第44話 花火大会 with 常陸院家・下
(はぁ……マジで美味かった。レモンバターのソースって、さっぱりしてるのに濃厚でステーキによく合うんだなぁ。っていうかヒレ肉、ヤバかった……柔らかくてとろける、っていうのがわかったわ)
夕食を終えて、食べた料理の味を思い起こす陽介。
(確かに夜月さんの言う通り、実際に食べてみることって大事だな……)
そんなことを考えていると、瀬戸と白木がティートロリーを押してテーブルにやって来る。
そして――
「星崎様が作ってきてくださったベイクドチーズケーキでございます」
「ふぇっ……!?」
一流の料理に舌鼓を打った直後に、まさか自分が作ったものが出されるとは思わず、陽介はヘンな声を漏らしてしまう。
「わぁっ♪ ずっと楽しみにしていたんですっ」
アメジスト色の瞳をキラキラと輝かせる咲月。
「はは……このホテルの料理のあとってなると緊張するな……」
二度目のチーズケーキ作りは一度目よりも上手くいった。
なので陽介基準では、よくできていると思っている。
だが、高級ホテルの料理と比べてしまうとやはり自信はない。
「まぁまぁ、早速いただきましょう~」
「そうだな。ケーキ自体久しぶりだから私も楽しみだよ」
咲耶と夜月も期待感のこもった瞳で陽介の作ったケーキを見ていた。
「お口に合うといいんですが……」
「ふふっ♪ 大丈夫ですよっ……それではいただきます」
咲月がフォークを入れて一口大に切る。そして陽介が見守る中、口に運んだ。
「はむっ……んっ♪」
目尻を下げる咲月。
その反応に陽介は内心でホッと息を吐く。
「星崎さんっ、凄く美味しいですよっ♪ しっとりとしていて、なめらかな口当たりですし、下の部分のサクサク感もアクセントになっていて、口の中が幸せですっ♪」
咲月が食べるのを見届けてから、夜月たちがフォークを持つ。
「ふふっ、咲月は今日、ずっと楽しみにしていたものね~。私もいただくわ~♪」
「私ももらおう」
二人が食べる様子を、陽介は固唾を呑んで見つめる。
「ほう、チーズが濃厚でずっしりしていて食べ応えがあるな」
「そうね。でもクリーミーだし、酸味もあって爽やかよ~」
口々に肯定的な言葉が出て、陽介は安堵のため息を漏らす。
そんな陽介の隣で、咲月がチーズケーキを口に入れるたびに頬を緩ませている。
(かなり緊張したけど、常陸院さんの嬉しそうな表情が見れたし、成功かな)
陽介もフォークを手に取り、自作のベイクドチーズケーキを食べる。
初めて作った時とは違い、一晩冷蔵庫で寝かせたことでねっとり感が増していた。
(うん、寝かせた方が俺の好みだな……。次はこれをベースにブルーベリージャムとか乗せるのもいいかもな)
陽介が味の評価をつけていると、咲月が話し掛けてくる。
「今日は作ってきてくださって、ありがとうございますっ」
「常陸院さんに喜んでもらえてよかったよ。夜月さんも咲耶さんも、食べてくれてありがとうございます」
「いやいや、こちらこそいいものを食べさせてもらったよ」
「本当ね~。丁寧に作られていることが伝わってきたわよ~」
二人に褒められて、照れくさくなった陽介はポリポリと頬を掻いた。
咲月がそんな陽介に朗らかな笑みを向ける。
(嬉しそうな顔で見られると、余計にむず痒くなるぞ……)
陽介は咲月の視線から逃れるように、顔を逸らす。
「ははは、仲がいいようでなによりだ」
二人の様子を見ていた夜月が破顔する。
「さて、と。そろそろ花火大会が始まる時間だ。君たちはあっちの部屋で花火を見るといい」
夜月がそう言って、陽介たちの後ろの扉を指差す。
「そうね~私たちは向こうの部屋で見るから、二人も花火を楽しんでねぇ」
咲耶は自分たちの後ろ側に一瞬視線を向けた。
「はい、お父様、お母様。お二人も楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
咲月に続いて陽介も夜月たちに軽く頭を下げる。
「星崎さん、行きましょうっ。こっちですよっ」
待ってましたとばかりに、咲月が椅子から立ち上がる。
「あははっ。常陸院さん、急ぐと危ないぞ?」
それでなくとも履く機会が少ない下駄を履いているのだ。
陽介が咲月を窘めながら、あとを追いかけるために立ち上がる。
