第21話 常陸院家にお邪魔します
金曜日の夜。
体育祭の帰り道に約束した常陸院家での夕食会の日がやってきた。
とりあえず清潔感を重視したシンプルなモノトーンのコーディネートをチョイスして、陽介はソワソワしながら迎えの車を待つ。
(う~ん……緊張するっ……! 両親が在宅している友人宅に行くのなんて、前世の中学生の時以来じゃないか?)
しかも移動は高級セダンで、執事がいるくらいお金持ちなお嬢様のお宅に呼ばれたのだ。
前世含めて血統書付きの庶民である陽介は、セレブなお宅になんてお邪魔したことがない。
(一応、菓子折りは用意したけど……こんな庶民的なものを渡すのも逆に失礼になったりしないよな? いや、こういうのは気持ちだし、百五十年以上続く老舗のお煎餅だし、大丈夫だよな?)
数分おきに鏡を見て前髪を指先でいじっていると『アパートの下に着きました』と咲月からメッセージが届いた。
手早く返信して、ボディバッグと菓子折りを持って部屋を出る。
「星崎さん、こんばんは」
「こんばんは。今日はよろしくな」
黒塗りの高級セダンの後部座席に乗り込み、咲月の隣に座った。
車はスーッと滑らかに発進し、常陸院家に向かって走り出す。
「いや~、緊張するなぁ……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。お父様もお母様も星崎さんが来てくださるのを楽しみにしていましたし」
「いやいや、それはそれでプレッシャーだからな?」
クラスメイトで友人とはいえ、異性の両親に会うのだ。
しかも名家で資産家で、傘下企業が何社もあるグループのトップ。
「そのままの星崎さんなら、きっと大丈夫ですよ」
「そうかなぁ……まぁ、常陸院さんが言うならそうなのかもなぁ……」
「くすっ、今の星崎さんは可愛らしいですよ?」
「むっ。この間も言ったけど、年頃男子への『可愛い』は褒め言葉じゃないからな……」
『褒め言葉』という単語で、陽介は言い忘れていたことを思い出した。
「っと、今日も常陸院さんの服装、シンプルだけど上品な感じで似合ってるな」
濃い青色のワンピースに薄手の黒いカーディガンという控えめな服装は、洗練された印象を与える。
「ふふっ、ありがとうございます。それを言ったら、星崎さんもシックで大人っぽい服装が似合っていますよ」
「そ、そうかな……? まぁ、そう言ってもらえてよかったよ」
車内で咲月と話しているうちに、段々と緊張が解けていく。
しかし――
「……この大きな門の中に入るの?」
鉄製の大きな門扉を見て、緊張がぶり返した。
(確かにさっきからずっと同じ塀が続いてるな~とは思ってたけどさぁ……どんだけ広いんだよ、常陸院家……)
車が一時停止すると、重厚そうな門扉がスムーズに開く。
そして、陽介と咲月を乗せた車が常陸院家の敷地内に入っていった。
まさに豪邸と呼んで差し支えない大きな洋風の屋敷。
車寄せに停車し、陽介が先に車から降りる。
続いて降りてくる咲月になんとなく手を差し伸べてみた。
豪邸が醸し出している上流階級的な雰囲気が、陽介をエセ紳士にしたのだろう。
咲月は差し出された手を見てニコッと微笑み、陽介の手を軽く掴んで車から降りる。
「ありがとうございます。星崎さんは紳士ですね」
「い、いや……そんなことはないと思うけどな」
真っ直ぐに褒められて照れつつ、陽介は咲月と一緒に執事の瀬戸が開けてくれた両開きの玄関扉を通る。
陽介を迎えたのは広いエントランスだ。
高い天井にはシャンデリアが吊るされている。
「お、お邪魔します……」
「星崎さん、いらっしゃいませっ」
緊張している陽介に、咲月は心底嬉しそうな満面の笑みを向ける。
そんな咲月を瀬戸が慈しむような表情で見つつ、陽介に声を掛けた。
「星崎様、ひとまず応接室でお茶でもいかがでしょうか? 三十分後に食堂にご案内いたしますので、それまではお嬢様のお相手をお願いできますでしょうか?」
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる陽介。
「それではお嬢様、私は旦那様と奥様に星崎様の到着を知らせてきますので、どうぞごゆるりとお茶を楽しんでください」
目尻を下げて微笑み、一礼をしてから瀬戸はエントランス横の階段を登っていく。
「星崎さん、それでは応接室にご案内しますね」
「うん、お願いします……」
(洋館って玄関で靴、脱がないんだなぁ……)
ワインレッドのフカフカしたカーペットの廊下を、咲月に先導されて進む。
そして、重厚感のある木製の扉を開けて応接室に入った。
(広いなぁ……アパートのリビング四つ分以上はあるよなぁ……)
ついキョロキョロと応接室を見回してしまう。
「どうぞソファーに座ってください」
「あ、はい……」
咲月に促されて、陽介はソファーに座った。
(うぉ、身体が沈む……! フカフカだっ……!)
座り心地に驚いていると、陽介の隣に咲月が座る。
二人の距離は拳二個分ほどの隙間しかなく、咲月の女性らしいフルーティで甘い香りが陽介の鼻腔をくすぐった。
「今、お茶がきますので、少し待っていてくださいね」
「あ、ああ……」
(そんなことよりも俺の隣に座ってることの方が気になるんですけどぉ……。それに凄くいい匂いがするんですけどっ……!)
いきなりの至近距離に動揺していると、扉がノックされる。
そしてメイド服を着た女性がティートロリーを押しながら応接室に入ってきた。
(メイドさんっ!? …………いや、執事の瀬戸さんがいるんだし、メイドさんもいてもおかしくはない、んだよな……? っていうか、マジでメイド服着てるのか……)
メイドさんという非日常な存在との遭遇に混乱しているうちに、テーブルにティーカップが置かれる。
カップの中には透き通った黄金色の紅茶が注がれていた。
(ふぅぅ……とりあえず、飲んで心を落ち着かせよう……)
動揺と混乱が一周回って、少し冷静になった陽介が高級そうな――実際に高級なんだろうティーカップを摘み、紅茶を一口飲む。
「ッ!? なんて表現すればいいのかわからないけど、凄く美味しい……」
「ふふっ、お気に召したようでよかったです。こちらのメイドの白木はウチで一番、紅茶を淹れるのが上手なんですよ」
「へぇ~……。白木さん、美味しいです。ありがとうございます」
とりあえず感謝を伝えると、白木は「恐縮です」と頭を下げた。
そのやり取りを見ていた咲月も紅茶に口をつける。
「あら? このダージリン、お母様のお気に入りの農園のものですよね?」
「はい、お嬢様。奥様からこちらの茶葉で星崎様をおもてなしをするように、と仰せつかっております」
「まぁ。お母様ったら余程、星崎さんが来てくださるのが嬉しかったのですね」
どうやら咲月の母からは歓迎されているようだ、と咲月と白木の会話から推測する陽介。
それと同時に、この紅茶はやはり高級品だということも理解した。
その後、高級ティーカップにビクビクする陽介と、慣れた手つきで優雅に紅茶を飲む咲月は、本の話や休日にしていることなど、あれこれと雑談を楽しんだのだった。




