第20話 おかずの交換と対抗心
体育祭の浮ついた空気は、登校した時点でもう残っていなかった。
クラスメイトたちはすでに普段通りに朝のホームルームまでの時間を、各々いつも通りに過ごしている。
(こういう切り替えの早さは、さすがは県内有数の進学校だよな)
陽介がそう感じながら教室内を眺めていると、信司に話し掛けられた。
「星崎くん、昨日はありがとね」
「ん? ゲームのことか? それなら俺こそ誘ってくれてサンキューな」
信司も体育祭のことなどなかったかのように通常運転だ。
「また時間があったら、一緒に一狩りいこうね」
「うぃっ。別のゲームでも持ってるやつなら誘ってくれよ。でも、できれば協力ゲーがいいな」
「了解~」
そんなことを話していると、担任の高梨先生が教室に入ってきて、朝のホームルームが始まったのだった。
そして昼休み。
いつも通り、自席でお手製の弁当を広げる。
いざ食べようとした時、隣から声が掛かった。
「星崎くんのお弁当、本当に美味しそうだよねぇ」
「ん~? それじゃあ、おかずの交換するか? 春山さんがいいって言えば、俺は全然いいぞ?」
陽介たちの会話を聞いていたのだろう。
春山葉瑠香が「いいよ~。星崎くんも、お気遣いありがとね」と少し離れたところから許可をくれた。
「よし、作り手の許可も出たし、どれがいい?」
「う~ん、迷っちゃうなぁ……」
陽介の弁当を覗き込んで悩む信司。
「おすすめはナポリタンスパゲティとアスパラのベーコン巻きと卵焼きかな」
「じゃあ、それ貰おうかな。僕のおすすめは……葉瑠香の料理はどれも美味しいんだけど、卵焼きと唐揚げとポテトサラダだね」
信司の言葉に、春山葉瑠香が嬉しそうにはにかんでいた。
その表情をチラッと見てから、陽介は春山葉瑠香お手製の弁当を覗き込む。
こまやかで彩り豊かな、一目見れば手が込んでいることがわかる弁当だ。
「そんじゃ、俺もおすすめを貰うわ」
早速、陽介と信司はおかずを交換した。
「……いただきます」
春山葉瑠香が作ったおかずに軽く手を合わせる。
内心では『ご馳走様です。四季と春山さんの仲がいいようで最高ですっ』と尊さにも手を合わせていたのだった。
そして、箸を卵焼きに伸ばした。
「おっ……上品な甘みにしっとり柔らかい。うん、美味しい」
牛乳か豆乳を使ってクリーミーで柔らかな触感を出す工夫がされているのだろう。
(……あれ? もしかしてほぼ毎食自炊してるから、味覚のステータスも上がってるのか? ステータスというか、味覚が鋭敏になっている感じなのかもしれないな)
食べただけで使われている材料が想像できるほどの経験値はまだないはずだ。
それなのに、なんとなくわかる感覚があった。
つい考え込みそうになった時――
「うわぁっ、この卵焼き、チーズが入ってるっ……! 凄く美味しいよっ!」
「あ、ああ……コンソメとかで味を整えてる洋風の卵焼きだからな」
「へぇ~。なんだか新鮮な味だねぇ」
「まぁ、卵焼きって和風が基本だしな。あとは好みで甘い系かしょっぱい系かに分かれる感じだよな」
その後も二人はおかずを交換して食べていく。
唐揚げもポテトサラダも丁寧に作られていて、とても美味しかった。
(……春山さんはプロの料理人じゃない。だけど凄く美味しい。それに、このおかずたちが手間暇が掛けられていることは食べたらわかる。春山さんは無意識のうちに料理のステータスを積み上げていった、ってことなのか?)
春山葉瑠香の作った料理から、長年幼馴染に料理を作り続けて培われた技術と工夫を感じつつ、美味しくいただいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お昼休み。
咲月はクラスの女子、数人に囲まれて昼食を取っていた。
「常陸院さんは星崎くんと仲がいいんですか?」
「ええ。仲良くさせてもらっていますね」
「へぇ~……星崎くんもお金持ちのお家なの?」
「さぁ、星崎さんのお家のことは私は知らないです」
「てっきり社交界とかパーティで仲良くなったのかと思いましたよ」
「……私はあまりそういう場には出席しないので」
朝のホームルーム前から、咲月はこの手の質問をされていた。
以前から、家の話などを興味本位に聞かれること自体はよくあることだった。
だが、特定の誰かとの関係を色々な人に何度も聞かれるのは初めてのことだ。
(う~ん……そんなに興味を引くものなのでしょうか……? いえ、男女の関係性は皆さんがお好きな話題ですからね)
咲月は話に加わることはなかったが、過去にもクラスの女子たちと昼食を一緒に取っていた時に『◯◯さんと〇〇くんが最近いい感じみたい』とか『〇〇ちゃんが彼氏と別れたんだって』といった男女関係の話題がよく出ていた。
(星崎さんにご迷惑が掛かっていないといいのですけど……)
そう思って、陽介の席をチラッと見る。
すると――
「星崎くんのお弁当、本当に美味しそうだよねぇ」
「ん~? それじゃあ、おかずの交換するか? 春山さんがいいって言えば、俺は全然いいぞ?」
陽介と信司が弁当のおかずを交換しようとしていた。
(確か四季さんのお弁当は幼馴染の春山さんが作っているのでしたね)
この辺の話題も、昼食の時にクラスの女子が話していたので、咲月も耳にしたことがある。
その春山葉瑠香が作った信司の弁当のおかずを、陽介が美味しいそうに食べているのを見て、咲月はモヤモヤとした気分になった。
(……もしも私が自分で作ったお弁当のおかずを星崎さんと交換してもらえたとして、星崎さんに美味しいと言ってもらえるのでしょうか?)
幼少期から様々な習い事を一流の講師たちに習ってきた咲月。
そんな中で母である咲耶が自ら咲月に教えたのが、料理を含む家事全般だった。
普段、使用人たちが屋敷の管理、家事を全てやってくれているので常陸院家の娘である咲月が家事をする機会などない。
だが咲耶は娘である咲月に家事スキルを教え込んだ。
(……星崎さんに私の手料理を食べて欲しい。できることなら、春山さんのように美味しいと喜んでもらいたいです)
今までに感じたことのない焦燥感。
自分の手料理を美味しく食べて欲しい。
自分をもっと見ていて欲しい。
できることなら自分だけを……。
そんな思いが無意識のうちに咲月の胸中に渦巻いていた。
(この気持ちは、なんなのでしょうか……?)
陽介を他の人に渡したくない、という執着。
居心地のいい彼の隣に居続けたいという独占欲。
そんな欲求を初めて感じた咲月は、その感情に名前が付けられずに戸惑う。
(とにかく、私の手料理を星崎さんに美味しくいただいて欲しいですっ! お母様にお願いして、また料理を教えていただきましょうっ!)
優しく根っからのいい子である咲月は、ドロドロとした重い感情を無自覚で振り払ったのであった。




