第31話 夏休みのバイト・下
「星崎さん、こんにちは」
信司と奈々が来店した数日後。
ピークタイムが過ぎて少し経った頃に、今度は咲月がメイドの白木を伴って『喫茶スター』にやって来た。
「いらっしゃいませ。こんにちは、常陸院さん。白木さんも」
今日の咲月の服装は白いブラウスに深緑色のジャンパースカート。
スカートの裾の辺りに花柄の刺繍が施されていて、シンプルながらも上品さを漂わせていた。
二人をテーブル席に案内してお冷を出す。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
メニューを差し出して咲月たちのテーブルを離れる。
カウンターに戻る前に陽介は、他の客のテーブルを回って空いている食器を回収してからキッチンに入った。
すると――
「陽介くんっ! またあの銀髪の可愛い子が来てるねっ!」
ハイテンションな美雪がニヤニヤしながら話し掛けてきた。
「……美雪さん、ちゃんと仕事しましょうよ」
「ほらっ、食器洗ってる最中だよ~。お姉さん、ちゃんと仕事してるからっ!」
「むっ……確かに、手は動いてますね……」
皿洗いはちゃんとしているので、これ以上は言いづらい。
それに相手はバイト先の先輩で、親戚のお姉さんだ。
仲良くはなってきたが、まだまだ遠慮なく軽口を言い合えるほどの仲ではない。
「ははっ。陽介くん、そこで美雪に負けちゃダメだよ」
「叔父さん……そうは言いますけど……」
下げてきた食器をシンク横に置く。
チラッと陽介に視線を向けた美雪が何かを言おうとした時。
タイミングよく、チリンッと呼出ベルが鳴った。
「俺が行きますね」
助かったと思いながら、陽介はそそくさとホールへと戻ったのだった。
「お待たせいたしました。ご注文、承ります」
やはり呼出ベルを鳴らしたのは咲月だった。
「はいっ! グラタンとミネストローネ、マンゴーパフェをお願いいたします」
「私はフレンチトーストとコーヒー、クリームあんみつをお願いいたします」
咲月はニコニコと陽だまりのような笑みを浮かべる。
いつもクールで無表情な白木だが、甘い物が好きなようでクリームあんみつを頼んだ時、一瞬頬が緩んだような気がした。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
メニューを復唱し一礼してから、キッチンに戻ってオーダーを通す。
そして――
「待ってたよ~陽介くんっ~」
先程、陽介が下げてきた食器を洗いながら、満面の笑みを浮かべる美雪。
「……今から叔父さんの補助に入るので、その話はあとでです」
「了解っ!」
言質を取ったと、満面の笑みになる美雪。
(絶対にこの流れを狙って声を掛けてきたんだろうな……)
この場にはオーナーである謙吾もいるし、そもそも美雪は仕事は真面目だ。
なので本気で今この場で話を聞こうとは思っていなかったのだろう。
(それにこれ以上抵抗するのも無駄だよなぁ)
陽介は根負けして、面倒事を先送りにした。
咲月たちのテーブルに料理を運び、陽介はキッチンに戻る。
そんな陽介を皿洗いを終えた美雪がしっかりと待ち構えていた。
「それで、あの銀髪美少女さんとはどうなのさ?」
「なんの前置きもなくいきなりですね……。いや、だから常陸院さんとはクラスメイトで読書仲間っていうだけですって」
常陸院邸にお邪魔したり、ご両親を交えて夕食会をしたことは黙っておく。
(この間も常陸院さんの家で一緒に課題やったけど、そういうのを話すと絶対に面倒なことになるからなっ……)
陽介がそんなことを考えていると、
「ん? そのお嬢さんは常陸院さんというのかい?」
『常陸院』の名を聞いた謙吾の眉がピクッと小さく動いた。
「え? あ、はい。常陸院咲月さんです」
「そうか……」
「え? お父さん、どうしたの?」
謙吾が話に混じってきたことに、美雪が首を傾げる。
陽介も珍しいと思い、謙吾の言葉を待った。
