竜司の秘密
作中の竜司のイメージを著しく損なう恐れがあります。
読む前の覚悟を決めていただいて、読んだ後の批判はナシでお願いします。
読まないって言うのも、手ですよ。
兄弟とは、趣味趣向が似るものだったんだなと実感したのは、弟が女性を連れて現れた日だ。
結婚を申し込んだという彼女は、美人というより可愛らしい外見で、ずば抜けて人目を惹く容姿ではないが、俺の心には充分に印象を残す存在だった。
つまり、好みのタイプというやつだ。
弟のものでなければ或いは、それなりの手管を使っておとしにかかったかも知れない。そう思う程度には食指は動いたが、他人の、しかも弟の女に粉をかけなければならないほど相手には困っていないし、何よりそこまでの情熱が湧かないというのは、そこまでと言うことだ。
新しい家族とやらを紹介された感想は、そんな事実確認だった。
そして。
結納と顔合わせを兼ねた休日、運命の出会いとやらが降ってきた。
新婦の妹だと紹介された高校生は、可愛らしい顔立ちに猫のような好奇心を覗かせた、まさに好みど真ん中な少女だったのだ。
これは、チャンスだと思った。
最近では猫も杓子も、人の顔を見れば結婚結婚と、騒々しくてかなわない。
連中が押しつけていく写真には、判で押したような釣書の内容と和装の女が笑っている。由緒だたしいといえば聞こえが良い、旧態依然とした名家の出か、金と権力をちらつかせた成金娘か。
どちらも俺の立場上、嫁とするには適材なんだろうが、長い人生の伴侶としては、何を犠牲にしても断りたい女ばかりだった。
なんせどいつもこいつも稽古に通っている連中だ。どれほどいい性格をしているのかは、良ーく知っている。あれらと結婚するとなったら、一年持たずに離婚するか、仮面夫婦になること請け合いだ。
ならばいっそのこと、断ってやるのが親切というものだろう。
しかし、一人一人にいちいち適当な理由をつけるのも面倒だなと、考えていた矢先だった。
一石二鳥だな。
挨拶した後は一心に料理と格闘している少女と、結婚しようと決めた。
女という生き物の中身がどれも大して変わらないのなら、せめて外見くらい好みの方が良い。本性を出すのは後でもいいのだから、始めは外向きに被っている好青年の仮面のままで手玉にとってしまおう。
そう思って優しく話しかけてやったのに。
碌に顔も見ず、人の神経を逆なでしてくる返答に、背筋を喜びが駆け上がった。コアな友人に言わせれば嗜虐心というやつだ。
どうにも俺は、抵抗されたり反抗されたりすると、それを屈服させる想像に胸が震えてしまうのだ。もちろん頭の中で跪かせた相手は、必ず現実でも同じ目に遭って貰えるよう、最大限の努力をしている。いやむしろ、現実世界での方が楽しい反応をして貰えることが多い。
それを獲物と定めた相手に発揮できるとは、これが歓喜でなくてなんなのだ。ああ、長い人生に素晴らしい楽しみを見つけてしまった。
かくして、少女は喜びに溢れた日々を過ごすことになるので……
「おっそろしい回想してんじゃない!!」
婚約者の背中に着物姿でけりを入れるという暴挙に出た真奈は、顔を怒りだか羞恥だかわからないもので真っ赤に染めて、背後に仁王立ちしていた。
「あら、早かったのね」
「早くないし!ってかひどいよ香奈ちゃん、なに聞いてんのこの鬼畜に!!」
「えー?運命の出会い?」
「マイナスの意味でね!最高の不幸って意味の、運命でしょ?!」
「物事の見方には色々な方向があるのよ。貴女一人の視点でそんなこと決めちゃいけないわ。竜司さんにとっては、一生を左右する素晴らしい出会いだったんだから」
「いや、友人ならむしろあたし一人の視点で決めてよ!友達の不幸で笑い転げないでよ!!」
「ふふふ、泣いちゃダメよ、かわいいだけだから」
不毛な会話にとうとう涙目になった真奈を撫でながら、親友を名乗る少女はひどく楽しそうだから、同好の士とは客観的に眺めたら困ったもんである。
俺の日々の言動も、こうして真奈を苦しめているのか。…うん、いいな。
一人納得して、不意打ちで遊びに来た香奈と密かに視線を交わし、先程までの会話で確認し合ったことを、改めて互いの秘密とした。
真奈は、可愛い。見かけは普通だが、ある一定の偏った趣味の持ち主からは、非常に可愛がられる性質を持っている。それを香奈と確認し合い、また己の内にある性癖は他言無用としたのである。
本人にばれる分には構わないが、俺も香奈もわざわざ社会的にオープンにしようとは思っていない。そういったわけで、必要時にはきっちり連携して秘密を守りつつ、楽しく獲物をいたぶろうと密約を交わしたわけだ。
「人を足蹴にしたけりは、今晩きっちりつけてやるからな」
まだ香奈の腕の中でぐずぐず言っている婚約者に、凶悪だと己でわかる笑みを浮かべて宣言すると、面白いほどに肩が跳ねる。
「な、な、何を言ってんだ、この変態!!」
そして、声の震えを必死で押さえながら叫ぶんだから、この遊びは止められない。
「変態的行為がお望みなら、存分に」
「望んでない!」
「遠慮するな。緊縛でも打擲でも好きなものでいたぶってやるぞ」
「どれもやだ!普通がいい!!」
「そうか。ならば、普通にするか」
「っ!待った、普通もやだ!つーかもう、全部やだ!皆やだ!」
まんまと誘導に乗って、直後に気付いて必死に否定は、パターンなのに飽きないから困る。
「本当に、おバカなんだから」
「救えないな」
だが、それで喜ぶ俺たちはもっと末期なんだろう。
苦笑しながら自覚する困った人間に好かれた真奈は、己を囲う凶悪な檻に、さていつ気付くのだろうか。
…あれ?どこで変態小説になったんだ?