第45話 お嬢様の相談事
(うん、順調だな……この調子ならかなり余裕を持って終わらせられそうだ)
シャープペンを動かしながら、内心で満足げに頷く陽介。
七月も終わりに近づいてきた頃。
常陸院邸のリビングで、陽介と咲月は夏休みの課題に取り組んでいた。
その休憩時間に、
「実は星崎さんにご相談がありまして……」
咲月がかしこまった様子で話を切り出した。
「おう、どうした?」
メイドの白木が入れてくれた紅茶を飲みながら、陽介は咲月に身体を向ける。
「以前、小説を書いて投稿サイトに投稿してみた、とお話しましたよね?」
「もちろん。読書仲間が小説書き始めたって報告だったからな、よく覚えてるぞ」
「それで……長編にチャレンジしようと思いまして、大まかに展開を考えてみたのですが、ちょっと行き詰まってしまって……」
「あ~……展開が思いつかない感じ?」
SNSでも時々、そういう創作関係の悩みの投稿を見かける。
「はい、展開自体もですし、そのシーンの中で主人公はどう感じるのかなぁ……と思ってしまって。それと主人公の相手役……スパダリのキャラがイマイチ固まらなくて……。そちらの方が頭を悩ませています」
「なるほどなぁ……。ちなみに今書いているその小説のジャンルってなに?」
「女性向けの異世界恋愛です」
(まぁ、スパダリって言ってたし、そうだよなぁ……)
紅茶で口の中を潤しながら、陽介は少し考えてみる。
「展開のアイディアなら、とにかく色々と実際に自分で出掛けてみるとか?」
「やはり、そうですよね」
「スパダリのキャラは……う~ん、とりあえず常陸院さんが思うスパダリの条件みたいなのを箇条書きでもいいから書き出してみたらどうだ? せっかく小説を書くんだから、常陸院さんの理想のスパダリ像を参考にするのがいいんじゃないか?」
「なるほど……私の理想、ですか……」
「そうそう。色々あるんじゃね? 俺だったら、スパダリにはいざという時に主人公の女の子を護って欲しいし。外では完璧なのに、主人公と二人でいる時は過保護になったり、ポンコツな一面が出てきたりとか、そういうギャップがあるスパダリは結構好きになるんだよなぁ」
「おぉ~確かに、そういうスパダリいいですよねっ」
陽介の話を聞き、アメジスト色の瞳を輝かせる咲月。
お気に入りの小説について話している時と同じ様なワクワクした表情だ。
「まぁ、王道感は拭えないけど……でも俺は王道もかなり好きだからなぁ。小説読もうと思って好みの本を選ぶのと同じで、登場人物も常陸院さんの好みで選んでいいんじゃね?」
「そうですね……私の理想のスパダリ像を書き出してみますね」
「おう。……なんか、あんま役に立てなくてゴメンなぁ」
「いえ、そんなっ。小説のお話ができるのも、書いていて出てきた悩みを話せるのも星崎さんしかいませんから。お話できるだけで気が楽になりますし、楽しいですっ」
「そっか、ならいいんだけどな」
会話が一段落して、陽介はティーカップに手を伸ばす。
(思いつきでしか話せなくて申し訳ないけど……こればっかりはなぁ……)
そもそも陽介は小説を書いたことがない。そんな人間が的外れなことを言って咲月を混乱させたり、執筆中の作品を変な方向に歪めてしまうことの方が問題だ。
(うん、聞き役に徹するのがいいんだろうな)
少しぬるくなった紅茶で喉を潤し、陽介は自分のスタンスを決めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩のあと、また夏休みの課題に取り組んだ陽介と咲月。
「ん~今日も捗ったなぁ……。このペースならやっぱ予定よりも早く終わりそうだ」
「ふふっ、お疲れ様です。私も予定よりも前倒しで進められているので、余裕を持って課題が終わりそうですっ」
「おお~お互いにいい感じだな」
話をしながら陽介はテキストやノート、筆記用具をカバンに仕舞っていく。
(やっぱ早め早めに進めてると心に余裕が生まれるよな~。余裕がなかったらチーズケーキを作ってみようとも思えなかっただろうし)
そんなことを考えていると、咲月が声を掛けてくる。
「星崎さん、今日も夕食を食べていってくださいますよね?」
「ああ、迷惑じゃなかったらな」
「私から誘わせていただいているのに、迷惑だなんて思いませんよっ。一緒に食事ができて嬉しいですからっ♪」
天使のような笑みを浮かべる咲月。
その笑顔を向けられた陽介は、ポリポリと頬を掻く。
「そっか……一人で食べるよりも二人で食べた方が楽しいしな」
「はいっ♪ それに、今日はお父様がシェフに頼んで、チーズを使ったデザートがあるんですよっ」
「え? そうなん? まぁ、チーズは好きだから嬉しいけど」
「いえ、この間チーズケーキを食べたお父様が『星崎くんには色々な料理を食べる経験をさせるのがいい』と言っていまして」
「……ははっ、俺は恵まれてるなぁ」
(夜月さんにそんな配慮をしてもらえるなんてな。ありがとうございます)
心の中で夜月にお礼を言う陽介だった。
そして迎えた夕食。
今日も夜月と咲耶は仕事で帰りが遅くなるそうだ。
そして常陸院家のシェフが作ったデザートは、リコッタチーズを使ったティラミスだった。
「うわっ、ふわふわだっ! う~ん、これもいつかチャレンジしてみたいな。っていうか盛り付けもオシャレすぎる……見栄えも気にしないとだよなぁ」
こうして陽介と咲月、二人での夕食は和やかに過ぎていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(今日も楽しかったです)
夕食後、陽介を玄関まで見送ったあと自室に戻った咲月。
陽介は執事の瀬戸が家まで送っていった。
一人自室で机に向かい、今日のことを思い返す。
(理想のスパダリ像を箇条書きにする、ですよね……)
ノートを取り出して、シャープペンを持つ。
(う~ん……。まずは――)
『そつなく色々とこなすけど、それは努力の積み上げの結果』
『自分のやりたいことを心から応援してくれる』
『一緒にいて落ち着く、それにドキドキする』
『ご飯を美味しそうに食べる』
『楽しい、嬉しいを共有できる』
『悩みを聞いてくれる包容力』
あれこれと悩みながら思いついたことを書いていく。
(ふぅ……ひとまずはこんなところでしょうか?)
一通り書き終え、シャープペンを置く。
たった今書いたものを眺める咲月。
(私の好みを選んでいい……。そうですよね、私が書く物語なんですから)
風呂の時間になり、咲月はノートを閉じた。
そしてゆっくりと湯船に浸かる。
(あとは展開のアイディアを見つけるお出掛け……)
湯船の中で手を伸ばす。
チャプッ……と小さな水音が広い浴室に響く。
(できることなら……星崎さんと一緒にお出掛けしたいです)
そんな気持ちが湧いてくる咲月だった。




