第29話 穏やかな夕食と小説
「ふぅ……今日はここまで、かなぁ」
常陸院邸のリビングで、区切りのいいところまで課題を終わらせた陽介と咲月。
窓の外を見れば、空はすっかりとオレンジ色に染まっていた。
「そうですね。あまり根を詰める時期ではないですからね」
「だなぁ~……でも初日からしっかりとやっておくと、そのあとが楽っていう感じがするよな」
「最初が肝心、ということですか?」
「まぁそうだな。好スタートが切れると気分がいいから、そのあとも気分のいいままできるみたいな」
そんなことを話しながら課題のテキストやノート、文房具をカバンに仕舞う。
「「…………」」
そして気がついたら目の前に用意されていた紅茶を、これまた気がついたらそばに控えていた白木にお礼を言ってから口にした。
香り豊かな琥珀色の紅茶で喉を潤し、ティーカップを置く。
そして、隣で何やらこちらを窺っている咲月に陽介は声を掛けた。
「その、どうかしたか? 何か話があるとか?」
「あ、ええっと……」
少しの間、モジモジする咲月。
陽介は彼女が話し始めるの待った。
そして両手を豊満な胸の前でギュッと握り、意を決した様子で口を開く。
「実は私……小説を書き始めたのですっ……!」
「おおっ! それは凄いな。俺は小説を書こうなんて一度も思ったことないぞ」
「い、いえ……そんな。まだまだ全然です……。ひとまず短編を書いてみて、サイトに投稿してみたのですが、なかなか手応えがないのです」
「あ~、毎日凄い数の新着作品が投稿されてるもんなぁ……」
なんて声を掛けていいのかはわからない。
だが咲月を応援したい気持ちはしっかりとある。
「はい……。でも、また書いて投稿してみようと思います」
「おう、いいと思う。俺は応援するぞ」
「はいっ、ありがとうございますっ」
「まぁ……俺にできることなんて、応援くらいなもんだけどさ」
「いえっ、星崎さんが応援してくださるだけで心強いですっ♪」
「そっか……まぁ、そのうち読ませてくれよ。常陸院さんが書いた小説」
「は、はいっ……」
陽介の言葉に、咲月が緊張した表情を浮かべた。
「はは、常陸院さんのタイミングでいいからさ」
「わかりました、その時はお伝えしますね」
「うぃ。気長に待ってるよ」
話が一段落して、陽介はティーカップに手を伸ばす。
その時、メイドの白木がスッ……と音もなく咲月の側にやって来た。
「お嬢様、そろそろ……」
「あ、そうですね。星崎さん、しばらく席を外させていただきます。……私から今日、お誘いしたのに本当に申し訳ありません」
「全然、大丈夫だ。だから、そんな申し訳なさそうな顔はしないでくれよ」
丁寧に頭を下げる咲月に、陽介は極力柔らかい声色で言葉を返す。
「ふふっ、ありがとうございます。何かありましたら、瀬戸に言ってください」
「了解~」
(家の用事か何かかな? まぁ、そういうこともあるよな)
リビングを出ていく咲月を見送る。
彼女が戻るまでの間、陽介は再び夏休みの課題に取り組んだ。
咲月が戻って来たのは、四十分ほど経ってからだった。
「お~おかえり」
テキストから顔を上げて、陽介が咲月に声を掛ける。
「お待たせしましたっ」
「全然だよ。ほら、課題やってたし。……それに急いで戻ってきてくれたのはわかるからさ」
「……ありがとうございます」
咲月は頬をほんのりと赤らめさせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
瀬戸に呼ばれ、陽介と咲月は食堂に移動する。
広いテーブルで咲月はやはり陽介の横に座った。
すぐに目の前に夕食が並んだ。
「おぉっ~冷製トマトパスタ! それにハンバーグもあるっ」
肉の塊を見て陽介のテンションが上がる。
そんな陽介を見て、咲月が微笑んだ。
「ふふっ。ええ、最近暑いですから。さっぱりとしたものも食べたくなりますよね」
「あ~だからハンバーグも大根おろしが添えられてるんだな」
「はいっ、あっさりしていた方が食欲をそそるかと思いまして」
「確かにな~! それじゃあ、早速……いただきますっ」
「いただきますっ」
食卓に並んだおろしポン酢のハンバーグに冷製トマトパスタ、生ハムサラダにポタージュスープ。
陽介は迷うことなくハンバーグから食べ始める。
「ん~っ、肉がジューシーだし、おろしポン酢もさっぱりしていていいなっ。それに……ちょっとユズっぽい香りがするような……?」
「お~正解ですっ。大根おろしにユズを絞っているんですよっ」
「なるほどな~。うん、すげぇ美味いっ」
「くすっ♪ おかわりはちゃんとありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「おうっ……!」
半分ほどハンバーグを食べてから、サラダに少し手を出す。
それからパスタを口に入れる。
「お~トマトの酸味も程よくて食べやすいし、バジルも爽やかだ」
常陸院家のシェフの味をしっかりと味わって食べる。
「常陸院さんはバジルとかの香草は平気なの?」
「大体は平気ですよ」
「お~俺は今では食べれるけど、昔は苦手だったなぁ」
「それは仕方ないですよ。私も幼い頃はパクチーが苦手でしたし。今もたくさんは食べたいと思えないです……」
「まあ、香草って基本、一度にたくさん食べるもんじゃないからな」
和やかに食事を楽しむ陽介と咲月。
結局、今日も陽介はハンバーグを一回おかわりした。
「ふぅぅっ……どれも美味しかったけど、やっぱハンバーグが一番美味かったなぁ」
そんな陽介の言葉に、咲月が照れながら微笑んでいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陽介と咲月は白木が入れてくれたハーブティーを飲みながら食休みをしていた。
「……これがハーブティーだってことはわかるんだけど、なんのハーブ?」
甘酢っぱい味と匂いがすることしかわからなかった陽介は、正直に咲月に尋ねる。
「これはローズヒップですね。美容にいいんですよ」
「ほぉ、これがローズヒップかぁ。不思議な味だけど、落ち着くな」
(それにしても美容にいいのか……。超メインヒロイン級の美貌はこうして日々の積み重ねで磨かれていってるんだろな)
二人でローズヒップティーを飲んでいると、咲月の小説執筆の話になった。
「次の小説の題材かぁ……」
「はい。恋愛をメインにしたものにしたいと思っているのですが……」
ティーカップに視線を落とす咲月。
「作り手の気持ちはよくわからないけど……とりあえずは常陸院さんが書きたいものを書けばいいんじゃね? 結局は常陸院さんの『書きたい』って気持ちが大切だと思うしさ」
「そうですよね。趣味で書いているわけですし……。はい、自分の書きたいものを考えてみます」
陽介の言葉に咲月がコクンッと大きく頷く。
「何かしら書きたいものはあるのか?」
「えっと、まだ漠然とした感じでしかなくて……」
「お~漠然とでもあるなら、いいじゃん。焦らずじっくりだと思うぞ」
「わかりました。じっくり、ですね」
「あとは……こう言っていいのかわかんないけど、常陸院さんって世間一般的に見たらお嬢様じゃん? だから使用人の人たちとか紅茶のこととか、リアリティが出そうだから、そういうのも小説のネタに使ってもいいんじゃないか?」
「なるほど……自分の経験や体験をアレンジして使う感じですね」
「そうそう。まぁ、今パッと思いついたことを言っただけなんだけどな」
椅子の背もたれに背中を預けて、陽介は天井を見る。
(小説の書き方かぁ……。俺にも力になれることがあればいいんだけどなぁ)
陽介はそんなことを思ったのだった。




