第22話 常陸院家で夕食会
丁度、陽介と咲月の会話が途切れたタイミングで応接室の扉がノックされた。
執事の瀬戸が夕食の準備ができたことを二人に伝え、食堂に案内される。
(ついに常陸院さんの両親と対面するのかぁ……。緊張でご飯の味がわからない気がするんだよなぁ……)
瀬戸が扉を開き、咲月の二歩後ろをついて食堂に足を踏み入れる陽介。
食堂は中央に大きな木の長方形のテーブルがあり、お誕生日席にダンディーな男性が座り、その斜め横に咲月によく似た女性が座っていた。
(この人たちが常陸院さんのご両親……!)
食堂の入り口で陽介が立ち止まると、二人は立ち上がり笑顔を浮かべた。
「やあ、君が星崎陽介くんだね。よく来てくれた、歓迎するよ。私は咲月の父の常陸院夜月だ。よろしく」
「は、はいっ! 星崎陽介と申しますっ! 常陸院さん……咲月さんにはお世話になっていますっ!」
「はははっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「そうよ~今日はゆっくりと我が家のシェフの料理を楽しんでね。私は咲月の母の咲耶よ、よろしくね~」
「はいっ……」
「とりあえず、挨拶も終わったことだし、皆席につこうか。星崎くんは咲月の隣に座るといい」
夜月に促され、テーブルにつく。
「堅苦しいことは抜きにして、いつも通りの君たちでいてくれると嬉しいな」
「は、はい、善処します……」
緊張が隠せない返事をしつつ、陽介はテーブルに並べられた料理を見る。
バケットにビーフシチュー。ローストビーフにサラダにオニオンスープ。そして、ハンバーグ。
一皿一皿の量はそこまでではないが料理の種類が多く、どれも美味しそうだ。
料理を眺めている陽介に、咲月が声を掛けた。
「ふふっ、いつもはもっと野菜多めなんですよ? 今日は星崎さんが来てくださったので、普段よりも豪華でお肉も多めになっているんです」
「え、そうなんだ。……なんだかすみません」
夜月に軽く頭を下げる。
「いやいや、気にすることはないよ。それにシェフも張り切っていたよ。ウチはそんなに人を招待しないから、私たち以外に腕を振るうチャンスが少ないからね」
「そうなんですか……?」
「ああ、家は家族のプライベート空間だと思っているからね。あまり他人を入れたくないんだよ。だから取引先や繋がりのある家との会合は個室のあるお店で済ませているんだ」
自分はそのプライベート空間に入ってもいいのだろうか、とツッコミそうになるのをグッと我慢する。
せっかく招待してもらっているのに、それを言うのは野暮だろう。
「なるほど……」
「ささ、冷めないうちに食べてくれ」
夜月に促され、陽介はローストビーフにフォークを伸ばす。
「うんっ……やっぱ、美味しいっ。このソースも最高だ」
「ふふっ、体育祭の日に美味しそうに食べていたので、シェフにリクエストしておいたんですよ」
「ああ、やっぱ……? なんとなくそうなのかな、って思ったよ」
コロコロと笑う咲月も、自身の皿からローストビーフを上品に口に運ぶ。
「星崎くんはお肉が好きなの?」
サラダを食べていた咲耶が話を振ってくる。
「はい、好きですね。普段は豚肉か鶏肉が多いので、牛肉が食べられるとテンションが上がります」
「ふふっ、男の子なのね~」
上品な笑い方が咲月そっくりだった。
いや咲月が咲耶に似ているのだ。
「うむ。おかわりの用意もあるから、思う存分食べてくれ」
「はいっ……ありがとうございますっ……」
味がわからなくなる、といった心配は一口食べて杞憂に終わった。
(次はどれを食べようかな……お?)