その時――
「きゃっ……!」
「ッ……危ないっ」
体勢を崩した咲月の腕を掴み、そのまま抱きかかえる。
「ふぅっ……ヒヤッとしたぞ……」
「すみません……。ついはしゃいでしまいました……」
「ははっ、無事だったから別にいいよ」
(学園にいる時の『完璧お嬢様』よりも、はしゃいでくれてる方が断然いいよなぁ。ちゃんと気を許してもらってる感じがするし)
陽介が咲月を腕の中に収めたまま、そんなことを考えていると、楽しそうな声が背中から聞こえてきた。
「あらあら♪ 高校生らしく、節度は守るのよ~♪ 具体的には――」
「さぁ、咲耶。私たちも移動しようか」
面白がる咲耶を夜月が遮って、奥の部屋へと素早く向かった。
残された二人は、突然のことに固まってしまう。
そして陽介は今の自分たちの体勢を意識してしまった。
(くぅっ……柔らかいっ……! とにかく、柔らかいのが当たってるっ……! それにいつも通り、すげぇいい匂いっ……)
上半身に感じる女性らしい柔らかさと弾力。普段は気にしないようにしている咲月のトランジスタグラマーな体型を嫌でも意識してしまう。
「俺たちも行くか……」
未だに咲月をすっぽりと抱きかかえたままの状態で陽介が呟いた。
そして、フッと湧いた離れがたい気持ちを振り払い、抱きとめている腕の力をゆっくりと弱める。
「…………はい」
咲月の返事に名残惜しそうな色を感じた気がした陽介だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダイニングから個室に移動する。どうやらここは寝室のようだ。
陽介と咲月は窓辺に置かれたミニテーブルを挟んで椅子に座った。
テーブルの上には、メイドの白木が用意してくれた飲み物が置いてある。
「まさか花火大会を部屋の中から観ることになるとは思わなかったぞ」
空調が効いていて過ごしやすい上、座っている椅子も高級ホテルのものだけあって座り心地が抜群にいい。
「ふふっ、私もですよ。このホテルで花火が観れるとは思いませんでした。今回はお母様が張り切っていましたから」
「あ~咲耶さんが……」
明るくてお茶目なところがある人だ。イベントごとにも積極的なのだろう。
(今、着てる浴衣だってサプライズで用意してもらったんだしなぁ……)
そんなことを考えながら、窓の外を眺める。
ミニテーブルの向かい側で咲月も同じように、まだオレンジ色が残る夏の夜空を見ていた。
そして――ヒュ~と甲高い音が聞こえた。
昇り笛が鳴ってから一拍置いて、
「わぁっ……!」
ドンッと一輪の赤色の花火が空に咲く。
その一発を皮切りに、色とりどりの花火が夜空に広がっては消えていく。
陽介はチラッと咲月を横目で見る。
(ははっ、すげぇ楽しんでるな)
彼女のシミ一つない肌が、花火に照らされてほんのりと色づく。
クリクリとした大きな目が、次々と打ち上がる花火に釘付けになっていた。
陽介も視線を窓の外に戻す。
「星崎さんっ、色だけでなく形もたくさん増えてきましたよっ!」
「ああ、そうだな。ちなみに常陸院さんはどの形の花火が一番好きなんだ?」
「そうですね……普通の丸いものも好きですが、真ん中が特に強い白色になっているものが好きです。星崎さんは?」
「ん~、小さめの花火が間髪入れずに炸裂するタイプかな?」
「なるほど……あっ、今の花火ですよね?」
「そうそう。まぁ、一発デカいのが打ち上がるのもテンション上がるけどな」
「ふふっ♪ わかります。力強くて、綺麗で……連続で打ち上がるのとは違う素敵さがありますよね」
そんな話をしながら、二人は夜空に咲き散るたくさんの華を眺めていた。
「「…………」」
最後の花火が、柳の枝のように光の筋が垂れて落ちていった。
二人は黙って花火の余韻に浸る。
先に沈黙を破ったのは、咲月だった。
「星崎さん……また来年も一緒に観たいですね、花火」
「ん、そうだな……それに夏祭りもあるぞ?」
「ふふっ♪ そうですね。お祭りもありますね」
「来年の夏祭りは、俺も浴衣着ていこうかな」
「いいですね。星崎さんは浴衣も似合いますから」
(来年は最初から二人で……っていうのは夜月さんたちに悪いか)
二人の様子を咲耶が見に来るまで、陽介と咲月はポツリポツリと話を続けていたのだった。




