第39話 夏祭り・中
「わぁ……賑やかですねっ!」
夏祭りの会場に入る陽介と咲月。
道の両側にずらりと並ぶ屋台や、道行く人たちを見て、咲月が目を輝かせる。
「そうだな。こういう賑やかな雰囲気を直接感じられるのも、夏祭りの醍醐味の一つだよな」
右腕を控えめに掴む咲月を連れて、陽介は人混みを歩く。
そして咲月に気づかれないように深呼吸を繰り返した。
(よし、少しは落ち着いてきたぞ……)
咲月の歩調に合わせながら、屋台を軽くチェックしていく陽介。
「常陸院さんは興味のある屋台はあるか?」
「そうですね……どれも興味はあるのですが、多すぎて目移りしてしまいます……。星崎さんはお祭りに来るたびに寄る屋台はありますか?」
「ん~……たこ焼きとか焼きそば、かき氷辺りかな?」
見事に食べ物ばかりだったが、前世でも今世の記憶でもそうだったので、正直に答えた。
「いいですねっ♪ 私も興味がありますので、そこから回っていきたいですっ」
咲月がどういう反応をするか少し気になったが、楽しそうに歩いているので、陽介の心配は杞憂だったようだ。
「わかった。でも常陸院さんも気になった屋台があったら言ってくれな?」
「はいっ♪ 色々なお店が見れるの、楽しみですっ♪」
弾んだ声の咲月が、華やいだ笑みを浮かべる。
ご機嫌な咲月と一緒に少し歩くと、たこ焼き屋を見つけた。
「お、たこ焼き屋あったぞ。あそこでいいか?」
「? あそこ以外にもたこ焼き屋さんがあるのですか?」
陽介の言葉に、咲月が小首を傾げる。
「う~ん……この規模の祭りなら、もう二、三店くらいはあるんじゃないか?」
「へぇっ、そうなんですね。私はどこでも大丈夫ですよっ」
「わかった。じゃあ、早速並ぶか」
咲月を連れて、陽介はたこ焼き屋の列に並ぶ。
幸いなことに前にいる客は二組だけだったので、すぐに順番が回ってきた。
「どうする? それぞれで一つずつ買うか、一つを二人でシェアするか」
「そうですね、星崎さんさえよろしければ一つをシェアしませんか?」
「了解。おじさん、たこ焼き一つください」
「たこ焼き一つっ! 少々お待ちを!」
焼いていた最中のたこ焼きを、屋台の店員がピックを使ってコロコロとひっくり返していく。
「おぉ~凄いですねっ……」
「ああ、やっぱ慣れてる人は違うな~」
二人して店員の手捌きを関心して見ていると、たこ焼きはすぐに焼き上がった。
「へい、お待たせしましたっ! 綺麗な彼女さんの分でおまけしときますぜっ」
「ははっ、ありがとうございます」
「うぅっ……か、彼女さんっ……」
店員の言葉に、咲月が耳の先を赤く染める。
陽介は適当にお礼を言ってお代を払い、たこ焼きを受け取った。
「さ、熱いうちに食べようぜ。……あ、立ち食いって大丈夫?」
「は、はいっ、大丈夫ですっ……」
(余計なことを言うノンデリなおっさんだったな……)
咲月はまださっきの店員の言葉が効いているんだろう。
どこかソワソワしているようだった。
「ああいうデリカシーのないこと言う人も一定数いるからな。いちいち気にしない方がいいぞ」
「な、なるほど……わかりました」
そんなことを話していると、簡易ベンチを見つけた。
早速、陽介はたこ焼きのパックの蓋を開けて、爪楊枝を咲月に渡した。
「出来たてで熱いと思うから、息吹きかけて冷ましてな」
「はいっ! ふぅ~ふぅ~ふぅ~……」
(なんだろ……微笑ましい、って言葉が一番しっくりくるな)
一生懸命にたこ焼きに息を吹き掛ける咲月を見て、陽介は頬を緩ませる。
「そろそろいいんじゃないか? でも、気をつけてな?」
「はい。あ~むぅ……はふっ、はふぅっ……!」
「ありゃ、まだ熱かったか……」
「はふっ、はふっ、んっ……ふぅぅっ……。熱かったですけど美味しいですっ。外はカリッとしているのに、中はフワフワでっ……!」
「そかそか、気に入ってもらえたんならよかった。それじゃ、俺も……」
しっかりと息を吹き掛けてから、たこ焼きを口に入れる。
「はふっ、んっ……確かに中のフワフワ具合がいいな。ほら、常陸院さんも遠慮しないで好きに食べてよ」
陽介は片手で持っているたこ焼きのパックを咲月の方に向けた。
「はいっ、いただきますねっ♪ ふぅ~ふぅ~……ふぅ~ふぅぅ~」
最初に食べたものが相当熱かったのだろう。
咲月はたこ焼きに念入りに息を吹き掛けていた。
陽介と咲月は二人で一パックを分け合って食べ、簡易ベンチの側に設置してあるゴミ箱に空容器を捨てて、再び人波に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのあと、焼きそばと綿あめを買って、再び二人で分け合う。
そして右腕を掴んだ咲月を連れて歩いていると、一軒の屋台が目についた。
「射的かぁ……。食べ物だけじゃアレだし、ゲームもやってみるか?」
「興味ありますっ。ですが、やったことがないので、星崎さんがお手本を見せてくださいませんか?」
至近距離での上目遣いでお願いされた陽介は、頷く以外に選択肢はなかった。
「……わかった。どれくらい手本になるか、わからんけど」
小銭を払い、コルク銃とコルクを受け取る。
「レバーを引いてから、銃口にコルクを詰めるんだ……こんな感じ」
咲月に説明しながら、コルク銃を構える陽介。
「わぁっ、構え方が様になっていますね! かっこいいですっ♪」
「そ、そうか。そう言ってもらえると嬉しいぞ……」
(これは無様なとこは見せられなくなったなぁ……)
深呼吸を一回して、コルク銃のグリップを握り直す。
そして、呼吸を止めた瞬間、引き金を絞った。
パンッと乾いた音が鳴り、コルクは台に並べられた菓子に正確に当たった。
(よ~しっ……! 無様は晒さなかったっ)
キャラメルの箱が、グラッと揺れて落ちる。
「ふぅぅっ……こんな感じかな?」
陽介は冷静さを装い、咲月を見る。
「す、凄いですっ……一発で景品を落としてしまいましたっ」
「いや、運がよかっただけだから……残りの二発じゃ多分、なにも落とせないぞ?」
「そうなんですか? 星崎さんなら、もう一つ落とせそうだと思いますよ?」
無邪気に言う咲月。
(……なんでそんなに高評価なんだろな?)
