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断罪劇で王子が破棄したのは婚約ではなく計画でした ――断罪されたはずの公爵令嬢は男爵令嬢の王妃教育係になります  作者: 製本業者


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第46話 第二王子は、見事に出し抜く

兄上は、今頃気付いただろうか。


馬の背に揺られながら、私はそんなことを思った。


……いや。

兄上なら、気付かないはずがない。


たまたま。

本当に偶然だった。

北方が騒がしいという第一報が、私のもとへ先に届いたのは。


視察の日程は前もって届け出ていた。

だから使者が私を訪ねる可能性は高かった。

それでも、兄上のもとへ先に報せが届いていても何ら不思議ではない。

ほんの少し、運が味方しただけだ。


私が先に確認へ向かいます――そう父上……いや、王へ申し出た時も、

「未確定情報を広めるわけにはまいりません。他言はお控えください」

そう念を押した。

兄上なら、知らせを聞けば止めに来る。

そう思ったからだ。


王城から離れ、整備された王家直轄領の整備された街道を、はやる気持ちを抑えて馬を進ませる。


王領の農奴達が農耕用に驢馬を使って鋤を入れていた。

整備された畑は、収穫が終わり、畑が耕されている。

実りを刈り取った畑は、一見すると何も残っていないように見える。

だが、子供達が来年の種用に分けたと思しき袋を運んでいる。

同様に、土の下でも、もう次の季節の準備が始まっている。


そういえば、北方は種の種類が異なるため、王都付近とは収穫時期が若干異なる。

とは言え、遊牧民が襲撃してきたのも、この収穫のタイミングを狙ってのことだろう。


タイミングを狙って、と思ったところで、兄の顔が浮かぶ。


兄上も、そうだったのかもしれない。

私には失われたように見えた時間も、兄上の中では次の実りへ耐える季節だったのだろうか。


申し訳ないとは思う。

けれど、今回は譲れなかった。


兄上より先に、この目で見たかった。

兄上より先に、この足で立ちたかった。


幼い頃。

ボクは、兄上の後ろばかり追いかけていた。


剣も。

馬も。

兵たちへ向ける眼差しも。


兄上は、ボクの憧れだった。


兄上のようになりたい。

兄上のように笑い。

兄上のように民を守り。

兄上のように、誰かの背中を押せる人になりたい。


そんなことばかり考えていた。


気がつくと、馬上から見る風景は、次第に人の手が付けられていない森林へと変わっていった。

森へ入るにつれ、陽射しが枝葉に遮られ、道へまだらな影を落としていた。


街道こそ整備されているが、畑すらない、原形のままの森を見ていると、過去のことが思い浮かんでくる。


幼い頃のボクにとって、兄上はこの街道そのものだった。

迷えば兄上を追えばいい。

そう思っていた。


けれど、いつしか兄上は変わってしまった。

玉座へ近づくにつれ、その瞳から光が消え、笑顔も少なくなっていった。

追いかける背中を見失ったようで、寂しかった。


兄上が変わった時、まるで道が森へ消えてしまったような気がした。


だから私は、兄上を超えようと思った。

私が兄上の代わりにならなければならない。


そんな思いすら、胸のどこかにあった。


木々が風を受け止め、蹄の音だけが森へ吸い込まれていく。

あの頃の兄上も、こんな静かな孤独を歩いていたのだろうか。


だが――。

最近の兄上は違う。


公爵領へ向かう道中、マリエンヌ嬢の話をする時の表情。

エレノア嬢と顔を合わせた時の、不器用なくらい分かりやすい態度。

以前の兄上なら決して見せなかった、人間らしい迷いと優しさ。


そして何より、私が幼い頃に憧れた、あの兄上が戻ってきた。


だから今は違う。


兄上を超えたい。


その願いは変わらない。


けれど、それは兄上を追い落としたいからではない。

兄上の背中を追い越し、その隣に並びたい。


そして、いつの日か。

兄上が振り返って、「ジュリアン、成長したな」そう笑ってくれる日が来るのを。


ボクは、その言葉だけで十分なのだから。


多分、今でもそんな声をかけてはくれるだろう。

だが、今の私は望んでいる。

兄上が、本心から嬉しそうな顔でそう言ってくれる瞬間を。


「何か、良いことでもございましたか?」


副官を務める騎士の一人が、不思議そうに声を掛けてきた。

副団長の一人であり、歴戦の武人だ。


その時になって、ボクは自分が笑っていたことに気付いた。


「ああ……そうだな」


思わず口元が緩む。


兄上を出し抜いた。

その事実が嬉しい。

けれど、それは兄上に勝ったからではない。

兄上へ一歩近づけた気がしたからだ。


森を抜けると、急に視界が開けた。


雲が流れる。


湖はその姿を映しながら、波紋一つで形を変えていく。


同じ空なのに、見える景色は水面で変わる。

兄上もそうだった。


変わったのではない。

見え方が変わっただけだったのかもしれない。


……兄上も、こんな気持ちだったのだろうか。

エレノア嬢やマリエンヌ嬢と出会い、閉じていた心が少しずつ開いていく。

そう考えた瞬間、マリエンヌ嬢の笑顔が浮かんだ。


その瞬間、不意にマリエンヌ嬢の顔が浮かんだ。

柔らかな笑顔。

どこか兄上を安心させるような、不思議な空気。


……なぜ、彼女なのだろう。

私は小さく首を振る。


違う。


兄上が昔の兄上に戻った。

それが嬉しい。

だから、そのきっかけになった彼女を思い出しただけだ。

きっと、それだけのこと。


……いや。


私は眉をひそめた。

それでは、彼女に失礼ではないか。

まるで兄上を変えた功労者だから気になる、と言っているようなものだ。

そんな理由だけで、一人の人間をここまで意識するほど、私は薄情なつもりはない。

では、彼女自身の何かに惹かれているのか。


そこまで考えて、言葉が止まる。


分からない。

分からないからこそ、無理に答えを決めつけるべきではない。

胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚だけが残る。


痛いわけではない。

けれど、どうしても気になってしまう。

その正体は、まだ見えていなかった。

私は小さく息を吐き、意識を切り替える。


「兄を出し抜いたからといって、北方の情勢が変わるわけではありません」


「はい」


「むしろ、ここからが本番です。気を引き締めて参りましょう」


「御意」


副官は力強く頷いた。

その姿を見て、私は再び前を向く。


兄上。

今回は、私が一歩先へ参ります。


ですが――


いつの日か胸を張って、あなたの隣へ立てるようになりたい。

その願いだけは、子供の頃から少しも変わっていなかった。


馬は北を目指して駆ける。


風を受けながら、私はもう一度だけマリエンヌ嬢のことを思い出した。

兄上を昔の兄上へ戻してくれた人。

そう考えれば話は簡単なはずなのに、その答えだけでは、胸の小さな棘は抜けなかった。


……本当に、それだけなのだろうか。


兄上のことを考えているはずなのに、どうして最後に思い浮かぶのは彼女なのだろう。

理由を探せば探すほど、答えは遠ざかる。

それが妙に落ち着かなかった。


風は北から吹いていた。

遠く、北の空だけが少し霞んで見えた。

煙なのか。

朝靄なのか。

まだ判別はつかない。


私は手綱を握り直した。


答えは、あの空の下にある。


私は手綱を握り直す。

今は考える時ではない。その答えを探すのは、北方を守り切った後でいい。


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