第43話 花火大会 with 常陸院家・上
(今日は現地で待ち合わせにしないんだな)
陽介は迎えに来てくれた常陸院家のセダンに乗っていた。
今日は約束していた花火大会に一緒に行く日だ。
(常陸院さんは『場所取りは任せてください』って言ってたけど。あと『ベイクドチーズケーキを今日食べたいです』っておねだりしてもらったけど……。どこで食べて、どこで花火見るんだろ?)
そんなことを考えていると、何度もお邪魔している常陸院邸に着いた。
運転してくれた執事の瀬戸にお礼を言い、チーズケーキの入ったタッパーを渡して、陽介は邸宅内に入る。
すると――
「いらっしゃい、星崎くん。待っていたわよ~」
咲月の母――咲耶がエントランスで出迎えてくれた。
「こんばんは、咲耶さん。お邪魔します」
「ふふっ、ウチはいつでも歓迎よ~」
「……ありがとうございます」
「ささ、こっちに来てちょうだいっ~」
(咲耶さん、テンション高いなぁ……。でも歓迎されてるのが伝わってくるから、素直に嬉しいな)
ソワソワしながら陽介を促す咲耶。
「わかりました」
(前に瀬戸さんが、俺に感謝してるって言ってたんだよなぁ……。こうして歓迎してくれる人の期待は裏切りたくないし、常陸院さんとはこれからも仲良くしていきたいしなぁ)
そんなことを考えつつ、陽介は咲耶に連れられて応接室に移動した。
「ちょっと待っててね? すぐに瀬戸が来ると思うから」
「わかりました。わざわざありがとうございます」
「いえいえ~。ちょっとしたサプライズみたいなものですからねぇっ」
(サプライズ? 咲耶さんが出迎えてくれたことか?)
優雅に微笑む咲耶が応接室から出ていく。
入れ違いに手に袋を持った瀬戸が入ってきた。
「星崎様、お待たせいたしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。それでは早速ですが、こちらにお着替えください」
「これは……?」
瀬戸に手渡された袋の中身を取り出す陽介。
中から紺色の縞模様の浴衣と帯や下駄が出てきた。
それらを手に持って、陽介は躊躇いがちに瀬戸を見る。
「あの~……俺、浴衣って着たことがなくて……」
「私がお手伝いさせていただきますので、大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですね。お手数をおかけしますが、お願いします」
瀬戸に教わりながら浴衣を着ていく。
帯を結ぶ時に少し手こずったが、どうにか着ることができた。
「どう、ですかね? 初めて着るので似合ってるかもわからないんですけど……」
応接室には姿見がないので尚更だった。
慣れない格好で落ち着かない陽介に、瀬戸が言葉を返す。
「大変よくお似合いですよ。お嬢様も奥様もお喜びになるでしょう」
「あ……サプライズってこういうことですか」
「ふふ、そうですね。それでは旦那様たちがお待ちですので、リビングに移動してもよろしいでしょうか?」
渋い笑みを控えめに浮かべた瀬戸に促されて、リビングへ向かう。
(ん~……下駄って初めて履いたけど、少し歩きづらいなぁ)
陽介は下駄の履き心地を確かめながら廊下を歩く。
リビングに入ると、常陸院家の三人がソファーに座って待っていた。
仕立てのよさそうなスーツをばっちりと着こなした咲月の父――夜月。
上品な深い紺色のパーティドレスを着た咲耶。
そして――
「……ッ」
紺色を基調として、ピンク色の芍薬柄の浴衣を身に纏った咲月がいた。
(綺麗だな……)
夏祭りの時とは違う大人びた色合いと柄の浴衣姿と、長い銀髪を緩く一本のおさげにした髪型の咲月に見惚れてしまい、陽介は息を呑んだ。
「まぁまぁっ♪ 似合うと思っていたけど、やっぱり星崎くん浴衣も似合うわね~。ね、咲月?」
ボーッと陽介を見つめていた咲月が、咲耶の声にハッとする。
「そ、そうですねっ。星崎さん、凄く似合っていますよっ」
陽介も咲月に声を掛けられて、止まっていた思考を動かし始める。
「……ありがとな。常陸院さんも夏祭りん時とは違う浴衣、似合ってるぞ。この間の白い浴衣は明るい感じだったけど、今日は落ち着いた雰囲気でいいと思う」
「あ、ありがとうございますっ……」
頬をほんのりと上気させる咲月。
「「…………」」
陽介と咲月はお互いに黙って視線を絡ませる。
そんな二人のやり取りを夜月と咲耶、瀬戸に白木が微笑ましそうに眺めていることに陽介が気づいた。
「コホンッ……すみません。夜月さん、お邪魔しています」
「ははっ、いらっしゃい。浴衣、よく似合ってるじゃないか」
「ありがとうございます。まさか浴衣を用意してもらえるなんて思いませんでした」
「それを用意したのは妻のサプライズだからね」
「そうでしたか。咲耶さん、ありがとうございます。咲耶さんのドレス姿、素敵ですね。夜月さんのスーツ姿もかっこいいです」