「ああ、いや……どうしたってほどのことではないよ。ただ、常陸院の名前はこの街では有名だからね。いや、街だけではないかな。県、地方……中央にも顔が利く名家だよ」
「はへぇ……メイドさんを連れてたから、かなりいいところのお嬢様だとは思ってたけど、そんなに凄い家の子なんだねっ」
関心したような声を漏らす美雪。
「そうらしいですけど、でも俺からしたらやっぱクラスメイトで、読書仲間って感じなんですけどねぇ……」
「へぇ……」
「……なんです?」
ニヤニヤと見てくる美雪を、陽介は怪訝に思う。
「い~や、なんでもないよっ」
「むっ、そう言われると気になるんですけど」
「むふふっ~……私は一回、ホールを見回ってくるね~」
「あ、ちょっ……! はぁぁ……」
言うが早いか、止める間もなく美雪はサッとキッチンから出ていってしまった。
その背中を見送って、陽介は思わずため息を漏らす。
「ははっ、お疲れ様」
そんな陽介の肩をポンッと叩く謙吾。
「美雪さんって普段はいい人なんですけど……。こないだから、なんか色々と勘ぐってくるんですよねぇ……」
「他人の恋愛に興味津々なお年頃なんだろうね」
「はぁ……そういうものですかね?」
自分が信司ハーレムの進捗を気にしていることを、陽介は棚に上げて首を傾げた。
「そういえば……」
「ん? なんだい?」
「そんなに常陸院家って有名なんですか? 俺、この街に来て日が浅いんで、そこら辺がよくわからないんですけど」
前々から気になっていたことだ。
学園でも生徒たちは咲月が『お嬢様』であることを当然のように知っていた。
ただ彼らがまだ高校生だからだろう。
どうにもそれ以上の情報がなかった。
「う~ん、そうだねぇ……家柄自体もまさに古くから続く名家だし、会社としても様々な職種の子会社を持っている常陸院グループのボスだからね。この街に住んでいれば仕事で少なからず関わるんだよ。ちなみにウチの店で使っている食材も、常陸院グループの会社から仕入れているよ」
「えぇっ⁉ 食品まで……。そんなに大きなグループなんですね……」
家が豪邸で使用人を何人も雇っていることは知っているし実際に見ている。
だが、それを大人の口から聞かされると、改めて常陸院家の色々なスケールの大きさに驚いてしまう。
(そんなとこの子と仲良くなって、ご両親たちにもよくしてもらってるんだよなぁ。ありがたいような、恐れ多いような)
そんな陽介の心の内を見透かしたように、謙吾は言葉を続けた。
「まぁ、名家の生まれだろうと、親が大きな会社を経営していようと、本人にはさほど関係ないことだろうから、陽介くんはそのまま常陸院さんと今まで通りに付き合っていけばいいと思うよ」
「はい、そのつもりです」
即答する陽介に、謙吾は肩をすくめる。
「ふふっ、余計なお節介だったかな?」
「いえ、そんなことはないですよ。……それじゃあ、俺もフロアに出てきますね」
陽介の背中を優しい眼差しで謙吾が見ていたことを、陽介は気がつかなかった。
陽介はカウンターから、料理を美味しそうに食べながら会話をしている咲月と白木と、もう一人を控えめに眺める。
(なんで用のないはずの美雪さんが常陸院さんたちと話してるんだ……?)
先程のキッチンでのやり取りもある。
少し気になったが、美雪はすぐに咲月たちのテーブルから離れた。
(余計なこと、言ってなければいいけど……)
そんなことを考えながらフロアの雑務をしていると、咲月たちが食事を終えてレジにやって来る。
彼女たちのお会計の対応をする陽介。
「ありがとうございました。……常陸院さん、今日も来てくれてありがとな」
「いえいえ、私が来たかったから来たのですよ」
「……そっか。またお越しください」
「はいっ♪ それではまたっ」
パァッと花が咲いたような笑顔を陽介に向けてから、咲月は白木を連れて店から出ていったのだった。
(相変わらず反則級にキラキラした笑顔だよなぁ……)
そんなことを思いつつ、咲月たちのテーブルから空になった食器を回収して、陽介はキッチンに戻ったのだった。




