第25話 皆で勉強会、二人で勉強会
期末考査が一週間後に迫った日の朝。
陽介が教室に入ると――
「星崎くんっ……! 勉強、教えてくださいぃっ……」
隣の席の信司が泣きついてきた。
「急にどうしたよ……? 話、聞こうか……?」
「うん、それがさぁ…………」
信司の話をまとめると――
「中間テストの成績が思っていた以上に悪かったから、期末で挽回しないと親にゲームを没収されてしまう……と」
「そうなんだよぉぉ……」
高校生になってまで親にゲーム機を没収される危機に遭う奴がいるなんて、と思わなくもないが陽介はグッと言葉を飲み込んだ。
「ちなみに学年で何位だったんだ?」
陽介の質問に、信司は声のトーンを抑えて答えた。
「…………153位」
「Oh……マジかぁ……」
一学年七クラスで約二百八十人。
真ん中よりもちょっと下の順位だ。
「目標は? 平均点取れば大丈夫か? それとも順位か?」
「あ~……平均点取れば大丈夫だと思う」
「う~むぅ……このことはお前の幼馴染たちは知ってるのか?」
「葉瑠香には登校途中に話したけど、どうして?」
「いや……中間テストの問題って、中学の範囲も混ざってたからさ。四季の中学時代の成績を聞いてみようかと思ってな。場合によっては中学生用のテキストもやった方が確実に点数が取れるだろうし」
土台がしっかりとしていないと、どこかで崩れることになる。
そうなれば成績はガクンッと落ちるだろう。
一年一学期の今ならリカバリーは全然間に合うはずだ。
「中学時代はそこそこ点数取れてたと思うんだけどなぁ……」
「まぁ、この学園の入試に受かってるんだから、そうなんだろうけど」
(う~ん、どうしたものか……って、ちょっと待て。こういう勉強イベントは野郎同士じゃなくて、ヒロインズとやるべきイベントじゃないか?)
陽介の中のエロゲ脳がそう指摘する。
ただ、信司が頼ってきてくれたことは単純に嬉しかったので力にはなりたい。
(確か、教師の許可が下りれば空き教室を勉強会に使えるんじゃなかったっけ?)
入学式の翌日のオリエンテーションでそんなことを担任の高梨先生が言っていたような記憶がある。
「せっかくだし、皆で勉強会するか」
「皆って?」
「四季、春山さん、夏川さん、俺……あとは向こうの時間が空いてれば常陸院さんも誘おうかな」
咲月はなんといっても学年首席。
陽介も彼女に勉強を見てもらいたいくらいだ。
それに学園内外で一番関わりがあって、仲がいいのは咲月だ。
一緒に勉強できたら楽しそうだ、と思う。
陽介は早速、生徒手帳をパラパラとめくり、許可が下りれば空き教室を使用できることを確認する。
そのことを信司に伝えると、彼も乗り気になった。
「いいねっ、皆で勉強会! 僕は二人に訊いてみるね」
「うぃ。俺は常陸院さんに聞いてみるよ」
こうして五人で勉強会をする方向で話が進む。
メッセージアプリで咲月に確認を取ると、二つ返事で参加を表明してくれた。
朝のホームルームが終わり、担任の高梨先生が教室を出るのを追いかけて、陽介は空き教室の使用許可をお願いする。
学年五位の陽介が主催で、学年首席の咲月も参加するということもあって、あっさりと使用許可が下りたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早速、その日の放課後から勉強会をすることにした。
五人ともクラスメイトだが、それぞれ普段一緒にいるグループが違う。
なのでまずは軽く自己紹介から始めた。
そして各々が自分の勉強に取り組み、わからないところを咲月か陽介に質問する形式の勉強会になった。
(理想は四季とヒロインズの組み合わせだったんだけど、夏川さんは四季以上に勉強ができなかったんだよなぁ……素で忘れてた)
今は咲月が葉瑠香と奈々に勉強を教えている。
そして結局、陽介が信司の勉強を見ていた。
「う~ん……星崎くん、ここって……」
「ん? あ~惜しいな。そこは、こっちの公式を使って……」
「ふむふむ……あっ、それなら……こう?」
「そうそう。いい感じじゃん……って、そこ計算ミスしてるぞ?」
「え? ……あ、本当だ」
「ケアレスミスを減らすのも、四季の課題かもなぁ……」
信司の質問に答えながら、チラッと咲月を見る。
丁寧に二人に勉強を教えている彼女の表情は心なしか楽しそうに見え、声も弾んでいるように感じた。
勉強会は金曜日まで毎日続いた。
途中、信司と夏川奈々がオーバーヒート気味になっていたが、二人とも最後まで頑張って食らいついていた。
期末考査前の最後の勉強会が終わり、帰りは常陸院家の車でアパートまで送ってもらう。
というか勉強会が始まってから毎日送ってもらっていた。
黒塗りのセダンの車内で、陽介と咲月は勉強会の成果について話す。
「あとは土日に各自でしっかりと勉強すれば、四季も夏川さんも平均点は取れるんじゃないか?」
「そうですね。皆さん頑張っていましたし、春山さんもかなり成績が上がると思いますよ」
「常陸院さんも頑張って教えてたね」
「はいっ。勉強会は初めての経験だったので、つい張り切ってしまいましたっ」
照れ笑いを浮かべつつも、嬉しそうな咲月。
「あはは、いいじゃん。人に教えるのも勉強になるし、二人に勉強を教えてた常陸院さんは楽しそうに見えたしな」
「……楽しそう。確かに楽しかったのかもしれませんね」
「勉強会に誘った身としては、楽しんでもらえてよかったよ」
「ふふっ、誘ってくださってありがとうございます」
「ん、どういたしまして」
不意に二人の間に沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは咲月だった。
「あの、星崎さん? 明日はウチで勉強会をしませんか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お邪魔します」
午後一時半。
常陸院邸への二度目の訪問となる陽介。
今日は咲月の両親は不在だそうだ。
車で送迎に来てくれた執事の瀬戸に、午前中に買っておいたシュークリームを渡してあるので途中の休憩時間に出してくれるだろう。
「星崎さん、いらっしゃいませ。お待ちしていました」
紺色のロングTシャツに赤色のタータンチェックのロングスカートという落ち着いた格好をした咲月に迎えられた。
(休日のお家コーデ、ってやつなのかな?)
