閑話2 常陸院咲月の浴衣選び
学園から帰ってきた咲月。
夕食前に自主学習を終えて紅茶を飲んでホッと一息ついていた。
思いを巡らせるのは間近に迫る夏休みのこと。
昼休みの図書室で、陽介に祭りと花火大会に誘われた。
そのことを思い浮かべると無意識のうちに咲月の表情は緩む。
(それだけでも嬉しいのに、勉強会に参加した皆さんと遊びにも行けるなんて本当に楽しみです)
今まで色々な人から遊びの誘いを受けたことがあるが、利害打算が絡んでいることがわかるので、純粋に楽しむことができなかった。
だが、今回の誘いは陽介が関わっている。
(星崎さんがいてくれるなら安心ですね。お父様もお母様も、瀬戸も信頼している方ですし……)
もちろん咲月も陽介を信頼している。
だからこそ、変な腹の探り合いをせずに楽しめる遊びの誘いだとわかるのだ。
(ですが、やはり……)
頬が熱くなるのを感じる咲月。
(男の人と二人で出掛ける……それも夏祭りと花火大会……)
どちらもロマンチックだ。
恋愛小説やラブコメでも鉄板のイベントと言っていい。
陽介とのお出掛けの約束に咲月の胸は高鳴っていた。
(せっかくの機会ですし、浴衣で行った方がいいのでしょうか)
陽介はいつも服装を褒めてくれる。
なので浴衣を着ていけば高確率で褒めてもらえるはずだ。
そんなことを考えて、フッと咲月は小首を傾げる。
(ん~……? 私は、星崎さんに褒めてもらいたいのでしょうか……?)
咲月は自分の中で日に日に膨れ上がっていく気持ちに、まだ名前をつけられていなかった。
そのことにモヤモヤはするが、それは決して嫌な感情ではない。
(ふふっ♪ 星崎さんと出会ってから、読んだことのない小説に出会えたり、お話をしてみたいクラスメイトができたり……。入ったことのないカフェやファミレスにも行って、星崎さんのアルバイト先にもお邪魔して……)
陽介との出会いをきっかけに、咲月の世界は少しずつ、確実に広がっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで星崎さんにお祭りと花火大会に誘っていただいたのですっ」
夕食の時間、咲月は父の夜月と母の咲耶に誘われた話をした。
誰が見ても上機嫌な咲月を見て、夜月たちも柔らかな笑みを浮かべる。
「そうか、よかったじゃないか。ただ祭りは人が多いし、動きやすい格好で――」
「あらあら、まぁまぁっ♪ それなら浴衣や下駄を新調しないといけないわ。しっかりとオシャレをして星崎くんに褒めてもらわないとね~」
「……その、星崎さんはいつも服装を褒めてくださるので、新しく買わなくても大丈夫ではないでしょうか?」
自分よりも浮かれている咲耶を見て、冷静になる咲月。
だが咲耶の勢いは止まらない。
「ダメよ~、せっかくのお祭りなのだからっ。そうね……今週の土曜日は空いているかしら?」
「はい、予定は特に入っていません」
「よしっ、決まりね。その日は新しい浴衣を買いに行くわよっ~」
こうして祭りと花火大会用の浴衣を買いに行くことが決定したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
土曜日の午後。
常陸院家御用達の呉服屋にやってきた咲月と咲耶。お付きはメイドの白木だ。
「まぁまぁ。常陸院様、いらっしゃいませ」
店内に入ると、いつも対応してくれる柔和な年配の女性店員に出迎えられた。
「こんにちは。今日は娘の浴衣を見に来ました」
「咲月様の分ですか。夏ですものね。お色や柄などはお決まりですか?」
「そうですね……一応、私としては、というものはありますが、娘ももう高校生ですから最終的には彼女が決めればいいかと」
咲月も浴衣の柄や色にそれぞれ意味があることは知っているので問題はない。
「さて……とりあえず、まずはお祭り用の浴衣からね」
「え? お母様、もしかして二着も買うのですか?」
「もちろんよ。同じ浴衣を連続で着ていくなんてダメよ。それに高校生になったのだから、今までの浴衣よりも大人っぽいものに買い替えていかないと」
確かに柄や生地の色によっては子供っぽい印象を与えてしまうかもしれない。
(星崎さんに子供っぽいと思われるのは……嫌ですね)
シンプルで上品な色合いや柄の浴衣を選ぼう。
そう思い、咲月は浴衣を眺める。
「あら? 咲月様、本日はオーダーメイドではないのですか?」
「はい。二週間後と三週間後に着たいので……」
浴衣のオーダーメイドは大体三十日ほど掛かる。
なので、今から注文しても間に合わないのだ。
「二週間後と三週間後ですか…………」
咲月の話を聞いた女性店員は、チラッと咲耶を見た。
咲耶は馴染みの店員に、コクリッと頷く。
「せっかくのお祭りや花火大会ですから、特別料金は掛かってしまいますが、反物から仕立てましょう」
「えっ……で、ですが……」
(と言いますか、着たい日を伝えただけで行く場所がわかってしまうのですか……)
店員の察しのよさに動揺しつつ、咲月は咲耶を見る。
「いいわよ。元々そのつもりだったもの」
「……わかりました」
咲耶の言葉に頷く咲月。
店内の奥に進み、反物を吟味し始める。
(シンプルで上品で大人っぽいもの、ですよね……)
黒や紺、紺青を基調としたものを中心に見ていると、後ろに控えていたメイドの白木が声を掛けてきた。
「お嬢様、お祭りなら明るい色合いのものがよいかと」
「そうね。その代わりに花火大会の方は咲月が今見ている色合いがいいと思うわ」
「なるほど……」
咲耶と白木からアドバイスをもらいながら、あれことと反物を見て回る。
そして、祭り用に『白色を基調として青色の朝顔柄』の反物を。
花火大会用は『紺色を基調に、ピンク色の芍薬柄』を選んだのだった。
「最近の流行りは、柄が大きいものなのですよ」
「確かにどちらも柄が大きかったですし、他の反物の柄もそうでしたね」
咲月が店員と話していると、咲耶が男物の浴衣や腰紐、帯、下駄を持って白木と戻ってきた。
「……お母様、それは?」
「うふふっ♪ 星崎くんの分よ。彼も一着くらいは浴衣を持っておいた方がいいと思ってね~。それに……」
咲耶がズイッと咲月に近づく。
そして――
「咲月も見たいでしょう? 星崎くんの浴衣姿」
と耳元で囁いた。
「……ッ!」
咲耶が持っている濃紺色の浴衣を着ている陽介を想像して、咲月は顔を赤くするのだった。