夜月がビーフシチューにバケットを浸けて食べていた。
(あれ? 確か、フォーマルな場所だとマナー違反なんじゃなかったっけ? いや、夜月さんが言うには家の中はプライベート空間なんだし、今日は難しいことを考えなくてもいいのか)
今日のために事前にテーブルマナーについて調べていた陽介は、『マナーを気にせず、料理と場の雰囲気を楽しんで欲しい』という夜月の言外の気遣いを下調べのおかげで運良く、上手に汲み取れた。
陽介も真似をしてビーフシチューにバケットを浸ける。
「おおっ……ソースが美味しいっ! 肉は……ん~っ、ホロホロだっ」
「星崎さんは本当に美味しそうに食べますね。見ていて気持ちいいです」
「そ、そう……? 一人ではしゃいでたみたいで、ちょっと恥ずかしいな。……でも、凄く美味しいよ」
シェフと呼ばれているくらいだ。
きっとどこかの有名店から常陸院家にスカウトされてきたんだろう。
まさにプロの味、という印象だった。
箸休めにサラダを食べて口の中をリセットする。
そして、ハンバーグにフォークとナイフを向ける。
(ケチャップベースのソースかな? ビーフシチューがあるからデミグラスソースを避けたのか?)
そんなことを考えながらハンバーグを一口大に切って、口に運ぶ。
「むぐっ……このハンバーグ、美味しいなっ。安心する味っていうか、優しい味っていうか」
みじん切りにされた玉ねぎの甘みが絶妙だ。
あっという間にハンバーグを食べ終わった陽介が、おずおずと口を開く。
「あのぉ……このハンバーグ、おかわりしてもいいですか……?」
「ええ、もちろんよっ! ね、咲月?」
「は、はいっ……!」
嬉しそうな咲耶と、頬を赤らめる咲月。
なんだろうか、と陽介が首を傾げているとメイドさんがササッとおかわりを配膳してくれた。
メイドさんにお礼を言って早速、ハンバーグにナイフを入れる。
(うんっ、やっぱ美味いっ!)
一口、また一口。陽介は味わいながらハンバーグを食べる。
その食べっぷりを咲月が嬉しそうに眺めていたのだが、陽介はハンバーグに夢中で気がつかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食後。メイドさん――白木が入れてくれたカモミールティーを飲んでいると、咲耶が陽介に話し掛けた。
「星崎くん、今日の料理だとどれが一番美味しかった?」
「そうですね……どれも美味しかったですけど、一番はハンバーグでしょうか?」
「ふふっ、そう。星崎くんさえよければ、これからも時々お弁当に入れてお裾分けしましょうか?」
「さすがにそれは申し訳ないですよ……」
本音を言えば食べたいとは思う。だが、図々しくはないだろうか?
「一人増えたところで手間はそれほど変わらないから遠慮はいらないわよ?」
あまり断り続けるのも失礼だろう。
「……それでは、たまに食べさせていただければ」
「わかったわ、期待していてね。……そういえば、ハンバーグはプレーンなケチャップソースが好きなのかしら?」
「う~ん……ケチャップソースのシンプルなものも好きですけど、デミグラスハンバーグとか、おろしポン酢の和風ハンバーグとかチーズハンバーグも好きですね。とりあえず、ハンバーグは全般的に好きです」
「あらあら、それはさぞ作り甲斐があって楽しいでしょうね」
楽しそうにウインクする咲耶。
若々しくお茶目な仕草が、高校生の娘がいるとは思えないほどに似合っていた。
(咲耶さんは常陸院さんとは結構、性格が違うみたいだなぁ……でも、笑い方はよく似てる。常陸院さんは将来、控えめな咲耶さんって感じの女性になるのかねぇ?)
そんなことを考えていると、隣に座っている咲月に袖を引かれた。
「? 常陸院さん、どうした?」
「お母様とばかりではなく、私ともお話してください」
「えぇっとぉ……?」
陽介は思わず、咲耶と夜月を見る。
だが二人は楽しそうに、そして微笑ましそうに陽介と咲月を見て、笑っているだけだった。




