じた。
俺はネフィリアに人格改造されてる。言ってみればネフィリアにとっての理想像が俺なのだ。精神的な基礎部分で言えば、俺のスペックはネフィリアを越えている。他ならぬネフィリアがそうした。
俺はベロリと舌舐めずりした。ソファに踏ん反り返ってスズキを指差す。
やれるのかよ。お前に? 俺を。
スズキ。俺はゴミどもをロストに追い込んでやったぜ。死に場所を用意して背を突き飛ばしてやった。葛藤はなかった。俺にとってヤツらはどうでもいい存在だからな。
だが、スズキよ……。お前らは違う。お前らは俺にとって特別だ。俺はお前らを守るためなら何でもやるだろう。お前らをロストさせはしない。
お前も俺と同じだ。口ではどんなに強がろうとやれはしないさ。
俺は立ち上がってぐいっとスズキに迫る。
ほら、どうした。刺せよ。やれるものならやってみろッ!
2.ポポロンの森-女神像
少しばかり説得の方向性を間違ったな。
刺せよって言われたらウチの子なら刺すよねっていう。
カッとなると後先を考えないのは俺の悪い癖だ。反省せねば。
俺は反省しながらよいしょよいしょと地下から這い上がった。
「崖っぷちテメェー!」
オンドレぁ! 絡んできたゴミを景気良く殺してやってから身体をひねって身だしなみをチェックする。ちっ、返り血がついた。汚ねえなぁ。
むっ、ちょいと思考が女寄りになってる? 俺は危機感を覚えた。以前の俺は返り血なんて気にしたことはなかった。今の俺はバンシーモード。ゴミどもの追求を躱すために女キャラの姿で再スタートしたのだ。効果は上々よ。そりゃあ絡んでくるゴミがゼロってことはないが、見た目が女ってだけでゴミどもは甘くなる。ハッキリ言って女を殴るのはダサいからな。
いずれにせよ早いトコ男の身体を取り戻したほうが良さそうだ。整形チケットを調達しねえと。てことは、ネカマ六人衆かネフィリアに会わないとダメだ。ネフィリアに俺の演技が通用するとは思えねえ。ここはネカマ六人衆にマトを絞るとしよう。
俺は森をトコトコと歩いて人間の里に向かった。
3.ポポロンの森-人間の里
「ネカマ六人衆?」
おー。悪いがちょいとスマホで検索してくれや。
俺は人間の里で知らないゴミに声を掛けて六人衆の居場所をスマホで検索するようお願いした。
紅蓮の天秤ガチャ事件で姿をくらました六人衆はスマイルの旦那に匿われていると俺は読んだが、ゴミどもがリチェットを許したことで状況は変わった。
おそらくクソのような廃人どもは【敗残兵】の再建に本格的に動き出す。
その財源になるのがネカマ六人衆だ。課金アイテムを買い揃えて拠点を作るだろう。クランハウスを建てるだけでも人手が要る。極秘裏に動くのは無理だ。となれば何かしらの情報は流れる。
俺は掲示板は見ない派だからな。どうせ俺のことを悪しざまに罵ってるに違いない。いちいち俺を擁護してたら日が暮れる。だったら最初から掲示板を見ないほうが精神衛生上いくらかマシだ。
そこで知らないゴミの出番という訳だ。
俺は知らないゴミの周りをぴょこぴょこと跳ねて急かす。
おい、どうなんだよ? そんなに時間掛かんねーだろ。ネカマ六人衆で出ないならキャラネで検索するとか工夫しろよな。
「ちょっと待って……。あ、出た。常設ダンジョンで嫁入り修行してるって」
何やってんだアイツら。
まぁいい。よし、行くぞ。お前も付いてこい。どうせ暇だろ。
「え? まぁ別にいいけど」
従順そうなゴミを選んだ俺の目は確かだ。
俺は知らないゴミと一緒に人間の里を旅立った。
目的地は常設ダンジョン。ホブゴブが待ち受ける緑の洞窟だ。
レベル上げには丁度いいかもな。俺はようやく目の呪縛から解き放たれた。これからはガンガンレベル上げるぜ〜。
だが、びっくりするくらいホブゴブの攻撃を目で追えなかったので、俺は早々に武器を放り投げてギブアップした。
……ええ? こんなの無理ゲーだろ……。これ他のゴミどもはどうしてるの……?
俺と知らないゴミはホブゴブに連行されて嫁入り修行することになった。
これは、とあるVRMMOの物語。
メタタマ、考えるのではなく感じるのですよ。
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