第17話 体育祭当日(午後の部・上)
昼休みも終わり、体育祭も午後の部が始まった。
クラスの男子たちが色々と聞きたそうな視線をチラチラと向けてくるが、陽介はそれを気合で受け流す。
「おっ、女子のダンスが始まるぞ」
「う、うん……」
グラウンドに入場してくる女子を見ながら、隣に座っている信司に声を掛ける。
彼は陽介に生返事をしながら、しっかりと幼馴染を目で追っていた。
(おぉ~! ホントに原作のイベントCGと同じチアガールの衣装だっ!)
青と白のツートーンのチアガール衣装。
上は袖も裾が短く、学校行事なのに見事なへそ出しだ。
スカートも下にスパッツを穿いているとはいえ、太ももの真ん中辺りの超ミニスカートだった。
(さすがはエロゲを準拠している世界だなぁ……)
そんなことを考えていると、ここ最近ネットで流行っている曲が流れ始める。
ダンスが始まると陽介の視線は、咲月に釘付けになった。
(美少女で性格も穏やかで優しいし、学年首席で運動もできる……その上、スタイルも抜群。ヤバいなぁ……ホント、超メインヒロイン級のスペックじゃんな)
しかもお金持ちのお嬢様。
小柄な身体をしっかりと動かし、四肢をしなやかに使ってポーズをバシッと決める。
咲月の見事なダンスに目を奪われていると、不意に彼女と視線が交差した。
その瞬間、咲月は柔らかな笑みを浮かべたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(星崎さんの作った卵焼きは美味しかったですし、一緒にお昼を食べられて楽しかったですし……午後も頑張りましょうっ)
教室で陽介と信司の会話が耳に入り、陽介が作った弁当が気になってしまい、ついつい声を掛けてしまったが、そのお陰でいい気分で午後も体育祭に臨めそうだ。
ロッカールームでジャージから、ダンスの衣装であるチアガールの衣装に着替えて、クラスの女子たちと一緒に入場門に移動する。
(うぅ……やはり、このチアガールの衣装は露出が多くて恥ずかしいですね。ですが皆さんも着ていますし……)
練習の時は女子しかいなかったのでそこまで気にならなかった。
だが今日は違う。
この姿を陽介に見られると思うと顔が熱くなってしまう。
(平常心です……うん、大丈夫)
深呼吸をしてから咲月は周りの女子と並んでグラウンドに入場して、ポジションに着く。
そして、音楽に合わせて練習通りに踊る。
(ッ……こういう不躾な視線は苦手です……)
幼い頃から良家の娘の上に、容姿が整っていた咲月は自分に向けられる視線の質に敏感だった。
今も身体を動かすたびに、大きく育ってしまった胸や尻、チア衣装から露出している腕や足に男子生徒たちのねっとりとした嫌な視線を感じていた。
(せっかくいい気分でしたのに……)
咲月のテンションが下がりそうになった、その時。陽介と目が合った。
「あっ……」
いつも通りの穏やかで優しげな視線。
その視線を感じた瞬間、嫌な気持ちはどこかへ行ってしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや~ダンス、凄かったな! 相当練習したんじゃないか?」
学年の女子全員で踊っていたのに、かなり息の合った動きをしていた。
そんな陽介の疑問に、隣りに座っている信司が答える。
「葉瑠香が言ってたけど、女子は体育の授業でこのダンスをずっと練習してたみたいだよ」
「あ~なるほどな。授業の成果のお披露目でもあるのか」
陽介が信司と話していると、ジャージに着替え終わった女子たちがゾロゾロとクラスの応援席に戻ってきた。
何とはなしにその女子の集団を眺めていると、銀髪の美少女と目が合った。
咲月はパッと笑顔になって、トコトコと陽介のそばに寄ってくる。
そんな彼女を労おうと、声を掛けた。
「常陸院さん、お疲れ様。ダンスよかったぜ」
「ありがとうございます。星崎さんが見ていてくれたので、安心して踊ることができました」
「そう? 俺が見てるだけでそんな効果があるとは思えんけどなぁ……?」
照れ隠しに曖昧な笑みを浮かべて頭を掻く陽介。
「ふふっ、効果は抜群でしたよ」
美少女の無垢な笑顔の破壊力は抜群だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
演目はつづがなく進行していき、次は咲月が出場する障害物競争だ。
