第28話 夏休み初日は常陸院家で
(あっという間に一学期が終わったなぁ……)
夏休みの初日。
陽介は咲月に招待されて、常陸院邸にお邪魔することになった。
手土産はフルーツクッキーだ。近所で話題になっているらしい。
(竹内さんはおしゃべりなだけあって情報通だよな)
スーパーで買い物をしていた時に、パート店員の竹内がフルーツクッキーのことを教えてくれたのだ。
試しに買って食べてみたら美味しかったので、今日のお土産にした。
「瀬戸さん、いつも迎えに来てくださって本当にありがとうございます」
常陸院家の黒塗りセダンで、送迎されている陽介。
運転はいつも通り、常陸院家の執事の瀬戸だ。
「いえいえ、外は暑いですから」
「そうですね……日中はあまり外を出歩きたくないですね」
「たしか星崎様はジョギングをされているとのことですが、体調は大丈夫ですか?」
「はい。一応、早朝に走っているのでまだマシですね。ジメジメしていますが、水分補給もこまめにしていますから」
「そうですか、どうぞ体調にはお気をつけください」
「ありがとうございます。でも体調に気をつけて欲しいのは瀬戸さんもですよ」
「恐れ入ります」
(瀬戸さんとの世間話もだんだん慣れてきたな……。まぁ、瀬戸さんが大人の余裕で気を遣ってくれてるんだろうけど)
すっかりと見慣れた街の景色を眺めていると、咲月が待つ邸宅の門が見えてきた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夏休み前。
期末考査終了後の授業は、各教科で答案用紙の返却と試験問題の解説。
その後は一学期の範囲の復習に当てられる。
(ほぼ消化試合みたいなもんだなぁ……。でも復習は何度やっても為になるから別にいいんだけどさ)
教室内の空気もどこか緩い感じだ。
それは隣の席の四季信司も一緒だった。
「ん~、試験がちゃんとできると凄く気が楽だねぇ」
「そりゃそうだ。補習の心配もしなくていいし、心置きなく夏休みを楽しめるからな。……補習なくても夏休みの課題は多いらしいけどな」
「うぅっ、課題かぁ……。星崎くんはそうやって僕に現実を見させるんだよなぁ」
「はははっ、溜めると碌なことにならないからな~」
そんな会話をしつつ、陽介は授業を受ける。
そして咲月とは相変わらず、昼休みに図書室でまったりと読書をしたり、雑談をしたりしていた。
「クラスの雰囲気がすっかり休み前って感じだよな」
「そうですね。皆さん、ワクワクしているのが伝わってきますね」
「常陸院さんもワクワクしてる?」
「はい、楽しみにしている気持ちはもちろんありますよ。星崎さんはどうですか?」
そう言って、ニコッと陽介を見つめる咲月。
「そうだなぁ~俺も楽しみかな。……出掛ける約束もしてるしな」
「ふふっ♪ それでは、別の約束もしましょうっ」
「別の約束って?」
「星崎さんのお時間がある時だけでいいので、一緒に夏休みの課題に取り組みませんか?」
「お~それくらい全然いいぞ。っていうか一人でやるよりも絶対に楽しいと思うから、お願いするよ」
「はいっ♪」
そして、一学期終業式を迎えたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「星崎さん、いらっしゃいませっ」
「うん、お邪魔します」
常陸院邸の立派な両開きの玄関を通り、陽介はエントランスホールに入る。
すると待っていた咲月が出迎えてくれた。
「さ、行きましょうっ」
テンションが高めの咲月に連れられて、リビングに向かう。
その途中、
「なんかお金持ちのお屋敷ってさ、ゴールデンレトリーバーとかドーベルマンとかシベリアンハスキーとかの大型犬がいるイメージがあったんだよな。勝手な想像なんだけどさ」
廊下を歩きながら陽介がポツリと呟いた。
そんな陽介の言葉に、咲月が控えめに笑う。
「ふふっ。確かにラノベや漫画に出てくるお金持ちキャラのお家はそんな感じで描かれがちですよね」
咲月の言葉に頷く陽介。
「実は、私も幼い頃に犬を飼いたいと思ったことがありましたけど……両親にとめられました。……ペットを飼うということは命を預かることだから、と」
「…………やっぱ常陸院さんのご両親って凄いなぁ」
咲月がどの程度幼い頃の話なのかはわからない。
ただ、真っ直ぐに諭すところがかっこいい大人だと思った陽介だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(基礎問題から応用問題まで万遍ないなぁ……)
リビングで夏休みの課題に取り組む陽介と咲月。
広い木製のテーブルなのだが、
(横に並んで座るのが定位置になってきてるよな……)
二人は並んで課題のテキストやノートを広げる。
「「…………」」
勉強会とは違うのでお互いに無言で自分のテキストに向き合う。
適度な集中が保てる心地のいい空間に、カリカリとシャープペンがノートと擦れる音が小さく響いていた。
しばらくすると、陽介は区切りのいいところまで解き終わる。
(ふぅぅ……一人で課題をやるよりもいい感じの緊張感があるんだよな。ゲームで言えば、環境バフってやつか?)
