第13話 バイト始めます
そして迎えた土曜日。
陽介は叔父の星崎謙吾が経営している喫茶店『喫茶スター』にやって来た。
(前世では学生時代にファミレスでバイトしてたし、教われば叔父さん達に迷惑をかけることはない……はずだよな?)
若干の不安を感じつつ、店の扉を開ける。
「いらっしゃいませ~……って、陽介くんかぁ」
「こんにちは、美雪さん」
店内に入るとフロアに出ていた叔父の娘――星崎美雪に出迎えられた。
「お父さんから聞いてるよ。今日からバイト入ってくれるんだって?」
「はい、よろしくお願いします」
「ん、お姉さんがしっかりとフォローするから安心してね」
美雪と話していると、叔父の妻である星崎美樹もやって来る。
「いらっしゃい、陽介くん。今日からよろしくね」
「美樹さん。こちらこそお願いします」
「それじゃあ、バックヤードに案内するからついてきて。あ、あと裏口の暗証番号を教えるから、次からはそっちから入って来てね」
「了解です」
陽介は美樹に連れられて、カウンターを抜けて厨房を通る。
厨房には叔父がいた。
「やあ、陽介くん。今日からよろしく頼むよ」
「はい、お願いします」
「僕はここで待ってるから。美樹、よろしくね」
厨房から廊下を通って、バックヤードに案内された。
「ここがエプロン着けたり、休憩とか賄いを食べたりするスペースね。それでこれがエプロン。使ってないロッカーがあそこだから、陽介くん専用にしていいからねぇ。それで勤務中はカバンとかの貴重品はそこにしまって鍵掛けてね」
「はい、わかりました」
黒色のエプロンを渡される。右胸の部分に『喫茶スター』と刺繍がされていた。
(叔父さん、制服はないって言ってたけど……これも立派な制服だよなぁ)
ロッカーにカバンを入れて鍵を締める。
そしてエプロンを着けて、叔父が待つ厨房に向かった。
「お~。陽介くん、なかなか様になってるじゃないか」
エプロン姿の陽介を見て、叔父はダンディーな笑顔を浮かべる。
「まぁ、毎日エプロン着けて自炊してますからね」
「ほぉ。それなら慣れてきたら店で出す軽食のレシピを教えようか?」
「え? いいんですか?」
『喫茶スター』で出される軽食はこの間ご馳走になったが、かなり美味しかった。
そのレシピを教えてもらえるのはかなり嬉しい。
「ホールだけじゃなくて、調理補助もできるようになってくれると、こっちとしては大助かりだからね」
「頑張りますっ!」
叔父の提案で陽介のやる気がかなり上がったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ありがとうございました。またお越しください~」
会計を終えたお客さんを見送る陽介。
接客に関してはオーダーの取り方、通し方以外は前世のファミレスバイトの経験でどうにかなった。
「いいね~、ホールの仕事は教えることがほとんどなかったよ。初バイトって聞いてたけど、即戦力だね~」
美雪がニコニコと褒めてくれる。
「ありがとうございます。なんとかなりそうでよかったですよ。あとはレジにも慣れないとですねぇ……」
『喫茶スター』のレジは、よく言えばレトロで喫茶店の雰囲気にマッチしていた。
そして素直に言うと結構な旧式のようで、手書きの伝票を見ながら金額を全て手打ちするので、打ち間違えがないかと毎回不安になっていた。
「まぁ、レジなんてバイトしない限りは縁がないだろうしね。それは徐々に慣れていけばいいよ。今の段階でもちゃんとできてるしね」
「そうですかね。早く慣れるように頑張ります」
「頑張れ~。それじゃあ、このままホールの仕事を続けよっか。わからないことがあったら、些細なことでもすぐに私か母さんに聞いてね」
「了解です」
陽介の教育係に就任した美雪から合格が出たので、そのままホールで接客と配膳の仕事をこなす。
ピークタイムに入ってからは厨房で皿洗いもやった。
そして、午後八時半を過ぎた辺りでピークが去った。
「ふぅぅ……」
程よい疲労感に、思わずため息を漏らす。
陽介自身も気がついていなかったが、やはり初めての環境に緊張していたようだ。
そんな陽介にカウンターから叔父が声を掛ける。
「陽介くん、お疲れ様。初日とは思えない安定っぷりだったよ。それと丁度、賄いをバックヤードに置いてきたところだからしっかり食べてね。食べ終わって、今後のシフトを決めたら今日はもう上がっていいからさ」
「わかりました~! 賄い、いただきますねっ!」
足取り軽やかにバックヤードに戻る陽介。
バックヤードの長机に、ふんわりと湯気が立ち上るナポリタンスパゲティとコーヒー、それとサラダが置かれていた。
(おぉ~なんか凄く喫茶店っぽいっ!)
トマトの甘酸っぱい香りが食欲をそそる。
「いただきますっ」
早速、席に座って陽介は賄いを食べ始めた。
「んぅっ……!」
バイト後の疲れた身体にトマトの酸味が染みる。
(やっぱりこの店の料理は美味いなぁ)
サラダも叔父のお手製のオリーブオイルとレモンのイタリアンドレッシングが、シャキシャキの生野菜やゆで卵によく合う。
大盛りのパスタとサラダをしっかりと堪能してから、最後にコーヒーで口の中をリフレッシュさせる。
「ふぅ……ご馳走様でした」
美味しい賄いを夢中で食べ、満腹感と至福感に浸る。
陽介は空になった皿に手を合わせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食後、陽介は叔父とシフトについて相談する。
「陽介くんはまだ高校生だからね。一番は高校を優先して欲しいんだ」
「はい……それはそうですね」
三年間の学園生活の中で、できるだけステータスを上げたい。
そのためには勉強や運動は欠かせないし、センス等も磨いておきたい。
「だからシフトは完全固定にしないで一ヶ月に一回……そうだな、二十日に次の月に入れる日を提出して欲しい。それを見て僕がシフトを組むから」
「わかりました」
「ひとまず、今月はどうしようか?」
「ん~土曜日と日曜日は入れます。平日も特に予定はないので、放課後ならいつでもだいたい大丈夫です」
「そうなのかい? ……クラスの友達と遊んだりとかは?」
叔父が陽介に心配そうな視線を向ける。
「あ~友達とはゴールデンウイークに遊んだばかりなので……」
一応、友達はちゃんといます。とアピールする陽介。
(叔父さん経由で親父たちに『君らの息子はボッチっぽいよ』なんて伝わったら、いたたまれなさすぎる……! それは阻止しなければっ……)
「それに友達は部活もバイトもしていないので、時間が合う時に遊べばいいだけですから」
前世で社会人経験があるだけに、陽介としては時間が合わなければしょうがないという感覚なのだ。
しかし、そんなことは知らない叔父は少し違う解釈をした。
「……最近の若い子は達観してるんだねぇ……」
「いやいや、達観なんてしてませんって。ほら、あれですって……メッセージアプリで気軽に連絡が取り合えますから」
「ふむ、そういうものかねぇ……」
「そういうものです……。それで次のシフトの日なのですが……」
これ以上、叔父の中の『最近の若者像』を歪めさせるわけにはいかない。
陽介は無理やり話題を元に戻した。
「お、おお。そうだね……とりあえず今月は木曜日の放課後と日曜日の週二日のシフトにしておこうか。それで慣れてきたら日数を増やしていこう。最初からシフトを詰めすぎるのはよくないからね」
「わかりました。よろしくお願いします!」
今月の残り約二週間のシフトも決まり、陽介は家路についたのだった。