結局、咲月の言う通り二発使って、陽介はもう一個駄菓子を落としたのだった。
そして咲月は――
「最後、惜しかったなぁ~」
「そうですね。ですが、一つは落とせたのでよかったですっ♪」
「まぁ、初めてで一つ落とせるんだから大したもんだよ」
「ふふっ、そうでしょうか?」
陽介の言葉に咲月は嬉しそうに微笑む。
そして、スッと陽介の右腕を掴んだ。
(くぅっ……やっぱまだ慣れないな……)
どうにかポーカーフェイスを作り、咲月を連れて歩き始める陽介。
途中でかき氷を食べて、互いにシロップの色が移った舌を見せ合う。
輪投げにも挑戦し、二人揃ってまた駄菓子を手に入れたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、フランクフルトがあるな」
「香ばしい匂いですねっ」
「祭りの屋台って、匂いに釣られるんだよな~」
「ふふっ♪ そうかもしれませんねっ」
陽介と咲月の足がフランクフルトの屋台の前で止まった。
「せっかくだし、一本ずつ買うか?」
「はいっ、そうしましょうっ♪」
二人で分け合えるものは一緒に食べていたので、陽介はもちろんだが、咲月もまだ余裕があるようだ。
早速、フランクフルトを二本買った。
「はい、常陸院さんの分」
「ありがとうございますっ♪ こうして手に持ってみるとズッシリと重いですね」
「だな~。食べ応えがありそうだ」
「そうですねっ♪ 大きくて太くて、口の中がいっぱいになってしまいそうですっ」
「あ、うん……ソウダナ~……」
「? どうかしましたか?」
コテンッと小首を傾げる咲月。
「いいや、なんでもないぞ」
(前からちょくちょくあったけど、言い方がなんか卑猥に感じるんだよな……。これが天然か。天然お嬢様なのか?)
いたたまれない気持ちを誤魔化すように、陽介はフランクフルトを頬張る。
「んぐっ……んっ、ジューシーで美味いなっ」
(屋台の料理って、なんでこんなに美味く感じるんだろうなぁ……フランクフルトなんて、仕入れて鉄板でただ焼いてるだけのはずなのに)
そんなことを考えていると、
「私もいただきますね。……あ~むぅ」
咲月が小さい口を広げてフランクフルトを咥え込む。
(それはエロゲのお決まりみたいなネタだぞ……。っていうか、この世界はそんなとこまで準拠してんのか?)
ダメだと思いつつも、陽介は咲月の口元にチラチラと視線を送ってしまった。
フランクフルトを食べている彼女を見て、悶々とした気持ちが膨れ上がる。
(って、なに考えてるんだ俺っ……!)
内心で頭を振って、煩悩を追い出そうとする。
「はむっ、もぐっ……んぅっ♪ 噛むたびに出てくる肉汁も食欲をそそりますね」
「……ああ、そうだな」
湧いた邪な心を悟られないように、できるだけ淡々と頷いた。
どうにかフランクフルトを食べ終わり、二人はまた人波に乗って屋台を見て回る。
その途中――
(お? あれは四季……と春山さんと夏川さんだっ!)
少し離れたところにあるお好み焼きの屋台の前にいる三人を見かける。
オシャレな格好をした葉瑠香と奈々に挟まれて、信司は楽しそうに笑っていた。
(いいぞぉっ……デートイベントじゃないか! しかも三人でっ! ありがとうっ……ありがとうっ!!)
陽介は心の中で手を合わせ、三人のデートを一目見られたことに感謝した。
「星崎さん、どうしましたか?」
陽介の歩みが鈍ったことに気づいた咲月が小首を傾げる。
「あ、いや……」
誤魔化そうとした陽介だったが、それよりも早く咲月は陽介の視線の先にいた三人を見つける。
「まぁっ♪ 三人でお祭りを回られているのですね」
「ああ、見るからに三人とも楽しそうだし、ちょっといい雰囲気っぽい感じもするから、そっとしておこうって思ってな」
「そうですねっ♪ …………私たちも他の方から見たら、春山さんたちのように見えるのでしょうか?」
咲月の小さな呟きは祭りの雑踏にかき消されることなく陽介の耳に届く。
「…………」
なんと返すのが正解なのかわからず、陽介は無言を貫くのであった。