「ふふっ、ありがとう。褒めてもらえるのは、いつになっても嬉しいものねっ♪」
「そうだな。かっこいいなんて久しぶりに言われた気がするよ」
リビングで和やかに話していると、
「……皆様、そろそろ移動した方がよろしいかと」
瀬戸が主の夜月に進言する。
「お、そうだな。それじゃあ移動するか」
夜月がソファーから立ち上がり、皆がそれに続く。
(常陸院家総出か~……そこに俺が交じるの大丈夫なの? っていうかホント、どこで花火見るんだろ……)
聞くに聞けず、陽介は咲月の隣に並ぶ。
そして夜月と咲耶の後ろについてリビングを出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(まさかリムジンに乗る日が来るなんてなぁ……)
いつものセダンでは全員が乗れない。
なので、今日は別の車――リムジンだった。
陽介が慣れない車にソワソワしていると、横に座った咲月が声を掛けてくる。
「どうしましたか?」
「いや……リムジンって初めて乗ったからさ。なんか落ち着かなくて」
「私も滅多に乗りませんね」
そんな話をしていると、夜月と咲耶も会話に入ってきた。
「そうだな。正直、私もあまり乗らないな」
「そうね~今日みたいな機会がないと、ガレージに置いたままになるわよね~」
「へぇ……そうなんですね」
「秘書との打ち合わせをしながら一緒に移動したとしても普段のセダンで充分だ」
「なるほど」
(俺からすれば、あのセダンも凄いんだけどなぁ……)
車内で雑談をして三十分ほどが経った頃、リムジンが停まった。
「お、ついたみたいだな」
「さぁ~降りましょう」
夜月と咲耶に促され、陽介はリムジンから降りる。
「え? どこ……?」
目の前にはガラス張りの大きな入り口があった。
太い石の柱が何本も立ち、暖色系の照明が重厚感を醸し出している。
今、降り立った場所が車寄せだということだけは、かろうじてわかった。
陽介の次に降りてきた咲月が寄り添うように陽介の隣に並ぶ。
その後ろから夜月、咲耶も降りてきた。
「ここは常陸院グループの企業が経営しているホテルだよ」
陽介の疑問に答えてくれたのは夜月だった。
「せっかく花火を見るなら、ゆっくりと見たいと思ってね」
スケールの大きさに呆気にとられる陽介。
対照的に夜月と咲耶は堂々とした足取りでホテルに入っていく。
「さぁ、星崎さん。私たちも行きましょう」
「あ、ああ……」
(常陸院さんが横にいてくれてよかったぁ……)
咲月が隣にいることに安心感と心強さを感じる。
この場に不釣り合いな気がしつつ、陽介もホテルのロビーに入った。
先に入った夜月がホテルの人と話し終わり、鍵を持って陽介たちの元に戻ってくる。
「さぁ、花火大会が始まる前に早めに夕食をとろう」
ホテルの従業員に先導されて部屋へと移動する。
(これがいわゆるスイートルームっていうやつかぁ……)
前世含め、陽介には縁のない場所だった。
そんな部屋のダイニングでテーブルにつく。もちろん咲月の隣だ。
「星崎くん、遠慮なく好きなものを頼むといいよ。もちろん牛肉を使った料理も色々とあるから安心して欲しい」
「はい、ありがとうございますっ」
『牛肉』という単語にテンションが上がる。
「メニューはこちらですよ」
「ありがと、常陸院さん」
咲月からメニューを受け取り、ペラペラと見た。
(え? めっちゃお高いんだが……)
隣の席で同じくメニューを見ている咲月にチラッと視線を向ける。
すると咲月が陽介の視線に気づいて、小首を傾げた。
「? どうしましたか?」
「いや……まぁ……」
つい言葉に詰まってしまう陽介。
「ふふっ、星崎くんは値段を気にしてるのよ~。この価格で遠慮なくっていうのは難しいからねぇ」
「いやぁ……すみません」
「あら、いいのよ~。私たちだって年から年中、こんな値段の食事をしているわけではないもの」
「ふむ。星崎くん、君は料理が趣味だと娘から聞いている。それなら高い料理を食べることも、君の料理の糧になるのではないか? 何事も経験だよ」
「という免罪符を得て、好きなものを美味しく食べればいいのよ~」
「おいおい、咲耶。せっかくいい感じのことを言ったのに……」
「あははっ……夜月さん、咲耶さん、ありがとうございます」
ホテルに着いてからずっと場違いな気がしていた陽介だったが、夜月と咲耶のやり取りに肩の力が抜けた。
そして、これ以上萎縮しているのも常陸院家の面々に申し訳ないと思い、陽介は腹をくくる。
「それでは、経験させていただきますっ……!!」
「ふふっ、星崎さん、楽しそうですねっ♪」
ニコッと微笑む咲月に、陽介は力強く頷く。
「ああ、せっかく機会をいただいたんだ。楽しまないと勿体ないと思ってな」
こうして陽介は和牛のヒレステーキとシーザーサラダ、トマトの冷製スープとライスを頼んだのだった。




