彼
1.緑の洞窟-深部
常設ダンジョンは、ザコすぎる種族人間への温情措置だ。少なくとも名目上はそういうことになっている。
例えば、俺たちは魔物を倒せば魔石がドロップすることを知っている。百回かそこら死んだくらいじゃ残機は尽きないことを知っている。防具が使い捨てであることを知っている。武器の修理にはグレードに応じたレベルを要求されることを知っている。マップの中心部にレイド級が住んでいることを知っている。
それら俺たちが当たり前のように知っていることは、どれも初日組が人柱となって齎してくれた情報だ。
そう、人柱だ。
何しろこのゲームのMOBはクソ強い。ろくに戦闘経験のないレベル1のプレイヤーが頭数だけ揃えてモンスターに挑めば、まず武器は無事じゃ済まない。刃こぼれで済んだら御の字だろう。基本的に刃物の切れ味と頑丈さは両立できないのだ。切れ味とはすなわち刃の薄さなのだから。
つまり、もしも魔物が魔石をドロップしなければ、先発隊は武器を失うことになる。そして様子見に徹したゴミどもは戦っていないので当然武装していて、丸腰になった先発隊は武装したゴミどもが待ち受ける街に帰還することになる。情報がない、人柱になるというのはそういうことだ。
いわゆる暗黒時代。
このゲームにはプレイヤーの八割が武器を喪失してそこら辺の石ころで格闘していた時期が存在する。そりゃそうなる。スピンは割に合わないと感じたら普通に逃げるからな。魔石の流通が完全にストップして武器が作れなくなったのだ。
当然、クソ運営に苦情が殺到した。
それに対しクソ運営は公式サイトで石斧の作り方を懇切丁寧に図解し、その後にまさか石斧の作り方を知っているとは思わなかったと正式に謝罪した。
種族人間を丁寧にバカにして気が済んだらしく、常設ダンジョンが解放されたのはそんな折だ。
常設ダンジョンには採集ポイントという、魔石を発掘できる場所がある。
ここ緑の洞窟も例外ではない。
俺と知らないゴミがホブゴブに連れてこられたのは、採集ポイントの一つであった。
キノコハウス。デカいキノコの中身をくり抜いて作られたホブゴブの家だ。
俺たちの不安を和らげるようにホブゴブさんの大きな手がポンと肩に置かれる。
ホブゴブさんたちは種族人間の下劣さを心配しており、もっと素晴らしいことは世の中に幾らでもあるのだと教えようとしてくる。
それは、つまり自分たちの正しさを疑っていないということ。それは考えるまでもないことなのだと言っているに等しい。
……見下しやがって。めちゃくちゃにしてやる。
俺は優しく背を押してくるホブゴブさんを振り返ってニコッと笑った。
2.緑の洞窟-キノコハウス
おっとネフィリアさん。
スラリと長い脚を組んで偉そうに座っているネフィリアさんがネカマ六人衆をいびっている現場に出食わしてしまった。
ネフィリアさんはイライラした様子で膝をトントンと指先で叩き、
「遅い。六人も居てお前たちは本当に何なんだ? どうして作業を分担しようとしない……。いちいち言われなくちゃ分からないのか?」
床の雑巾掛けをしているネカマ六人衆がえぐえぐと涙を堪えている。
……おいおい、俺の金づる同士じゃねえか。仲良くしろよ。
俺は割って入った。
ドコの誰だか知らないがよしなよ。泣いてるじゃないか。
もちろん記憶喪失を装う。ネフィリアに俺の演技が通用するとは思えないが、やっておいて損はないだろう。
パッと顔を上げたネカマ六人衆が雑巾を放って俺にしがみ付いてきた。
「うあ〜ん! ぺ、ペタ氏〜!」
「ね、ネフィリアが俺らをいじめるんだよぉ〜!」
ええい、懐くな。デコピンっ、デコピンっ。
俺は六人衆にデコピンを浴びせてから魔石の採集に取り掛かる。部屋のタンスをゴソゴソと漁って魔石をゲットした。ちっ、クズ石か。
クズ石をポケットに突っ込んで演技を続ける。
あんたらがルームメイトってことになるのか。俺はラッキーだ。ラックとでも呼んでくれ。俺は偽名を名乗った。
あんたらは?
「イリアだ」
ネフィリアも偽名を名乗った。
俺は胸中で舌打ちした。ちっ、コイツ……。俺がネカマ六人衆の整形チケットを回収しに来ると読んでやがったな。
だが、ウッディを利用してのバックアップデータ……。俺が記憶を持ち越してるという確証はない筈だ。何しろ俺自身、成功したらラッキーくらいにしか考えてなかったからな。
ネフィリア……。何を企んでる?