静かにシャープペンを置いて、腕を伸ばす。
すると隣の咲月が陽介を見ていることに気づいた。
「あ、ゴメン。邪魔しちゃったか?」
「いえ、大丈夫ですよ。少し前にちょうどいいところまで終わっていましたので」
「そう? そんならよかった」
「はいっ。星崎さんも一段落ついたのでしたら、少し休憩にしますか?」
「ああ、そうだな。まだ夏休みも初日だし、最初から飛ばす必要もないしな」
二人が話をしていると、メイドの白木がティートロリーを押してリビングに入って来る。
(そういえばいつもタイミングが絶妙なんだけど……この部屋、盗聴器か防犯カメラでもついてるのか?)
陽介がそんなことを考えていると白木と目が合う。
いつもクールで無表情な白木の口角が一瞬上がったように見えた。
(いや、まさかな……。うん、気のせいだな)
陽介は『メイドの特殊技能』ということにして、考えることをやめた。
二人の前に紅茶とお菓子が置かれる。
「お嬢様。星崎様が持ってきてくださったクッキーです」
「わぁっ! 星崎さん、ありがとうござますっ♪」
白木の言葉に、咲月がアメジスト色の瞳を輝かせる。
「ははっ、口に合えばいいんだけどな。あ、白木さんの分も瀬戸さんに渡してありますので、食べてくださいね」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ」
陽介が白木と話していると、咲月がフルーツクッキーに手を伸ばした。
「ん~っ♪ レモンの味がさっぱりしていて、美味しいですっ」
「マンゴーのやつもお勧めだぞ」
目尻を下げてクッキーを味わう咲月を見ながら陽介は紅茶を飲む。
夏でもホットなのは、香りにこだわりがあるからだそうだ。
(空調が効いてるから、むしろホットの方がいいまである)
そんなことを考えながら、陽介もクッキーに手を伸ばす。
「ブルーベリーも美味しいな」
二人は穏やかなティータイムを過ごす。
クッキーがなくなり、紅茶を楽しんでいると咲月が陽介の服を軽く摘んだ。
「あの、星崎さん。今日も夕食をウチで一緒に食べていきませんか?」
「迷惑じゃなければ、ご一緒させてもらおうかな」
「はいっ♪」
ニコニコと笑みを浮かべる咲月。
無垢な笑顔を向けられて、陽介はむず痒い気持ちになる。
「コホンッ。それじゃあ……課題の続き、やっちゃおうぜ」
咳払いをしつつ、ノートを開く。
テーブルの上のティーカップや皿はいつの間にか回収されていた。
常陸院邸で夕食をご馳走になることが決まり、陽介は咲月と一緒に課題の続きをこなす。
(俺がゲームの主人公なら、ここでイベントの一つでも起きるんだろうけどな……。まぁ、いい感じで夏休みが過ごせれば、それで満足だけどなぁ)
シャープペンを動かしながら、頭の片隅でそんなことを考えるのだった。




