第四話 同じ傷を持つ者との出会い
あの日以来、ヘレナは廃教会を拠点にしながら、少しずつ旅の範囲を広げていった。行く先々で、理不尽な目に遭っている人々を見かけては、放っておけずに手を差し伸べる。それが、いつしか彼女の日課のようになっていた。
ある町外れの村で、ヘレナは一人の少年と出会った。
「……おい、お前。孤児のくせに、村の水を勝手に使うな」
井戸端で、体格の良い村の子どもたちが、痩せた少年を取り囲んでいた。少年は俯いたまま、何も言い返さない。
「返事もできないのかよ。気味が悪いな」
「聞いた話だと、あいつの親、盗みを働いて処刑されたらしいぜ。血は争えないってやつだ」
(……この光景、覚えがありますわね)
ヘレナは、足を止めた。かつて自分に向けられた視線と、今、この少年に向けられている視線が、重なって見えた。何一つ悪いことをしていないのに、周囲の勝手な思い込みだけで、居場所を奪われていく。
「——そこまでになさいませ」
静かな、けれど有無を言わせぬ声だった。子どもたちが振り返り、見知らぬ美しいドレス姿の女性に、一瞬たじろぐ。
「な、なんだよ、あんた」
「わたくしは通りすがりの者ですけれど、一つだけ申し上げますわ。人を、その者自身が犯してもいない罪で裁くのは、とても罪深いことですのよ」
子どもたちは気圧されたように顔を見合わせ、やがて逃げるようにその場を去っていった。
残された少年は、警戒するようにヘレナを見上げた。年の頃は十歳ほどだろうか。伸びっぱなしの髪の下から、疑うような、それでいてどこか縋るような目が覗いていた。
「……なんで、助けたんだよ」
「助けたというより、あの子たちに、少し常識を思い出していただいただけですわ。それに」
ヘレナは、少年の前にしゃがみ込み、目線を合わせた。
「あなたのその目、見覚えがございますの。——理不尽に、何もかも奪われた者の目ですわ」
少年は、はっとしたように息を呑んだ。
***
それから数日、ヘレナは少年(名をトビアスというらしい)と行動を共にした。両親は根も葉もない噂で処刑され、身寄りを失った少年は、村中から爪弾きにされ、まともに食事すら与えられていなかったという。
「大人は皆、僕を見ると、親と同じ罪人だって顔をするんだ。何もしてないのに」
焚火を囲みながら、トビアスはぽつりぽつりと語った。
「わたくしにも、覚えがございますわ」
「え……あんたが? そんな、綺麗な格好してるのに?」
「見た目など、何の関係もございませんの。わたくしも、無実の罪で婚約を破棄され、家族にすら見捨てられ、処刑されかけましたのよ」
トビアスは、信じられないという顔でヘレナを見た。
「……それで、どうしたんだよ」
「決まっておりますわ」
ヘレナは、焚火の炎を見つめながら、静かに微笑んだ。
「大人しく殺されて差し上げるつもりなど、毛頭ございませんでしたもの。逃げて、力をつけて、二度と同じ理不尽に屈しないと決めましたの」
その言葉に、トビアスの目に、初めて小さな光が宿った。
「僕も……強くなれるかな」
「なれますわ。強さとは、生まれ持った力ではございません。理不尽に屈しないという、意志の強さですもの」
ヘレナは、少年の頭にそっと手を置いた。
「あなたは、もう十分に強い方ですわ。この状況で、まだ人を恨みきらずにいらっしゃる。それこそが、何よりの強さですもの」
トビアスの目に、涙が浮かんだ。
***
数日後、ヘレナはトビアスを、街道沿いにある孤児院——かつて自分が助けた老婆の紹介で見つけた、まっとうな運営をしている施設——へ送り届けることにした。
「本当に、行かなきゃダメ? あんたと一緒にいたい」
「わたくしは、まだ成すべきことがございますの。それに、あなたには、きちんとした学びの場が必要ですわ。力とは、意志だけでなく、知識によっても育つものですもの」
トビアスは、ぐっと唇を噛みしめてから、こくりと頷いた。
「……分かった。でも、いつか、あんたに恥じない大人になってやる」
「楽しみにしておりますわ」
孤児院の門の前で別れる際、トビアスは思い出したように尋ねた。
「なあ、あんたの名前、聞いてなかった。何て言うんだ?」
ヘレナは、優雅に一礼して答えた。
「ヘレナ・エンヴァークラウンと申しますわ」
「変な名前……じゃなくて、綺麗な名前だな」
「あら、お上手ですこと」
小さく笑い合って、ヘレナはトビアスに背を向け、再び一人、旅路についた。
(守るべきものが、また一つ増えましたわね)
誰かを助けるたび、ヘレナの中で、何かが確かに満たされていくのを感じていた。それは、前世では決して得られなかった感覚だった。
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