そんなことを考えながら、咲月に先導されてリビングへ移動する。
(どんなリビングなんだろうなぁ……)
ワクワク感と若干の不安が入り混じる。
そして咲月がリビングの扉を開けた。
リビングに入ると、暖かみのある木製の大きなテーブルと椅子が目についた。
その奥にはソファーとローテーブルが置かれている。
(きっとどの家具もお高いんだろうけど……でも、ゴテゴテしてないシンプルな感じが落ち着くし、逆に格式みたいな凄みを感じる。……気がする)
咲月にテーブルに案内されると、すでに咲月の勉強道具がテーブルの上に広げられていた。
テーブルの向かい側に座ろうとしたが、
「さぁ、星崎さんはここに座ってください」
「……うぃ、了解」
何故か咲月の隣に案内される。
席の並びについては、もう突っ込んだら負けなのだろう。
そう思って、陽介は黙って咲月の横の席に座った。
そしてカバンから勉強道具を取り出す。
「今日明日は最後の見直しみたいな感じだよなぁ」
「そうですね。でも、最後まで油断しないことが大切ですよ?」
「そうだな。せっかく皆でいい感じに勉強会やったのに、油断して成績を落とすのはつまんないもんな」
「くすっ、そうですね。つまらない、ですもの。小説でもラストが綺麗にハッピーエンドで締められている作品の方が私は好きですから」
小説が好きな咲月らしい比喩に、陽介も思わずニヤッと笑みが零れる。
「だな。よしっ! 綺麗に締めて、気分よく夏休みを迎えようぜ!」
「はいっ!」
二人は各々の教科書や参考書と向き合う。
リビングにカリカリとシャープペンが紙を擦る音が小さく響いていた。
(ふぅ……いい感じに集中できたな)
区切りのいいところまで参考書を解き終わり、シャープペンを置いてググッ……と背筋を伸ばした。
そんな陽介に、いつの間にかリビングにいた執事の瀬戸が声を掛けてくる。
「星崎様、お疲れ様です。お茶の準備ができてございますので、一息つかれてはいかがでしょうか? お嬢様もそろそろ休憩なさってください」
「あ、はい。瀬戸さん、白木さん。ありがとうございます」
「わかりました。少し休憩しましょう」
メイドの白木が紅茶とシュークリームを二人に配膳していく。
シュークリームを見て目を輝かせた咲月に、執事の瀬戸が声を掛ける。
「お嬢様、このシュークリームは星崎様が買ってきてくださったのですよ」
「まぁ、そうでしたの。星崎さん、ありがとうございます」
「いやいや、勉強のお伴は甘い物だと思ってね。あ、瀬戸さんと白木さんの分もあるので、よければ食べてくださいね」
「お心遣い、感謝いたします」
慇懃に頭を下げた瀬戸が、白木を連れてリビングから退出した。
「んぅ~♪ カスタードクリームが凄く濃厚で、甘さ控えめのシューによく合っていますねっ」
「だね。満足感もしっかりあるし、しつこくないのがポイント高いと思う。この辺で結構、有名な洋菓子屋らしくてさ、前々から気になってたんだけど……当たりだな」
かなり集中して勉強していたので、カスタードクリームの甘さが身に沁みる。
そしてメイドの白木が入れてくれた紅茶を一口飲む。
美味しく温かい紅茶に癒やされ、陽介はホッ……と息を吐いた。
(う~ん……お菓子作りに挑戦してみるのもありかもな)
やればやっただけ成長できる。それが陽介の考えるこの世界の原理原則だ。
そうでもなければ前世で凡人だった陽介が、県内有数の進学校で学年五位を取れるはずがない。
「? 星崎さん、何か考え事ですか?」
「あぁ……自炊とかバイト先で食事系は作るけど、お菓子系ってバイト先のメニューにあるパンケーキとパフェくらいしか作ったことなかったなぁ、って思ってさ。夏休みに入ったら、お菓子作りにもチャレンジしてみようかなって考えてたんだわ」
「それは素敵ですねっ! 星崎さんの作ったお菓子、食べてみたいです」
「ははっ、食べてみたいものがドンドン増えてくな。まだパスタもご馳走できてないのになぁ」
「うっ……べ、別に食い意地が張っているわけではありませんよ……?」
「くくっ、それはわかってるから大丈夫だ」
「むっ……ちょっと意地悪な言い方をしましたね?」
咲月が可愛らしく頬を膨らませ、ペチンと陽介の腕を軽く叩く。
「そんなことはないだろ」
「そうですか? なんとなく揶揄われた気がしたのですが……」
咲月がシュークリームの最後の一欠片を口に入れるのを視界の端で見て、陽介も紅茶で口内をリフレッシュさせる。
「さっ、休憩も終わりだ。もうひと頑張りしようぜ」
その後、二人は主要五科目を詰め終わったのだった。