集合場所に移動するために席を立ったはずの咲月が陽介のところにやってくる。
「星崎さん、頑張ってきますね」
「ああ、応援してるよ。でも怪我には気をつけてな」
「はいっ、いってきますっ」
陽介に笑顔を振りまいて、咲月は今度こそ集合場所に向かっていった。
あとに残された陽介。
隣に座っていた信司が首を傾げて咲月の背中を見ていた。
「……星崎くんって、常陸院さんとかなり仲がいいんだね?」
「う~ん、多分? 仲が悪いとは全く思ってないけどさぁ……」
ただ、そこまで好かれるようなことをした覚えもない。
(図書室で雑談したり、一緒に本を読んだり……休日に図書館に一緒に行ってカフェに寄ったり、映画を観に行ってファミレスに寄ったりしただけだよな……)
確かに休日のお出掛けは『デートっぽいかも?』と思ったことはあった。
とはいえ、何か特別なことがあったわけでもない。
「なんていうか……常陸院さんは星崎くんの前だと、ちょっと雰囲気が違うっていうか、他のクラスメイトと話してる時よりも柔らかな感じがするよ」
「へぇ~、よく見てるんだな」
「あ、いや……僕もそう感じたけど、お昼食べてる時に葉瑠香がそう言ってたから」
「ほぉ、女子がそう言ってるのか……男子に比べて女子はそういう空気に敏感だっていうしな……」
そんなことを話していると、障害物競走が始まった。
参加している生徒たちの走りを眺める。
「平均台って何気に難しいよな」
「わかる、バランス取りながら速く進まなきゃだもんね。僕的には麻袋がキツそうにかんじるなぁ」
「あぁ、麻袋は体力持ってかれるよな」
障害物があるお陰で単純な足の速さだけでは勝負が決まらないところが障害物競走のいいところなんだろう。
オーソドックスな障害物ばかりだったが、見ている分には面白い競技だ。
しばらく観戦していると、咲月の順番がやってくる。
スタートラインに立った咲月がチラッと陽介を見た。
視線がぶつかり、彼女の美しいアメジスト色の瞳に引き込まれてしまう。
「頑張れっ!」
少し気恥ずかしい気持ちもあったが、声に出して咲月を応援する。
(ああ、キャラじゃないことはするもんじゃないなっ……!)
陽介は内心で身悶えていた。
だが陽介の声援を受けて、咲月の口角が少し上がった。
パンッ! とピストルの合図と共にスタートダッシュを決めた咲月が先頭になり、綺麗なフォームでハードルを五つ飛び走る。
危なげなく平均台を踏破して、華麗に跳び箱をクリアする。
網くぐりに少し苦戦して二位に順位を落とすも、障害物と障害物の間で一位の生徒との距離を詰める。
そして最後の障害物である麻袋に一位の生徒とほぼ同時に到着した。
咲月が麻袋に入り、ジャンプしながらを始める。
(頑張れっ……!!)
陽介は内心で声援を送った。
その時――
「うぉっ、やっぱり常陸院さん、スタイルいいよなっ!」
「ああ、ジャンプするたびにデカい胸が揺れるのがたまらんねぇ!」
そんな不快なことを興奮しながら話す男子たちに、応援席にいる女子たちが絶対零度の視線を向けていた。
一生懸命に競技に取り組んでいる咲月の外面だけ――それも性的な目で見ている発言に、陽介もイラッとしていた。
陽介の苛立ちを隣に座っている友人はすぐに感じ取ったようだ。
「星崎くん。君がちゃんと常陸院さんを応援してれば大丈夫だよ」
「……ああ、そうだな。ありがとな、四季」
(こういう時に、サラッと人の背中を押せるとこがホント、主人公属性だよな)
原作主人公の気遣いをありがたく思いつつ、苛立ちを逃がすように深く息を吐く。
そして――
「頑張れ、常陸院さんっ! あと少しでゴールだっ!!」
一部男子生徒たちのスケベな会話をかき消すように、声を張って応援する。
陽介の声援が届いたのか、徐々に咲月がリードし始めた。
一位で麻袋エリアから抜けて走り出してから、咲月と二位の生徒との距離がグングンと開いていく。
そして咲月は二位の生徒と大差をつけて一位でゴールしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今度は咲月と信司が出場する借り物競争が始まる。
陽介は二人を送り出して、クラスの応援席でボーッとしていた。
(おかしいな、四季がいなくなると喋る相手がいないぞ……? もしかして俺ってボッチなのか?)
