第38話 夏祭り・上
七月の中旬。近所の神社で夏祭りが行われる日になった。
(常陸院さんと二人で夏祭りかぁ……浴衣、着てくるのかな?)
待ち合わせ場所の神社に近いコンビニの前で陽介はソワソワしていた。
そして約束の時間の十分前。
見慣れた黒塗りの高級セダンがコンビニの駐車場に入ってくる。
車から降りてきた咲月は、陽介の期待通り浴衣を身に纏っていた。
「星崎さん、お待たせしてしまいすみません」
「い、いやっ……俺も今さっき来たとこだから、大丈夫だ」
「それならよかったです」
沈黙が二人の間に流れる。
(ヤバいな……)
浴衣姿の咲月の可憐さに思わず言葉を失っていた陽介。
それでもなんとか、言葉を絞り出す。
「その……浴衣、すげぇ似合ってるぞ。白色も楚々とした感じがして、常陸院さんにぴったりな色だし、青色の朝顔の柄もおしゃれだな。あと編み込んでる髪もなんて言う髪型かはわかんないけど……いいと思う」
「あ、ありがとうございますっ……その、褒めてもらえて嬉しいですっ……♪」
「「…………」」
再びの沈黙。
先程よりも甘酸っぱい空気が漂っていた。
「そ、そうだ……せっかくだし常陸院さんの浴衣姿、写真に撮っていいか?」
「写真、ですか?」
小首を傾げる咲月。
陽介はボディバッグから父――圭介に貰ったお古のデジタル一眼レフカメラ(通称、デジイチ)を取り出して、彼女に見せる。
「まぁっ、大きくて凄く立派ですねっ」
陽介が持つデジイチを見て、咲月は目を丸くした。
「うん、そうだな……」
(なんか言い方があれだな……いや、そう聞こえるのは俺の心が汚れてるからだな)
内心で首を振って、雑念を払う。
そして、手に持ったカメラを少し持ち上げる。
「それで、どうかな?」
「あ、はいっ。写真ですよね、大丈夫ですよ」
ふんわりと笑みを浮かべ、咲月は頷いた。
「ありがと。それじゃ……車の横に立ってもらっていいかな?」
背景としては少し味気ない気もするが、黒塗りのボディが白色を基調とした咲月の浴衣と彼女の煌めく銀髪を際立たせると思ったのだ。
「はい、わかりました。……ここでいいでしょうか?」
陽介の指示通り、車の横に立つ咲月。
「ああ、大丈夫。それじゃあ、撮るな」
咲月が小さく頷いたのを見て、陽介はファインダーを覗き込む。
そして、シャッターを切った。
「ん、撮れたよ。見てみようぜ」
「はいっ。楽しみです」
コツッコツッと下駄を鳴らしながら、陽介の隣にやって来る咲月。
陽介は液晶モニターに今撮った写真を映し出す。
「わっ……とっても綺麗に撮れるんですねっ、凄いですっ!」
「う、うん。そうだな……」
陽介の手元を咲月が覗き込む。
肩が触れ合い、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
(近いっ、柔らかいっ……それにやっぱいい匂いっ……!)
陽介が悶々としていると、声が掛かった。
「星崎様、よろしければお二人での写真も撮ってはいかがでしょう?」
いつの間にか陽介たちの側に控えていた瀬戸。
今日もしっかりとした執事服だ。
(夏なのに、その執事服の格好は暑くないのか?)
そんなことをぼんやりと考えつつ、咲月を窺った。
「ええ。せっかくですしぜひ二人で撮りたいですっ」
「常陸院さんがいいなら、俺もいいぞ。それじゃあ瀬戸さん、お願いします」
「はい、承りました」
陽介は瀬戸にデジイチを手渡す。
すると瀬戸は液晶モニターを覗きながら何やらいじる。
そして、レンズを陽介たちに向けた。
「お二人共、もう少し寄ってください」
「は、はい……」
瀬戸の指示に従って、陽介と咲月は互いに距離を詰める。
また肩が当たった。
(くぅっ……近いっ。こんなに近づいてもいいのか……?)
チラッと瀬戸を見るが、彼は澄ました顔をしている。
「いいですね。それでは撮ります」
カシャッと小さなシャッター音が耳に届く。
(撮れたか……。やっぱ至近距離は心臓に悪いんだよな……)
「ふぅぅっ……」と、ため息を漏らす陽介だったが――
「あと数枚ほど撮っておきましょう」
そう言って瀬戸はアングルを変えながら、シャッターを切っていった。
「はい、お二人ともお疲れ様でした。写真の確認をお願いいたします」
「……瀬戸さん、ありがとうございます」
また液晶モニターを見て、少し操作をした瀬戸から陽介はカメラを受け取る。
「どんな感じに撮れたのでしょうかっ?」
ワクワクした様子で、手元のモニターを覗き込む咲月。
(ホント、テンションが上がると距離感がバグるよなっ……)
服越しとはいえ咲月の柔らかな身体が触れることにドギマギしつつ、陽介は写真を確認する。
「えっと……うわっ! めっちゃ綺麗に撮れてるっ、すげぇっ!」
「まぁ、本当ですねっ。いいお写真ですっ」
「瀬戸さん、凄いですね……まるでプロみたいですよ」
「執事の嗜みでございます」
瀬戸は澄ました顔で、慇懃に頭を下げる。
(執事の嗜みってなんなんだろう……? でも、瀬戸さんならなんでもこなせそうだしなぁ)
そんなことを思いながら、他の写真もチェックしていく。
どの写真も咲月の可憐さが表現されていた。
「家に帰ったら、写真のデータ送るな」
「はいっ♪ ありがとうございますっ♪」
ニコッと笑みを浮かべて、咲月が一歩、陽介から離れる。
腕に感じていた温かさがなくなり、寂しさを感じてしまう陽介だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なるほど、星崎さんのお父様からいただいたものなのですね」
「おう。急に『これをやろう』って渡された。でも、こうして常陸院さんと写真を撮れたんだし、早速役にたったな」
「そうですねっ♪ 先日のプリクラもそうでしたが、思い出が写真として形に残って、増えるのは凄く嬉しいですっ♪」
カメラを手に入れた経緯を咲月に説明しながら、夏祭り会場に向かう。
神社に近づくにつれて、周りを歩く人も増えてくる。
(う~ん、やっぱ祭りってなると人も多いな。はぐれたりしないように、常陸院さんをちゃんと見てないとだな)
そんなことを考えていると、右腕が軽く引っ張られた。
そちらに視線を向けると、咲月が半袖のポロシャツの袖を摘んでいた。
「あのっ……人が増えてきましたし、はぐれないように、と思いましてっ……」
「あ、あぁっ……はぐれたら合流するのも大変そうだしな」
それに今日の咲月は浴衣だ。その上、下駄を履いている。
(はぐれるのもだけど、服も靴も普段とは違うんだし、歩くペースも気をつけないとだよな)
チラリと咲月の足元を見て、陽介は逡巡する。
そして、右腕を咲月に向けて少し開いた。
「ん~袖は掴みづらそうだし、腕を掴んでもいいぞ?」
「は、はいっ……それでは失礼いたしますっ……!」
咲月がおずおずと陽介の二の腕を掴んだ。
(くぅっ……良かれと思って俺から提案したことだけどっ……! どうして、常陸院さんの手はこんなに柔らかいんだっ……)
ほっそりとした小さな手の感触に、ゾクッと甘い痺れが背筋を這いのぼる。
陽介は湧き上がる煩悩を抑え込みながら、咲月を連れて祭り会場に入ったのだった。