おや、知らないゴミがビビっている。
「ま、魔女」
知ってるのか?
「あ、ああ。β組だ。策略に長け、【ギルド】を従えて意のままに操る。MPKの名手でもある」
ネフィリアは片手をひらひらと振った。
「人違いだ。ネトゲーで美形のキャラは掃いて捨てるほど居る。それはつまりパターンが少ないということだ。他人の空似など珍しくもない」
そうだな。それはその通りだ。本人が言うならそうなんだろう。
第一、悪名高い魔女さんが嫁入り修行ってのも間抜けな話だ。別人だろう。
俺はネフィリアを挑発した。狙いが読めないからこそ攻める。種族人間はョ%レ氏とは違う。嘘の上塗りは隙を作る。
さあ、どう出る?
俺は本棚をゴソゴソと漁りながらネフィリアの動向を探る。
だがネフィリアはネカマ六人衆の折檻に忙しそうだ。ゴミスキルをバシバシとぶつけながら檄を飛ばしている。
「ぼーっとするな! コタタマが来たら後はお任せか! あり得ないぞ……!」
まぁまぁまぁまぁ。俺は割って入った。ネカマ六人衆に言う。
あのな。学校で教室の清掃とか持ち回りでやらなかったか? やったろ。あれな、大抵の学校じゃ全員で同じことするけど役割分担すれば半分の時間で終わるんだよ。なんでかっつーとモップ掛けやら何やらを全員でやってもエリアが被るからだ。面倒臭いからって手抜きしてるつもりで実は念入りに掃除してる。それはハッキリ言って無駄なんだ。イリアさんが言ってるのはそういうことだよ。
続いて俺はネフィリアに向き直った。
イリアさんとやら。あんたは黙ってなよ。俺が仕切る。人間が完璧な仕事こなすなんて無理なんだ。マシーンじゃねえんだから。なんで分かんねえかな? お前さんが居るのに六人衆が急に仕切り出したらおかしな感じになるだろ。猿じゃねーんだから察しろよ……。
だが無能どもは自由だった。俺を味方と見るや調子付いてネフィリアにゴミスキルで反撃を始める。
ゴミのようなスキルが空中で交差し火花を散らし、そしてそれらの大半は真ん中に立っている俺にブチ当たる。
こらこら。やめなさい。やめなさいって。
あまり知られていないが、ネフィリアは直感的な計算能力を持っている。それは暗算が早いとかそういった次元の特技ではない。布陣をザッと見てどこを突付けばどうなるのか何となく分かる能力だ。
ネフィリアの的確な射撃にネカマ六人衆は勝手に追い詰められていく。ぐう無能。まさに烏合の衆だ。
「やっ。やーっ!」
悲鳴を上げたネカマ六人衆が頭を抱えて逃げ惑いながら吹き出しを投げつけて応戦する。
……んん?
俺はハッとして六人衆を見る。テメェら……。
吹き出しを払いのけたネフィリアがニッと笑った。ぼそりと言う。
「拡張現実」
状態3か……!
……そういう噂はずっと前からあった。
もしもスマホを前人未到の状態3に持って行けるプレイヤーが居るとすれば、そいつはスマホを使い捨てにできるようなヤツだ。
ARという技術がある。
有名なのはポケモンGOだろう。スマホのカメラ越しにポケモンを撮影できるアレだ。
状態1のスマホは動画とスクショを持ち出せる。スマホに角が生える。
状態2で角が伸びて枝分かれする。スマホを通して外部のデータを持ち込める。
状態3は……拡張現実の適用。他にも何かあるのかもしれない。
そして、事はそう単純ではなかった。
六人衆のスマホはこの場で急に状態3になった訳じゃないだろう。
コイツらはずっと隠していて、もう隠す必要がなくなった。計算してのことじゃない。六人衆はそういう考え方をしない。
隠せと命令されていた。命令したのは……セブンだ。セミ野郎は夏の終わりと共にロストし……ネカマ六人衆は自由を手にした。
では、セブンは何故スマホの状態3を隠すよう命じていたのか。……知られてはマズいことがあったからだ。
ネカマ六人衆の指先が淡い燐光を放っている。
その光に導かれるように、六人衆の腕から謎の発光物体が這い出した。
俺はギリッと歯噛みし、ネフィリアはますます嬉しそうに笑った。思いは違えど、俺とネフィリアは同じ結論に至った。
「召喚術師……!」
リアルがゲームに侵食している。
召喚された謎の発光物体が、窮屈な檻から解き放たれたようにぐうっと身体を伸ばし、ゾゾゾっと体表を震わせた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
冒険者から戦士へ。戦いが始まる。戦いの時代が幕を開ける。
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