第8話 二度目の青春は図書室から
(一週間って、あっという間だよなぁ……)
今日は咲月におすすめしたもらった小説の感想を伝える約束の日だ。
咲月が選んでくれた『異世界ファンタジーの冒険モノ』は面白く、二度読み返してしまったほどだ。
午前中の授業が終わり、お手製の弁当を食べ終わった陽介は『異世界ファンタジーの冒険モノ』の小説を片手に図書室に向かった。
(常陸院さんは……まだ来てなさそうだな)
ひとまず小説の書架群の近くにある四人掛けのテーブル席に座る。
そして陽介はパラパラと『異世界ファンタジーの冒険モノ』をめくりながら、頭の中で伝えたい感想をまとめていく。
数分後――
「星崎さん、お待たせしてしまい申し訳ございません」
急ぎ足で咲月がやって来た。
「ううん。俺もついさっき来たところだから大丈夫だよ」
デートの待ち合わせみたいなやり取りをしてしまい、少し気恥ずかしくなった。
ただ、そう思ったのは陽介だけだったようで、咲月は澄まし顔で陽介の対面に座った。
「それで……星崎さん、おすすめした小説はどうでしたか……?」
ソワソワした様子で、話を切り出す咲月。
視線を陽介に向けたり逸らしたりと、どこか緊張している感じがする。
(あ、澄まし顔だと思ったのは気の所為だったっぽいぞ。……ソワソワしている理由はだいぶ違うけど)
そんな咲月の態度にほっこりしつつ、陽介は喋り始める。
「そうだな。まず結論から言えば、すげぇ面白かったよ。二度読み返したし」
陽介の言葉に、咲月が露骨にホッとした表情を浮かべる。
自分の勧めた小説が面白くないと思われないか不安だったようだ。
「お気に召していただいたようでよかったです」
そしてすぐに澄まし顔に戻った。
その表情のコントロールの早さに驚きつつ陽介はひとまず、読んで思ったことを咲月に伝える。
「あぁ。特に主人公が最後までブレないところが良かったし、冒険の中で仲間たちがドンドン成長していくところも応援したくなるよな」
「わかります。主人公が成長したり学んだりするタイプもいいですけど、最初から最後まで芯の部分がブレずに周囲を引っ張っていく力強さがあるタイプの主人公もいいですよね。旅の仲間たちも個性豊かで成長のバリエーションがあって読んでいて飽きないですし」
「そうだな。シリーズもののラノベだと、最初の方ではブレないんだけど、シリーズが進んでいって中盤とか終盤で主人公が揺らぎそうになる展開があったりすることも多いよな」
「その展開はよくありますねっ。でも、そういった展開はシリーズものの醍醐味といいますか。それまでの積み重ねで、主人公が揺らぎそうになった時に、成長した仲間たちが今度は主人公を支える展開がセットのことが多いと思います」
「あぁ、確かにな……」
びっくりするくらい咲月が饒舌になる。
それにアメジスト色の瞳がキラキラと輝いていた。
「ふふっ、星崎さんとは小説の話が合いそうですね」
咲月が嬉しそうに笑う。
そして楽しげに口を開いた。
「今度は星崎さんにおすすめの小説を紹介していただきたいですっ」
「俺のおすすめか~……今はどんな小説を読みたい気分なん?」
「そう、ですね……基本的にハッピーエンドが好きなので、読後感がいい小説が読みたいです。ジャンルはラブコメか、異世界系……いえ、冒険小説も興味があります」
「なるほど……それなら、冒険小説で恋愛要素が入っているやつがいいかな?」
「それ、興味がありますっ」
「了解。ちょっと古めの作品だけど、今読んでも楽しめると思うよ。この規模の図書室なら多分、所蔵されてると思う。取ってくるからちょっと待ってて」
陽介は席を立って、書架群に向かう。
ジャンル別に綺麗に整頓されていたので、五~六分で目的の小説を見つけることができた。
(あったあった。この世界にもちゃんとあって良かった)
「お待たせ。はい、これ」
「ありがとうございますっ。それでは今日はこの小説を借りることにしますねっ」
茶色の装丁は少し古めかしいが高級感も漂わせている。
その小説の表紙を咲月が大切そうに撫でた。
「それにしても、星崎さんは色々なジャンルを読まれるのですね?」
「ん~確かにそうかもな。でも、基本はワクワクする系が好きだから、ホラーは読まないかな?」
ホラーなら漫画か映像作品がいいと思っている。
「ホラーですか……私も読まないですね。怖いのが苦手なので……」
形のいい眉を八の字にする咲月。本当に怖いモノが苦手なんだろう。
男子の間で『完璧お嬢様』なんて仰々しい上に恥ずかしいあだ名を、陰でつけられている美少女を微笑ましく思ってしまった。
「あーね……。ホラーは好きな人は凄く好きだけど、人を選ぶジャンルだよな」
「書店にも図書室、図書館にもちゃんとコーナーが設置されていますものね……特に夏になると……ぅぅっ……」
この話題はあまり引き伸ばさない方がいいだろう。
そう判断して、陽介は話題を変える。
「常陸院さんの好きなジャンルはどの辺なの?」
「そうですね……恋愛モノや異世界系が好きですね。あと、Web小説も読んだりします」
「ほ~、Web小説も読むのか。女性向けのスパダリとか男の俺から見てもかっこいいって思ったりするよ」
「まぁ、星崎さんは異世界恋愛系まで読まれているのですね」
「ん~まだまだ読んだ作品数は少ないけどね。あ~……追放された女の子が料理で街に貢献するっていうWeb小説、結構好きだな」
「その作品、多分私も読んでますっ」
パァァァッと光輝くような笑顔を浮かべる咲月。
その美しい笑顔を真正面から向けられた陽介は、気恥ずかしくなってポリポリと頬を掻く。
その後も、互いに好きなジャンルや最近読んで面白かった小説、逆におすすめできない小説について予鈴が鳴るまで語り合ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅぅ……」
夕食後。咲月は自室で勉強を終えて一息ついていた。
メイドの白木が淹れてくれた紅茶はもうすでにぬるくなっていたが、乾いた喉を潤すにはぬるい方が都合がいい。
(今日もしっかりと集中できました。やはり、楽しみがあると勉強も捗りますね)
咲月の勉強後の楽しみ。それは読書だ。
小さい頃から習い事の行き帰りに車の中で本をよく読んでいた。
そして、いつの間にか小説を読み、物語の世界に浸ることが好きになったのだ。
小説といえば――
(男の人と楽しくお話できたのは初めてですね……)
お昼休みに図書室で陽介と小説の話をした時のことを思い出す。
彼もかなりの読書家のようで、色々なジャンルで話が合った。
(まさか同じWeb小説を読んでいたとは思わなかったですけど)
同じWeb小説が好きな仲間を見つけた嬉しさから、ついつい小説の話で盛り上がってしまった。
(ちょっとはしたなかったでしょうか……? いえ、星崎さんは不快そうな表情はされていなかったので、きっと大丈夫ですっ)
そんなことを考えながら、咲月はスクールバッグから図書館で借りた小説を取り出した。
(星崎さんのおすすめの冒険小説……)
年季を感じさせる古めの茶色い装丁が重厚感を醸し出している。
(せっかくですし、お風呂の時間まで少し読んでみましょう)
読書のお伴にココアを入れて、咲月は表紙をめくったのだった。