一応、休み時間に世間話程度ならクラスの男子たちとしていたのだが、もう少し信司以外のクラスメイトとも積極的に交流した方がいいのだろうか。
そんなことを考えていると、信司がスタートラインに立った。
「四季、行けっー!」
とりあえずボッチ疑惑を棚上げして、友達を応援する。
少し離れた席で彼の幼馴染である春山葉瑠香と、友達の夏川奈々も控えめだが声援を送っていた。
スタートで出遅れながら、借り物が書かれた紙を真ん中くらいの順位で取る信司。
お題を確認するとすぐに陽介たちのいる応援席に向かって走ってくる。
そして春山葉瑠香に何か伝えて、手を繋いで走り出した。
結果、信司は三位でゴールしたのだった。
『おおっ~、仲良く手を繋いでゴールインっ! 一体、どんなお題だったんでしょうね~?』
お題確認係の生徒は随分と悪ノリが好きなようだった。
ちなみにお題は『幼馴染 or 一番仲のいい異性』。
さすが主人公。運がいい。
世の中には幼馴染がいる人の方が少ないし、誰も彼もが異性と仲良くできるわけではないのだ。
(四季は自信がないだけで、顕在能力自体は平均よりちょい上なんだよなぁ)
ゲームシステムを理解して鍛えれば、もっと上にいけるだろう。
それでなくても彼は原作主人公。潜在能力は主人公スペックなのだ。
その後も借り物競争は続いていき、いよいよ咲月の番になった。
相変わらず綺麗なフォームでスタートダッシュを決めて、一番乗りでお題を取る。
真剣な表情でお題を読んだ咲月がクラスの応援席に駆け寄ってきた。
「星崎さんっ、ご同行をお願いしたいのですがっ……!」
走ってきて少し息が乱れている咲月。
艶っぽい表情にドキッとしてつつ、ポーカーフェイスで頷く。
咲月の横を並走していると、右手が繋がれる。
(ふぇぇっ……!? 常陸院さんの手、ちっちゃくて柔らかいぃっ……!!)
突然の肉体的接触に心臓が跳ねる。
そして『完璧お嬢様』が誰だかわからない男子生徒と手を繋いで走っている光景に、生徒たち――主に男子たちがざわついていた。
周囲のどよめきに包まれながら、咲月と手を繋いだまま一位でゴールテープを切った。
咲月が係の生徒にお題の書かれた紙を渡して、係の生徒がチェックする。
『またしても仲良く手を繋いでゴールイーンっ!! お題の確認をしまぁすっー!』
係の生徒がマイクでアナウンスしている。
「……それで、お題はなんだったんだ? この確認係の奴、さっきから悪ノリが酷いから、ヘンなことを言わないか心配で仕方ないんだが……」
未だに手を繋いだままなのが気になるが、気にしたら負けな気がしてそのままでいる陽介。
「ふふっ、係の人が発表してくれますよ。……確かに独特なノリの方ですよね」
陽介の疑問に、咲月は楽しそうにニコニコしていた。
『それではお題の発表ですっ! お題は…………『一番仲のいい友達』ですっ! いや~今は友達かもしれませんけど、今後はどうなるんでしょうねぇ~? とりあえず、お題はクリアですっ! 一位、おめでとうございますっ!』
体育祭会場全体を煽るような言葉選びに陽介は眉をひそめる。
(自分がゴシップの対象になるなんて、まっぴらごめんなんだが?)
とは言え、陽介は咲月が手を離すまで、されるがままになっていたのだった。




