第七話 魔女狩りの真相
レイフの町を発ってから、ヘレナはしばらく南へと足を延ばした。目的地があったわけではない。ただ、前世で自分が処刑されるに至った、あの噂の出所——それを、いつか必ず突き止めたいという思いが、旅の底に静かに流れていた。
辿り着いたのは、古い神殿都市だった。魔法にまつわる記録や文献が多く保管されている土地だと聞き、ヘレナは足を向けたのだった。
「魔女狩りの記録……ですか」
神殿付属の書庫を管理する老司祭に尋ねると、彼は少し驚いたような顔をした。
「珍しい方ですな。わざわざそんなものをお探しとは」
「ええ。少々、個人的な事情がございまして」
老司祭は、ヘレナの纏う雰囲気に何かを感じ取ったのか、それ以上は詮索せず、奥の書庫へと案内してくれた。
***
埃を被った書架の中、ヘレナは古い記録を一つ一つ丹念に辿っていった。長い時間をかけて、ようやく見つけたのは、「魔女狩り」と呼ばれる制度そのものの成り立ちについて記された、一冊の古文書だった。
『——かつてこの地に、真に人ならざる力を操る者たちが存在した。彼らは時に国を救い、時に国を滅ぼした。その力を恐れた為政者たちは、力ある者を見つけ次第、「魔女」の名のもとに排除する仕組みを作り上げた』
(……それが、始まりですのね)
読み進めるほどに、ヘレナは奇妙な感覚に囚われていった。
『——やがて、真に力を持つ者は姿を隠し、あるいは絶えた。それでも「魔女狩り」という仕組みだけは、形を変えながら残り続けた。今では、力の有無に関わらず、都合の悪い者を排除するための道具として使われている』
(力の有無に関わらず……。つまり、わたくしのように——)
ヘレナは、静かに本を閉じた。
自分にかけられた疑いは、根も葉もない嫉妬から生まれたものだと思っていた。それは間違いではないだろう。けれど、その嫉妬が「魔女」という言葉一つで断罪にまで発展してしまう土壌——それは、もっと古く、もっと根深いところに、既に用意されていたのだ。
(誰か一人の悪意ではございませんのね。この世界そのものに、そういう"仕組み"が、ずっと前から存在していた……)
怒りとも違う、もっと冷たい理解が、胸の奥に広がっていった。
***
書庫を出て、神殿の回廊を歩きながら、ヘレナはふと、自分の掌に目を落とした。
(わたくしの、この力……)
古文書に記された「呪術魔法」——誰にも教わらず、独学で会得した力。これもまた、かつて「魔女狩り」で排除された者たちが遺した、断片的な知識の集積なのかもしれない。
(本物の魔女、と自ら名乗りましたけれど……。わたくしが手にしているこの力は、本当に、わたくし自身のものなのかしら)
わずかな不安が、胸をよぎった。けれど、その不安は、すぐに別の確信によって塗り替えられた。
(……いいえ)
ヘレナは足を止め、掌をぎゅっと握りしめた。
(力の出どころなど、関係ございませんわ。誰が作った仕組みであろうと、誰が遺した知識であろうと——それを、何のために、どう使うか。決めるのは、わたくし自身ですもの)
力そのものに、善悪はない。前世の自分を殺したのは、力ではなく、力を恐れて排除しようとした人々の仕組みだった。ならば、自分がこれから成すべきことは、その仕組みに屈することでも、仕組みそのものを憎むことでもない。
(この力で、誰を守るか。それだけが、わたくしにとっての答えですわ)
回廊の窓から差し込む光が、ヘレナの横顔を静かに照らしていた。
***
神殿を辞する間際、老司祭がヘレナを呼び止めた。
「エンヴァークラウン様、と仰いましたな」
「ええ」
「実は、その名に聞き覚えがございましてな……。少し前、王都から手配書が回ってきておりましたぞ」
老司祭は、悪びれる様子もなく、静かにそう告げた。ヘレナは驚かなかった。手配されていることなど、とうに承知の上だった。
「わたくしを、突き出されますの?」
「いいえ」
老司祭は、穏やかに首を振った。
「わしは長年、この書庫でそういった記録ばかりを読んできましてな。断罪される者の大半が、噂と憶測だけで裁かれてきたことも、嫌というほど知っておりますよ。あなた様の目を見れば、それが分かります」
「……ありがとう存じます」
「ただ、一つだけ。お気をつけなされ」
老司祭の声が、わずかに低くなった。
「あなた様の噂は、思いのほか広く、そして早く回っておる。中には、あなた様を"利用しよう"とする輩も、少なからずおるでしょうからな」
ヘレナは、その言葉を静かに受け止めた。
「実を申しますと、少し妙だと思っておりましてな」
老司祭は、白い眉を寄せた。
「これほどの騒ぎになった脱獄者にしては、追手の動きがあまりに緩やかすぎる。……まるで、誰かが意図して、あなた様を野放しにしておるかのようですわい」
その言葉に、ヘレナの背筋に、冷たいものが走った。
「ご忠告、痛み入りますわ」
神殿都市を発つヘレナの足取りは、来た時よりも、いくらか重くなっていた。けれど、それは迷いによる重さではない。この世界の理不尽の根深さを知った上で、それでも進むと決めた者の、覚悟の重さだった。
(利用されるつもりなど、毛頭ございませんわ。わたくしは、わたくしの意志で——守りたいものを、守りますもの)
夕暮れの街道を、ヘレナは一人、次なる場所へと歩みを進めていった。




